悪役令嬢ですが、サロンに呼び出されました
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──悪役令嬢ですが、サロンに呼び出されました
「サロン?」
私はそう告げられた意味不明な言葉に頭を捻る。
「そうですよ! 貴族令嬢の中でも選ばれた人だけが入れるという学園の伝統のサロンですよ! そこにアストリッド様も呼ばれたんですよ!」
いつになくミーネ君が興奮している。そんなに興奮するべきことなのだろうか?
「私は図書館で勉強するのに忙しいから、そのサロンとかサブレとかは遠慮するね」
「ええっー! そんなことしたら上級生に睨まれちゃいますよ! これはえーっと、貴族としての礼儀作法を学ぶ場でもあるというのがサロンの表向きの目的なんですから!」
表向きって。実際は何やってるんだ?
「どうしても参加しなきゃダメ?」
「ダメですよ。サロンは影の生徒会とかとも呼ばれてて、無視すると報復が下されますよ。例えば、初等部の子が高等部の課程に該当する書物には触れていけないとか」
わっ! なんて奴らだ! 横暴だ! 権力の濫用だ!
「くうっ……! 私の貴重な勉強時間が減らされることになるとは……! だが、仕方あるまい。これも私が運命を殴り倒すために必要とされるもの。件のサロンとやらを粉みじんに吹き飛ばしてこよう!」
「吹き飛ばしたらダメですって!」
吹き飛ばすのダメか。そうじゃないかなとは思ってたけど。
「じゃあ、ミーネ。一緒に行こう」
「わ、私は行けませんよ! サロンは選ばれた貴族子息子女の方々だけが参加できる場所ですから! 私のような田舎貴族がお呼ばれしてないのに、勝手に行ったらお叱りを受けますよ!」
うーん。随分と排他的だな。本当に何やってる場所なんだろ。
「分かったよ……。私はひとりで戦いに赴くね……。あわよくばサロン潰すね……」
「だ、だから隙あらばサロンを潰そうとしちゃダメですって!」
ダメか。潰しちゃダメか。グレネード弾が3、4発あれば潰せると思うんだけど。
「はあ……。憂鬱だ……。サロンだかカロンだかしらないけど、行きたくないなあ」
お子様が貴族ごっこする場所に何が悲しくていかなければならないというのだ。こんなことなら、図書館で勉強してたいなー。どうせ、碌な貴族に育たないんだから、貴族の礼儀作法なんて必要ないのになー。
というか、破滅フラグが立ったら、私貴族じゃなくなるし。ここはやはり貴族としての地位を保つために、勉学と兵器開発に励んだ方がいいのでは?
だが、闇の組織サロンは私がサロンに来ないと、奴らは私の勉学を妨害するという。畜生、なんて奴らだ。こいつらは私を待ち構えている運命など知らぬのだろう。というか、そのフラグとなるのがこのサロンに入ることなどではないだろうか。
私は非常に気が進まないながらも、サロンとやらに向けてぼちぼちと歩いていった。
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…………………
「ここがサロンかあ」
サロンと書かれた看板が出てている部屋の前に私は立っていた。
私の通っていた小学校にはサロンなどなかったが、ここは異世界だ。サロンというものがあったりするのだろう。
やっぱり面倒くさいな……。聞かなかったことにして、図書館に行こうかな……。
「おや。アストリッド。あなたもサロンに?」
げっ。ここでフリードリヒかよ。取り巻きのアドルフとシルヴィオもいるし。まあ、こいつらも立派な貴族の息子どもだからな。私が呼ばれるとなれば、こいつらも呼ばれるだろうな。
「アストリッド。入らないのですか?」
「そ、その緊張してしまいまして……」
お前がいるなら余計に行きたくなくなっただけだよ。
「なら、私が案内しましょう。中には高等部の上級生もいますが、あなたほどの人物が怯えることはありませんよ」
「え、ええ。そうだといいですねー……」
行きたくない。行きたくない。行きたくない……。
「では、行きましょう」
はああ……。
私の気持ちも無視して、フリードリヒがサロンの扉を開く。
おおっ! うちの屋敷の応接間並みの立派な家具が揃った部屋だ! ソファーからカーテンまで全て立派だ! その上、テーブルにはお菓子もいっぱいだ! その上に使用人らしき人までいるぞ!
