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悪役令嬢さんの家に家庭教師さんが来ます

本日2回目の更新です。

…………………


 ──悪役令嬢さんの家に家庭教師さんが来ます



 私ことアストリッド・ゾフィー・フォン・オルデンブルク、4歳。


 だが、私の今の覚悟は4歳児の思いつきの覚悟とはレベルが違う。


 どうあっても魔術について学びたい! 鍛錬したい! 破滅をぶんなぐりたい!


「お父様、お父様」


 私はトントンとお父様の書斎の扉をノックする。


「何だい、アストリッド?」


「お父様♪ お願いがあるんです♪」


 私は天使のような笑顔でそう告げる。今はぶりっ子するのだ。


 そう、可愛い可愛いまだ4歳児である愛娘のキュートな笑顔を見せてやれば、父親なんてワンパンチでノックアウトだぜ! とかいう腹黒いところは一切見せないように、天使のような悪魔の笑みを浮かべてお父様を見つめる。


 このお父様、名前はパウル・ハンス・フォン・オルデンブルク。このオルデンブルク公爵家の当主にして、今は郵政大臣なども務めている貴族の中の貴族だ。娘である私も鼻が高いよ。


 なんだって、この国はここまでの大物をヒロインをちょっと苛めたから追い出そうって思ったのかね。下手したらお父様が兵を率いて蜂起して、内戦になってたぞ。お父様のご友人って大貴族多いし。未だにこの国って諸侯軍に頼ってるし。


 まあ、ゲームの設定に文句言ってもしょうがない!


「お父様、私どうしても、どーしても魔術の勉強と鍛錬がしたいんです!」


「アストリッド……。そのことは話し合っただろう。魔術の勉強も鍛錬も、学園に入ってからやればいいんだ。その前にマナーなどの学ぶべきことがあるだろう」


 うぐっ。私の天使のようににこやかな笑みが通じなかった……。


 お父様は魔術は学園で学びなさいの一点張りだ。学園に入学するまでは、貴族として恥ずかしい行いをしないようマナーの勉強をしなさいとそればかり言う。


 だが、この程度で諦める私ではないのだよ。


「お父様、私が魔術を勉強しておくとお得になる3つのポイントがあります」


「それは何だい?」


 私は携帯電話会社の通話プランの説明のような口調で3本の指を立てる。


「ひとつ。私が学園で恥をかかないようにとお父様はマナーの勉強に勤しむようにと仰いますが、いくらマナーが上品でも成績が悪ければ恥ずかしいでしょう? 私が学園生活で恥をかかないためにも今からの勉強は大事です。これが一点です」


「それは……確かにそうだな」


 私が告げるのにお父様が頷く。


「そして、入学前に学友から一歩進んだ魔術の知識があれば、成績は優等生間違いなし。他の貴族の子息子女たちからも一目置かれる存在となり、ひいては保護者の間で噂になり、お父様の宮廷での評判も改善します。これが一点です」


「なるほど。アストリッドは私のことも考えて、魔術の勉強がしたいといってくれているのだな。そんなに思っていてくれたとは嬉しいよ」


 フフッ。流石私。私の話術は完璧だな。あと一押しだ。


「もうひとつ。私には魔術の素質がある、と分かっていますよね」


「ああ、生まれたときに魔力測定をしたからな」


 この世界では赤ん坊が泣き止んだら、魔力測定を行う習わしがある。私の魔力はかつてないほどの大きさで、両親たちはこれならば娘の将来は安泰だと言葉を交わしたとか。


「その魔術の素質を今から磨けば宮廷魔術師どころか、大魔術師になれます。私の力を活かせば、この国の危機だって救えるかもしれません。フレシェット弾を再現してそれで敵を八つ裂き──ではなく、もし皇族の方々が怪我や病気に倒れられたときに治療して見せれば、公爵家の名声は轟くでしょう」


