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元悪役令嬢さんと子育て

…………………


 ──悪役令嬢さんと子育て



 早いことにあれから2年。


 子育ては想像以上に大変だった。いや、現在進行形で大変か。


 どうしたら子供にとってベストなのかをベルンハルトと一生懸命話し合い、ベスにも手伝ってもらって健康を維持し、病気をしないように可愛がりながら育てるのは一苦労だった。ベルンハルトとは意見が合わない時もあるし、ベスは過保護すぎるって呆れることもあるし……。


 でも、おかげで元気な2歳児に育ちました!


「ママ、ママ! フェンリル、フェンリル!」


「フェンリル!」


 だが、困ったことにこの子たち、フェンリルに懐いちゃったんだよね……。


 最初は知恵がつけばもう怖がって近寄らないだろうと思って、フェンリルと私と一緒に遊んでいたのだが、1歳が過ぎても、2歳になっても、未だにフェンリルと仲良しなのだ。いや、悪いことではないと思うのだけれど、あまり危険な魔獣──神獣には懐いて欲しくないかなーってお母さんは思うんだ。


「フェンリルと遊ぶのとママと遊ぶのどっちがいい?」


「うーん。フェンリル!」


「両方!」


 マンフレートはお母さんよりフェンリルの方がいいのか。ちょっと泣くぞ。


「なら、一緒に遊ぼうか。けど、このことは内緒だからね?」


「うん!」


 使い魔の魔術はロストマジックである。その使用はローゼンクロイツ協会が監視している。世間的にもばれたらやべー魔術である。それなので子供たちには口止めをお願いしているんだけど、子供ってばすぐ喋っちゃうからなー……。


「なら、いくよ。裏庭に集合!」


「集合!」


 元気がいいのはいいことだ。ベスが定期的に健康診断してくれるし、病院の定期健診にも通っているし、健康面での問題はないだろう。かくいう私も風邪をひいたことがないのだっ! そこ、馬鹿は風邪ひかないとか言わない。


 教育面についてはまだまだ早いとベルンハルトは言っていたが、私としてはちゃんと賢い子に育って欲しいので帝都ハーフェルの玩具店で人気の知育玩具などを買って、マンフレートたちに与えている。


 のだが、この子たちはフェンリルとは遊びたがるが、知育玩具ではちっとも遊ぼうとしないのである。まあ、ちゃんと言葉は喋れるし、文字を書いたりするのももっと成長してからでいいと思うのだが、そこはかとなく心配だ。野生児とかにならないよね?


「さあ、フェンリル。おいで」


 私は空間の隙間を開くとフェンリルを外に出す。


 ここら辺はハーフェル郊外でももっとも人口密度の低い場所にあるので、フェンリルが走り回っていてもびっくりして卒倒されたりしないのである。


 もし、見つかったら事情を説明──する振りをして、不意を打ってベスから習った記憶処理を施すのである。割とごっそり記憶が削れるらしいけど、非常時だからしょうがないよね。まあ、見たら殺すより遥かにマシな戦術だ。


「ふむ。また我の教えを乞いに来たか、幼子たち」


「フェンリルのおじちゃんー!」


 空間の隙間からフェンリルが現れるのにマンフレートとエリザベスのふたりが突っ込んでいった。いつもながら、ここでフェンリルが怒り狂ってふたりをかみ殺さないか実に心配になってくる。


 しかし、この子たちにおけるフェンリルの立場の認識はどうなっているのだろうか。まるで親戚の人が来た的な反応を示すのだが、普通の家庭にはこんなおっかない狼の親戚なんていないんだからね?


「フェンリルのおじちゃんではない。我は神獣フェンリルだ」


「しんじゅー!」


 まだ2歳児にそんな難しいことを言っても通じないよ、フェンリル。


「遊ぼう、しんじゅーのおじちゃん!」


「かけっこしよう!」


 私の血を引き継いだのかマンフレートとエリザベスはアウトドア派だ。マンフレートはともかくとして、エリザベスには女子らしい落ち着きを持ってもらいたいのだが、私というお手本がいるのでは無理か。


 今思うとお父様お母様がどれほど苦労して私のことを育てられたのかが分かる。公爵家令嬢の長女だというのに、毎日のように泥まみれで帰ってきたり、謎の物体で遊び始めたりと。私が親だったら全面的にやめさせていただろう。


 しかーし! 私はお父様お母様たちとは違う! 私は子供の自主性を重んじる母親なのだ! ふふふっ! 最高に良妻賢母って感じだぜっ!


「そろそろただ走るのにも飽きただろう。ブラッドマジックを使ってみろ」


「ブラッドマジック?」


 私がそんなことを考えていたらフェンリルがとんでもないことを言い出しましたよ!


「ストーップ! 流石に2歳でブラッドマジックは早すぎだよ、フェンリル!」


「魔術を習得するのに早すぎることなどない。野生ではなるべく早く魔術を習得したものが生き残るのだ。この幼子たちにも生き残る術を教えておかなければなるまい」


「ここは野生じゃないの! ここは普通の家庭!」


 もう! フェンリルと来たらなんでも野生感覚で考えるんだから!


「ブラッドマジック、知りたい!」


「教えて、教えて!」


 ほらー! 子供たちがこうなっちゃうでしょう!


