元悪役令嬢、出産
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──元悪役令嬢、出産
なんだかんだありましたが、無事出産しました!
痛覚遮断を駆使して、苦労しながら生まれたのは双子の兄妹。
うん。最初に生まれたのは男の子なんだ。この世界の戸籍法がどうなっているか分からないけれど、この世界では先に生まれた方がお兄ちゃん、お姉ちゃんなのだ。
まあ、双子だからそこまで差があるわけじゃないけど、お姉ちゃんと弟ちゃんがいいなと思っていた私の望むようにはなりませんでしたよ。
それにしても疲れた。へとへとだ。
「よく頑張ったな、アストリッド。特に助けになれなくてすまん」
「そんなことないですよ、ベルンハルト。一緒にいてくれただけで十分です」
私のベッド脇でベルンハルトが告げるのに、私が首を横に振って返す。
ベルンハルトは出産中に私の脇にて常に励ましてくれた。それだけで十分だぜ。出産は女の戦いなのだから。
ちなみに、この世界の医療技術は優れていて、出産で母子が死亡する可能性は極めて低い。産褥熱についてもきっちりブラッドマジックで処置がなされている。まあ、天下のブラッドマジックにかかれば、心臓に矢を受けた奴まで生き返るんだからな。
だが、体力を使うことだけはブラッドマジックでもどうしようもない。それもふたり分だから2倍の負担だ。もう子供はいらないかな……。世の中にはサッカーチームできるぐらい子供を作ろうという人もいるようだが、私は勘弁だ。
「それより子供の方はどうなっています?」
「ああ。無事にしているぞ。頼んで連れてきてもらおうか?」
「是非」
私は出産時には失神寸前だったので、よく赤ちゃんの顔が見れていないのだ。
ベルンハルトが出ていって病院の看護師さんに何事かを告げると、看護師さんが走っていく。それからしばらくして看護師さんがカートを押してやってきた。
「ほら、お母さんですよ」
看護師さんがそう言って赤ちゃんを抱える。
うむ。私がお腹を痛めただけあって可愛い。これまでお腹が痛くなると言ったら、ストレスばかりだったからな。素直に可愛いものだ。
「どっちが男の子です?」
「こっちが男の子ですよ、ほら」
看護師さんが布に包まれた赤ちゃんを私に渡してくる。
「こんにちは、私の可愛い赤ちゃん。元気な子に育つんだぞー?」
私がそう告げるのに、赤ちゃんはぼんやりした顔をしていた。大丈夫か?
「ベルンハルト。名前はどうしましょうか?」
「うーん。悩みどころだな。まだいい案がない」
どんな名前を付けてあげようか?
「マンフレートって名前はどうでしょう? 私のおじいちゃんの名前なんですけど、名君として名高いアルブレヒト2世がもっとも信頼した相談役だったんですよ。悪くない名前じゃないですか?」
マンフレートは私の亡きおじいちゃんの名前だ。前皇帝アルブレヒト2世の相談役として優れた知性を発揮した──とお父様は言っていた。実際、どの書籍にもマンフレートおじいちゃんは優れた人だったと書かれている。
まあ、早くして亡くなったので私とは面識がないんですけどね。
「マンフレートか。悪くないな。マンフレート・パウル・フォン・ブラウンシュヴァイクってとこだな。短命だったのが玉に瑕だが、賢い子に育てくれそうだ」
「いいですね、いいですね。悪くないですよ」
マンフレートおじいちゃんは寿命が短かったことを除けば、文句なしだ。
「女の子の方はどうしましょう?」
「そっちはエリザベスで! ベスとお揃いの名前にしましょう!」
女の子の方はベスと似たエリザベス! ベスってばいい子だし、これから長い付き合いになるから、子供にも分かるような名前を付けておいてあげたい。
「本当にそれでいいのですか?」
と、突っ込むのはベス本人だ。最近影を薄くする謎の魔術を使っていて存在感が薄いが、ベスは常に私を見張っているぞ。ベス・イズ・ワッチング・ユー。
「ベスってばエンゲルハルトの血筋を終わらせたいから赤ちゃんは欲しくないって言ってるでしょう? だからさ、この子がベスの赤ちゃんだと思ってよ。きっとベスみたいなカッコいい女の子に育つよ!」
そうなのだ。ベスは自分が継ぐエンゲルハルトの血筋が気に入らなくて、自分の代でエンゲルハルト家を終わらせるために結婚もしないし、子供も作らないと言っているのだ。そんなベスだからこそ、自分の子供と思えるようなものが必要なんだと親友の私は思うんだよね。この赤ちゃんは私とベスが母親だぞ!
