元悪役令嬢の従妹と文化祭
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──元悪役令嬢の従妹と文化祭
私はイリス・マリア・フォン・ブラウンシュヴァイク。演劇部部長です。
晴れて演劇部の部長になったことで、今年の文化祭は大変です。
どういう演目の劇を演じるのか。配役はどうするのか。台本はアレンジするか。
大変だろうなとは思っていましたが、ここまで大変だとは思ってみませんでした。
それで今年演じる題目は紆余曲折あって“狼男の花嫁”のアレンジバージョンに決定しました。本当に紆余曲折ありました……。何とか決まったという感じです。
練習そのものは8月の末から開始……なのですが、まだ問題が残っています。
配役です。
「ヒロインはイリス先輩としてヒーローは?」
「それはもちろんウーヴェ様よ!」
題目を決めるときにももめにもめたのですが、今度は配役で揉めています……。
「いや、ここでイリス先輩の婚約者であるヴェルナー君がいいのでは?」
「婚約者だからって決めるのはダメよ! 実力がなくちゃ!」
うーん。普段はとっても仲がいい演劇部なのですが、何かを決める時には皆さん鬼気迫る様相となってしまうのです。
「それにヴェルナー君にはまだ高等部になってからのチャンスがあるでしょう! ウーヴェ様は後2回しか演じられないのよ!」
「いや。それでもヴェルナー君にするべきだと思うな。やはり本物の恋人同士というのも演技では分からない部分が演じられるからね」
ヒロインはいつの間にか私に決まっていました。私以外にもヒロインをしたい人はいたと思うのですが……。それに中等部からヒロインをやっている私なので、誰か他の人にチャレンジしてもらいたくもあるのです。
「そもそもヒロインは私という前提から変えていきませんか?」
「それを変えるなんてとんでもない!」
私が告げたのに両方の方々が声を揃えてそう告げられました。
う、うーん。このままだと高等部3年までヒロインを演じることになりそうです。それがいいのか悪いのかは分かりませんが……。
「イリス様はどう思われます? やはりヴェルナー君と組む方がいいのでは?」
「いや、ここはウーヴェ様ですよね?」
そして、議論の矛先が私の方向を向いてきました。困ったことに。
「確かに一度はヴェルナー様と舞台に立ってみたいですが、別に文化祭の出し物でやらなくてもと思います。普段やる演劇の練習で一緒の舞台に立てればそれでいいかと。ヴェルナー様もきっとそれで納得されるはずです」
ヴェルナー様も上級生のウーヴェ様を押しのけてまでヒーローになりたいとは考えられないはずです。きっとこの私の妥協案で納得してくださるはず。
そう思ったですが……。
「そう易々と婚約者のパートナー役は譲れません」
ヴェルナー様がやる気になってしまわれました。
「イリス先輩だって中等部からヒロインを務められておられたはずです。ならば、僕がヒーローを演じてもいいのではないでしょうか?」
「あれはラインヒルデ様が特に気に入られたからであって……」
そう言えばヴェルナー様と舞台に上がっているところをお姉様にお見せすると告げていたのでした。ひょっとしてヴェルナー様はその約束を覚えておられて、どうしてもとおっしゃっているのでしょうか?
それだとすると申し訳ないです。あの約束は私が言い出したことなので。
「ウーヴェ様も何かおっしゃってください!」
「んん。まあ、僕は無理にヒーローがやりたいとは思わないよ。今年はヴェルナー君に譲ってもいいさ。ヴェルナー君の演技は素晴らしいものだからね。それよりも僕は脚本の方に力を入れたいな」
「ウーヴェ様!?」
思いのほかあっさりとウーヴェ様が引き下がったのに、ウーヴェ様を支持していた部員の方々がびっくりされる。私自身もびっくりしています。
「そんな、ウーヴェ様がヒーローではなくては!」
「そうですわ! イリス様と同じ演技力を有されるのはウーヴェ様だけですわ!」
確かにヴェルナー様も演技力は高いと思うのですが、先輩であるウーヴェ様と比べると些かばかり見劣りしてしまいます。それだけウーヴェ様が凄いということです。
「ここはね。本物の恋人同士が愛に満ちた物語を演じるのがいいと僕は思うんだよね。だから台本の方も大きくアレンジして完全な恋愛ものにしたいんだ。誰もが見たことのないような劇を演じてみないかい?」
ウーヴェ様は不敵な笑みでそう告げられます。
「それはちょっと興味がありますわ」
「けど、本当にウーヴェ様はヒーローじゃなくていいんですか?」
部員の方々は納得したり、疑問に思われたりです。
「実を言うと最近は脚本を書く方が気に入っているんです。中等部のときに試験用の台本を先輩と共に任されたのですが、その時の思い出が楽しくて。あの時は名作の“アウグストゥス”をアレンジさせていただきましたよ」
ああ。私がヒロインを演じることになった最初の劇ですね。
お姉様はなんだか納得いかないという感じであられましたけど、私としてはかなり面白いアレンジだと思っていました。
「では、これからは裏方に?」
「いえ。よろしければ端役でいいので出させていただけると幸いです。自分も自分のアレンジした劇を演じて見たいですから」
「そんなウーヴェ様が端役だなんて! そんなのおかしいですわ!」
そして、再燃するヒーロー論争です。どうしたらいいものか。
「皆さん。ここはウーヴェ様に素晴らしい脚本を書いていただくためにもウーヴェ様への負担は減らしましょう。部員の方々は可能な限りウーヴェ様をお手伝いする。それでいいのではないですか?」
私は勇気を振り絞ってそう言ってみました。
「そうですわね。ウーヴェ様が望まれるようにするのが一番ですわ」
「流石はイリス様です」
流石と言われるほどのことはしていないのですが、褒められてしまいました。
「では、ウーヴェ様。脚本の方、期待していますね」
「ええ。任せてください、イリス嬢。とても盛り上がる劇にして見せますよ」
そう語り合ったのが8月上旬。
そして、8月から練習がスタートしました。
台本を書きながら練習をするとちょっと大変な練習でしたが、いつも夏休みは遊んでばかりだった私にはちょうどいい感じです。私は暑い中頑張る部員の方々のためにユリカさん──私の妖精さんです──に頼んで氷水を作って差し入れたりしました。
そして、カレンダーがめくれて9月。
台本はほぼ完成して、通しの練習ができるようになりました。台本のアレンジは素晴らしいもので、ヴェルナー様からよく貸していただいた小説を思い起こさせます。ロマンティックな愛というものを感じる仕立てです。
私たちは高等部に入って難しくなってきた勉強に励みながらも9月の間も練習を続け、ついに文化祭の日が訪れました!
