元悪役令嬢と冒険者仲間
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──元悪役令嬢と冒険者仲間
私は妊娠というおめでたいニュースを知らせにある場所にベスと共に向かった。
冒険者ギルドだ。
そう、ペトラさんたちにめでたいニュースを知らせに来たのだ。
ペトラさんたちは今日はいるかなー?
「おう。アストリッド、随分と久しぶりだな」
「お久しぶりです、ペトラさん!」
冒険者ギルド内にはペトラさんたちの姿あったー! よかったー!
「この間は結婚式に来てくださってありがとうございます」
「いや。こっちこそただで飲み食いさせてもらって助かったさ。あれから新婚旅行だったんだろう? どうだった? 楽しかったか? ロマルア教皇国といえば観光名所が目白押しだもんな。楽しかっただろう」
「とっても! それから実は嬉しいお知らせが……」
「嬉しい知らせ?」
私の言葉にペトラさんたちが首を傾げる。
「実はもう妊娠したんですよ。今は妊娠4週目ってところで」
「おいおい。マジかよ。もうか?」
ペトラさんは呆れたような、エルネスタさんは驚いたような、ゲルトルートさんはちょっと微笑んだ表情を浮かべた。
「お前の旦那、とんでもねー野獣だな。結婚して即妊娠とか。普通はもうちょっと段階を置くもんだろ。やっぱりあれか。夜は忙しいのか?」
「い、いえませんよ、そんなこと!」
「私は夜は忙しいかって聞いただけなんだけどなあ?」
ぐぬ。今日のペトラさんは意地悪なペトラさんだ。
「まあ、それはいいんです。今はまだ分からないですけど、私的には最初は女の子がいいなーと思ってる次第です。やっぱり最初は女の子がいいですよね?」
「そうか? あたしは早く働き手になってくれる男の方がいいけどな。男が稼ぐようになってくれれば、下の子供を育てるのも楽になる。そういうもんだろ?」
うーん。ペトラさんとはちょっと意見が合わないみたいだ。最初が男の子だと、下の子の面倒を見てくれるか心配になるじゃないか。いや、男の子が絶対に妹の世話をしないとは言わないけれど。あんまりするイメージはない。
「というかあたしたちはそれ以前に、な?」
「結婚相手がいないよー」
ペトラさんが告げるのにエルネスタさんがしょげたように伸びた。
「えっと。冒険者の人ってどんな感じに結婚するんです?」
私にはちょっと興味ある話題なので尋ねてみた。
「まあ、息があった冒険者と一緒にってケースがほとんどだな。でも、女の冒険者の場合、妊娠したり子育てしたりするとどうしても休まなくちゃならなくなる。だから、しっかり稼げる旦那をゲットしなくちゃならんわけだ」
「そうだよー。この人、いい人って思っても、稼ぎが少ない人だと養ってもらえないからねー。それにある程度貯えがある人じゃないと、いざ怪我したときとか困るしー。それでいていい物件は美人で若い子が持っていっちゃうしー。冒険者の結婚はとっても難しいんだよー!」
と、鼻息を荒くして語られる2人。
そ、そっかー。出会いが冒険者ギルド内に限定されているうえに条件が厳しいのか―。それは確かに難しそうだな……。私も結構厳しい結婚だと思っていたけれど、上には上がいるというものかー。
「でも、別に相手の人が冒険者じゃなくてもいいんじゃないですか? ほら、依頼主の人とかと知り合えば、その伝手で」
「あー。相手がこっちが冒険者だと分かると遠慮しだすんだよな。冒険者ってのは荒くれ者が多いってイメージがあるせいかどうかは分からないけどな」
お外で合コンということも考えたが、ペトラさんが首を横に振る。
「やってみなくちゃ分からないじゃないですか! ここは合コンしましょう、合コン! 私も人を集めますから! どうです?」
「どうですって。そりゃ気持ちはありがたいが、間違いなく上手くいかないぞ」
「やる前から消極的ではダメですよ、ペトラさん!」
やる前から負けると決めつけるのは敗北主義である! 世の中、やってみなければ分からない! 私もごねにごねたうえでベルンハルトと結婚したのだから!
ちなみにベルンハルトは今はブラウンシュヴァイク家にいます。妊娠してるんだから無茶せず帰ってこいよと言われていたが、これは無茶ではないはずだ。
「ベス! そっちに独身で困ってる男性はいないっ!?」
「私たちの方にですか? いないことはありませんが……」
天下のローゼンクロイツ協会ならば、結婚相手のひとりふたりは調達してくれるだろうという私の希望的観測は当たった!
「よし。後はベルンハルトの伝手で近衛兵から2、3人連れてきてやりますよ!」
「おいおい。近衛兵ってあれだろ。将校は貴族様だろう? それでいいのか?」
「ペトラさん。これはベルンハルトのお兄様──トビアス様から聞いた情報ですが、近衛兵は兵卒でも稼ぎが冒険者の5倍だそうで」
「よし。やろうぜ、合コン」
というわけで、私たちはペトラさんたちのために合コンを開くことを決定した。ペトラさんたちは早速独身の冒険者の人たちに呼びかけているところだ。だが、ゲルトルートさんが動く気配がない。何故に?
