元悪役令嬢さんと家庭教師
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──元悪役令嬢さんと家庭教師
「ベス。お願いしたいことがあるんだけど!」
「何かろくでもない気配がするので遠慮したいのですが」
「ひでえや」
冒頭からいきなり断られている私である。
「というか、用件ぐらいちゃんと聞いてよ!」
「はあ。分かりました。何ですか?」
ベスはため息を吐きながらも、読んでいた本から顔を上げる。
「ベスにマンフレートとエリザベスの家庭教師をお願いできないかなって思って」
「もう家庭教師ですか?」
「だって4歳になったしさ」
そう、あれからいろいろあってマンフレートとエリザベスは4歳の誕生日を迎えた。なので、そろそろ魔術や教養、マナーについて教えておくべきだと思うのだ。
私も魔術を習い始めたのは4歳のときだったからね。
「まだ早いのでは? 学園生活で必要になる教養やマナーならともかく魔術を無理に教える必要はないと思いますが……」
「あの子たち、ベスが教えてくれないならフェンリルに習うって」
「私が教えます」
本当にベスはフェンリルと仲が悪いなー……。同じ我が家の同居人として仲良くして欲しいんだけどなー。
「しかし、私はエレメンタルマジックはあまり得意ではありませんよ? そちらの方は別の方を雇った方がいいと思いますが」
「そっかー。私はエレメンタルマジック、そこそこいけるけど、他人に教えるのは苦手なんだよね。誰か伝手で探すしかないなあ」
私の場合はヴォルフ先生というブラッドマジックもエレメンタルマジックもいける先生だからよかったものの、今回の場合はブラッドマジックの先生とエレメンタルマジックの先生で分けなくてはならないのか。
面倒くさいな。
だが、これも子供たちの未来のため! 私がいい人を探してきてあげよう!
「というわけで、学園に行ってくるね! いい人探してくる!」
「子供たちは?」
「一緒に連れていくよ! 将来の学び舎を見せておくのも悪くないからね!」
将来自分たちが多くの時間を過ごすことになる学園の様子を見せておくのも悪いことではないだろう。あそこで頑張るぞっ! と気合を入れてくれるかもしれない。
それに今は一番好奇心旺盛な時期だから、いろんなものを見せて上げたい。お母さんとお父さんは君たちが学士課程、更には博士課程に進みたいと言っても反対はしないからね。安心して学んでくるんだよっ!
じゃあ、早速将来の学び舎へレッツゴー!
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「ママ。ここが学園?」
「そうだよ。6歳になったらここに通うんだからね」
エリザベスが学園の立派な正門を見上げるのに私がそう告げる。
「何するの?」
「それはお勉強。お勉強好きでしょう?」
「お勉強嫌い」
これである。
「フェンリルにブラッドマジックを教えてーって言ってたのは誰だったかな?」
「魔術は好き!」
うんうん。私に似た立派な魔術馬鹿に育ちつつありますよ。勘弁して欲しい。
「魔術以外にも勉強しなくちゃいけないことはいろいろあるんだよ。数学の勉強だったり、歴史の勉強だったり、生物学の勉強だったりね。もしかすると君たちも勉強が好きになっちゃうかもしれないよ?」
「ママはお勉強好きだったの?」
「う、うん。まあね」
まさか理系科目を呪い続けていたとは言いづらい。
「ここが初等部の校舎。まずはここに入学するんだよ」
「へー」
私が学園内を見せて回るのに子供たちは興味深そうにあちこち見て回る。ちょっと目を離すとどこか行ってしまうので目が離せない。なかなか手のかかる年頃だ。お父様お母様もきっと私を育てるのには苦労されたのだろうなー。何せ私と来たら、ちょっと目を離したすきに家畜泥棒を捕まえちゃったりしてたし。
今はちょっと反省している。
「パパはどこで働いているの?」
「パパは高等部で働いているよ。後で職員室に行って驚かせてあげようか?」
「うん!」
マンフレートもエリザベスも悪戯好きだから困りものだ。
「さて、その前に君たちの家庭教師を探しに行くよっ!」
私は初等部や中等部、そして高等部の校舎を抜けると、学園生活ではあまりなじみの薄かった場所へと向かった。
それは学士課程、修士課程、博士課程の行われている校舎。いわゆる大学だ。
「ママ。ここは?」
「ここは一番勉強したい人たちが来る場所。ママも行きたかったんだけどね」
私もできるならば、学士課程で魔術をより学びたかった。
まあ、今からでもという手もあるが、今は子供たちが大事だからな。
「そんなにお勉強が好きな人がいるの? 変じゃない?」
「変じゃないの。ここで勉強した人は立派な人として扱われるんだからね。それに今日ここに来たのは、その立派な人に会うためなんだよ」
「変な人に会いに来たの?」
「だから変じゃないってば」
もー。子供に学士課程に進む人の凄さを説明するのも苦労するよ!
