悪役令嬢ですが、体育は大好きです
本日2回目の更新です。
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──悪役令嬢ですが、体育は大好きです
私が得意とするもの文系の科目。
私が苦手とするもの理系の科目。
では、体を動かすものと言えば?
好き!
高校の時にキャンプブームで野外活動部に入ったけれど、あれは楽しかった。自転車でキャンプ地に行って、キャンプして、お喋りして。それ以外でも体を動かすのは大好きだった。体育の成績だけは文系の科目の次に誇れる。
なお、理系は常にギリギリだった模様。
それで学園でも体育の時間がやってきた。私は張り切っている。
いつものセーラージャケットの制服もいいけれど、体育服もいいものだ
「さあ、体育は何をするのかな!」
「げ、元気であられますね、アストリッド様。私は心配ですよ」
何を心配する必要があるって言うんだ、ミーネ君。走って、飛んで、跳ねて、体を動かしてすっきりするだけじゃないか。運動すると頭がすっきりして、考えがまとまりやすくなるから、私は運動は大好きだ。
さらに言えば、私は運命との対決において、絶対に勝利するためにうちの家の騎士のエアハルトさんと戦闘訓練も行っている。だが、所詮は4歳から6歳の間の短い期間の訓練。剣を使った相手との戦闘については多少は分かったけど、やっぱり理解するには場数が足りない感じだ。
それを体育で補うのだ! 私は撃って、走れる悪役令嬢になるぞ!
「マスター。マスターは運動が好きなんですか?」
「そうだね。好きだよ。体を動かすとリフレッシュするからね」
ブラウがふよふよと私の周りに浮かんで告げるのに私がそう返す。
「さて、今日の体育は何かな? 短距離走? 長距離走? それとも球技?」
私はワクワクしながら、体育の先生の下に進む。
「諸君。諸君も初歩的なエレメンタルマジックについては理解したはずだ。少なくとも初等部1年では土と風のエレメンタルについて表層ながら理解を深めているはずだ」
と、体育の先生が告げる。
あれ? 体育の授業だよね? なんで魔術の話がでるの?
「将来、どのような分野においても魔術を使った行動は必要とされるだろう。特に戦闘魔術師や騎士を目指すものについては言うまでもない。エレメンタルマジック、ブラッドマジック、共に必要となる技術だろう」
ふむふむ。今日の授業の内容が分かってきたぞ。
「では、今日の授業だが、今日はエレメンタルマジックを用いた模擬戦を行う。模擬戦と言ってもゲームのようなものだ。相手の陣地に土の玉をいくつ放り投げられるかを競うゲームだ。教わったエレメンタルマジックなら何を使ってもいい」
なるほど。雪合戦の泥団子バージョンか。
楽しそうだな。ワクワクしてきたぞ。
「この授業は男女混合で行う。では、ふたつに分かれるように」
そう先生が告げた瞬間に私はダッシュでフリードリヒから逃げた。
このダッシュが功を奏したのか、フリードリヒは私を発見できなかった。やったね。
「よし。分かれたようだな」
私陣営は女の子が多い。フリードリヒ陣営は男の子が多い。
だが、小学生の体力なんて男子も女子も似たようなものだ。魔術の腕前についても、どっちもどっちというところだ。不利にはならないだろう。
「では、詳細なルールを説明する。まず土のエレメンタルで生成した土の玉を相手の陣地に多く入れた方が勝ちだ。投げてもよし、風のエレメンタルに自信のあるものは、風を使って送り込んでもよし」
風のエレメンタルは普通に使うといまいち使い道がないんだよな。私が暴風をイメージしても泥団子を相手の陣地に叩き込むことはできないだろう。
「そして、土の玉が体に当たったものはその時点で脱落だ。競技場から出て貰う。また、土ではなく石や岩を使った者は反則として脱落。顔面などを狙ったものも脱落だ。あくまで紳士的に試合を行うように」
ちっ。どさくさに紛れてフリードリヒを亡き者にするのは無理か。
「ルールは以上だ。では、試合開始!」
ピーッと笛が鳴らされて、試合が始まった。
「行くぞ!」
フリードリヒ陣営はアドルフが張り切っているな。なかなか気が合いそうだ。
「ど、どうしましょうか、アストリッド様?」
「反則じゃなければ何をやってもいいんだから、手はいろいろとあるよ」
ミーネ君がうろたえているのに私が二ッと笑う。
まだ向こうの陣営は泥団子を作るのに必死だ。こちらは女子が多いせいか、汚れるのが嫌で泥団子作りも上手く進んでいない。
「みんな! 後でシャワーを浴びればいいんだから、ドーンと行くよ!」
「は、はい! アストリッド様!」
さて、私には作戦がある。
泥団子を相手の陣地にシュートした方の勝ち。石の使用は禁止。体に当たったら脱落。
ならば!
