元悪役令嬢と豪華客船
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──元悪役令嬢と豪華客船
それは唐突にやってきた。
「お前宛てに手紙が来てるぞ」
「はいはい」
私が居間で子供たちに本を読んで聞かせていたら、ベルンハルトが何やら見たこともないような封筒に包まれた手紙を持ってきた。
「サンアントニオ貿易?」
差出人の名前にも聞き覚えがなかった。
「あれじゃないか。お前が出資したっていう貿易会社」
「あー。なるほど。確かにそんな名前の会社だった気が」
投資は方針だけ決めて、残りは銀行の人に任せているのでいい加減なのだ。実際はもうちょっとしっかり監督した方がいいんだろうけど、素人がプロの仕事に口出ししても邪魔なだけかなって。
「さてさて。中身は?」
「お手紙なーに?」
私が封筒を開くのに子供たちが興味深そうに寄ってくる。
「ええっと。アストリッド・ゾフィー・フォン・ブラウンシュヴァイク様。当社へのご出資大変ありがとうございます。この度は会社の創業10周年を祝って晩餐会を企画しております。よろしければどうぞご出席ください、と」
「へえ。面白そうだな」
私が手紙を読み上げるのにベルンハルトがそう告げる。
「会場は豪華客船グランディオーソとなります。どうぞ地中海の素晴らしい景色と共に我が社の創立をお祝いください」
「お船?」
「お船に乗るの?」
ふむ。会場は船会社らしく地上ではなく、海上らしい。ちょっとロマンティックだ。
「お船に乗りたい子は手を挙げて」
「はーい!」
私が告げるのにエリザベスが勢い良く手を挙げた。
一方のマンフレートは黙り込んで、何やら考えている。
「マンフレートはお船に乗りたくない?」
「海には怖い怪物がいるって、ベスおばさんが。とっても大きくて、人間を海中に引きずり込んで食べちゃうって言ってた」
「ベスってば、もう……」
クラーケンのことだろうけど、あれは滅多に出没しない高級食材なんだよ? 子供にトラウマになるようなことは言わないで欲しいな!
「いいかい。ママは君が怖がっている怪物を木っ端みじんに吹き飛ばしたこともあるんだよ。だから、そんな怪物ごときに怯えなくても大丈夫。むしろ、美味しい獲物がやってきたと思わなくちゃいけないよ?」
「ママは怪物と戦ったの?」
「うん。1回ね。余裕の勝利だったよ」
臨海学校をぶち壊そうとした不届きものは私が粉みじんに粉砕してやったぜ。
「そうだな。お母さんはクラーケンを倒してるぞ。食べることはできなかったが、あれは美味しい魔獣だ」
「ママ、凄い!」
おお。我が子がきらめく瞳を私に向けている。
「まあ、ママに任せておきなさい! というわけで今月末は豪華客船に乗るぞー!」
「乗るぞー!」
「乗るぞー!」
うんうん。我が子は元気が一番だ。
「ベルンハルトも行きますよね?」
「ああ。週末なら休暇は取れるだろう。一緒に豪華客船と行こうか」
「いいですね、いいですね。ロマンティックで!」
豪華客船なら海上のレストランとかあるかな? 楽しみだ!
「では、決定! 今度はロマルア教皇国に行くよ!」
「わーい!」
というわけで、私たちは出資した会社の創業祝いにロマルア教皇国に向かうことになった。件の会社には随分と儲けさせてもらったので、盛大に祝ってあげたいところである。今は私の家は大富豪だからな!
まあ、それは私がオストライヒ帝国をぶっ潰したせいなんだけど。てへっ♪
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さてさて、やって参りました、ロマルア教皇国。
そして、目の前には豪華客船が!
大きい! この時代にこんなに大きな船があるとは思わなかった!
まあ、その気になればエレメンタルマジックで万物の事象を改変できる世界だから、こういうのがあっても驚かないさ。ちょっと木造にしては立派すぎる気がしなくもないけど。豪華客船だしね。
「じゃあ、乗り込みますか!」
「殴り込みのように言うな」
豪華客船に殴り込みだぜっ!
