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元悪役令嬢と狩りの季節

…………………


 ──元悪役令嬢と狩りの季節



「狩りに行く?」


 私が告げた言葉にベルンハルトが怪訝そうな表情を浮かべた。


「ええ。お父様が是非って。ブラウンシュヴァイク公爵閣下──ディートハルト様たちも来られるそうです」


「となると、俺は随分と肩身が狭くなるな」


 狩りの話題が出たのは先週の手紙のやり取りからだった。


 お父様たちが狩りに出かけるので、お前も是非家族を連れてきなさいという手紙を送ってきたのだ。そこではディートハルト様やヴュルテンベルク公爵閣下も来られるそうである。


 確かにベルンハルトには肩身が狭い話かもしれない。


 それでも、だ。


「せっかくの機会ですし、出かけません? 悪くないと思いますよ?」


「さては、イリス嬢に会いたいんだな?」


「えへへ。まあ、それもあるのですが。それに弟のエーリッヒにも会いたいですし」


 エーリッヒにはあまり会えてない。お父様とはよく手紙をやり取りして近況を知らせているのだが、あまり実家には帰っていないのだ。それは別にお父様たちが嫌いというわけではなく、子育てやらなにやらが忙しかったためである。


 なので、この機会にエーリッヒにも会っておきたい。


 もちろんイリスにも会いたいけどね!


「なら、出席するか。俺が最後に狩りをやったのは高等部の野外キャンプのときだったな。狩りの礼儀作法はおぼろげだが、まだなんとか覚えているはずだ。大丈夫だろう」


「えっ! 高等部で野外キャンプとかあったんですか!」


「ああ。昔はな。今はその代りに臨海学校をやってる。野外キャンプは学生たちにはきつすぎるってことでな。あれはあれで獲物を料理したり、温泉に入ったり楽しいものではあったんだけどな」


「私も野外キャンプがしたかった……」


 温泉付きの野外キャンプなんて最高じゃん! なんでなくした、学園! モンペか、モンペのクレームのせいなのか!?


 私は子供たちが元気になるイベントは大歓迎だぜ!


 ……いや、うちの子はフェンリル──と若干ながら私──の影響でやや野生児染みてきたから、大人し目のイベントの方がいいのかもしれない。これ以上ワイルドになられても貴族子息子女としてちょっと困る。


「それで、狩りにはいつ行くんだ?」


「来週末ですよ。いろいろと準備しておきましょうね」


 子供たちも連れていくとなると動きやすい服装も必要だし、私自身も狩る気満々なので久しぶりに銃火器をメンテナンスしておきたい。仕留めた獲物はそのまま料理にして、その日の夕食だぞ。となると、ナイフ類も欠かせないな。


「……あんまり子供たちの前で無茶してくれるなよ?」


「し、しませんよ! そもそも私無茶したことなんて──数回しかありませんし」


「その数回が危ないんだよなあ」


 信用ないな、私。


 無茶したことなんてセラフィーネさんを相手にしたときぐらいしかないのに。


 まあ、それはともかく来週末の狩りを楽しみにしておこう。


 子供たちもきっと喜ぶぞ!


…………………


…………………


 というわけでやって参りました、狩り!


「今日はよろしくお願いします、ディートハルト様」


「そんなに他人行儀にせずともいいのだよ、アストリッド。我々は家族なのだから」


 今日の狩場はディートハルト様の領地だ。ディートハルト様とは既に養子であるベルンハルトと結婚していて、家族なのだが、まあこれまでは高みにいる人だったわけなので、敬語だ。


「よろしくお願いします!」


「よろしくお願いします!」


「やあ。マンフレート、エリザベス。今日は君たちも狩りに参加するのかい?」


 続いて子供たちが挨拶。元気が良くてよろしい。


「します! 狩り尽くします!」


「狩る!」


 ちょ、ちょっと元気が良すぎるかな?


「狩り尽くされるのは困るなあ。森が荒れてしまうからね」


「なら、狩っちゃダメですか?」


「ほどほどに狩るんだ。狼が数を調整できなかったシカやウサギは麓に下りてきて畑を荒らす害獣になる。かといって、そういう動物が森にいないとグリフォンなどの肉食性の魔獣が麓に下りてきて人間を襲う。まだ、こういう話は難しいかな?」


 マンフレートが首を傾げるのにディートハルト様がそう告げる。


「ちょっとだけ分かります!」


「フェンリルが言っていた!」


 げーっ! それは内緒だっていつも言ってるでしょ!?