……こんな立派な家具やらを揃える暇があるなら、もっと教育カリキュラムを充実させなよ。教師陣をもっと最新の学問に触れた精鋭にするとかさー。やりたい子は特別に上のカリキュラムを学べるようにするとかさー。ぶー……。
「まあ、いらっしゃいませ、殿下」
私がそんな愚痴を考えていると、この立派なサロンにいた女性がフリードリヒに声をかけてきた。その制服はネクタイが青い高等部のもので、フリードリヒめがけて駆けよってくる。
「ご迷惑になります、ヴァーリア先輩」
「いえいえ。こうして殿下に来ていただけるだけで、サロンにとって光栄なこととして刻まれますわ」
この女生徒がこのサロンのボス臭いな。
顔立ちはちょっと勝気ながら整っているし、金髪にエメラルドの瞳。制服を着ていても分かるほどにスタイルも抜群で、肌はきめ細やかでおもわずすりすりしたくなる。この美人さんがサロンのボスかあ。まあ、問題は性格だ。
「それでそちらの女子は?」
「こちらはオルデンブルク公爵家のアストリッド。今回は初めての参加になります」
そのボスが尋ねるのに、フリードリヒがそう告げて返す。
「初めまして。初等部1年生のアストリッド・ゾフィー・フォン・オルデンブルクです。今回はお招きいただき大変光栄です」
「あらあら。噂にたがわぬ可愛らしいお嬢さんね。始めまして、私はこの精霊の円卓会の会長を務めている高等部2年のヴァーリア・マリアンネ・フォン・ヴァルモーデンよ」
やはりこいつがボスか。倒したらサロン潰れるかな。
というか精霊の円卓会ってなんだ。あれか。円卓の騎士の物まね。ならば私はコネチカット・ヤンキーになってやろうではないか。
「しかし、何故私などを栄光あるその精霊の円卓会などに? もっと相応しい人物がいたのではありませんか?」
「まあ、何をおしゃるのですか。オルデンブルク公爵家のご令嬢ならば、このサロンに参加するだけの資格はありますわ。むしろ、是非とも来ていただきたいぐらいでしたの。あなたのことは高等部でも有名になっていますもの」
高等部にまで知られているのか。そういえばよくよく高等部のお兄さんお姉さん方の課題を手伝ったりしてたからなあ。まあ、初等部の学生にできる範囲のことだけれど。
「それにしてもやはり噂は本当でしたのね」
「噂というと?」
私がちょっと気になる話にヴァーリア先輩の方に向かう。
「フリードリヒ殿下と将来をお約束しているという噂ですよ」
「はあっ!?」
はあっ!? だよっ! 本当にはあっ!? だよっ!
「あら、いやだ。その驚き方は淑女らしくありませんわよ。けど、本当のようですね」
「ど、どーして、そのような噂が流れているのでしょーか?」
フリードリヒとはなるべく接触を避けてきたはずだぞ。
「それは、あなただけが名前だけで呼ばれ、新入生オリエンテーションでは殿下が命がけでコカトリスからあなたを守ったとか。それにこうして、殿下にエスコートされてここに訪れられたのですから。言わずとも分かりますよ」
じ、事実が歪曲されている……。
私だけ何故か名前で呼ばれていることは事実だけれど、コカトリスを倒したのは私だし、私はエスコートじゃなくて強制連行されたんだ!