「土の精霊さん、お願いします!」
私はイメージし、それが現実のものとなる。
「なあっ!?」
私たちの陣地前方には巨大な土の壁が現れた。ようやく飛んできた泥団子が壁にぶつかって、脆くもペションと崩れ落ちる。こうしてしまえば、相手はこの高くそびえる壁を越えるほどの投擲をするか、回り込むしかない。
これは反則じゃないからセーフだぞ?
「ミーネは女子5名と右翼を防御。ロッテは女子5名と左翼を防御。残りの子は泥団子作るのに集中して。オーケー?」
「はい! 分かりました、アストリッド様!」
さて、陣地の防衛態勢が整ったところで、私も動きますか。
相手が私の作った土の壁に邪魔されて陣地に泥団子が投げ入れられないように、私たちも土の壁が邪魔になっている。となれば、やることはひとつ。機動打撃である。
「貰うね!」
私は防衛任務に当たっていない女子たちの作った泥団子6個を手にすると、ブラッドマジックを使って壁の右側からフィールドに飛び出した。
「!? 向こうから攻めてきたぞっ!」
おや。アドルフ、女子だから攻めてこないとでも思ったかな?
「ブラウ。なるべく周囲に風を流して。泥団子の向きを逸らせるぐらいの」
「了解です、マスター!」
本気で投擲してきたものが逸らせなくとも、気休め程度にはなるだろう。
その間にも私はブラッドマジックに集中し、神経系をヒートアップさせ、筋力を増強しながらジグザグに駆け回る。フィールドは広く、優に50メートルはあるので、なかなかいい運動になる。
「クソッ! 狙いが……!」
このジグザグ走行はサバゲで取得したものです。
「それ、それ、それっ!」
私は一気にフィールドを横切ると、横走りで男子たちに向けて泥団子を放り投げていく。陣地と言っても土嚢が積み上げられて防御されているわけではないので、胴体を狙うのは簡単だ。私は心地いい気分で泥団子を相手に叩きつける。
「ルドルフがやられた!」
「殿下、お下がりください! ここはこのディータが! あうっ!」
「ああっ! ディータもやられた!」
ふふふ。男子陣営は大混乱だな。
「ほいっと!」
私は残りの泥団子を全て男子の足元を狙って放り込むと、3ポイントを獲得し、一目散に自分の陣地へと離脱を始めた。
「逃がすかっ!」
と、ここでアドルフが追撃してきたぞ。
私はなるべく姿勢を低くして、一気に駆け抜ける。アドルフはちゃんと後ろからついてきている。いいぞ。その調子だ。
「敵が来るよ! 右翼、攻撃準備!」
私は自分の陣地に駆け込むなり、女子たちにそう告げる。
「ていっ!」
「やあっ!」
そして、右翼を守ることを担当しているミーネ君たちは、私の作った壁を回り込んできたアドルフに向けて、泥団子を一斉に浴びせかけた。ブラッドマジックを使った私の全力ダッシュだから、遅れることかなりの時間だ。
「うわっ!」
そして、哀れアドルフは泥まみれに。
「ア、アドルフ様! も、申し訳ありません! 今、お拭きしますので!」
「気にするな。こういう試合だ」
ああ。ミーネ君はアドルフが気になってたんだったな。悪いことをしてしまった。
けど、すぐにハンカチを取り出して、アドルフの泥を拭いてあげる辺り、女子力高いなミーネ君。ひょっとするとこれでアドルフの好感度がアップしたかもしれないぞ? いや、プライドが高い奴だから分からないな。
「次、次! 玉はできてる? 叩き込んでくるから!」
「はい、アストリッド様!」
この調子ならば私たちの勝利は確実だ。
しかし、アドルフはあの時点で私を追撃するのは失敗だったよ。君は指揮官に徹するべきだったね。何せ、残っている男子で指揮を執っているのは腰抜けフリードリヒだ。恐れるに足らず!
「じゃあ、行ってきます!」
私はまた6個の泥団子を抱えると全力ダッシュで敵陣に駆ける!
「冷静に。彼女が泥団子を投げる瞬間を狙うんだ。投げる瞬間は動きがやや鈍くなる」
「畏まりました、殿下!」
ほう。フリードリヒの奴もよく見てるな。確かに私が人間の体をしている以上は、狙って投げるという行動をしながら全力ダッシュを続けるというのは難しい。私だって狙うならば、相手が投擲する瞬間を狙うだろう。
それに今の男子陣営はさっきの私の襲撃を受けて、立ち止まらず動き回っている。止まっているとただの的だと理解したようだ。しかし、そこまで頭が回るのに、どうして陣地に壁を作らんかね? 所詮は平和ボケのフリードリヒか?
