悪役令嬢は教育実習生をサポートするようです
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──悪役令嬢は教育実習生をサポートするようです
私には気になる人がいる。
それはベルンハルト先生だ。
私が気に入った唯一の攻略対象で、今は教育実習生の立場にある人物。
ベルンハルト先生は厳格なゲーリゲ先生の下で、プリントを作ったり、授業の補佐などをしている。とても忙しそうで声をかけようにも、かけるタイミングが見いだせない。
どのみち、お近づきになれても破滅フラグが立つだけで、いいことはないのだが、やはり気になる。気になってしまう。だって、ベルンハルト先生は格好いいものなー。
この間の授業のときも風のエレメンタルを上手く使いこなせない子に、その子が理解できるまで粘り強く教えてあげてたし。魔術を行使するのも、まさに魔術師という風に決まっていた。
「分からないところはないですか?」
「それが風のエレメンタルが上手く操作できなくて。イメージができないんです」
今は教育実習生ということで腰の低いベルンハルト先生だが、高等部の教諭になるころには生徒のあしらいかたもマスターして、ちょっとやさぐれた感じになる。それがまたいいのであるが。
「どうしました、アストリッド。ぼうっとして」
「い、いえ。なんでもありませんよ。ふふふ」
フリードリヒの奴が私のベルンハルト先生見学を邪魔する。おのれ。
「ああ。あの教育実習生の方を見ていたのですね」
「えー。どうでしょうねー」
くうっ! こいつ、お母様並みに鋭いな!
「彼は疲れているようですね。顔に疲労の色が表れています。教育実習生というのも、難しいものなのでしょうね」
そうそう。教育実習生は大変なんだぞ。貴族子息子女の集まりとはいえど、初等部1年生を相手に授業するって一苦労な話だ。
私はなるべく先生に負担をかけないように課題はそそくさと自力で解決し、まだできていない子に教えて回っている。これで少しはベルンハルト先生が楽になってくれればいいんだけれど。
「アストリッド様。ベルンハルト先生が気になるのですか?」
「うーん。ちょっとね、ちょっと」
ミーネ君がぼけーっとベルンハルト先生を眺めていた私に声をかけてきた。
「いけませんよ。アストリッド様の将来のお相手はフリードリヒ殿下なのですから」
「どうしてそうなるかな……」
ミーネ君は相変わらず、私をフリードリヒと引っ付けようと必死だ。
「でも、確かにベルンハルト先生には惹かれますね。大人の男性という感じで、魅力を感じます。ゲーリゲ先生に頼ると怒られてしまいますが、ベルンハルト先生は分からないことがあっても分かるまで教えてくださいますから」
そうだろう。そうだろう。けど、ミーネ君、浮気はいけないぞ。君はアドルフという地雷を処理する任務があるのだからな。
そんなことを思いながら、私はベルンハルト先生を見つめる。
あの教えを受けている子の幸せそうな顔ときたら! 羨ましい!
「ベルンハルト先生」
私は思い切って声をかけてみることにした。
「どうしました、アストリッド嬢?」
「ちょっと風のエレメンタルを使うのに分からないことがあって……」
ごめん。ベルンハルト先生。私もあなたから魔術を教えて貰いたいです。
「風のエレメンタルで煙のようなものは生み出せるのでしょうか?」
「煙のようなものですか。ええ、出せますよ。見せて差し上げましょうか?」
「是非」
私は風のエレメンタルで煙を作れることは知っているが、あえて質問する。普通の生徒より高度な質問にベルンハルト先生の記憶に私のことは残るだろう。
私がそのような目論見をしている中、ベルンハルト先生が煙を出した。タバコを吸う人がやるよう円状の煙がふわふわと浮き上がって、空へと昇っていく。
「私もチャレンジしてみていいですか?」
「いいですよ。私が見ていますから」
よし。試したかったことを試そう。
「煙よ!」
私は煙幕弾の煙を想像する。白くて、もやもやしてて、レーザーを遮るような軍用の煙幕弾だ。その炸裂を私は想像した。
「ストップ! ストップです、アストリッド嬢!」
ベルンハルト先生がそう叫ぶのに、私が目を開ける。
すると、一面が煙だらけに!
なんてこったい。ちょっと煙を出すだけのつもりだったのに。
「虚無!」
私は虚無を連想して煙を消し去る。
「凄かったですね……」
「ご迷惑おかけして申し訳ないです……」
無事、ベルンハルト先生に構って貰ったとは言えど、一面が煙だらけという大惨事を引き起こしてしまった。反省。
「ああ。そういえばアストリッド嬢は既に高等部の勉強もしているとか」
「ええ。ちょっとだけですけど。覗いてみる程度です」
謙虚であれば破滅フラグはそう簡単には立たないはずだ。
「よければ、次の小テストの問題作りを手伝って貰えませんか?」
「え? 小テストの問題作り?」
それって生徒に任せちゃダメなんじゃ……。
「アストリッド嬢は満点を取るのは分かっていますし、作った問題は微妙に変えて出題しますから。お暇があれば手伝っていただけると幸いなのです」
「それでしたらお任せください! 私がお手伝いしますよ!」
やったぜ。これでベルンハルト先生とお近づきになれる。
って、なったらダメだろ! 破滅フラグが立つぞ!