「失礼。今日は招待客のみです」
「はい、どうぞ。サンアントニオ貿易の招きを受けました」
船の警備員さんが告げるのに、私がポスッと招待状を手渡す。
「失礼しました。どうぞお通りください」
しかし、この船はやたらと警備員さんが目に付くな。あっちもこっちも鎧姿の人がいっぱいだ。何か騒ぎが起きそうでちょっと怖いのだが。どうしたものだろうか。
万が一に備えて武器庫にはゴム弾装填済みのショットガンを準備してるけど、まさか海上パーティーで襲撃があるなんて考えられないしな。どちらかというとクラーケンやマーマンに備えて準備した対潜迫撃砲の方が需要がありそうな気がする。
「ママ! 船! 海の上にいるよ!」
「そうだね。海の上だよ。ぷかぷかしてるね。楽しい?」
「楽しいー!」
マンフレートもエリザベスもまだまだ子供だな。まあ、かくいう私も久しぶりの船でテンションが上がっておりますがねっ!
だって、船だよ! それも豪華客船だよ! これでテンションが上がらない方がどうかしてるのさっ! いえいっ!
「子供ですか」
「大人ですー」
そんなこんなでマンフレートとエリザベスと一緒に豪華客船にはしゃいでいたら、ベスが冷ややかな視線を向けてきた。なんだい。おかしいのはこの豪華客船に乗ってもテンションが上がらない君の方だぞ。
などとやっていたら、レセプションホールに到着した。
「この度はようこそアストリッド様。当社への投資、まことに感謝しております。私はサンアントニオ貿易の社長を務めさせていただいているエミーリオと申します。どうぞ、よろしくお願いします」
「いえいえ。こちらこそ有望な投資先に投資できてよかったです」
おおー。早速、社長さんが出迎えてくれた。社長で、私よりかなり年上なのに腰の低い人だな。最初の感触は好印象です!
「では、どうぞ晩餐会をお楽しみください。かの名高き竜殺しの魔女と呼ばれる方を心から持て成させていただきます」
「ど、どうも」
竜殺しの魔女の名前、広がりすぎじゃない? ちょっと困るんだけど!
「ねえ、ママ。竜殺しの魔女って何?」
「む、昔ね。炎竜と戦ったことがあるんだ。そのせいだよ」
「ドラゴンと戦ったの! どうだった!? 強かった!?」
ほらー! 子供たちが食い付いちゃうでしょー!
「その話はまた今度ね! 今日はお船を楽しもう!」
「ええー……。ドラゴンの話が聞きたいー……」
あの社長さんはマイナス5ポイントだ。
「ほらほら。あそこに見えるのは島かな? 何か浮いてるよ?」
「本当だ! 何か浮いてるー!」
まあ、私の育児スキルからしたらこれぐらいの困難は難なくクリアですよ。
「ええー。皆さま、この度はお集まりいただきありがとうございます」
そんなことをしていたら、さっきのマイナス5ポイントの社長さんが何やら演説を始めた。一応、私も子供たちをあやしつつ、耳を傾ける。
「……で、ありますからにして地中海貿易の需要はこれからも伸び続けるでしょう。我が社ではさらに5つの港に倉庫を設置し、この波に乗って会社を拡大していきたいと思っております。これも皆さまの投資があってのことです。そのことに感謝し……」
途中はよく分からなかったけど、会社は儲かっているようだ。今後も投資して間違いはないかな? まあ、それを判断するのはヘルヴェティア共和国の銀行の人だけどね。
「ねえ、ねえ、ママ」
「どうしたの? そこのお料理美味しそうだから食べてみない?」
「えっとね。あの島、ボートだよ?」
え?
そう言われてよくよく海上に目を凝らすと、確かにあれはボートであった。それも水流を操っているのか、かなりの速度で向かってきている。
な、なんだか不穏だな。撃沈してしまおうか?
「ベス、ベス。あそこのボート、こっちに向かってきてない?」
「ええ。それから鉄と血の臭いがします。あれは兵士でしょう」
「兵隊さんが乗ってるの?」
確かに暗闇に映るシルエットにはプレートアーマーの姿が見て取れる。
だが、兵隊さんが豪華客船に何の用だい?
