悪役令嬢はサロンで噂されているとか
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──悪役令嬢はサロンで噂されているとか
「それでですね、その時のイリスが可愛くて、可愛くて。今度、お弁当は私が手作りしようかなって思うぐらいに可愛かったです」
「もうその話は5回は聞きましたわ、アストリッドさん」
私はいつものように円卓でブラッドマジックに関する書籍を読みながら、ヴァーリア先輩と談笑していた。話はこの間の夏休みの話。私がイリスが如何に可愛かったかを力説するのにヴァーリア先輩の表情が次第に疲れっていっているように見える。
多分、気のせいだ。
「それにしても料理もできるのですか?」
「一応は。料理人さんが作るような立派なものは作れませんよ」
野外活動部を舐めるなよ。途中のお弁当は自作だ。まあ、道のりに飲食店があるとそこで済ませたりもしたけれど。
「アストリッドさんは意中のお方は本当にいらっしゃらないの?」
「え、ええ。誰もいませんよ。まだ初等部1年ですし、そういうのは早いかなって」
ベルンハルト先生が気になるけど、先生まだ教育実習生で忙しい上に、お父様が絶対に首を縦に振らないだろう下級貴族だからな。今は遠くとか近くとかから見守るばかりである。あ、今も課題のプリント作るのは手伝ったりしてます。円卓のお菓子、手土産に。
「フリードリヒ殿下とも未だに進展はないのですか?」
「で、殿下は私のような魔術馬鹿はお気に召さないかと……」
ええい! どうして私の周囲は私とフリードリヒをくっつけようとする!
「そんなことはありませんよ」
私とヴァーリア先輩がそんな話をしていたとき、乱入者が。
そうだよ。フリードリヒだよ。
「で、殿下。お話をお聞きに?」
「少しだけ。悪いことだと思ってもついつい耳に入ってきまして」
聞き耳立ててたんだろー! この野郎ー!
「私はアストリッドのことは魅力的だと思っていますよ。非常に社交的ですし、気持ちのいい性格をしていますし、魔術の勉強も欠かさない努力家。これは嫌いになる要素がありませんよ」
平和ボケ、破滅フラグ、なよなよ男子。私はお前を好きになる要素がないよ。
「またまた殿下も褒め殺しだなんて酷いですよ。私はごくごく平凡で、魔術馬鹿の魅力のない女ですから」
「いえいえ。あなたは本当に魅力的ですよ、アストリッド」
ええい。お前はどうせヒロインとゴールインするんだろうが。私に関わらないで!
「アストリッド嬢、ちょっといいか?」
そんなことを私が思っていた時、意外な人物が声をかけてきた。
「アドルフ様? どうなさいました?」
そう、アドルフだ。滅多に会話しない奴が私に声をかけてきた。
「お前はブラッドマジックが使えるんだろう? ちょっと教えてくれないか?」
「ブラッドマジックを、ですか?」
そう言えばゲームでもアドルフはブラッドマジック関係で悩んでいたな。
「それなら先生に正しく教わった方がいいと思いますよ。ブラッドマジックは危険な魔術ですから」
「お前でも使えるのだから大丈夫だろう?」
かっちーん! 私のことを何だと思ってるんだ、この脳筋!
