元悪役令嬢と子供たちのサバイバル
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──元悪役令嬢と子供たちのサバイバル
新入生オリエンテーション2日目。
昨日はお楽しみでしたね。
まあ、子供たちのハイテンションなこと。本当にクラス全員と友達になったらしく、他の部屋に遊びに行ったりしながら、子供たちは実にハイテンションに夜の時間を過ごしていた。初めて他の子たちと過ごす夜は特別だったのだろう。
で、新入生オリエンテーションも最終日。
何も起きなければいいのだが……。
「森の散策だって!」
「楽しみー!」
ああ。嫌な予感しかしませんわ。
私もさ、新入生オリエンテーションで森の散策って言われた日には森の中に入るものだと思ってましたよ? けど、ミーネ君というストッパーがいたからこそ、そういう無謀な真似はしなかったわけで。
その点、この子たちにはストッパーが存在しない! 暴走列車状態!
ああ。どうか穏便に終わりますように。
いざとなれば空間の隙間を使って、現地に飛ぶことも考えなければ。
「も、森を散策するのかい? 森の周辺じゃなくて?」
「うーん。森の散策の方が楽しいと思う!」
「そ、そっかー」
ハインリヒ君が辛うじてストッパーになろうとしたが、ちょっとばかり押しが足りなかった。我が子たちを止めるまでには至っていない。些か頼りないな、ハインリヒ君は。
「森に行こう、森に! 妖精がいるかもしれないし!」
「お菓子持って行かないと!」
すっかり森を探索する気満々の我が子たちである。ストッパー不在でそのまま進む。
しかし、妖精かー。妖精が欲しいのかー。ブラウとかお気に入りだもんね。私が3体も妖精を使役してることもあって、子供たちは自分も、自分もと言って譲らないのだ。確かに防犯のためにも子供たちが妖精を持っていると安心できるのだが。
しかし、君たち。それは今やることかい? もうちょっと後でもよくない?
「準備万端! 出発!」
「ハインリヒ、行こう!」
我が子たちの笑顔は天使の微笑みだが、それに騙されると痛い目に遭うぞ! 回避するんだ、ハインリヒ君!
「で、では、一緒に……」
で、君も一緒に行ってしまうわけね……。はあ……。
そろそろ本気で救出準備を始めておいた方がいいだろう。どうせまたあの森には“冒険者ギルドが掃除しました”って看板が立ててあるに違いない。コカトリスが出てきても、グリフォンが出てきても驚かないよ!
「けど、森の中で迷子になったりしませんか?」
「方位磁針があるから大丈夫っ! 西から入ったら、帰るときは東を目指せばいいんだよ! フェンリルとママが教えてくれたんだ!」
「へ、へえ。僕はそう言うことは習ったことがないな」
……はい。教えました。地図と方位磁針だけで目的地に辿り着くゲームとかやりました。だって、子供たちが迷子になったら困るし! 善意のつもりで教えたんだよ! 決して、こういうことを招くために教えたんじゃないやい!
はあ。言い訳しても虚しいだけだ。現実を見よう。
「森、森、森! フェンリルがいてくれたら喜んだのになー!」
「ぼ、僕も犬が飼いたいな。大きな奴」
「私たちの家のフェンリルはとっても大きいよ!」
ちょろちょろ情報漏洩しそうになりながらも、子供たちは森の中を散策する。
ブラウが上空から見張っているが、今のところ危険な魔獣とかはいないようだ。ここでまさかの地竜君登場だったら笑うしかないが。いや、ちっとも笑えない。
「そ、そうなんだ。羨ましいな。うちはお父様がまだ犬は早いって言うんだ。特に大きな犬は寿命が短いから、寂しい別れになってしまうって」
「そうなの? フェンリルも寿命短いのかな?」
「でも、フェンリルってとっても歳取ってるって言っていたよ」
フリードリヒも過保護だなー。確かにペットロスは子供には辛いかもしれないが、そういうことを含めて経験させていくのが大事だと思うけどな。命を大事にする思いとか育んでおかないと、私みたいにあっさりと他国の首都を壊滅させる人間になっちゃうよ?
それからフェンリルを他の犬と比べちゃダメ。あれは犬じゃなくて神獣だからね? 犬扱いすると怒ると思うよ?