「ちょっと不味い予感がしてきた。ベルンハルト、子供たちを見ていて貰えますか?」
「ああ。分かった。無理はするなよ」
無理はしませんとも。できることをするだけです。
悲鳴が上がったのは次の瞬間だった。
「神聖なるオストライヒ帝国の名において聞け! 我らが同胞の死肉を貪って生きるハゲタカどもよっ! 我々はオストライヒ解放戦線だ! 我らが祖国のために、貴様らには人質になってもらう!」
そう告げるのは警備員のひとりで、マイナス5ポイントの社長の首を掴んで、ナイフを喉元に突き付けていた。
「我々はこのようなオストライヒ帝国の混乱を利用した悪辣なる輩に鉄槌──」
私は男が全ての口上を言い終える前に、45口径の自動拳銃でその脳天を吹き飛ばしてやった。テロリストに人権はない。
「ひいっ!」
「ベス! さっきのボートの連中もこいつらの仲間だ! 迎撃するから君は船内の反乱を警戒して! 子供たちの安全が最優先だよっ!」
「任せてください」
ベスは頼りになる。
「さて、ここは穏便に仕留めるとしよう」
「既に1名死んでいるのですが」
「まあ、それはそれとして」
あの状況では射殺以外術がなかったし。
「では、ショットガン!」
私は空間の隙間からゴム弾装填済みのショットガンを取り出す。
「我々はオストライヒ解放戦線──ゴフッ!」
私はワイヤーをかけて、豪華客船に乗り込もうとしてきた自称オストライヒ解放戦線のテロリストに向けて、ゴム弾を叩き込んだ。見事なヘッドショットに兜はへこみ、オストライヒ解放戦線という名の無法者は海に落下していく。
「怯むな! 突撃!」
「船内の部隊は何をやっている!」
船内の部隊はベスがブラッドマジックで全員無力化してるよ。残念だったね。
「さあ、ちょっと季節外れの海水浴を楽しみたまえ!」
私は乗船しようとしてくるテロリストたちを次から次に海面に叩き落していく。鎧を纏っているために海に浮かぶことは難しく、たっぷりと塩水を飲んでそのまま沈んでいくことになっていくのだ。
「ま、待て! 降伏す──」
「テロリストとは交渉しない!」
私はゴム弾を顔面に叩き込み、鼻血をまき散らしながら海面に落下していくテロリストを見送った。さようなら、テロリスト君。相手が悪かったな。
「これで全員?」
「そのようですね。船内の反乱者は鎮圧しました。他に敵が潜んでいる可能性はあるでしょうが、残る連中も逃げるのみでしょう」
「分からないよ。テロリストは何をするか分からないからね」
ベスの言葉に私がそう返したときだ。
「オストライヒ帝国万歳! 我々に栄光あれ!」
不意に警備員のひとりが導火線に火のついた爆薬を巻いた男が現れた。
「ちょっ! 自爆なのっ! そんなのあり!?」
「迅速に対処しましょう!」
私が叫ぶのに、ベスが動く。
ブラッドマジックで加速した彼女が、爆薬を撒いたテロリストの腕を掴むと、そのまま海に向けて投げ捨てた。テロリストの爆薬は海水で湿ったのか、爆発することなく、海面で助けを求めて暴れるだけになった。
「クリア?」
「さあ、どうでしょう」
この船の中に何人ものテロリストが潜んでいるのだろうか。
「皆さん。今日はこのようなことになってしまい申し訳なく思います。また別の機会があれば、お招きしたいと思っておりますのでどうぞ我が社をよろしくお願いします」
社長さんは慌てた様子で、そう告げると船は港に戻っていった。
「ママ。とってもカッコよかった!」
「私もママみたいになりたい!」
我が子たちが期待するような目で見てくるが現代兵器の知識は渡せないんだ。すまないね。ノームのおじさんには散々お世話になってるから、関係を台無しにしたくはない。これからも現代兵器が必要になるときがあるし。
「いつかきっとなれるよ。それまでは元気に過ごすんだよ」
「はーい!」
こうして予期せぬ乱入者があった豪華客船でのひと時は終わった。
私としてはもっと豪華客船を楽しみたかったのにー! オストライヒ解放戦線の馬鹿野郎どもめ! 今度出てきたらミンチにしてやる!
まあ、確かにオストライヒ帝国を潰して儲けてるのは否定できないけれど……。
それでも我が家の思い出を血塗れにした報いは受けさせてやるぞ。って、もう受けさせたか。全員溺死したんだったよな。
あれからサンアントニオ貿易から用心棒になってくれませんかと頼まれたが、お断りである。私は家族と安穏と暮らすために投資しているのだ。自分の身を危険に晒しては意味がない。ベルンハルトも心配する。
どうかこれ以上何も起きませんように……。
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