「イリス! 見に来たよ!」
「お姉様!」
文化祭には当然お姉様も来てくださいます。お姉様は赤ん坊を身ごもった身重な体ですが、とても元気そうでした。
「お姉様。お腹の赤ちゃんの性別は分かりましたか?」
「そ、それがね。どうも双子みたいなんだ」
「ええっ!」
びっくりです。お姉様がまさか双子を身ごもられるなんて。
「男の子と女の子の双子ね。生まれてくるのが楽しみだよー」
今のお姉様は妊娠3、4か月目というところで、後6ヵ月もあれば出産です。
「双子の出産は難しいと聞きましたが大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫。私は体力には自信があるからね!」
うん。お姉様ですからきっと大丈夫です。きっと元気な双子を出産されるでしょう。
「それより文化祭見て回ろう! イリスの劇も楽しみだけど文化祭そのものも楽しみだったんだ! 今日はお姉ちゃんと一緒にいろいろ見て回ろうね!」
「はい、お姉様!」
というわけで私たちは文化祭を満喫しました。
お姉様が所属されていた真・魔術研究部は興味を持った人たちが入部したんですが、人数が足りずに魔術研究部と合併していました。それでも出し物はしていて、命令に従って動くお猿さんというのが展示されていました。
「セラフィーネさんが使ってる奴に似てる……」
お猿さんの芸は素晴らしかったのですが、お姉様は時折私にはよく分からないことをおっしゃいます。
魔術研究部の出し物を見たら、次は料理研究部。今年はクラーケンに似た食感が楽しめるクトゥルフの落とし子を小麦粉で包んで焼いたものが提供されていました。
「たこ焼きだこれ」
クトゥルフの落とし子がどのようなものかは想像できませんが、お姉様がタコ焼きと呼んだ料理はとても美味しかったです。ふわりとした生地の中に、こりこりしたタコが入っているというのは新食感でした。
それから文芸部、新聞部などを見て回りました。お姉様は文芸部の書評本に興味津々で、私も最近読んだ小説の書評が記されている本を買いました。
新聞部ではフリードリヒ殿下とエルザ殿下の特集を組んでいました。最近では、外遊にも頻繁に行かれ、各国で歓迎を受けておられるようです。
「よかったね、エルザ君……」
皆がエルザ殿下がフランケン公爵家の子女であると分かる前からエルザさんに親切だったお姉様は感慨深い様子で新聞記事を読んでおられました。
「さて、そろそろイリスの劇の時間だね!」
「はい! 楽しみにしていてください!」
そして、待ちに待った私の出番です。
私は控室で着替えて、演劇の舞台に臨みます!
「おおっ! なんということだ! 男爵が殺されてしまうとは!」
「しかし、ここは密室です。どうやって男爵を殺したと言うのでしょうか?」
今年の演劇部の台本は気合が入っています。ウーヴェ様が手腕を振るわれ、あの素晴らしい名作“狼男と花嫁”の台本を更に素晴らしいものにしてくださいました。
「犯人はこの中にいます!」
私は殺人事件を解決し、旦那様──演じられるのはヴェルナー様です──の疑惑を晴らし、法廷で戦い、国王に謀反を企んだ枢機卿を罰したりと大活躍です。
そして、劇は終わり。
「どうでしたか、お姉様!」
「す、凄かったよ、イリス。ヴェルナー君ともお似合いだったしね。けど、どうしてあの台本で密室殺人事件が出てくるのか私には分からないよ……」
お姉様はこの劇に満足されたような疑問を感じておられるような、そんな表情をされていました。
私としては大成功だったと思うのですが、どこかおかしかったでしょうか?
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