「いえ。殿下とは将来に関しては一切何の約束もしておりませんので」
「まあ、ごめんなさい。まだ内密にしておく話だったのね」
「い、いえ。ですから、本当に殿下とは何も……」
「分かってます、分かってます。こういうのには手順がありますからね」
あっ。これいくら否定してもダメな奴だ。
「そ、それよりも、この円卓って何をしてるんですか、ヴァーリア先輩?」
「それは貴族としての礼儀作法を学ぶと共に学年を越えた交流をするために場所ですわ。この円卓出身の学生は誰もが優秀な卒業生として、プルーセン帝国の上流階級の地位についているんですの」
「ほへー」
興味ないなー。お菓子がおいしそうなのがさっきから気になっているが、どう考えたってここでお喋りしてるより、図書館で勉強してる方が優秀な卒業生になれそうだし。
「アストリッドさんは魔術が得意だそうですけれど、どのような分野が得意なの?」
「そうですね。土のエレメンタルとブラッドマジックはよく使いますよ」
土のエレメンタルとブラッドマジックは現代兵器を使う上で欠かせないしな。
「マ、マスター……。土じゃなくて風のエレメンタルはダメなんです? ブラウがいるのにダメなんです?」
「ああ。ごめん、ブラウ。風のエレメンタルもそこそこ使えますよ」
私の胸ポケットからブラウがふよふよと這い出してきて泣きべそを掻いていた。
「まあ、もう妖精と契約しているの? 私も妖精と契約しているのよ。おいで、リナ」
ヴァーリア先輩がそう告げるとお菓子の盛られた皿の陰から、ちょこんと緑色の髪に緑色の瞳をした3頭身の妖精さんが。これがリナちゃんか。
「司っているエレメンタルは土。仲良くしてあげてね、ブラウちゃん?」
「はいです! 妖精同士、仲良くなるです!」
ブラウはそういって意気揚々とリナちゃんの下にふよふよと飛んでいった。
「ブラウはブラウです! よろしくです、リナさん!」
「……ここのお菓子は私のもの。あげない」
「えっ! ブラウにも分けて欲しいですよ!」
あ、妖精って本当にコミュ障だな。
「まあ、席に座ってのんびりとお話ししましょう」
ブラウとリナちゃんがお菓子の所有権をめぐって争っている中、私とヴァーリア先輩はテーブルに着いた。ヴァーリア先輩の方は流石は貴族というべき、優雅な態度で椅子に座る。私はいつも家でやっているように怒られない程度の作法で座る。優雅ではない。
フリードリヒとその取り巻き2名も着席。私より優雅に座るのがイラつく。
「では、円卓の活動について説明しましょう」
ヴァーリア先輩がそう告げるのに、使用人のメイドさんがお茶を注ぐ。この学園、やはり無駄なところに金をかけすぎている。こんな美人のメイドさんを子供の貴族ごっこに付き合わせるとは。
「円卓は高等部、中等部、初等部の隔てなく交流し、勉学に関する知識を深め、また将来の社交界における人脈を学園にいるときから作り、また貴族としての誇りと義務を再認識する場所です」
「ほへー」
私は勉学には興味あるけど、他は割とどうでもいいなー。
いや、待てよ。貴族と強いパイプができていれば、お家取り潰しをさけることができるかも。ああ、でもバッドエンドが来るのは私が高等部3年の時になるし、微妙に意味がないよなあー。
私が高等部3年のとき、ここの先輩方は学士か新人社員だというわけだ。それじゃあ、いくらなんでも国によるお家取り潰しを防げそうじゃない。もしかして、もしかすると、有力貴族の妻や夫になってくれたら、事情は変わるかもしれないが……。
「ヴァーリア先輩って皇族とか公爵家に嫁ぐ予定ありません?」
「シュレースヴィヒ公爵家のオイゲン様と婚約してますけれど」
「先輩、仲良くなりましょう」
人と人の繋がりは大事だよね! 円卓最高!
「まあ、勉学とか、人脈とか、義務とかは置いておいて、お茶とお菓子でリラックスしながらお喋りしましょうっていうのが私は円卓の実態だと思っているわ」
「え、ええー」
それじゃただの高級貴族のさぼり場じゃないか。
「勉強しましょうよ! 人脈作りましょうよ! 私の破滅を回避しましょうよ!」
「破滅?」
ここで高等部の勉強をのぞき見して、将来有力な人物になりそうな人とコネを作って、私は将来にやってくるかもしれない破滅を回避したいのだ!
「まあ、やりたいことをやっていいわよ。ここに来て、お喋りしてもいいし、勉強してもいい。円卓は皆がリラックスできる場所としておきたいの。私たち、あまりに家柄が良すぎる生徒はちょっと拗らせやすく孤立することが多いの。だから、円卓が必要なんだと私は思っているわ」
ふうむ。確かにミーネ君とロッテ君とは親しくなったがふたりとも相変わらず様付けで私のことを呼ぶ。もっと親しくなりたいのに、拒絶されている感じがする。やはり、ヴァーリア先輩が言うように家柄がちょっと良すぎる貴族子息子女は、みんなから壁を作られて孤立してしまうのかも。
「俺は平気だけどな。爵位とかそういうのに囚われてる奴は根性が足りないんだ。俺なら爵位なんて気にせずに人付き合いをするぞ。相手がこれ見よがしに爵位を振りかざすなら、ぶん殴ってやる」
アドルフは血気盛んだね。まあ、君はフリードリヒと対等に付き合ってるっていう実績があるから、口だけのことではないのは分かるけど。皇子と対等に付き合えれば、他の貴族なんて怖くもないだろう。
それでも君は遠慮される側の人間であって、遠慮する側の人間じゃないんだよ?