「いいか。まずは全身に魔力を流していくことから始め──」


「ストップ、ストップ! ベスが、ベスが来てからね!」


 フェンリル! やめて! 子供たちの筋肉引き千切れたらどうするのさ!


「ベス! ベス! ちょっと来て!」


「なんですか、アストリッドさん。私は報告書を書いていたのですが」


 私がベスを呼ぶのにベスが不満げな表情をして現れた。


「フェンリルがマンフレートとエリザベスにブラッドマジックを教えようとしてるんだ。危ないことがないか見ていてくれない?」


「まずフェンリルのような魔獣を子供たちに近づけているのが危険です」


「言葉もございません」


 それはそうなんだけどー……。この子たち、すっかりフェンリルに懐いちゃってるしなー。今から仲を引き裂くというのは胸が痛むというものなのだ。なので、そこは勘弁してもらいたい。


「ブラッドマジックでしたら私が教えた方がいいのでは?」


「そうだね! ベスに頼もう!」


 私がそう告げるのにマンフレートとエリザベスが不満そうな表情を。


「な、なにが嫌なのかな?」


「ベスおばさんは厳しいからやだ」


 エリザベスが告げるのに、ベスの表情が僅かに引きつった。おいおい。


「そこにいる魔獣よりも丁寧に教えて差し上げますよ」


「誰が魔獣だ。我は神獣だ」


 ベスがフェンリルを睨むのに、フェンリルがベスを睨み返す。おいおい……。


「け、喧嘩しないで! 子供の前で喧嘩しないで! ふたりで一緒に教えればそれでいいじゃんか!」


 ベスとフェンリルが衝突寸前なのに私が叫ぶ。


「気に入りませんが、それでいいでしょう」


「軟弱な吸血鬼などに何が教えられるというのだ」


 こ、このふたりは……。今は何でも吸収する子供時代なんだから、子供たちの前ではもっと繊細になっておくれよ……。


「では、まずは全身に魔力を流すことから始めましょう。自分の魔力の感覚は分かりますか?」


「わかりません」


 ベスが尋ねるのにマンフレートとエリザベスが首を横に振る。


「魔力とは血のようなものだ。全身を駆け巡る血を連想しろ。自分の体を駆け巡る血潮を感じ取れ。このようにな」


 フェンリルはそう告げるとポンとその大きな腕をマンフレートの頭の上に乗せた。


「んん? 分かる! 分かる! 分かった!」


 どうやらマンフレートはフェンリルから魔力を流してもらってそれを認識したようだ。私がヴォルフ先生にブラッドマジックを教わった時と同じだな。懐かしい。


「私も! 私も!」


「エリザベスには私が教えてあげますよ」


 エリザベスがせがむのにベスがしゃがみ込んで、エリザベスの手を握った。


「ほら。このように魔力を流すのですよ」


「ん? 分かった! こう?」


「そう。それです」


 エリザベスの方もベスから教わってやり方を覚えたようだ。


「ならば、次はあらんかぎりの力を発揮するのだ。魔力を全身に流し、我のように疾走してみせよ。力を込め、想像せよ。我のような走りを」


「ちょっと待ってください。いきなりそういうことをするのは危険です。最初は歩行補助程度から始めるべきです。子供の肉体は繊細なのですから」


「そんな軟弱なやり方では習得までに数百年はかかる!」


「これだから体力ばかり自慢の魔獣には悩まされます。野生に帰ったらどうですか?」


「なんだと。我とやるつもりか? 面白い!」


 あーっ! もう君たちは! 本当に仲が悪いなー!


「フェンリルのおじちゃん、喧嘩ダメだよ?」


「ベスおばちゃんも喧嘩ダメ」


 そんなふたりの様子を見かねたのか、マンフレートとエリザベスがそう告げる。子供たちの方がしっかりしている気がするのは気のせいだろうか。


「ほらほら。ふたりもそう言ってることだし、仲良くね?」


「ふん。野生の技を教えてやるはずだったのだが」


「ここは休戦しても構いませんよ」


 ふーっ! 全く、ニトログリセリンのようなふたりだぜ。


「走ろ! 走ろ! 僕もフェンリルのおじちゃんみたいに走りたい!」


「私もー!」


 そして、ノリノリになる子供たちである。勘弁して欲しい。


「よしよし。いいだろう、幼子たち。まずは我がお前たちに合わせて走ってやる。我のようにするがいい」


「私も同行します。万が一の場合に措置できるように」


 フェンリルとベスがしっかりしてくれているのが一番だよ。


「さて、じゃあママも走ろうかな! こう見えてもママはフェンリルをやっつけたことがあるんだよっ!」


「本当に!」


「凄い!」


 子供たちからの称賛の眼差しが嬉しいぜ。


「じゃあ、いくよ。よーい、ドン!」


 私たちはこののどかな裏庭で駆けまわる。


 子供たちは確実に成長していっている。きっと素晴らしい大人になるだろう。


 私たちはそれを全力で支えなくちゃね!


「ママ、速い!」


「おっとと。速すぎるといけないね。子供と一緒の時はゆっくりとしていこう」


 そろそろベルンハルトも帰ってくる。今日の夕食が楽しみだ。子供たちはお腹を減らしているからきっといっぱい食べてくれるだろう!


 子供たちが大きくなりますように!


 けど、エリザベスには私みたいなのっぽにはなって欲しくないかな……。


…………………

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