元悪役令嬢と投資
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──元悪役令嬢と投資
毎月オルデンブルク家とブラウンシュヴァイク家からお小遣いが送られてくるとしても、ふたりの子供のことを思うならば少しでも貯蓄の額を増やしておきたい。
というわけで投資にチャレンジ!
やって参りましたのは金融と自然の国ヘルヴェティア共和国! 今回はふたりの子供とベスも一緒だ。ベルンハルトは特別教師の休暇が取れず、あいにく今回は参加できなかった。いつかふたりで来たいところである。この国綺麗だし。
「ママ! 山! 山!」
「そうだね。この国は山がいっぱいあるからね」
子供たちは初めて見るヘルヴェティア共和国の光景に興味津々だ。
「山に登るの?」
「フェンリルと登りたい!」
いや、今回は山に登りに来たわけじゃないよ。
「今日は銀行さんにお世話になりに来たんだよ」
「ぎんこー?」
私の言葉に子供たちが首を傾げる。
まあ、君たちはまだ銀行には用事ないもんね。けど、これも君たちを養うためだぞ。お母さん、頑張っちゃうからねっ!
「何か当てはあるのですか、アストリッドさん」
「ちょいとね。マッチポンプ染みた行為だけど許して欲しい」
ベスも首を傾げて尋ねるのに、私がそう告げて返す。
「マッチポンプ染みた……?」
「まあ、聞けばわかるよ」
ベスの追及に私はそうとだけ返しておく。
そんなこんなで馬車はヘルヴェティア共和国の洒落た街並みを通り抜け、私がヴァルトルート先輩から紹介を受けて贔屓にしている。ヘルヴェティア・クランツ・バンクに到着したのだった。
「ようこそ。ヘルヴェティア・クランツ・バンクへ。ご用件は?」
「資産運用についてご相談をさせていただきたいな、と」
「畏まりました、担当のものをお呼びします」
私が受付を済ませている間、ベスが子供たちを見てくれている。子供たちはいつものやんちゃっぷりが嘘のように静かにしている。基本的に外では静かな子たちなのだ。その分我が家にいるときはわがまま放題だけれど……。
「アストリッド様、こちらへどうぞ」
「はーい」
私は受付嬢に誘導されるままに銀行の奥の方の部屋に。ベスも子供たちも付いてくる。まあ、ベスはベビーシッターじゃないからね。基本的には私が子供たちの面倒を見なくてはならないのである。
「それで資産運用をなさりたいとか」
私を出迎えてくれたのはここに200万マルクぽっちのなけなしの財産を持ってきたときの担当者さんではなく、別の人だった。初老の柔和な感じがする人物だ。私の預金額が急増したから担当の人、変わったのかな?
「ええ。預金額も増えたことですし、具体的な投資先をと」
「ふむ。こちらでお探ししましょうか?」
「いえ。当てはあるのです」
当てはあるのだ。当ては一応はあるのだ。
「地中海貿易に手を出している交易会社に投資したいと思っています」
「交易会社ですか。理由をお聞きしても?」
私が告げるのに、おじさんが考え込む。
「今、オストライヒ帝国は混乱の最中にあります。プルーセン帝国やフランク王国にとっては、南からの物資を仕入れるのに苦労する状況です。そのために地中海の貿易を活発化させ、南部から直接物資を仕入れることができれば両国の経済活動はより活発化し、地中海貿易も潤うはずです」
とまあ、こんなところだ。
このことを告げたとき、ベスが私のことを凄く胡乱な目で見ているのが分かった。気持ちは分かる。オストライヒ帝国滅ぼしたの私だもんね。自分でオストライヒ帝国滅ぼしておいて、困りましたから地中海貿易しましょうじゃマッチポンプだよ。
だが、今は稼ぐ道を選ぶのみ! この子たちの将来のためにも!
「悪くないですね。確かに地中海貿易は最近活発化する傾向を見せています。しかし、オストライヒ帝国の内戦がいつまで続くかは分かりませんよ?」
「それはですね。もう一方の手を準備しておくつもりです。土木工事を担当する会社のいくつかに投資しておいて、オストライヒ帝国の内戦終結後に備えるのです。オストライヒ帝国の内戦は激しく、当面終わりそうにありませんので交易会社の方はいいとして、部分的に停戦が成立した地域ではそのような土建の企業が必要となるでしょうから」
「なるほど。よく考えておられる」
いやあ。それほどでも!