「さてさて。ちゃんと約束はしておいたから……」
私は学士課程以降の部署が集まった校舎の内、ひとつの研究室に向かった。
「お久しぶりです、ヴォルフ先生!」
「お久しぶりです、アストリッド様」
私を出迎えてくれたのは、何を隠そう幼少の私に魔術のいろはを教えてくれたヴォルフ先生だ。今回はこの方に用事があってやってきたのである。
「ヴォルフ先生。今日はお願いがあって参ったのですが」
「何でしょう?」
「家庭教師をされている学生さんはいらっしゃいませんか? エレメンタルマジックに強い方だと助かるのですが」
私はヴォルフ先生から教わったが、今のヴォルフ先生は教授だ。家庭教師なんぞしている暇はない。なので、かつてヴォルフ先生がやっていたように博士課程を卒業して、まだ行き先が決まらず、家庭教師をやっている人を探すことにしたのだ。
「ふむ。アストリッド様のところのお子さんもそんな時期ですか?」
「はい。今年で4歳になりましたので」
「英才教育ですね。それは可能な限り有能な人材を選ばなくてはなりませんね」
普通は4歳から魔術を教えたりしないのだろうか?
しないのだろうな。私が魔術を教わるって駄々こねた記憶があるから。お父様をなんとか説得して、ヴォルフ先生を家庭教師にしてもらったんだった。
これは英才教育と呼べるかは謎だが、少なくともあまり普通ではないな。
「私の研究室はブラッドマジックがメインですので、別の研究室を当たってみましょう。きっとお気に召す人材を手配できると思いますよ。失望はさせませんから」
「感謝します、ヴォルフ先生!」
やっぱりヴォルフ先生は頼りになるなー。
「じゃあ、パパを驚かしたら帰ろうか?」
「うん!」
その後、私たちはベルンハルトの職場を抜き打ち査察し、ベルンハルトを驚かすと共に子供たちを2年後によろしくお願いしますと言って帰った。
さて、どんな人が家庭教師に来てくれるんだろうか?
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「今日から家庭教師を務めさせていただくドミニク・フォン・ドライスと言います。どうぞよろしくお願いします」
やってきたのは博士課程を修了し、大学内の役職に就くために研究を重ねているといういわゆる博士研究員の人だった。
彼が博士課程を卒業する際に提出した論文をベルンハルトと一緒に読んでみたが、なんでもとある金属内の魔力の制御を、金属を加工することにより精密に行うことができるというものであった。それもほぼ体内の魔力を操作と同じくらい精密に!
凄い研究だ! 私の銃火器に使ったら、より持久戦に耐えられるようになる!
私は一発でこの人にオーケーを出した。
「こちらこそよろしくお願いしますドミニク先生。さ、挨拶して」
「マンフレートです。よろしくお願いします!」
「エリザベスです。よろしくお願いします、ドミニク先生!」
ふたりともいい感じだぞ。人見知りしないか心配したけどこの子たちにそういう心配は無用だということだ。
「先生にはエレメンタルマジックをメインに教えていただけますか? ブラッドマジックについてはあちらのエリザベートが担当させていただくので」
私がそう告げるのに、ベスがちょいとドミニク先生に頭を下げた。
「畏まりました、アストリッド様。では、まずおふたりの魔力量などの情報をいただいてよろしいでしょうか? 魔術は個人差があるものですので」
「ええ。理解しています。これをどうぞ」
私は出産後に測定したマンフレートとエリザベスの魔力量などの情報が記された書類をドミニク先生に手渡した。
「これは……。魔力が非常に高いですね。驚きです。これだけの魔力があれば、どんなことでもできるでしょう」
「本当に? どんなことでもできるの?」
「私、空が飛びたい!」
こらこら。ドミニク先生を困らせるんじゃありません。
「ええ。空も飛べるかもしれませんね。ですが、まずは基本的なことから始めていきましょう。ここら辺で開けた場所はありますか?」
「裏庭! いつもフェンリルと遊ぶの!」
げーっ! エリザベス! それは内緒だってば!
「フェンリル……?」
「うちで飼っている犬の名前ですよ。勇猛な猟犬に育つようにと」
「そうでしたか。そうですよね。フェンリルがこの辺りにいるはずがありませんし」
それがいるんだよなー……。
「では、裏庭に行って、実際に魔力を使ってみましょう。どのようなものか感覚を掴むところから始めましょうね」
「はーい、ドミニク先生!」
というわけで、ドミニク先生の授業が始まった。
最初は魔力を使ってみる感覚を掴み、次に魔力制御を学ぶ。
私も通ってきた道だ。この子たちは銃火器などは作ったりしないが、それでも教わることは同じである。なんだか、ふたりがドミニク先生から魔術を教わっているのを見るとヴォルフ先生から私が魔術を教わっていたときを思い出して懐かしくなる。
こうして人は大きくなっていくのだろうな。
このふたりもいずれは自分たちの手で自分たちの未来を切り開く。
その時、私はどうしてるかな?
まだ遠い将来のことながら、ちょっと楽しみになってきた私だった。
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コミカライズ連載はじまりました!
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