「分かりました。簡単なものでしたらお教えしましょう。あまりご期待はなされないよう」
「頼むぞ」
アドルフはそう告げるとさっさと去っていった。あれが人にものを頼む態度か。
「おや。アドルフはアストリッド嬢にブラッドマジックを習うのですか?」
ここでもうひとりシルヴィオが会話に加わる。
「アストリッド嬢は教えるのが上手ですからね。僕も授業の時には教えを受けました。これもアストリッド嬢が優秀な魔術師だからでしょうね。尊敬します」
シルヴィオはそんなことを告げるが、私は喜ばないぞ。お前たちは地雷なのだ。
「ほら、アストリッドを頼るものも多いではないですか。これはあなたが魅力に満ちている証拠ですよ」
いや、奴らはただ分からないから魔術馬鹿の私に聞きに来てるだけだと思うぞ。
「フリードリヒ! こっちで話さないか!」
「ああ。今行きますよ」
私的に思うのだが、アドルフってフリードリヒのこと軽く見過ぎてない? 君の主になる人なんだからもっと敬意を持って接しようよ。
「あらまあ。アストリッドさんは様々な方から好意を抱かれているのですね」
「いや。単に便利な私を利用しているだけだと思います」
どう見ても利用されているだけです。本当にありがとうございました。
「そうは思いませんわ。アストリッドさんの魅力が人を引き付けるんですわ。そうでなければ魔術の習得など、教諭に習えばいいのですから。それをしないということが、アストリッドさんの魅力を示していますわ」
いやいやいや。それはないって。うちの教師陣が頼りなさすぎるからだろう。
この立派なサロンを維持する金があるなら、ここの教師陣をもっと頼り甲斐あるものにしましょう。もっと親身になってくれる教師が必要ですよ。途中でふて寝しちゃうおじいちゃん先生とか入れ替えよ?
「それにしても、フリードリヒ殿下のみならずアドルフさんやシルヴィオさんまで落としてしまうとは、アストリッドさんは実は魔性の女なのかしら」
「いや。落としてませんし……」
いつの間に私がフリードリヒたちを落としたことになってるんだ! 異議申し立て!
「まあ、アストリッドさんったら、アドルフさんやシルヴィオさんまで落としてしまわれましたの?」
「魔性の女ですわ……」
私の発言は無視して先輩方が勝手に話を進めるっ! やめてくれー!
「本当に誰も落としてませんってば。殿下は相応しい相手が現れますし、アドルフ様とシルヴィオ様にはそれぞれ慕っている子がいるのを知ってますから!」
「まあ、略奪愛?」
「ちーがーいーまーすー!」
ミーネ君とロッテ君は頑張ってるんだぞ! それを無下にするでない!
「とにかく、あの3人方と私は無関係です。噂されるのも恐れ多い。私は意中の方はまだいません!」
「本当にそうですか?」
そこでヴァーリア先輩が怪し気に微笑む。
「ここのお菓子を頻繁に持ち出しているようですけど、誰に渡しているのかしら?」
「そ、それは、外でお菓子食べたいなあと思ってですねー……」
やばい。ベルンハルト先生のことがばれそうだ。
「このサロンの外に意中の人がいそうな気配がするのですけれど」
「き、気のせいですよ。気のせいですって」
ベルンハルト先生のことが発覚するといろいろと面倒なことになる。何せ相手は教育実習生だし、私とは身分の差が大きいし。私としては気にしないけど、お父様の耳に入った日には……。
「そういうことにしておいて差し上げますわ。ですけれど、私としてはフリードリヒ殿下を射止められるのが幸せだと思いますわ」
「ああ。私ももう少し遅く生まれていたら……」
と、先輩方がのたまう。そんなに好きなら年齢関係なく持って行っていいですよ。どうせ、あの野郎は誰にでも優しいですからね。父親とのいざこざさえ解決してやれば、レッツ皇妃!
「そういえばお聞きになりました? 教育実習生の話」
「まあ、どんな噂ですの?」
おいおい。ちょっと待って。何の話をするの?
「自分の仕事を生徒に手伝わせているとか。将来、学園で教鞭を取る人が生徒を頼るだなんてあっていいことでしょうか?」
「それはいけませんわ。誇り高き学園の教師がそのような有様では。その教育実習生には活を入れてあげないといけませんわね」
わー……。ベルンハルト先生のことだー……。
庇いたいところだけれど、今庇うと私に火の粉が。だが、それでも!