「確かに子供と思える存在がいるのも悪くは思いませんが。これから長い付き合いになりますからね。そちらのお子さんにも事情を理解してもらわなければ」
「そうだよ! 私とベスとベルンハルトの3人で育てていこうね!」
災厄認定は本人が力を喪失するか、死ぬまではずれないそうなので、ベスとは長い付き合いになる。子供たちにもベスのことを親戚のお姉さんぐらいには思って欲しい。良ければもっと深い関係で。
「やれやれ。ローゼンクロイツ協会の仕事で子育てを手伝うことになるとは思ってもみませんでしたよ。本当にあなたは破天荒ですね、アストリッドさん。我々がこれまで監視してきた魔女や魔術師たちとは大きく異なる」
ベスは呆れたようにそう告げるが、顔はちょっとだけ笑っていた。
それからお見舞いにミーネ君やロッテ君たちがやってきた。みんなが揃って果物やお菓子をプレゼントしていく上に暫くベッドから動かないものだから、それはもう体重が増える傾向が満々です。ただでさえ妊娠したので太ったのに……。
見舞客には他にもお父様お母様はもちろん、イリスたちも来てくれた。イリスは小さな赤ちゃんに興味津々だったが、抱っこするのは落としてしまうそうで怖いと言って、抱っこはしなかった。
ちなみに、魔女協会からもヴァレンティーネさんが来ました。
ベスとは一触即発の雰囲気だったけれど、赤ちゃんたちの魔力が非常に高い──なんとマンフレートがMP600、エリザベスがMP650もあった──ことを知ると、将来は魔女に育てるといいなどと言い出してしまった。
「いや。この子たちは普通に育てますよ? 魔女にする必要はないですからね?」
「そうか。残念だが、決めるのはこの子たちだ。いずれ、お前が決断したように決めることになるさ」
などという不吉な予感を残してヴァレンティーネさんは空間の隙間に消え去った。
「追跡用のブラッドマジックを使ったのですが弾かれましたね。全く、魔女たちは」
「ヴァ、ヴァレンティーネさんは比較的無害だと思うよ?」
ベスが憤るのに私がそう告げる。
一番驚いた見舞客はエルザ君だ。エルザ君はお忍びでやってきて、出産は大変だったかと尋ねてきたので、もの凄く大変だと答えておいた。エルザ君は今度は自分がその番になるのにちょっとばかり憂鬱そうな表情をしていた。
ちなみにエルザ君のお腹ももう膨れ始めていました。
「じゃあ、母子ともに健康ということで退院です」
「やったぜ!」
担当のお医者さんが告げるのに私はガッツポーズを決める。
「定期検査には来てくださいね。それからこれが母子手帳になります」
母子手帳は異世界にもあった。
「ベルンハルト! さあ、我が家に向かいましょう!」
「どっちの我が家だ?」
「うーん。まずはあなたの?」
私たちは依然としてブラウンシュヴァイク家とオルデンブルク家を行ったり来たりしている。将来的にはどっちに暮らすか決めて、子育てに励まなければならないのだが、お父様がしきりに実家に来てくれというもので……。そろそろ子離れして欲しい。
「まあ、俺たちは分家みたいなものだからな。自分たちで屋敷を建てるのが一番いいと思うぞ。領地ならちょっとは相続できるだろうし」
「いいですね! 私たちの愛の巣を作りましょう!」
「お前、それ自分で言って恥ずかしくないか?」
「……ちょっと恥ずかしいです」
けれど、ベルンハルトと愛の巣を作るのはやめないぞ! 絢爛豪華とは言わずとも、子供たちがすくすく育てる屋敷を建てるのだ!
「ベスも一緒に暮らそうね! ベスのための部屋も用意するから!」
「はい。ありがとうございます」
ベスはいつもゲストルーム暮らしだったので、新しい屋敷にはちゃんとベスの部屋を準備してあげたいところだ。
「さあ、新たな門出を祝ってレッツゴー!」
当面はブラウンシュヴァイク家とオルデンブルク家を行ったり来たりするが、そのうち屋敷を建てるぞー! 私のヘルヴェティア共和国の預金の使いどころだー!
こうして、無事出産を終えた私は新しい家族と一緒に暮らすことになったのだった。
私たちに幸あれ!
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