「フェンリルか。大聖堂では皇太子殿下と皇太子妃殿下をお守りしたそうだね」


「ま、まあ、そういうこともあったかなーって感じですね。くれぐれもご内密に」


「大丈夫だ。事情は分かっているよ。私のところにもローゼンクロイツ協会の執行官が来たからね」


 ほっ。ディートハルト様は分かっても大丈夫な人か。


「ほら、そこにいるお嬢さんだよ。エンゲルハルトの」


「ベスが来てたんです?」


 ベスは血は繋がっていないけど我が家の一員だ。こういうイベントにもついて来てくれる。本人はあんまり楽しそうじゃないのが気になるけど。


「ごきげんよう、ブラウンシュヴァイク公爵閣下。この度はお招きいただき感謝します。私のようなものがいてはお邪魔でしょうに」


「そんなことはないよ、エリザベート君。君はアストリッドから家族のようなものだと前々から聞かされているからね。今日は楽しんでいってくれ」


 ベスが自分に注意が向いたのに優雅に挨拶する。子供たちにもちょっとはベスを見習ってもらいたい。私じゃなくて、ベスの方を。


「アストリッドさん」


「なーに、ベス?」


「ブラウンシュヴァイク公爵閣下はフェンリルの存在を知っておられますが、ヴュルテンベルク公爵閣下などはまだ知りません。子供たちにも内密にするように念を押しておくか、カバーストーリーを用意しておいてください」


「わ、分かった」


 子供たちはフェンリル大好きだからなー。つい口に出ちゃうんだよね。一応我が家で買っている猟犬ですって嘘は準備してあるんだけど。


「それからフェンリルを出すのも厳禁ですよ。パニックになります」


「そんなことしないよ!」


 こんな場所でフェンリル出したら大惨事だよ!


「ママ! フェンリルと一緒に狩る!」


「フェンリル出して!」


 ……我が子たちは悪魔ではなかろうか。額に666って書いてないよね?


「フェンリルはダメです。そのことを他人に言うのも内緒です。言いつけを守れない子は今後フェンリルと遊ばせてあげません」


「分かった……」


「ええー……」


 エリザベスが納得してないっぽい気もするがここは心を鬼にして!


「どうしてもダメ?」


「どうしてもダメ」


 潤んだ目で見てもダメだよ!


「フェンリルと遊ぶの楽しみにしてたのに……」


「また別の機会にね」


 家族だけで狩りに出かけるときならばいいだろう。まあ、ベルンハルト──今はお父様に挨拶している──に狩りの趣味がないのがあれだけれど。


「お姉様!」


「イリス! ヴェルナー君も一緒?」


「はい! お姉様に会えるということで、一緒に!」


 我が妹が現れたのに子供たちの注目がイリスに向く。


「お久しぶりです、イリス様!」


「お久しぶりです!」


 うんうん。ちゃんと挨拶のできるいい子たちだ。


「もうこんなに大きくなられたんですね。元気いっぱいで羨ましいです」


「イリス様もおきれーで羨ましいです!」


 イリスがマンフレートとエリザベスのふたりを見るのに、エリザベスが見様見真似で挨拶する。その根性は悪いことではないぞ。


「ヴェルナー君とは上手くいってる?」


「お姉様はそればかり聞かれますね。とても上手くいっていますよ」


 なら、そろそろイリスも赤ちゃんをと思ったが、イリスはまだまだ体形が細すぎて出産に耐えきれるのか心配だ。


「山登りは続けてるの?」


「ええ。週末にはヴェルナー様と。ブラッドマジックを使わずとも山頂に辿り着けるようになったんですよ」


 おお。イリスも成長しているなー。実は結構頑丈なのかもしれない。


「それじゃあ、おめでたい知らせを待ってるよ!」


「は、はい」


 私が告げるのにイリスが頬を赤らめた。


「イリス様、遊ぼう!」


「虫、捕ったー!」


 エリザベス! イリスが卒倒しかけてるからその芋虫はぽいしなさい!