「教育実習生は非常に大変な立場にあると聞いています。日々の教育の補佐から、明日の教員の資格を求める試験まで様々なことをしなければいけないのだと。そう考えれば、猫の手も借りたい状況なのではないのでしょうか?」
思わず口からそう出てしまった。
「あらまあ。アストリッドさんはひょっとして教員志望なのでしょうか?」
「教員は重要な職業ですけれど、公爵家令嬢の就くような職ではないと思いますわ」
ふう。上手い具合に勘違いしてくれた。そう思っておいて欲しい。
「そういえば、職員室からよくアストリッドさんが出て来る姿を見かけるんですが、気のせいでしょうか? 」
げっ。ヴァ、ヴァーリア先輩、何故それを……。
「わ、私、実は私、成績悪くて呼び出し受けてるんですよね! だから、職員室通いになってしまって! あははあはっ!」
「そうでしたの? それにしては円卓のお菓子を持って行っているのを見かけますけれど。ひょっとして、先生方に袖の下を?」
「えへへ……」
ふいっ! ヴァーリア先輩が予想外な球を投げてくるから混乱しかけたぞ。
「でも、円卓のメンバーではない方にそうそうお菓子を上げてはダメですわよ? 勘違いされてしまいますからね? 特に若い教師の方は……」
……やっぱり鋭い。この鋭さはうちのお母様並みだ。迂闊なことはできないな。
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「では、アドルフ様。ブラッドマジックの基礎の基礎からお教えします」
時間は過ぎて放課後。
いつもなら図書館で本を読んでから帰るところを、私はアドルフのブラッドマジック教育についやしていた。これでお給料がでないとか、私は何のためにこいつにブラッドマジックを教えているのだろう……。
「まずは自分の体について把握してください。全身に魔力を行きわたらせて、魔力の流れに異常がないか確認してください」
「ま、魔力を体の中に流すのか? エレメンタルマジックと同じように?」
「そうです。加減して流してくださいね」
アドルフは私の教育にやや躊躇ったような声を出す。
そんな声を出してもやめないぞ。教えてくれっていったのはお前からなんだからな。
「体の中に魔力を……。体の中に魔力を……」
これさえできれば、ブラッドマジックはそう難しいものでもなくなるはずなんだけどなあ。私とか体のモニターすっ飛ばして、直接筋力を動かす方向で行ったしね。
だが、体内に魔力を流すのが難しいのか、先ほどからアドルフは唸っている。
「そんなに気張らずともいいのですよ。軽い調子でやってください。臓腑から魔力をくみ上げ、それを体内に、血流の流れに沿って流す感触で流せばいいのです」
「よ、余計分からなくなったぞ。魔力を出すことはできるが、これをどうやって体内に流せばいいんだ? 流して大丈夫なのか?」
そりゃ、ブラッドマジックはその名の通り血の魔術だから体内に流さないと。
「ちょっと手を出してみてください」
仕方ない。お手本を見せるか。
「なんだ?」
「こういう風にやるのです」
私はアドルフの体内に私の魔力を流す。
ふむふむ。至って健康だな。私より体脂肪少なそうなのがむかつく。それはそうと、魔力を流すのに障害になっているようなものはなさそうだが……。
「分かりますか? 今、私の魔力をアドルフ様の体内に流しています。この感触は理解できますか?」
「あ、ああ。体に何か暖かいものが流れ込んできている……」
よし。本人の感覚としても理解できている。
「今、私の魔力を抜き取りますので、今度はアドルフ様の魔力を代わりに流してみてください」
ここまでやればできないことはないだろう。
「魔力を体内に……」
アドルフはまた唸り始める。
おかしいな……。そこまで苦戦する過程ではないと思うのだけれど……。
「大丈夫ですか、アドルフ様?」
「大丈夫に見えるか?」
見えないな。どうにも苦戦している。
「あまり気合を入れて体内に魔力を流すのも危険ですので、力を抜いてください」
「分かってる。分かってるが……」
私はアドルフの様子を見てみるが、体内に魔力が流れているかは分からない。
「アドルフ様。やはり正式に先生に教えを願った方がいいかと思いますよ。それか、騎士団のどなたかを家庭教師にして教われた方が……」
「ダメだ! それではダメなんだ!」
私が告げるのに、アドルフが叫ぶ。
あんまりの絶叫だったので私はびっくりしてしまった。
「あ、いや、すまん。わざわざ付き合って貰っているのに。だが、今度は体内に魔力を流せるようにしてくるので、それができたら次のことを教えてくれ」
「はい。分かりました。では、そのように」
私たちはこうして別れたのだが、アドルフが私にブラッドマジックを教えて欲しいと言いに来ることは、待てど暮らせど来なかった。
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