「あっ! 妖精さんがいる!」
「え! どこどこ!?」
何っ! もう妖精とエンカウントしたの! 運がいいね、君たち!
「妖精さん、妖精さん! お菓子はいかがですか!」
「わっ! 人間さんの子供かあ。最近多いね」
「何かお祭りしているのかな?」
「どうだろう、どうだろう」
なんとそこには3体の妖精が! 本当に運がいいね、君たち!
「妖精さん、妖精さん。契約してくれたらお菓子をあげますよ」
「あげるよー!」
「あ、あげますよ」
我が子たち+ハインリヒ君が妖精をお菓子で釣る。イリスから教わった戦法だな。私はこの手のやり方で妖精をゲットした記憶はない。銃口振り回してたらいつの間にか妖精が3人になってた口だ。
「3人はお友達さん?」
「そうだよ! 友達! 妖精さんも友達になろうよ!」
エリーがそう告げてハインリヒ君の肩を抱える。ハインリヒ君、顔真っ赤。
「お菓子いっぱいくれます?」
「いっぱい上げるよ!」
我が家のエンゲル係数上昇が捗るな。
「なら、契約してもいいよ! お姉さん、お兄さんたちは誰と契約したい?」
「私はあなた!」
「僕は君!」
「ぼ、僕はあなたで」
エリーが水属性っぽい水玉のドレスの子を、マンフレートは火属性っぽい赤毛の子を、ハインリヒ君は地属性っぽい黄色いドレスの子をそれぞれ選んだ。
なんだか日本の某モンスターゲームを思い出させられる一幕だ。
「なら、契約しましょ。お姉さんのお名前は?」
「私はエリザベス。エリーって呼んで」
「じゃあ、エリー。我、トールベルクの森のフェイは汝エリーと魂を結びて契約せん。契約を受け入れるならば接吻を。契約を受け入れぬならば瞼を閉じよ」
「はい!」
妖精──フェイが告げるのに、エリーが口づけする。
まあ、これだけならば微笑ましいものだ。我が子たちも無事に妖精と契約できて良かったな。ブラウたちが子供たちの暴虐の餌食になることも少なくなるだろう。
ちなみにマンフレートが契約した妖精はエルマー、ハインリヒ君が契約した妖精はベアテというらしい。
さて、これで満足して元来た場所に帰ってくれるかな?
「あー! 川があるー! 釣りしようー!」
「釣りだー!」
……今、私は大自然の産んだ川に激しい怒りを覚えている。何故子供たちの前に現れたし。これじゃ大人しく帰ってくれないでしょ!
「か、川は危なくないかな?」
「危なくないよ?」
「ハインリヒは心配?」
危ないよ! 川の事故では毎年子供が犠牲になってるんだよ!
ああ。もう、ここは大ごとになる前に介入した方がいい気がしてきた。
「竿になりそうな枝みっけ!」
「ハインリヒは釣りは初めて? やったことある?」
「な、ないかな。あまり宮廷の外にはでないんだ。危ないからって」
野生児VS過保護息子! って、対戦させてどうするんだい! 誰か止めて!
「じゃあ、やってみるといいよ。楽しいから!」
「そ、そうだね。楽しそう!」
うう。ハインリヒ君が本当に楽しそうだから止めづらい……。
「まずはね。思いっ切りフライを遠くに飛ばすんだよ。それから生きている虫みたいにフライを動かすの! 分かる?」
「う、うーん。難しいかな」
釣りはベルンハルトの趣味なので私にはエリーのアドバイスが確かなのか判断しかねる次第です。釣りは難しいよ。
「こんな感じで。ほら、やってみて」
「う、うん」
エリーが後ろからハインリヒ君が握る竿を動かすのに、ハインリヒ君、顔真っ赤。
君ちょっと赤面症の気がない? 顔の血流良すぎない?
「釣れたー!」
ハインリヒ君がフライと格闘しているのをよそにマンフレートが最初の魚をゲット。君ってば本当に野生で生きていけそうだよね。どうしてこうなった。
「塩焼きにしよう!」
「塩持ってきた!」
どこから持ってきたの!? 我が家のキッチン!?
