元悪役令嬢とお屋敷
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──悪役令嬢とお屋敷
出産から待つこと6ヵ月。
私たちの屋敷が完成したー!
ここは領民から搾り取った税金でといいたいところだが、実際は私がヘルヴェティア共和国に送金しておいたへそくりで半分が賄われている。領民に優しい貴族だよね。突如としてお屋敷を建て始めることを除いて。
さて、そんなベルンハルトとの愛の巣は結構広い。
いや、庶民の観点からすると馬鹿でかいのですが、公爵家のお屋敷に慣れていると、なんだか小ぢんまりと感じるわけである。壮大な比較対象と織りなすコントラスト的な問題ですな。
まあ、どうあれ屋敷は建ったのでこれからはこのお屋敷で新生活だ!
「ベス! ベスの部屋はここね!」
「はい。ありがとうございます。ですが、はしゃぎすぎですよ」
今はしゃがないで、いつはしゃぐって言うんだい!
ようやく完成したお屋敷は将来子供たちが育つ子供部屋もちゃんと用意してある。万が一に備えて一応3部屋は確保。もう出産は勘弁して欲しいけどね……。
「空き部屋が多くないですか?」
「まあ、ゲストルームだったり、将来の子供部屋だったりね。やっぱり男の子と女の子だから別々の部屋がいいだろうし、子供のプライバシーは大事にしてあげたいし。いろいろ考えた結果だよ!」
「はあ。そうですか」
やる気ないな―、ベスは。
「で、ここがベルンハルトの部屋! こっちが私の部屋! 時々一緒の部屋になることがありますけどねっ!」
「隙あらば惚気ようとするのはやめてください」
いいじゃん! あの10年間、私は人の惚気話をずっと聞かされてきたんだから! 今度は誰かに聞かせる番だっ! というわけで、ベスには思いっ切り私の惚気話を聞いてもらうっ! ノーとは言わせない!
「しかし、広い屋敷だな。俺の実家より広いぞ」
「そうですよ、ベルンハルト。大きなお屋敷ですよ。ここがふたりの愛の巣です!」
私とベスの後ろから乳母車を押してベルンハルトが姿を見せた。
「愛の巣とか恥ずかしいこというな。しかし、家具の類はほとんど入ってないな」
「それはふたりで揃えていきましょう。オルデンブルク家とブラウンシュヴァイク家からお小遣いは貰っていますから」
家ができたはいいが、今はベッドがあるだけで家具の類はほとんどない。
これからメイドさんも雇わないといけないし、庭も整えたいし、子供のための玩具も買ってあげたい。いろいろと出費がかさむところだ。
だが、今の私たちには領地からの収益があるし、お父様が持参金としてポンッと渡してくれた4000万マルクがあるっ!
……うちの財政って相当よかったんだね。私が必死こいて1000万マルク稼いでいたのは一体なんだったんだろうね。私が阿呆のようだね。
まあ、落ち込むことはない。お金はあればあるほどいい!
これからは投資したりして元手の4000万マルクを増やしていくことを始めなければな。なんだかんだしていると4000万マルク程度いつの間にかなくなるからな。幸いにして私にはひとつの投資案がある。
「では、まずはマンフレートとエリザベスを寝かせましょう。この子たちってちっとも泣きませんよね。ちょっと心配になってくるんですけど」
「必要な時は泣くだろう。今日のおむつ交換はお前の番だぞ」
「ラジャー!」
赤ちゃんのお世話は大変である。汚れるおむつを替えて、お乳をあげて、離乳食にもチャレンジし、あの赤ちゃんが急に死んでしまう謎の病気にならないように寝相をチェックして……。
う、うーむ。でも、実を言うと私はお乳をやっていないのだ。その、ペタン族なので赤ちゃんが凄くやりにくそうにするのだ。なので、こればかりは乳母さんを雇っている。他は自分たちで! お父様お母様は乳離れするまでは乳母さんに全部任せたらしいけど、私たちは自分たちで育てていきたいところだ。
それだけ愛情を注げば、きっといい子に育つからね!
とはいえマンフレートとエリザベスのぽかんとした表情を見ていると、本当に私たちからの愛情を感じてくれているのか謎である。
お母さんお父さんは愛情を注いで育てるから、ちゃんと応えてね?
