悪役令嬢ですが、従妹が可愛いです
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──悪役令嬢ですが、従妹が可愛いです
待ちに待った夏休み!
って、そこまで待ってないか。
夏休みになると学園閉まるから図書館で勉強できないし。目ぼしい書籍は借りてきたけれど、これだけで夏休みを過ごすのは厳しいな。成績が危ういかもしれないって言って、お父様にまたヴォルフ先生を家庭教師にして貰おうかな。
「アストリッド。学園生活はどうだ?」
「非常に充実しております、お父様。友人もでき、円卓にも招待されたことで人とのつながりの幅が広がりました」
夕食の席で私はお父様を心配させないようにそう告げておく。
成績は悪いことにしておきたいので、図書館通いのことは黙っておく。
「ほう。それはいいことだな。私も円卓で友人を増やしたものだ。あそこは上流階級の社交場だから、アストリッドも友達を作るならば、円卓で作りなさい。できた人脈は将来の役に立つぞ」
「え、ええ。そうですね」
円卓のメンバーは苦手なんだよな。自尊心の高い高級貴族というだけで苦手なのに、フリードリヒまでいるとなると肩身が狭い。今は図書館から持ってきた本を円卓で読んでいるが、高等部の先輩方やフリードリヒが覗き込んできて集中できない。
ああ。円卓はそろそろ出席義務は果たしたし、図書館に戻ろうかなあ。
「それで、フリードリヒ殿下とはどうだ?」
「で、殿下とは特に何事もありません。気分を損ねるようなこともいたしておりませんのでご安心を」
家でまでフリードリヒの話を聞くのはうんざりですよ、お父様。
「そうか? この間、宰相のシュテファンに聞いたが、フリードリヒ殿下はお前を大層気に入っておられるとのことだったが」
シルヴィオー! 情報漏洩の原因はお前だろー!
「き、気のせいですよ。こんな魔術馬鹿には殿下も愛想を尽かされていますって」
「それはいかん。お前の将来の相手は殿下以外にあり得ないぞ。このオルデンブルク公爵家は元々皇室に由来する家系。それが再び皇室に帰るのだ。他に好きな男ができたというわけでもあるまい?」
お父様のデリカシーなし! 女の子にそういうの聞いちゃダメなんだぞ!
「そ、それはありませんが……。だからと言って殿下とお付き合いするのは私には恐れ多いことです。あの方は私のような魔術馬鹿は相応しくありません。もっとおしとやかで、慎みのある女性がいいと思います」
「まあ、確かにお前はなあ……」
言い訳がすんなり通ったのはいいけど、ちょっとは否定して欲しかったな。私は野蛮で慎みのない女性なのか。それはそれで虚しくなってくるぞ。
「まあ、学園生活は長い。殿下に相応しい女性となれるように努力しなさい。お前は家柄については問題はないのだから」
「はーい」
嫌だね! 全力で拒否するね!
まあ、お父様もヒロインが出てきて、フリードリヒとロマンチックでいい感じになってきたら諦めるだろう。確かヒロインも実はどこぞの公爵家の隠し子って設定なんだから、文句も言えないだろうし。
「それはそうと、来週からイリスが遊びに来るぞ」
「イリスが!?」
イリスは私の従妹だ。ひとりっ子の私にとっては妹のような存在だ。
私はイリスが遊びに来て、大急ぎで階段を下りていたときに顔面ダイブして、前世の記憶を思い出したわけだが、それぐらい私は従妹のことが好きだったらしい。2歳の年齢差で、私と同じように魔力持ちなので学園に入ることになるだろう。
「そうだ。それで来週から一緒に別荘に行こうと思うが、どう思う?」
「実にいいと思います! 賛成です!」
うひゃー! うちの別荘って湖畔に建ってて、実にいい景観してるし、森に入れば獲物がいるし、絶好の射撃場所なんだよな!