「まずは火を起こして」
エレメンタルマジックを使って積み重ねた小枝に火をつけるマンフレート。その間、エリーの方はナイフで魚のはらわたを綺麗に抜いてしまっている。君たちのサバイバルスキルには脱帽だよ。だから、もうそこら辺で終わりにしよ?
「後は塩を振って焼いて、焼いてー」
「焼いて、焼いて―」
も、もうそこら辺に……。
「できた! いただきます!」
「いただきますー!」
いただきますしちゃうか。しちゃうのか。
寄生虫とか病原菌とかいないのかとても心配になるけど、いいのかな、これで。
「ハインリヒも食べよう! 美味しいよ!」
「う、うん」
ダメー! うちの子がお腹壊すのはもう自業自得だけど、ハインリヒ君を巻き込んだらダメ―!
という私の叫びも虚しく川魚の塩焼きに噛みつくハインリヒ君。ごめん、エルザ君。お腹壊したら君がブラッドマジックで治してあげて。
「おいしい!」
「でしょ? 釣りって楽しいよね!」
見てる方はちっとも楽しかないよ!
『マスタ-! 4時の方角から魔獣です! あわわわ!』
「何っ!?」
ブラウの視界には低空を飛行するグリフォンが!
あー! もう! こうなったら行くしかないじゃん!
「今行くからね! 完全武装で!」
私はショットガンにスラッグ弾を詰めると、空間の隙間に飛び込んだ。
…………………
…………………
「ママ!」
私が空間の隙間を抜けて、マンフレートたちの下に向かったときにはグリフォンの傍にクレーターが開いていた。
……一体何をしたのかは後でじっくり聞かせてもらうとしよう。
「うちの子に手を出そうとするとはいい度胸だ! くたばれ!」
私はショットガンの銃口をグリフォンに向けて引き金を引く。
「キイイイィィィ!」
命中! だが、致命傷にはなっていない。
私も腕が鈍ったな。前ならば一撃で仕留めてやるところを。
「待てや、この! ぶっ殺してやる!」
私はグリップを動かし次弾を装填するとグリフォンに向けて次弾を放つ。
「キイイィィ!」
グリフォンは危険を察知したのか、飛び上がろうとする。
だが、それを逃がす私ではない。
「これでチェックだ!」
私は第3種戦闘適合化措置を実行した状態で、飛行するグリフォンに向けて残り3発のスラッグ弾を叩き込んだ。1発が翼に、1発が胴体に、1発が頭部に命中して、グリフォンはきりもみしながら落下してくる。
「あばよ、このチキン野郎」
最後に1発ショットガンに装填して、グリフォンの頭を確実に潰しておく。グリフォンは一度痙攣するとそのまま動かなくなった。
「ママ、凄い!」
「ママ、どこから来たの?」
子供たちが称賛の言葉を浴びせてくるがそれどころではない。
「このお馬鹿さんたち! 森の中に入っていいとは言われてないでしょ!」
「いたいっ!」
ごちんと拳骨だ。この問題児たちは!
「ささ、早く元の場所に帰って。もう満足したでしょう」
「はーい……」
マンフレートとエリーが涙目で頷く。
「ハインリヒ殿下もご迷惑おかけしました」
「い、いえ。とても楽しかったですから!」
本当に楽しそうだったから困る。
「さてと。私は帰るか」
森から出れば監督の先生たちもいるだろうし、問題ないだろう。
……帰宅後、マンフレートの荷物を抜き打ち検査したら爆裂の魔術札がダースで出てきた。全く、この子は……。
「ママは魔女なんだってハインリヒに自慢したよ!」
「ママは凄いよね!」
……頼むから私が魔女という噂は流さないで……。
しかしながら、これで子供たちも無事に学園の学生となるわけだ。心配なことはいろいろとあったけれど、完全な社会不適合児に育たなかっただけよしとしよう。
どうかこの先も子供たちの将来が明るいものでありますように!
そのためにはお母さんたちも頑張るからね!
そう考えながらベルンハルトと一緒に寝付いた子供たちを眺めた。
「やっぱり子は宝ですね」
「手がかかってもか?」
「手がかかってるからというべきか悩むところです」
私とベルンハルトはそんな言葉を交わしながら、子供部屋を後にした。
これから10年間、学園で頑張るんだよ?
…………………
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