だが、まあいい。私には対抗策がある。
私は男子陣営を射程距離に収めると一気に跳躍する。
飛び上がること2メートル弱。呆気に取られるフリードリヒたちが見える。
「ていっ! ていっ! とーっ!」
飛び上がった私は男子たちに向けて泥団子を投擲!
「今です!」
フリードリヒが号令を発し、私めがけて泥団子が飛来する。
だが、甘い!
「ブラウ! 出力全開!」
「了解です、マスター!」
ブラウが全力で風を吹き荒れさせたおかげで、私に向けて打ち上げられた泥団子は重力に従って落下していく。飛び上がりさえすれば、重力が補助してくれるので、敵の玉を叩き落すのは比較的容易になる。
「風のエレメンタル!?」
「妖精だ!」
気付くのが遅いね、諸君。驚いていないのは魔力の流れが見えるというフリードリヒだけである。あいつはこの状況からどうするべきかを考えている。
だが、戦場は長考が許されるほど悠長な場ではないのだよ。
「ジャースト、ランディング!」
私は跳躍した勢いをそのままに男子陣営の中に飛び込んだ。私の考えはひとつ。
「さあ、ここで全滅だ、諸君」
私が降り立ったのは男子陣営が泥団子を蓄えている場所。
男子たちは先ほど私を狙って外したから、完全に非武装状態。いいカモです。
「ていっ! ていっ! ていっ!」
私は並みいる男子たちに次々に泥団子を叩き込んで殲滅した。フリードリヒは後で睨まれると怖いので、脚の方をちょこっと狙った。実に小心者な私である。
「試合終了!」
男子陣営が全滅したと同時に体育の先生が笛を鳴らす。
「あー。なんというか。私が考えていたのとは随分と異なる試合になったが、両陣営ともルールを守ってよく戦った。その熱意は称賛されるべきである」
熱意だけで称賛されてもしょうがない。戦争には勝たねば。
「しかし、これは全面的にルール改定しないといかんな……。後、アストリッド嬢は今後の授業で無断でブラッドマジックを使わないこと。教師の監督下とはいえど、ブラッドマジックは危険だからな」
「はーい」
ちっ。体育の授業はブラッドマジックの実験ができるいい機会だと思ったのに。けど、神経系弄るブラッドマジックなら気付かれないかな? いいかな?
「いやあ。アストリッド、流石ですね」
「い、いえ。まぐれですよ、まぐれ」
目立つとフリードリヒに絡まれるって分かっているのに、勝負事には勝ちたいがために目立ってしまう私であった。実は私はお馬鹿なんじゃないだろうかという疑問がふつふつと沸き起こってくる。
「謙遜なされず、ブラッドマジックをもう使いこなしているとは。それに魔術の才能だけではなく、戦いの才能もあられるようだ。正面を壁でふさいで正面での戦いを避け、両脇の防衛を固めて、もっとも機動力の高い自分は攻撃に回る。素晴らしい作戦です」
おや? てっきり平和馬鹿かと思ったけど、ちゃんと作戦を読み取れるのか。それはそうだよな。皇子なんだから、公爵家の私よりも英才教育を受けているはずだ。戦史なんかについても学んだんだろうなー。
「ですが、あなたのような方が戦わず済む世界になればいいですね」
けっ。結局はそれか。やっぱり平和ボケだな。
「鉄と炎の時代が近いのですから、帝国としてはあらゆる人材を動員するべきでは?」
「鉄と炎の時代、ですね……。それは理解はしているのですか、やはり避けたいところがあります」
プルーセン帝国は絶賛軍拡中。オストライヒ帝国は長年のライヒにおける主導権は誰が握るのかの決着を付けたがっている。メリャリア帝国では女帝エカチェリーナが対プルーセン帝国包囲網を画策中だと聞く。
ゲームではプルーセン帝国が辛うじて鉄と炎の時代を乗り越えるのだが、そのためには結局戦うしかない。
鉄と炎の時代は近い。だというのに、この皇子と来たら!
「アドルフ様、本当に申し訳ありません。お洋服を汚してしまい……」
「体操着というのは元々汚れてもいいものだ。それより、貴様のハンカチを汚してしまったな。洗って返す。すまなかった」
と、おやおや? ミーネ君はアドルフと着々と足場を固めてるのかな?
うんうん。いい傾向だそのまま地雷をひとつ処理してくれたまえよ。
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