って、イリスがいるのに銃火器は不味いか。まだ4歳だし、銃の危険性を理解できるとは思えないからな。いつものように護身用の拳銃とショットガンを絶対にイリスが触れない場所に入れて持っていこう。確か鍵付きのトランクがあったはずだ。
子供が間違って銃を扱って事故を起こすって話はアメリカとかではよくある話だし、用心しとかないとね。本当なら拳銃とショットガンも置いていきたいところだけど、ここ最近どうも魔獣に襲われやすいので。
狩りにいけばグリフォンに襲われ、新入生オリエンテーションにいけばコカトリスに襲われ、別荘にいけば何に襲われるんだ。
「うむ。イリスの家も異論がなければ、別荘で夏を過ごそう。あそこは涼しいから過ごしやすいだろうしな」
エアコンというものがないこの世界においては、魔術で風を吹かせて冷房とするぐらいしかない。一時しのぎにはなるだろうが、魔力を使い続けて冷房ごっこしてると、魔力を使い果たして最悪死ぬ。私は冷房のために死にたくない。
なので、涼しい場所に避暑にいくのは大賛成である。暑いのは苦手だ。
「楽しみですね、別荘」
「ああ。お前もたまには魔術のことは忘れなさい」
私とお父様が合意に達している中、お母様はいつものオリエンタルスマイルで私の方をじーっとみていた。
ひょっとしてショットガン持っていく気なのもうばれてる……?
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というわけで、私たちは別荘にやってきた。
別荘と言っても相当広い屋敷である。こんなに広い別荘があるとは流石は公爵家。
涼しーい! 下界の暑さが嘘のようですよ!
やはり、夏は山だな。海もいいけれど、涼しさは圧倒的に山だ。
「アストリッドお姉様!」
と、そのようなことを考えながら私が別荘から湖を眺めていると、可愛らしい女の子の声が響いてきた。おや、この声は……。
「イリス!」
「お姉様!」
私が振り返るのに、小さな女の子が思いっ切り私の腹部に突っ込んできた。げふっ。
「お姉様、お久しぶりです!」
「うん。久しぶりだね。この間の冬のユールの日のお祝いの日以来かな」
私の腹部に突っ込んできた女の子こそ、従妹のイリスである。正式な名前はイリス・マリア・フォン・ブラウンシュヴァイク。
年齢は私より2歳下。アッシュブロンドの髪をお人形さんみたいに綺麗に切りそろえており、そのニコニコした表情にはこちらも思わず微笑んでしまいそうになる愛嬌が溢れていた。
2歳年下というだけなのに、私より背丈はだいぶ小さく、ちょっと心配になる。
「またお姉様と会えて嬉しいです! 今年の夏も思い出に残るようなことしましょうね! 湖でボートに乗るのもいいですし、森を探検するのもいいですよねっ!」
「そうだね。どっちも魅力的だ」
イリスは私に会えて本当に嬉しそうだ。ここまで大喜びされると、私もなんだか嬉しくなってくる。
「そういえばお姉様、妖精さんは?」
「ここにいるよ。ブラウ、出ておいで。イリスだよ」
イリスが首を傾げて尋ねるのに、私は胸ポケットを叩く。
すると、嫌そうな顔をしたブラウがのそのそと這い出てきた。
「こ、こんにちはです、イリスさ──」
「わー! 妖精さんだー!」
ブラウが挨拶を終える前から、イリスがブラウをがしっと握り締め、頬ずりする。
「うわーっ! 痛いですっ! もっと軽く握って欲しいですっ! それから頬ずりは止めて欲しいですっ!」
うん。イリスはブラウがお気に入りなのだ。何せ子供から見たら動くお人形さんだからね。小さな女の子が妖精と戯れているというのは実に微笑ましいねと、私はそっとブラウから視線を逸らした。
「マ、マスター! 助けて欲しいです! この子、ドラゴンより凶悪です!」
ブラウはバタバタと暴れながら降伏宣言をした。