「あ。エーリッヒ! 元気にしてるかい!」


 私はいろんな人がいる中から弟のエーリッヒの姿を見つけた。


「お、お姉様。お久しぶりです」


 君はちょっと元気が足りないぞ。我が弟なのだからもっと元気に!


「どうしたの、エーリッヒ?」


「な、なんで隠れるの?」


 挙句の果てにはお母様の影に隠れてしまった。


「アストリッド。あなたがあまり顔を出さないから人見知りしているのでしょう。実家にはもっと帰ってきていいのよ?」


「いやあ。ベルンハルトと子供たちがいますからね」


 お母様が告げるのに私がてへっ♪ と笑って返した。


「笑ってごまかそうとしてもダメよ。夫と子供たちも一緒に連れてきていいのだから。それとも帰れない理由があるの?」


「お父様には内緒ですよ?」


「ええ。内緒にするわ。何?」


「実は子供たちにもう魔術を教えていて目が離せないんです……」


「まあ」


 そうなのだ。子供たちにもうドミニク先生とベスから魔術を教えていることはお父様お母様には内緒にしていたのだ。


 だって、絶対反対するし! 孫に何かあったらどうするって言うし!


「あなたもきっと苦労するわよ。そんなに早く魔術を教えていては」


「分かります……」


 4歳なら大丈夫かなと思ったけど、フェンリルと並走してたり、原っぱで蟻の巣に火を放ったりしてるのを見たら凄く不安になってきたもの。


「でも、あなたの子だからきっと優秀な魔術師になるわよ」


「いずれは宮廷魔術師も目指させてみますか!」


 私がそう告げたのに、背後から刺さるようなお父様の視線がっ!?


「アストリッド。宮廷魔術師とはどういうことだ?」


「い、いやあ。子供たちの可能性のひとつとしてはと思いまして」


「ダメだ! 絶対にいかん! 仮にもオルデンブルク家の血筋のものが宮廷魔術師なんぞになってどうするか! もっと上を目指しなさい、上を!」


「そうはおっしゃられましても」


 エリザベスはお嫁さんに行くとしても、マンフレートはブラウンシュヴァイク家とオルデンブルク家から相続する僅かな領地だけだし。宮廷魔術師になった方がよっぽどいいんじゃないかなー?


「お姉様もそんなに怒られることがあるのですね。安心しました」


「へ?」


 私がお父様に怒られているのにエーリッヒが笑っている。意地悪かな?


「お姉様はとても優れた魔術師で、敵う者はおらず、魔術のことにかけては天才的で学園でも主席だったと聞かされていましたので。完璧な人なのかなと思っていました」


「そ、そうだったのか」


 そういうわけで遠慮してたのか、エーリッヒ。私は美化されすぎでは?


「お父様? 私のことを随分と褒めてくださっていたようですね!」


「ま、まあ、お前はあと一歩で皇太子妃だったわけだしな!」


 あと一歩じゃないよ! 50光年ぐらいは離れてたよ!


「おじいさま! おばあさま!」


「虫、捕ったー!」


 そんなこんなで会話してたら我が子たちが乱入。


「よしよし。よく来たな。今日はおじいちゃんが狩りを教えてやろう」


「狩るー!」


 まあ、孫の顔を見てればお父様も満足ですよ。


「上手くごまかしたわね?」


「このままごまかしておきましょう」


 というわけで、その日はそのまま狩りを満喫した。


 マンフレートとエリザベス、エーリッヒはクロスボウでウサギを見事に仕留め、私もショットガンでシカ一頭を仕留めた。久しぶりの銃声と反動が心地いい!


 そして、そのまま使用人の人たちが獲物を解体し、剥製にしたり、食用にしたりなどして全ていただいた。お父様は孫と息子の成長っぷりに満足げで、宮廷魔術師の件についてはそれ以上追及されなかった。


 我が子には将来を生き抜けるようにインテリに育って欲しい! 私の資産運用が上手くいっているから博士課程まで出してあげられるぞ!


 ……その時に今はニコニコしているお父様がなんて言うか困るけど。


…………………

第2巻発売中です!

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