そのところを勘違いしないように。
「僕もフリードリヒとアドルフ以外にはなかなか友達ができなくて困ってたので、いい機会だと思わせていただきます。貴族社会とはいえど皆もあまり爵位や称号を気にされないといいのですが……」
シルヴィオが至極まっとうなことを言う。
私も公爵家令嬢なんて気にしない友達ができたらなー。お家取り潰しになっても友達でいてくれる子ができたらなー。
しかし、シルヴィオ。私は知ってるぞ。君はロッテ君と結構いい感じだろうが。
「殿下はどう思われます?」
「ふむ。高級貴族だけでこうして集まっていると余計に壁が生じそうでもあります。ですが、こうして初等部、中等部、高等部の垣根を越えて交流するというのはいいことですね。学ぶことも多いかと思います」
お前はひとりで勉強してて。近寄らないで。
「では、円卓の趣旨も理解していただけたようだし、まあ今日はメンバーと談笑しながら、円卓に慣れてください。ここが皆さんの楽園になりますことを祈りますわ」
楽園かー。私の楽園は遠いけどなー。何せ攻略対象たちが生きている限り、まだお家取り潰しの恐怖が残っているからなー。
「それではアストリッド。よければ、一緒に話しませんか?」
何故、私をロックオンするフリードリヒ。
「わ、私は特に話すことはありませんよ?」
「では、私が話題を振りましょう。学園生活は上手く行っていますか?」
畜生。しつこいなフリードリヒめ。
「ええ。順調です。友達もできましたし、勉学の方も家庭教師だった方のおかげで付いていけています。そして、このような場所にまで招待されて実に充実した学園生活を送れていますよ」
「それはよかった。アストリッドは魔術の才能は抜群ですが、どこか個性的なところがありましたから。そのせいで孤立していないかと心配していたのです」
お前に心配される必要はない。断固として。
というか、個性的ってなんだ。私はごくごく平凡な小学生だぞ。帝国の皇子様の方がよっぽど個性的だろうが。
「フリードリヒ殿下は学園生活には慣れられましたか?」
一応礼儀として聞いておく。
あまりフリードリヒを邪険にするのも、破滅フラグに繋がりそうな感じがするのだ。なので一定のラインを保っておきたい。知人以上友人未満ぐらいの感覚で。
「私も充実した学園生活を送っていますよ。学園に入れて解放された気分です」
「解放された気分?」
思わず、疑問を感じてしまった。
「ええ。幼少のころから勉学と武道を学ばされてきましたが、父上──皇帝陛下は実に厳しい方で、その教育は甘いものではありませんでした。折檻されることも度々で、父上が恐ろしかったですよ」
ああ。そういえばフリードリヒの父親のヴィルヘルム3世って兵隊王って言われているぐらいバリバリの軍国主義者だったな。フリードリヒの教育もきっと軍隊式で行われていたのだろう。
私はヴォルフ先生から好きなことを好きなように学べたので、ちょっと同情する。
「それはよかったですね。この学園でフリードリヒ殿下はちゃんと優秀な成績を収めておられますし、それに……」
「それに?」
私の言葉にフリードリヒが聞き返す。
「それにご学友と楽し気に談笑されている様子は、生き生きしています。これまでの抑圧から解放されたからでしょう。そのご友人たちは、一部は殿下が次期皇帝だから近づいて来ているのかもしれませんが、アドルフ様やシルヴィオ様やその他のご友人方は、殿下の本来の魅力に惹かれてやってきているのだと思いますよ」
こいつ、頭お花畑以外はまともだし、次期皇帝とのコネ以外で寄ってくる生徒も多かろう。まあ、私の醸し出す魅力には勝てないだろうがな!
「そう言って貰えると助かります。立場上、あまり弱みは見せられないもので」
いや、愚痴ろうと思ったらアドルフとシルヴィオがいるだろ。私なんて本当に孤立無援だぞ。私が将来破滅することを知っているのは私だけだからな。お父様に言っても信じて貰えないし。
あーあ。私も愚痴れる相手が欲しいな。
「では、先輩方や同級生に挨拶をしてきましょう」
「ええ。そうしましょう」
仕方ない。付き合うか。
私は渋々と円卓の会員たちに挨拶していった。
名前と顔を記憶。将来、この中に私を救ってくれる人材がいますように。
「このお菓子はリナが歴史的に所有している。侵害は許さない……」
「酷いです! 仲良くしてあげませんよ!」
で、妖精たちは最後までお菓子の所有権争いに精を出していた。
君たちは平和でいいね……。
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