だけれど、ベルンハルト先生の頼みとあっては断れないのだ。ヒロインよ。どうかベルンハルト先生以外の攻略対象を選んでくれ。具体的に言うと、フリードリヒ。
「では、後で職員室で」
「はい。お伺いします」
けど、大丈夫かな、生徒の私にテストの問題作りを手伝わせて。あの厳しいゲーリゲ先生が知ったら大激怒しそうだけれど。
まあ、いざとなったら、私が公爵家の印籠をかざして水に流して貰おう。
ああ。ベルンハルト先生との共同作業、楽しみだな!
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ということで、職員室にやってまいりました。
この聖サタナキア魔道学園の教師陣は皆貴族である。というか、学園に勤めるとなると自動的に爵位が与えられるのだ。それは好待遇なのかどうかは分からないが。
「ああ。来てくれましたか、アストリッド嬢」
「はい、先生。よければこれをどうぞ」
私は円卓からくすねてきたお菓子をベルンハルト先生に渡す。
「いいのですか? それは円卓の……」
「いいんです、いいんです。私が食べたことにしますから」
ベルンハルト先生が気付くのに、私はそう告げて返す。
「脳の働きを活性化させるには、糖分が一番なんですよ。頭を働かせるときには、疲労回復のためにも甘いものを食べましょう。先生、どうも顔色悪いですから、気になっていたのですよ」
「それは申し訳ない。このところ、やることが多くて……」
糖分は脳に効くと聞いたことがある。──軍事雑誌以外の本で。
「そんなにやることが多いのですか?」
「ええ。将来正式な教師になるための試験をパスするための勉強と、各クラスの子供たちの得手不得手を認識して教育方針をどうするかを決めたり。後はこの教育実習が無駄にならないように、失敗したことをメモしておき、二度と同じミスをしないためにはどうすればいいかを考えたりですね」
わー……。超忙しそう……。
どうりで、高等部の先生になった時にはやさぐれていたわけだよ。
「授業、手伝えるところは手伝いますから、遠慮なくいってください」
「お願いします。しかし、生徒に助けて貰う先生というのも……。早く、一人前の教師になれるといいんですけれどね」
なれるさ。実際に高等部の先生になることを私は知っている。
「先生は教育実習生だからいいんですよ。いろいろやらなきゃいけないことも多いんですし、生徒をちょっとぐらい頼っても」
「じゃあ、そうさせて貰いますか。正式に先生になれたら、どんどん生徒たち全員を引っ張っていける先生になりたいですね。今はただただ真っすぐ、教師になれるように努力していきましょう」
そのポジティブさが私は好きなんだよ。絶対にあきらめない。その性格だ。
フリードリヒは父親との摩擦で後ろ向きになるし、アドルフは次期騎士団長になれるかどうかでうじうじしだすし、シルヴィオは父親のやり方に疑問を覚えてプチ反抗期に入るし。碌な攻略対象がいない。
「じゃあ、先生。小テストの問題作りましょう。どの範囲で出題されます?」
「精霊の性質についてと最初に魔術を生み出した人物とで作ります。精霊が魔術に欠かせない存在であることを理解して貰い、それを最初に理解した人物がエレメンタルマジックを生み出したということを知って欲しいですから」
なるほど。先生もよく考えているな。
「それでは、最初は精霊の在り方についてからにしましょう。精霊の種類と──」
そんなこんなで私とベルンハルト先生は小テストの問題を作ったのだった。
ベルンハルト先生は私が魔術の開発者の歴史に詳しいことに驚いていた。歴史は好きだから、図書館で学んだのだ。ベルンハルト先生に驚いて貰えるとは光栄だ。
ベルンハルト先生の方も聡明で、精霊の性質についてかなり具体的に私と話をした。好きな人と好きな魔術について話ができるなんて、幸福だな。円卓なんかよりも安らげる空間だ。
だけれど、ベルンハルト先生も破滅フラグのひとつ。迂闊には近寄れない。
もどかしい。実にもどかしい。
あーあ。本当にヒロイン、ベルンハルト先生以外の攻略対象選んでくれないかなあ。
でも、ベルンハルト先生とお付き合いするとなるとお父様が大反対するか。お父様、下級貴族には厳しいからな。最低でも侯爵、可能ならば皇族って、そんな高望みを娘にしてくるのである。
どうせ破滅するなら先生と一緒に駆け落ちしようかな。
まあ、今の私は6歳児なのでベルンハルト先生のストライクゾーンからは大きく外れているのですがね。
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