元悪役令嬢と休暇
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──元悪役令嬢と休暇
あれからドミニク先生は毎日のように我が家を訪れて、子供たちにエレメンタルマジックを教えてくれている。ドミニク先生曰く、我が子たちは覚えが良くて、将来有望だということだ。お世辞でもこう言われたら嬉しいものだ。
ベスの方も子供たちにブラッドマジックを教えてもらっている。ベスは治癒を中心としたブラッドマジックを教え、それから身体強化に関するブラッドマジックを教えているようだ。子供たちのためを思ってくれているのだろう。助かる。
……それからフェンリルも子供たちにブラッドマジックを教えている。私としてはちょっと困るのだが、子供たちがどうしてもとせがむし、フェンリルも散歩の際などに隙あらば子供たちにブラッドマジックを教えるしで、なんともかんとも。
幸いにしてフェンリルは呪殺系のブラッドマジックは使わないので、間違って誰かを呪殺ということはなさそうだ。あったら怖すぎるよ。
さて、そんな近況ですが、週末に大型連休がやってきました。
「今週末は連休だし、どこか出かけるか?」
学園の特別教師として緩く働いているベルンハルトがそう告げる。
「私、遊園地に行きたい!」
「僕は動物園!」
「私は水族館!」
エリザベス、マンフレート、そして私がそれぞれ告げる。
「おい。子供に紛れるんじゃない」
「いいじゃないですか! 私だって行きたいところがあるんですよ!」
そうなのだ。ベルンハルトとは結婚即妊娠だったからあんまりいちゃつけていないのだ。その分、今は出産を終えて、子供たちの世話も楽になったことだし、ここらでひとついちゃついておきたいのだ。
「ねえ、マンフレート、エリザベス。君たちも水族館に行きたいよね?」
「ええー……。水族館、退屈ー……」
「大きなクラーケンとかいるよ?」
「私、イカ嫌い」
マンフレートもエリザベスも首を横に振る。どーいうことだい!
「反対が多いようだが」
「むう。いつかこの子たちも水族館の魅力に気づきますよ」
ベルンハルトがやや笑って告げるのに、私はちょっと憤慨してそう返した。
「では、候補は遊園地か動物園だな。どっちがいい?」
「絶対に遊園地!」
「動物園じゃなきゃヤダ!」
マンフレートもエリザベスもちょっと前までは声を揃えて同じことを言っていたのだが、成長してそれぞれの個性を持ち始めたようだ。親としては嬉しい限りである。まあ、それで揉めなければの話なんだけど……。
「どうしてマンフレートは動物園がいいのかな?」
「フェンリルのお嫁さんを探すんだ! そしたら、フェンリルの子供は僕が育てるから! ママだけフェンリルの主人なのずるいもん!」
「そ、そっかー」
こ、子供ならではの発想というか……。相変わらず驚かされる。
フェンリルは自分のあずかり知らぬところでお嫁さんを探されていると知ったらどう思うんだろうか。そもそもフェンリルを従えているのはロストマジックであって、別に私がフェンリルを子供の頃から育てていたわけではないんだが。
そして、何より──。
「マンフレート。動物園にはフェンリルのお嫁さんはいないぞ」
「ええーっ! なんで! ママが前に動物園にはいろいろな魔獣がいるって!」
「確かにいろいろな魔獣はいるが、フェンリルを扱っているところはない。彼らは誇り高い種族だからな。人間に檻に入れられたりはしないんだ」
「そうなの? じゃあ、ママはなんでフェンリルの主人なの?」
「それはママがフェンリルを倒したからだよ」
まあ、というわけで、残念ながらフェンリルは動物園にはいないのだ。そもそもフェンリルは事あるごとに言っているけど、魔獣じゃなくて神獣なので、そうそうそこら辺にいるものじゃないのである。
「ママ、フェンリル倒したの! 凄い!」
「どうやったの? どうやったの?」
子供たちから尊敬の眼差しが。嬉しい反面説明に困る。
「その、頑張って」
「頑張って?」
「こう、頑張って」
困った時の頑張って戦法だ。
「もう、ママばっかりフェンリルの主人なのはずるいよ! 僕もフェンリル倒して仲間にしたい!」
「私も!」
無茶苦茶いう子供たちである。
「いつかね。いつか君たちがフェンリルを倒せるぐらい強くなったらね」
「おい、アストリッド。あれが2匹になるとか勘弁してくれ」
子供たちを私が諭すのに、ベルンハルトが頭を押さえた。
既に我が家の一員となったフェンリルはいろいろとご飯を食べるようになり、我が家のエンゲル係数は右肩上がり。子供たちに生きた牛や豚をそのまま食べるフェンリルを見せるのは些かショッキング過ぎると思ったけれど、今はすっかり慣れている。
「フェ、フェンリルが養える大人になったらね」
「ぶー……。分かった……」
マンフレートはとりあえず納得してくれたようだ。
「じゃあ、動物園に行く目的は消えたから、遊園地でいいか?」
「遊園地! 遊園地!」
「僕も遊園地でいい!」
うんうん。素直でいい子たちだ。我が子ながら可愛い。
「じゃあ、週末は遊園地で決定だな。いつも勉強を頑張っているようだし、思いっ切り遊ぶといいぞ」
「わあい!」
我が子たちもいつも教養とマナー、そして魔術の勉強を頑張っているのだ。4歳ながら既にテーブルマナーも身に着けている。立派な紳士と淑女に成長中だ。我が子が立派に育って私も鼻が高いよ。
「アストリッド。後でちょっと話がある」
「へ?」
話って何だろう?
