元悪役令嬢と子供たちの新入生オリエンテーション
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──元悪役令嬢と子供たちの新入生オリエンテーション
子供たちも無事、学園に入学!
今日は新入生オリエンテーションだ。私たちが行ったのと同じトールベルクの森周辺の宿舎で行われる。子供たちはテンションが上がりまくっているところだ。
「ママ! 森で獲物とってもいいの?」
「ダメだよ。出されたものだけを食べてようね。勝手に食事を増やすのはダメ」
「釣りはしてもいい?」
「釣りはー……。ダメだと思うな」
子供たちはキャンプに行くようなノリで私にあれこれ尋ねてくる。
君たちは新入生オリエンテーションに行くんだよ? キャンプに行くんじゃないんだよ? キャンプのノリで過ごして、周りの子にドン引きされて、せっかくできたお友達がいなくなったら、ママ悲しいからね?
「フェンリルは連れていっていい?」
「絶対にダメ」
だーかーらー! 君たちは新入生オリエンテーションに行くんだってば! 新入生オリエンテーションにフェンリルは必要ないんだよ!
「じゃあ、君たちの荷物はメイドさんに纏めてもらうから、変なもの隠し持って行かないようにね。絶対だよ」
「はーい」
「何か隠してるでしょ」
「な、何も隠してないよ」
そんなこと言ってもお見通しだぞ。
「マンフレート。ポケット見せなさい」
「……はい」
私が告げるのにマンフレートが渋々とポケットの中を見せる。
「……魔術札。効果は?」
「どかーんってなる」
「没収です」
「そんなー!」
君たちは何をしにいくつもりなの! 新入生オリエンテーションに爆裂の魔術札なんて持ち込んだらダメでしょう! よその子に下手に怪我させたりしたら大変だよっ!?
「ぶー。ママは新入生オリエンテーションで何したの?」
「そ、それは……。学園の先生たちの話をよく聞いて、友達を増やして、夕食にはバーベキューを食べて、温泉に入って、静かに過ごしたよ」
ま、まさか、私がコカトリスと交戦したとは思うまい。
「それだけ?」
「それだけです」
深くは探ってくれるな。
「友達はもういっぱいいるよ! クラスの子全員が友達!」
「う、うーん。本当に?」
「本当!」
うちの子たちってそんなコミュ力お化けだったかな……。悪戯好きで、野生児めいたところしか目撃してないせいか、対人コミュニケーション能力に疑問符が付く。
「念のためにブラウと一緒に出掛けてね。いざとなったらブラウが助けになるから」
「ええっ!? 聞いてないです!」
ブラウ。非常にすまないが、子供たちを監視してくれ。どうにも心配なのだ。
「妖精さんと一緒!」
「やったー!」
「ひーっ! 子供は苦手ですー!」
ブラウをキャッチした子供たちが撫でまわすのにブラウが悲鳴を上げる。
「頑張って、ブラウ」
「マスターの鬼! 人でなしー!」
我が子たちのことを任せられるのは君しかいない。
では、出撃!
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ブラウは子供たちの手の届かない高空から子供たちを見張ることになった。
そんなに離れられると監視にならないので困るのだが。
「エリザベス! 早くしないと置いていくぞ!」
「エリーって呼んでっていったでしょ、お兄ちゃん!」
「なんでエリーなんだよ。ベスおばさんと同じじゃ嫌なの?」
「みんながエリーって呼んでくれるからエリーがいいの」
「じゃあ、エリー。行こうぜ!」
ふむふむ。兄妹仲はそこまで悪くないな。エリザベス──エリーが若干名前とかにこだわりを持ち始めたのが成長を感じさせてくれて微笑ましい。友達がつけてくれた渾名なら大事にしていきたいよね。
「おっ! ハインリヒだ!」
「ハインリヒー!」
うわー! 殿下をつけて呼んでって言ったじゃん! 君たちは本当に人の言うことを右から左に聞き流しているなっ!
