元悪役令嬢と入学式
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──元悪役令嬢と入学式
とうとうこの日が訪れた。
子供たちが学園に入学する日だーっ!
入学式には私、ベルンハルト、ベスと3人体制。思い出の日に誰かをハブるなんてことはできない。フェンリル? 彼は仕方なくお留守番。そもそも学園そのものに興味がないみたいだったし。
ああ。野生児のような我が子も学園では上手くやっていけるだろうか……。
そんなことを気にするなら最初から野生児に育てなければよかった? ごもっともです。ですが、環境が環境であるために否応なしにこうなってしまったのだ。
今も席で退屈そうに足をぶらぶらさせているが、突然抜け出したりしないでね?
貴族としてのマナーは叩き込んであるから大丈夫だとは思うけど。
「──であるからにして、今日の平和な世界の中においても魔術師たちの懸命な働きというのは欠かせないのです。これから諸君は立派な魔術師になるために、この学園で勉学に励むことになるのですが──」
相変わらず学園長のおじじの話が長い! いい加減にしてくれ!
「──ので、必要とされる──へくしっ!」
学園長のおじじがノリノリでスピーチしていたら突然くしゃみした。
まさかと思って我が子の方向を見ると、ニマッと笑ったマンフレートとエリザベスが私の方に手を振っていた……。
まあ、私もそういう悪戯を考えて実行する寸前だったし、血は争えないということか。いや、もうちょっとベルンハルトの血が抗って欲しかったかな……。
「ええ、学園長挨拶はこれで終わりです。次は新入生代表ハインリヒ殿下のご挨拶を」
おおー。あれがエルザ君とフリードリヒの息子かー。
顔立ちはエルザ君似だな。金髪碧眼の中性的な男の子。我が子の方が百倍くらい可愛いが、あれはあれで可愛いだろう。
「は、初めまして。し、新入生代表のハインリヒです」
……滅茶苦茶緊張してるな、ハインリヒ君。
エルザ君は人見知りしやすいって言ってたけど、本当にそうみたいだ。ほっぺは赤くなってるし、スピーチも引っかかり、ごもったりとすらすらとは言えてない。
「──では、皆さん帝国のために、頑張りましょう」
ようやくハインリヒ君は挨拶を終えて、足早に自分の席に戻っていった。
「素晴らしいスピーチでした。では、新入生はクラスごとに分かれて、クラス担当教諭から指示を受けるように」
マンフレートとエリザベスはA組。そして、どうやらハインリヒ君もA組のようだ。
「上手くやっていけますかね、マンフレートとエリザベス」
「大丈夫だろう。お前がやっていけたんだから」
「私はもうちょっと分別がありました。本当ですよ?」
全く、ベルンハルトは私のことをどう思っているのだろうか。
「アストリッド」
「はひっ!?」
不意に背後から声がかけられたのに、私がびっくりして振り返る。
「フ、フリードリヒ殿下。来ていらっしゃったのですね」
「ええ。ハインリヒのことが心配でしたので」
だ、誰かと思えばフリードリヒだよ。エルザ君も一緒だ。びっくりさせやがって!
「ハインリヒ殿下と私たちの子供たちは同じクラスみたいですね」
「それはよかった。是非ともあなたたちの子供たちとハインリヒが仲良くなってくれるといいのですが。あの子には元気に育って欲しいので」
それは暗に私の子供たちが野生児だと言いたいのか? 怒るぞ?
「こちらこそハインリヒ殿下とは仲良くしていただきたいです。うちの子たちは少しやんちゃが過ぎるので、それをいさめるような方がいてくださると助かりますわ」
「そ、それは難しいかもしれませんね。ハインリヒは私と同じようなもので、アストリッドの子供たちはあなたのようですから」
おい、コラ。それはどういう意味だ。
「一緒の入学になってよかったですね、アストリッド様!」
「ええ。とっても名誉なことです、エルザ殿下」
エルザ君はるんるん気分だ。見るからにはしゃいでいる。
……これだけ自由な皇太子妃が許されるなら、私がその座を狙ってもよかった気がしなくもない。いや、フリードリヒと結婚するとかおぞましい事態はやっぱり嫌だけど。
「アストリッド様のお子さんたちはワイルドだって噂ですけど、教育方針はどのような感じなんですか? 参考までに教えてください。私たちはあまりまだどうハインリヒを育てていいのか分かっていないんですよ」
「そうですね。子供たちの自主性を重んじています。子供たちのやりたがらないことは、やりたくなるまで置いておく。子供たちの興味を誘って、いろんなことにトライしてもらうことが重要じゃないかなーって思ってます」
実際はマナーや教養の勉強にちっとも興味を示さないので、ご褒美で釣って誘導しているのだが。まあ、こういった方が教育者の妻っぽくて格好いいし、それでいいか!