「なんか今、凄く物騒なことが聞こえた気がしたんだが」


「気のせいです」


 いけない。私の真の願望がはみ出しかけている。


「とにかく、私に魔術を習わせるメリットはこの3点です。どうです?」


 私はまた天使のような笑顔でお父様に尋ねる。


「いいだろう。ただし、魔術の勉強は専門の先生が来てからだ。それまでは大人しくしていなさい。お前は魔力が非常に高いのだから、下手に自分ひとりでやろうとしたら、怪我では済まないかもしれない」


「はい! 分かりました、お父様! 大好き!」


 ふう。これで難関を突破した。


 お父様がすぐに先生を探してくれると約束してくれたので期待しよう。


…………………


…………………


「今回魔術の家庭教師を承ったヴォルフ・フォン・ヴランゲルです。どうぞよろしくお願いします、アストリッド様」


「こちらこそよろしくお願いします」


 やってきたのは聖サタナキア魔道学園の博士課程を修了し、今は研究の合間に家庭教師などをして生活費を稼いでいる若い青年だった。


 若いのはちょっと心配だが、お父様が紹介してくれた人なので素質に問題はないだろう。それにこれまでも家庭教師をやっていたという実戦経験のある人材だ。これから彼の持っている情報を全て絞り出す勢いで行こう。


「アストリッド様は魔術にはふたつの種類があることはご存知ですか?」


「エレメンタルマジックとブラッドマジックですね」


 この世界には二種類の異なる魔術が存在している。


「そうです。エレメンタルマジックは水、火、風、地の4種の精霊の力を借りて、力を行使します。例えば水のエレメンタルマジックではこのように、自由自在に水を出すことができます」


 そう告げてヴォルフは空になったティーカップに水を湧き上がらせて満たして見せた。


 ……地味だ。限りなく地味だ。


「水の精霊は水以外のものは出せないんですか?」


「基本的には水ですが、液体であれば概ねのものは出せます。ワイン、ココア、他には私の同僚の研究者が開発していたのですが、燃える黒い液体も出せるそうです」


「燃える黒い液体……!」


 それは恐らく石油の類だ。石油が手に入るなら手に入れたい。


「では、話を戻しましょう。エレメンタルマジックは精霊に働きかけて、力を行使するものです。ですが、ブラッドマジックには精霊は必要ありません。これはある意味では呪いであるために」


 ブラッドマジック。名前の時点で既に不穏だ。


「ブラッドマジックは人体に直接影響する魔術です。それは時に人を癒す力となり、逆に人を傷つける力にもなる。相手の精神を狂わせることすらも可能です」


「人の精神を操れるってことは脳に干渉できるわけですよね?」


「ん? どうしてそうなるのでしょうか。人の精神はここに宿るのです」


 私がワクワクしながら告げるのにヴォルフは胸を指さした。


 ああ。そうか。この世界の人々は精神が脳の化学反応で起きるということを知らないのか。だけれど、これは使えそうだぞ。自分の体を回復させたり、いわゆる火事場の馬鹿力を引き出したり、脳を弄って反射神経を上げたり……。


「ヴォルフ先生。ブラッドマジックで身体能力をあげることは可能ですか?」


「ええ。可能です。一部の騎士団などではブラッドマジックを使って、身体能力を上げているそうです。他にも冒険者や傭兵団はまずこの身体能力を強化するブラッドマジックを取得する傾向があります」


 なるほど。考えることはみんな同じか。


「ブラッドマジックはまだ分かっていないことが多くあります。最初は仕組みの分かっているエレメンタルマジックから学習していきましょう」


 ええー。私はブラッドマジックも気になるのに。身体能力をブーストして、超人みたいになってみたいのになあ。


「どうかされましたか?」

「いいえ。ちょっと考えことをしていただけです」


 まあ、いいや。最初はエレメンタルマジックを学ぼう。エレメンタルマジックには現代兵器を再現する潜在能力があるからね。


 それにちょっとよく分からないもので、自分の体を弄るのはちょっと……。


 と、純粋な私はこの時はこう思っていた。


「エレメンタルマジックの訓練は野外で行った方がいいでしょう。室内では大惨事になってしまう虞もありますから」


「ですよねー」


 室内で火やら水やら出してたら後片付けが大変だ。


 ということで、私とヴォルフ先生はお外へ。


「では、最初は水の精霊に呼びかけてみましょう。水を強くイメージしてください。普段体を洗う水、飲み水、池の水。そういう水のイメージを固めていってください。分かりますか?」