「や、やあ、マンフレート、それにエリーも。きょ、今日はどんなことをするのか楽しみだね。そんなに大変なことはしないらしいけど」
「うん! だから、狩りとか行かない? 森に罠を仕掛けたらウサギとか取れるよ!」
「か、狩りかー」
こ、この子たちは……。私があれほど言ったのに早速無視している……。
「ウサギ、さばいたことある? 楽しいよ!」
「そ、そういうことはしたことないけど、興味はあるかな。ぼ、僕もウサギを狩って、さばくことぐらいはできるはずだよ、エリー」
ハインリヒ君、エリーと話してると顔真っ赤だ。本当に惚れてるのかな?
「シカは難しいんだ。力がいるから。でも、楽しいよ! フェンリルにあげたら喜んで食べてくれるし!」
「フェ、フェンリル? あの魔獣の?」
「あっ! 違う、違う。うちで飼っている猟犬の名前がフェンリルなの」
子供たちもちょっとは言っていいことと悪いことの区別が付くようになったみたいでちょっと安心だ。フェンリルって言い出した時には背筋が凍るかと思ったけど。
「ハインリヒがウサギを取ってきてくれたら、エリーがシチューにしてあげるね! 私、料理も上手なんだよ! ママからいろいろと教わったんだ」
「へ、へえ。僕の母上も料理ができるよ。でも、今は城の人が料理を作ってるけど。母上は高貴な身分だから台所には入れないんだ。小さいときは食べさせてくれたんだけど、今はダメだって」
「そうなんだ。じゃあ、私がハインリヒのママの分まで料理作ってあげるよ!」
「う、嬉しいな」
うちの子の猛攻を前に、ハインリヒ君たじたじ。でも、嫌がっているようすはないな。本当にエリーに惚れたのだろうか。最初はエリーの勘違いのような気がしていたのだが、真実味を帯びてきたぞ。
「釣りも楽しいぞ! パパに聞いたけど、トールベルクの森には釣りの名所がいくつもあるんだって! フライと釣り糸は持ってきてるから、よかったら後で釣りに行こう!」
「つ、釣りかあ。釣りなんてしたことないな。どんなものなんだろう?」
「釣りあげたら腸を抜いて、塩焼きにしよう!」
ああ。我が子たちのあきれ果てるほどのワイルドさよ。どうしてそこまでワイルドに育っちゃったんだろうね、君たちは。それから、マンフレート。君はこっそりベルンハルトの釣り具を持ち出したらダメでしょ。後で怒るよ。
「君たちは本当に活動的だね。羨ましいよ。僕なんて体力もそんなにないし……」
「うん? いっぱい動けば元気になるよ! だから、動こう!」
エリーの発想は完全に私のそれである。やっぱりあれか。私の影響か。
「あっ! バルテルだ! フランカも一緒にいる! 会いに行こう!」
「え、ええっと。それは……」
「ほらほら、クラスで集まっているみたいだよ! 行こう!」
マンフレートがクラスメイトを見つけて駆けだそうとするが、ハインリヒ君が戸惑い気味だ。エルザ君が言ってたけど、人見知りする子らしいからね。
だが、それを無視して引っ張っていく我が子たちである。君たちはもー……。
それからA組のクラスメイトたちで集まったが、確かにクラスの中心にマンフレートとエリーがいる。どの子たちとも仲良く喋っているし、ハインリヒ君を話題に交ぜるのも忘れない心配り。我が子はこんなにコミュ力お化けだったか。
「はーい。クラス別に集まってー! あら、A組さんたちはもう揃ってるのね」
「揃ってるよー!」
今年のうちの子たちの担任の先生は女性だ。名前はリンダ・フォン・リービッヒ先生。初等部の間は子供たちが大変お世話になることだろう。……呼び出しとかないことを祈るのみである。
「よしよし。偉いぞ、A組さん。なら、新入生オリエンテーションを始めます!」
「わー!」
それからは特に問題もなく、私たちのときのように各属性の担当の先生が魔術を披露して見せた。我が子たちは目を輝かせてそれを見ている。ドミニク先生からエレメンタルマジックの基礎はばっちり習ったが、応用した技術を見るのは初めてだろう。感動するのも当然という具合だ。
「凄かったね!」
「う、うん。あんな風に魔術が使えるようになれるといいね」
「きっとなれるよ!」
エリーはハイテンションにハインリヒ君に話しかけている。マンフレートはなにやら男友達と話しているようだが、小声で聞き取れない。
まあ、何はともあれ、初日は無事に終了しそうだ。
安心、安心。
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