「それにこれから地中海貿易は盛んになる傾向にありますから。陸路で物資を輸送するよりも船を使った輸送の方が遥かに速くて大量に輸送できるのです。地中海貿易はこれから発展の余地が大きくありますよ!」
この世界、自動車も鉄道もないから、輸送としては船の方が速くて、いっぱい運べるのだ。ならば、当面の間は地中海貿易の会社に出資しておけば安泰! これからのオストライヒ帝国回避ルートの開拓の過程で更に地中海貿易の価値は向上! 私は大儲けって寸法である!
だから、冷たい目で見るのは止めて欲しい、ベス。
「畏まりました。では、その線でお客様の預金を運用させていただきたいと思います。他のご注文はあるでしょうか?」
「いえ、特には。これからもよろしくお願いしますね」
「ええ。こちらこそよろしくお願いします」
こうして私は資産運用の段取りをつけた。
「ママ。山登ろう?」
「山、山、山!」
この子たちは本当にアウトドア派に育ってしまったな……。こればかりは私の教育方針が間違っていたかもしれない……。
もう、狩りについてもフェンリルに教わって罠とかでウサギとか取ってくるし、しかも包丁で綺麗にそれを血抜きして、さばいちゃうし。この子たちは逞しく育ったというか、ワイルドすぎるというか……。
ちゃんと学園でみんなとやっていけるのかなー?
「じゃあ、山に登ったら帰ろうか。お父さんが家で待っているからね」
「はーい!」
まあ、これだけ元気なら病気の心配もしなくていいだろう。
私たちはそののちにヘルヴェティア共和国でも有名な山に登り、そこからの風景を満喫して、ベルンハルトへのお土産に腕時計を買って帰った。子供たちは山には異常なまでの執着心を見せたが、時計とかにはさっぱり興味がない様子だ。
う、うーん。本当に教育方針を間違ったかもしれない。
「ベスはどう思う?」
「元気でいいのでは? まあ、少しワイルドすぎますが、小さな子供というのはそういうものでしょう?」
「そういうものかなー?」
私が2歳の頃って静かにしてたかな? それともわんぱくだったかな?
「そういうものですよ。2歳の文字もよく読めない間から本の虫だったりした方が不気味です。今はのびのびと育てて、いずれは教養を教えればいいのですよ。あまり焦っても仕方ありません」
ベスはそんなことを言いながら、私の両脇で寝息を立てている子供たちを見る。
そうだよね。この子たちは破滅フラグとかとは無縁の人生を送るわけだから、そこまで大急ぎで知識を詰め込む必要はないんだよね。ここはおおらかな気持ちで子供たちの成長を見守ることにしよう。
「むにゃ……お肉……」
「フェンリル……」
……おおらかな気持ちだぞ、私。
その後、ヘルヴェティア共和国からの知らせでは、私が予想したように地中海貿易の機運が高まり、投資額は恐らく5倍になって返ってくるとのことであった。相当な大金が懐に入るので私はうはうはです。
まあ、その足元には内戦でズタボロになっているオストライヒ帝国があるのだけれど、先にシレジアを巡って戦争を吹っかけてきた君たちが悪いんだよ? 私は専守防衛の気持ちで迎え撃っただけだからね?
少しの罪悪感は残るもののヘルヴェティア共和国から次々に送られてくる増え続けた預金額を見たら、そんな気持ちはどこかに吹っ飛んだ。もう凄い桁になって帰ってくる預金を見て、ベルンハルトは特別教師の仕事を辞めようかというほどだ。
資産運用の成功に乾杯! これからも我々の家に繁栄がありますように!
でも、子供たちには私のような大人には育ってほしくはないかなー……。
けど、ワイルドさが私譲りだとすると、こういうところも真似してしまいそうで困ったものである。私を育ててくれたお父様お母様の苦労がしのばれる……。
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