「ええっと。なんとなく……」


 魔術ってのは偉くアバウトだな。


 私はひたすらに水を想像する。水、飲み水、冷たい水、H2O、プール……。


「そこまで! そこまでで結構です、アストリッド様!」


 と、私がひたすらに念じていた時にヴォルフ先生が悲鳴のような叫び声を上げた。


 気付けば私の目の前には直径3メートルほどの水の塊が!


「あわわわ……。これ、どうすればいいんですか、ヴォルフ先生!」


「消してください! 水のイメージの想像を止め、無を想像してください!」


 こんな可愛くない水玉をどうすりゃいいのだと私が慌てるのに、ヴォルフ先生が大急ぎでそう告げた。


 無。虚無。何もないまっさらな感覚。


「それで結構です、アストリッド様」


 安心したようなヴォルフ先生の声が聞こえ、お化け水玉は消え去っていた。


「ほー。魔術っていうのはこういう感じに使うんですね!」


「本来ならまだまだ水を出す段階で時間がかかるところですが、アストリッド様は魔術の才能があられるということで、習熟も素早いですね。ここまでの才能とは公爵閣下も鼻が高いでしょう」


 ええー。これぐらいで褒められてもなー。お化け水玉作っただけで、現代兵器を作るには何の役にも立ちそうにないし。


「では、次は火の精霊に呼びかけてみましょう。先ほどと同じように火を想像してください。暖炉の炎、かまどの炎、熱い炎を想像してみてください」


「はい!」


 炎。炎。戦車の榴弾が着弾したときの炎。サーモバリック弾の生み出す炎の海。朝のナパームの臭いは最高だぜ、と。


「うわっ! 危ないですよ、アストリッド様! そこまでに!」


「うわっ! なんだこれ!」


 私の目の前には先ほどの水玉とは比べ物にならないサイズの火の玉が堂々と形成されていた。じりじりと熱気が伝わってくるのがリアルだ。というか、下手したら屋敷に燃え移らないか、これ?


 私はそんな阿呆なことを考えてないで虚無を想像する。無。無。まっさらな無。


 すると、屋敷全焼を招きかねなかった火の玉はきれいさっぱり消え去った。残るは焦げた地面の芝生と微妙に焦げた屋敷の渡り廊下の屋根が残されるのみとなった。


 いや、渡り廊下の屋根焦がしたらダメでしょ……。お父様怒るかなあ……。


「いや。流石にここまでの火を魔術初日で生成されるとは予想外でした。戦闘魔術師であってもあれだけの火の玉を生み出すには数年の修行を必要としますが……」


 恐らくそれは私が想像しているものによるのだろうと鋭い私は気付いた。


 ヴォルフ先生が例に挙げたのはかまどや暖炉の炎。一方の私が想像した炎は榴弾やサーモバリック弾、ナパームの炎だ。火力が違うぜ。


「想像しているものが違うってことはないですか?」


「そう仰られるということはアストリッド様はあのような巨大な火の玉をこれまでご覧になったことがあられると?」


 あります! ネットやDVDでめっちゃ見ました!


「ちょーっと前に夢の中で見たことが……」


「そうでしたか。夢の中で見たものも再現できる。これは新発見ですね」


 ごめん。ヴォルフ先生。話しても多分信じて貰えないからこの説明で納得して。


「では、気を取り直して次は風の精霊に移りましょう。風を想像してください。春のそよ風や、酷い雨と共に訪れる暴風雨」


 この先生、意外に根性あるな。私ならあんなお化け火の玉出した生徒がいたら今日は終わりにするぞ。だが、根性があるのは素晴らしい。おかげでみっちりと魔術の鍛錬ができるぜ!