「ぶー」
私がそう思ったのにマンフレートがそう返した。
ぶーか。そうか、ぶーか。
「まあ、広い心で育てていきましょう! きっといい子たちに育ちますよ!」
「そうだな。魔力の値も高いし、お前と俺がいれば魔術に関しては問題ないだろう。後は礼儀と一般教養をちゃんと学んでくれるのを期待するだけだ」
「ベルンハルトが理系の分野の担当ですよ? 私は文系ですから!」
「まあ、家庭教師を付ければそこら辺は問題ないだろう」
あいにくのところ、私が胸を張って他人に教えられるのは文系の分野だけである。理系など初等部のときから怪しくて教えられたものではない。
「ヴォルフ先生みたいな家庭教師の人だといいですね」
「ああ。今、学園で教授やってる人か。その人の息子と友達が結婚するんだろう」
「そうですね。6歳差なんでまだまだ先ですけど」
サンドラ君はパトリック君と上手くやっていけるだろうか?
「さてと。キッチンも見てきましたけど必要なものは概ね揃ってましたし、残るは庭ですね。この屋敷、広い庭があるんですよ!」
「庭いじりするような趣味のある奴はいるのか?」
「ひとりだけいるんですよ」
何を隠そう庭を作ったのは、その人のためなのだ。
「ううん! ひっろーい庭! ちょっとした領地ぐらいはありますよ!」
「広すぎだろ。何か育てる予定でもあるのか?」
「実はこの子のストレス発散に」
そう告げて私は空間の隙間を開いた。
「ふむ。ここが新しい狩場か」
「おいおい。まだフェンリル飼ってんのかよ……」
出てきたのはフェンリルである。
そう、この広い庭はフェンリルのためと言っていいのだ!
「ささっ。フェンリル、自由に走り回っていいよ。今は誰もいないから」
「狭苦しい場所だな」
「君はもー……」
こんなに広い場所を確保したのに狭苦しいってなんだいっ!
「それがお前の息子と娘か?」
「そだよ。脅かしちゃダメだからね?」
「別に取って食いはせん。しかし、我の姿を見ても泣きださないとはな」
フェンリルは鼻頭をマンフレートとエリザベスに向ける。
すると、ふたりはきゃっきゃっと嬉しそうにフェンリルの鼻頭を叩き始めた。
「ふうむ。なかなか胆力のある赤子だ。きっと将来は勇猛に育つだろう。いい子供を持ったな、我が主人」
「あ、ありがと」
私はいつフェンリルが怒ってふたりに噛みつかないか戦々恐々だったよ!
「我も野生の掟について教えてやろう。きっと逞しい狩人へと育ててみせるぞ。山に入れば我と同じように他の獣たちから恐れられるだろう」
「君に教育を任せるのはなー……」
フェンリルってば余計なこと教えそうだからなー。
「それより自由に歩き回ってきなよ、フェンリル! 私も一緒に走るからさ!」
「いいだろう。狭い領地だが楽しませてもらうとしよう」
私も運動しなければ妊娠出産の過程でちょっとお腹周りにお肉が……。これは由々しきことですよ、閣下!
「じゃあ、競争だっ! よーい! どん!」
「いくぞっ!」
こうして私たちは新しい私たちの屋敷をゲットしました。
家具類はベルンハルトやベスと一緒に相談しながら買いそろえていき、概ね揃ったところでミーネ君たちが新築祝いにやってきた。
ミーネ君は素敵な屋敷ですねとしきりに褒めてくれた。いやあ、それほどでもと返しながらも私は自信満々だ。この屋敷は私とベルンハルトの愛の巣だからね。調度品もベルンハルトとベスと値札を睨みながら選んだものである。
さあ、私、ベルンハルト、ベス、マンフレート、エリザベス、フェンリルの5名と1匹はこのハーフェルの外れにある屋敷から、新たな人生のスタートを切るのだ!
子育て、教育、投資、愛しい結婚生活、フェンリルの散歩とやることはいろいろとあるが、それがあるからこそ人生は楽しい! 私の耐えに耐えた10年間の分だけ今は満喫するのであるっ! 希望に満ちた明日が待っている!
さあ、楽しくて忙しい人生のある明日に向かってレッツゴー!
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