「ゲルトルートさんは合コン、行きません?」
「実を言うと将来を約束した相手がいるんだ」
ええっ! なにそれ! 初耳!
「どんな人なんです?」
「聖職者だ。今は助祭の地位にある。信仰心に篤くて、聖地巡礼の旅をしている。帰ってきたら結婚するつもりだ」
ほへー。聖職者かー。この世界のキリスト教もどきは聖職者が結婚してもいいことになっているんだね。しかし、恋人を故郷に置いて聖地巡礼の旅とはちょっといかがなものかと思うぞ。
「孤児院で知り合ったものでな。昔から信仰心を持っていた。自分たちは神様に助けられたのだとな。それだけあの孤児院の修道女たちは親切だったから。それで、あいつは死の危険もある聖地巡礼の旅に出ると決めた。あの男のそういう信じるものを信じきるところに私は惹かれて、将来を約束したんだ」
うわあ。すっごくロマンティックだなー。
「まあ、今頃どうなっているかは分からない。途中で野盗に襲われて死んでいるかもしれないし、現地で出会った別の女と結婚しているかもしれない。それでも構わないがね。私は夢を見たまま生きていけるから」
「ゲルトルートさん……」
私だったら死んでたり、浮気してたりしたら絶対に許さないのに。
「そういうわけだ。だから、私は合コンは結構だよ」
「はい。分かりました。じゃあ、ペトラさんたちと話してきますね」
私がそう告げて、ゲルトルートさんと別れたときだ。
「すまないが、この冒険者ギルドにゲルトルートという女性はいるだろうか」
カウンターの方で受付嬢にそう尋ねている男性を見かけた。
「ゲルトルートでしたら、あちらに」
受付嬢がゲルトルートさんを指さし、その男性がゲルトルートさんの方を向く。
「おお。ゲルトルート! 私は帰ってきたぞ!」
「ダリウス! ダリウスなのか!?」
その男性は右頬に深い裂傷の痕跡が刻み込まれており、どこか若いはずなのに老け込んで見える場所がある。それを見たゲルトルートさんがうろたえながらも椅子から立ち上がって、そのダリウスと呼んだ男性の方に向かった。
「待たせて済まなかった。やっと聖地巡礼の旅は終わった。偉大な聖地を見てくることができた。だから、今こそ約束を果たさせてくれないか?」
「ああ。もちろんだ。ずっと待っていたぞ……」
私たちを放置のままにゲルトルートさんの話が進んでいく。
「ペトラさん。あの人ってもしかして?」
「ああ。ゲルトルートが将来を約束してた男だ。出発したのは6年前だっていうのに、もう数十年過ごしてきたみたいになってるな。それだけ聖地巡礼の旅は危険だったってわけか。あたしは聖地なんぞに用はないから分からんね。ただ──」
やっぱり友達として祝福するんだろうか?
「あいつに寿退職で抜けられたら、誰が穴埋めんだよ! 雇いなおしだぞ!」
……全然祝福してなかった。
「と、まあ、それはいいとして、よかったな、ゲルトルート。今度はお前らの結婚式にあたしたちを呼んでくれよ?」
「もちろんだ。アストリッドも参加してくれるか?」
ペトラさんが告げるのに、ゲルトルートさんが私の方を向く。
「もちろんです! 6年近くお世話になったんですから!」
6年だ。中等部から手伝い魔術師を始めて、ドラゴン、オーガ、オークやらと戦って、たんまりと第三国への逃亡資金を蓄えることができたのは、ゲルトルートさんたちのパーティーのおかげだ。
ああ。懐かしい思い出。炎竜を相手に戦って、水竜を相手に戦って、オーガ討伐では危うくミーネ君に正体がばれそうになったりして。それも今思うといい思い出だ。この思い出を作ってくれたゲルトルートさんたちにはひたすらに感謝である。
「こうなったらあたしたちも勢いで結婚して寿退職だ-! 行くぞー!」
「おーっ!」
というわけで、後日ローゼンクロイツ協会の独身男性メンバーと近衛兵の独身男性メンバー、そして冒険者ギルドの独身女性メンバーが集まって合コンが開かれました。
しかし、私は失念していたのだ。
ペトラさんたちの酒癖が悪いということに!
他の女性冒険者たちが男性をお持ち帰りする中、ペトラさんとエルネスタさんは酒瓶を抱いてぐっすり、と。
この人たちは本当に結婚するつもりがあったのかなーとそこはかとなく疑問を覚える私であった。ちなみに、まだリベンジするから人を集めてと頼まれているが、今度は集まってくれるだろうか。
ベルンハルトに頼んだら難しいと言われ、ベスに頼んだらもう無理ですと断られてしまっている。私の伝手で集められる庶民と結婚できる人というのは限られてくるので、私はこの問題では完全に無力。
ごめんなさい、ペトラさん、エルネスタさん。
おふたりはどうか冒険者でいい人を見つけてください!
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