「分かったよ。イリス、そこら辺にしておいてね。ブラウがびっくりしてるから」
「はーい……。バイバイ、妖精さん……」
ブラウは解放されるや否や、私の胸ポケットに飛び込んできた。そこまでイリスが恐ろしかったのか……。
「イリス。一緒に叔母様とお母様たちに挨拶しに行こうか」
「はい! 一緒に行きましょう!」
イリスのブラウンシュヴァイク家も公爵家だ。オルデンブルク公爵家に並ぶ名門貴族であり、私としてはお家取り潰しになりそうになった場合に備えて、ブラウンシュヴァイク家とは仲良くしておきたい。
そして、お家取り潰しになった暁にはお父様と共に兵を率いて蜂起して欲しい。
「それにしてもお姉様。学園はどんな感じですか? 楽しいですか?」
「楽しいよ。危険に満ちているけど、毎日が新しい発見の日々だね。図書館の蔵書は素晴らしいし、先生方も優秀だし、友達もできたしね」
「危険に満ちている……?」
私の言葉にイリスが首を傾げる。
イリスには話してないから分からないだろうけど、学園には危険がいっぱいなんだよ。うっかり踏み抜くと炸裂する破滅フラグという地雷がそこかしこに埋まっているからね。フリードリヒとか、フリードリヒとか、フリードリヒとか。
「でも、一番の友達はイリスですよね?」
「そうだよ。イリスは私の一番のお友達。この可愛すぎる妹めっ!」
イリスが寂し気に告げるのに、私はイリスを抱き締めてそう告げた。
前世はひとりっ子で、今世もひとりっ子な私だが、そこに妹のような存在ができて実に嬉しい。イリスは可愛いし、実に素直だし、可愛いし、私の魔術探求に理解を示してくれるし、可愛いし。
でも、今は素直なイリスもやがて反抗期を迎えるのだろうなー。そうしたらハグしたり、お姉様って呼んでくれたりしなくなるのかも。ちょっと寂しい……。
「お姉様?」
「何でもないよ。ちょっと考え事」
いつまでも純粋な妹でいて、イリス。
「そういえば、お姉様のクラスにはフリードリヒ殿下がいらっしゃるのですよね?」
「え、ええ。いらっしゃるけれど、私とはほぼ何の接点もないよ」
どこかで噂をまき散らしている奴がいるな。発見し次第排除せねば。
「私、ちょっと心配です……。お姉様がフリードリヒ殿下と結婚されたら、皇妃になれるのですから、今のように一緒に過ごすことができなくなってしまいます……」
「大丈夫、大丈夫。フリードリヒ殿下も私のような偏屈な魔術馬鹿には関心を持たれないから。それに学園にはもっと魅力的な女生徒たちがいるもの」
おおっ。ここに唯一、フリードリヒとの婚約というおぞましい事態に反対してくれる子がいるではないか。流石は私の妹だ。私のことを理解してくれているな。よしよし、後でブラウと遊ばせてあげよう。
「お姉様は魅力的な方ですよ? 一緒にいると楽しいですし、どんな方とでも仲良くなられますし、勉学にも長けていらっしゃいますし。だから、私はフリードリヒ殿下がお姉様をお気に召してしまうことが心配です」
本当に可愛いな。私の従妹は。頬ずりしたい。
「仮に私が恐ろしい偶然で皇妃になったとしても、イリスは私の大事な妹で友達だよ。そのことは変わらないから、そんなに悲しそうな顔しないで」
「ありがとうございます、お姉様。お姉様はきっといい皇妃になられますよ」
なりたくないよ。というか、なれないよ。全てを破滅に誘うヒロインが今か今かと出番を待っているんだからね。
「じゃあ、叔母様とお母様に挨拶を済ませよう。そしたら、ボートで遊ぼう!」
「はい、お姉様!」
はあ。イリスといると癒される……。イリスは最高の妹だな……。
2年後にはイリスも学園に入学するし、姉として格好いいところが見せられるように努力を続けておかなければ!
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