「なるほど。自主性ですね。子供が興味を示すように上手く教育する、と。アストリッド様はお子さんたちが勉学に興味を持って、学士課程に進まれたいと言ったらどうされますか?」
「それはもう全力で応援しますよ! 勉学に興味を示してもらって、博士課程まで進んでほしいって言うのが望みですから!」
うちの子は博士の称号をゲットして欲しい。ふたりとも勉学に興味を示してくれるならどこまでも応援するよ!
「やっぱりそうですよね! 子供が勉学に興味を示したら応援したくなりますよね!」
「もちろんですとも!」
おや。エルザ君も子供を学士課程まで送りたい派なんだろうか。気が合うな!
「でも、私のところは皇族が学士課程に進むのは問題があると言われてしまいまして……。私が勉強できなかった分、子供にはいっぱい勉強して欲しいんですけどね。難しいところなんです」
「ふうむ。宮廷の意識改革が必要ですね」
「ですね」
皇族だから学士課程に進んじゃいけないって理由が意味不明だ。皇族が賢ければ、国は栄えるというものだろうに。選挙で皇族を選ぶわけではないのだから、ちゃんと賢い子が育たないとダメだよ。フリードリヒみたいなのとかダメだよ。
「皇族は宮廷で育てるというのが、今の宮廷の方針ですからね。宮廷はあまり学園に信頼を置いていないようです。私としても子供が勉学に興味を示すならば、そのことを応援してあげたいと思っているのですが」
フリードリヒにしてはまともな意見だな。
だって、宮廷ってあれでしょ。滅茶苦茶閉鎖的でしょ。それにあの皇帝陛下でしょ。どう考えても学園に教育は任せた方が開明的な皇族に育つと思うな。
「是非ともうちの子たちと一緒に学士課程に進ませましょう。反対意見など無視すればいいのです。子供たちの教育は親の責任なのですから」
「そうですね! 頑張ってみます!」
うんうん。エルザ君はエネルギッシュで新しい風を呼び込んでくれる気がするよ。
「おっと。そろそろ新入生オリエンテーションの説明も終わって子供たちが帰ってくるころですね。迎えに行きませんと」
「一緒に行きましょう、アストリッド様!」
私が告げるのにエルザ君がそう返す。
ひょっとして今の私はかなり皇族に近い立場なのではなかろうか。エルザ君もまだ慕ってくれているみたいだし、突如としてお家取り潰しにはならなそうだ。
それから竜殺しの魔女として帝国に囲われることも。
「パパ、ママ! 終わったよー!」
「お友達できたー!」
うわっ! 子供たちがさっそく十数名の学生を率いて戻って来た!
結構社交的な子たちだとは思ってたけど、ここまでとは。なんというコミュ力お化け。誰に似たんだろうね。
「この子、最初の友達ー!」
「え?」
そう告げてエリザベスが指し示すのは──。
「ハインリヒ? アストリッド様のところのお子さんと友達になったの?」
ハインリヒ殿下である。我が子ながら狙いがピンポイントで驚かされる。
「は、はい、母上。この方たちはいい人のようですので、その……」
「私、ハインリヒのお嫁さんになるの!」
エリザベスー!? 何言ってるのー!? どういうアプローチしたの、君!?
「そ、それは本当に?」
「は、はい、父上。エリー嬢がよろしければと……」
エリーなんて渾名までゲットしている我が娘。しかし、ハインリヒ殿下に無理やりせまったわけじゃないよね?
「驚きました。これであなたとは親戚になりそうですね、アストリッド」
「そ、そのようで」
うちのような家庭がいきなり皇族と婚約するとかマジだろうか。我が子たちはフリーダム過ぎて針路が予想できない。失礼な結果にならなきゃいいけど。
「私、アストリッド様と親戚になれるなら大歓迎ですよ!」
「アハハ。ま、まだ決まったわけではありませんので……」
エルザ君、喜びすぎ。
「エリザベスー。無理やり迫ったんじゃないでしょうねー?」
「エリーって呼んで、ママ。それから無理やりじゃないよ。クラスが一緒だから結婚できるといいねって話したら、向こうから是非ともって言われたの!」
め、めまいがする。クラスが一緒だから結婚って意味が分からない。なんだそれ。
というか、それを引き受けちゃうハインリヒ殿下もちょっと押しに弱すぎるよ!
「エリザベス。じゃなくて、エリー。この方は高貴な生まれの方なんだから、礼儀を以て接しないとダメだよ? お友達の中でもキングだと思ってないと」
「お友達はお友達じゃないの?」
わ、私が6歳児の時でも皇族を敬うことぐらいはできたぞ、エリー。
「一緒に仲良くしようね、ハインリヒ!」
「う、うん」
エリーは肉食系女子だったんだね。あのフェンリルが師匠なのだから当然か。
「マ、マンフレートはお嫁さん見つけたとか言わないよね?」
「ううん。そういうのはまだ面倒くさい」
面倒くさいって。私が言えた義理じゃないけど。
「思わぬこともありましたが、これからどうぞよろしく、アストリッド」
「こちらこそ」
かくして、波乱万丈の子供たちの学園生活が始まったのだ。
果たして子供たちは無事に学園を卒業できるのか。
希望の未来に向かって、進めー!
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