 私は想像する。扇風機の風。エアコンの風。ヘリコプターのダウンウォッシュ。戦闘機の吐き出す排気流。


 次の瞬間、そよそよ~と穏やかな風が辺りに流れてきた。


「上出来ですね、アストリッド様。これで3つの精霊を制覇されました。とても魔術を学び始めて初日とは思えません」


「で、でも、さっきみたいに凄い威力じゃなかったですよね?」


 私の想像では空だって飛べるような威力の風が吹き荒れるはずだったのだが……。


「暴風を想像すれば激しい風も吹かせられますが、今はこの程度に抑えておいた方がよろしいかと。魔術を制御するのは想像するものと自身の魔力によって異なりますから。制御方法は明日詳しくやりましょう」


 うーん。ミサイルやジェット戦闘機が暴風ぐらいの風で動かせるとは思えないし、何かここは工夫しなければいけないな。


「では、最後は土の精霊に呼びかけてみましょう。とはいっても、アストリッド様なら土を出すくらい簡単でしょうし、何かの形を作ってみてください。どうですか? やれそうですか?」


「やってみます!」


 土と言えば地面にあるような土を想像するだろう。


 だが、私は試してみたいことがあった。水の精霊で石油が出せるなら、土の精霊では鋼鉄が作れるのではないかという思い付きを。


 私は想像する。何度も見た図面。グアムの射撃場で撃ちまくった記憶。伯父さんに見せて貰った無可動実銃の中身。


「これは……」


 すると、困惑するヴォルフ先生の声が響いた。


「わあっ! できた! ポンプアクションショットガン!」


 実験は大成功だ!


 私は自分の記憶を頼りに暴徒鎮圧から錠前破りにまで使える便利兵器ショットガンを生成した! 大成功! 私の野望がまた一歩実現に近づいてしまったようだな!


「おい。嬢ちゃん」


 と、私が無邪気に喜んでいると、おっさんの声がした。下の方から。


「え、誰?」

「誰、じゃないだろ。お前さんがこれ作るのに手を貸してやった土の精霊ノームだよ」


 現れたのはとんがり帽子をかぶり、立派なお鬚を生やした小人さんだった。


「おおっ! 精霊が姿を見せるとは珍しいですね。普通は彼らから姿を見せることなどないのですが。アストリッド様が作ったこれと何か関係しているんでしょうか?」


 はわっ! まさか、私の現代兵器技術の再現を見破られた! この小人さんはこの世界の秩序を保つために私を抹殺しに!?


「これ、構造みりゃ何をする道具かはすぐに分かる。俺たち精霊は人間より物知りだ。だが、お前さんときたら不完全なものを俺に作らせやがった。だから、完璧な形に仕上げておいてやったぞ。感謝するんじゃな」


「なるほど。不完全だったのか……」


 流石に記憶だけじゃ完璧に作るのは無理なのか。残念。


「でも、私これからこういうのをバンバン作っていくんで、その度に赤ペン先生──もとい修正お願いしてもいいですか?」


「こういうのをバンバンって……。お前さん戦争でもするつもりか?」


 私が告げるのに小人さんが目を見開かせる。


「まあ、似たようなものです」


 運命に打ち勝つのもひとつの戦争! 絶対に負けられない戦いなのだ!


「ところで、アストリッド様。これはどのような道具なのですか?」


「扉を開けたり、悪い人を懲らしめたりする道具です♪」


 嘘は言ってないぞ。まあ、私はスラッグ弾とゴム弾だけで満足する気はないけれど。


 というわけで、ヴォルフ先生による初日の授業は終了した。


 読んでおくようにと、魔術の基礎が記された本を渡されたので、先生が帰ってからも勉強あるのみである。こういう努力の積み重ねが、将来において役に立つのだ。そう、悪役令嬢という運命を打破する将来において!


 まあ、それはともかく、その日の夜は私は初めてできた現代兵器ショットガンを抱き締めて寝て、それを見たお父様から娘に変なものを与えないでくれとヴォルフ先生に苦情が来たそうな。


 ごめんなさい、ヴォルフ先生……。


…………………

次話を本日21時頃投稿予定です。

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