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やって参りました、遊園地!
ジェットコースターなどはないものの賑やかな場所だ。
ティーカップ状のぐるぐる回る遊具や、メリーゴーランド、クロスボウでやる射的などの遊具が盛りだくさんで、ハンバーガーやフランクフルトなどの出店なども並んでいる。まさにお祭り騒ぎって奴だ。
……もう、ハンバーガーが異世界にあることには突っ込まない。
「ママ! あれやりたい、あれ!」
そう告げてマンフレートが指さすのは射的だ。
景品が並んだ棚を矢で射るのではなく、標的が動き回るのを射抜いて、そのポイント数で景品が貰えるシステムらしい。だが、なかなか命中させることができないのか、まだ一等賞の景品をゲットした人はいないようだ。
「よし! なら、挑戦してくるといいよ! その代わりお小遣いの範囲でだよ?」
「分かった!」
まあ、私はオルデンブルク家の娘だし、投資も上手くいってお金には困っていないんだけれど、子供たちには節約というものを教えておきたい。お金を稼ぐのも大変なんだということを知っていれば、いろいろと勉強になるはずだ。
「ママ! 私も!」
「はいはい。エリザベスもお小遣いね。それから事故らないように気を付けて」
マンフレートがやるとエリザベスもやりたがる。これが兄妹って奴か。
「う、うーん」
マンフレートがクロスボウを握って神妙な表情をしている。普通のクロスボウなら有効射程は40メートル程度だが、ここのクロスボウは遊具用なのかもっと精度が低いようだと私には分かった。
あこぎな商売だな。
「今だっ!」
マンフレートが矢を放つのに、矢が標的に突き刺さった。
「よしよし。その調子だぞ、マンフレート」
「うん!」
ベルンハルトが見事に標的を射抜いたマンフレートの頭を撫でてやり、マンフレートが笑顔で次の目標を狙う。
「てっ!」
だが、マンフレートが次に放った矢は目標を逸れてしまった。
「残念だったな。まだやるかい?」
「うー……。もういい……」
マンフレートはお小遣いの額を確認しながら出店の店主にそう告げた。
「えいっ!」
一方のエリザベスも標的を射抜いていた。
はああん。姿勢が全くぶれないと思ったら、ブラッドマジックを使ってるな。習ったことを応用していくその姿勢はお母さんとっても評価するよっ!
「えいっ!」
だが、そんなエリザベスでも2射目はマンフレートと同じように外してしまった。流石に4歳にはまだクロスボウを扱うのは難しいか。
「どれどれ。ママが勝利を勝ち取ってきてあげよう」
ここで満を持して私の登場である。
「まずはよく狙って──」
狙うと同時に第3種戦闘適合化措置を実行。
スローモーションのように流れる景色の中で確実に標的を狙う。クロスボウに僅かに魔力を流し、体の動きに連動させることも忘れない。
「ていっ!」
そして、放たれた一撃は見事標的を射抜いた。
「そして、このまま──」
第2射命中。第3射命中。第4射命中。
「ラストッ!」
最終射命中!
「凄い! ママって凄い!」
「どうやったの? ねえ、どうやったの?」
我が子たちが尊敬の眼差しで私を見ている……。悪い気分はしない。
「君たちがブラッドマジックを使いこなせるようになったら教えてあげる」
「ええー……」
まだまだ危なっかしいからね、君たちは。
「どうぞ、景品です」
そして射的店の店主が渡してくれたのは、我が子たちと同じくらいのサイズがある熊のぬいぐるみ……。流石に大きすぎる。
「これ、欲しい子はいるかな?」
「僕はいらない」
「私、欲しい!」
まあ、男の子のマンフレートはぬいぐるみとかあんまり興味ないかな。
「この調子で遊園地を満喫しようね!」
「はーい!」
私たちはそれから回るカップやメリーゴーランド、そしてミラーハウスなどの施設と遊具を巡って回り、出店のハンバーガーで昼食を取ってから、もう一度遊びまわって帰宅した。帰宅したときには子供たちは遊び疲れてぐっすりだった。
「なら、ベス。後は頼んでもいいかな?」
「ええ。居候の身です。これぐらいのことは手伝いましょう」
私たちはぐっすりの子供たちをベスに託すと、夜更けのハーフェルに向かった。
「偶にはこういう時間も必要だろう?」
ベルンハルトがそう告げるのはハーフェルのレストランのひとつ。
今日の休みは子供たちを遊ばせると同時に私たちもゆっくりすることにしたのだ。
「ええ。即妊娠出産で、こういう時間はあんまりなかったですからね。夕食はなるべく子供たちと一緒に食べたいですし」
「今頃は子供たちもベッドで遊園地の夢を見ているだろうな」
私が赤ワインのグラスを傾けて告げるのに、ベルンハルトが小さく笑った。
「子供たち。元気に育ってますよね。成長はあっという間ですよ」
「そうだな。後2年したら学園の制服を着て、学園に通うわけだしな」
子供たちの成長する速度は速い。何もかもがあっという間だ。
「これからも一緒に子供たちを育てていきましょうね、ベルンハルト!」
「ああ。もちろんだ。学園に入ったら勉強も見てやらないとな」
「理系科目はお任せします」
私たちはそんな会話を行いながら、その日の夜を過ごした。
子供たちと私の時間。ベルンハルトと私の時間。それぞれの時間にそれぞれの価値がある。どっちがいいかなんて決められない。
ただ、今言えるのは私はとっても幸せだってことだ。
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コミカライズ連載しています!
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