悪役令嬢、勉学に励む
本日2回目の更新です。
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──悪役令嬢、勉学に励む
波乱万丈の新入生オリエンテーションも終わり、通常の学園生活が始まった。
私としてはヴォルフ先生から魔術の基礎的なことは学んでいるので、初等部で学ぶような内容は容易くこなせる。なので、授業時間は適当に流しながら、図書館で借りた本を読んでいる。
ちなみに、学園では普通の勉学についても教わるものの、流石に小学生の問題で苦戦するような私ではない。だが、バリバリの数学ができないタイプの文系である私は、中等部あたりから苦戦し始めると思われる。
今のうちに中等部の勉強も予習しておいて、お父様お母様が見ても恥ずかしくない成績がゲットできるように努力しておかなければ。
しっかし、本当に魔術の基礎はもう教わることがないな。
今は土のエレメンタルについて勉強してるけど、一定サイズの土人形を作るだけなので一瞬で終わった。余った時間は銃弾作りに精を出しておく。いつ、いかなるときでも戦えるように銃弾はしっかり補充しておかなければ。
薬莢と弾丸を分離した後、くっつける機械も作ったので、それを使って暇さえあれば作っている爆発の魔術札を薬莢に詰めていく。
ブラウが消音を覚えてくれたので、好きな時に射撃訓練ができる。銃の構え方は軍事雑誌に載っていたのと、サバゲでの経験を活かして、なるべく理想の射撃態勢になるように努力を重ねているところだ。
「アストリッド様。何をなさっているのですか?」
ミーネの土人形作りが終わったのか私の下にやってきた。
「これはね。悪い魔獣や人間を懲らしめるための道具なんだよ、ミーネ。危ないものだから下手に触っちゃダメだよ。近いうちに7.62x51ミリNATO弾仕様の機関銃を作るつもりだから、そのための銃弾をいっぱい用意しておかないとね」
「は、はあ……」
まあ、軍事に関心のない人はそういう反応するよね……。
「アストリッド。何を作っているのですか?」
「秘密です」
フリードリヒには手の内を知られるわけにはいかない。ごまかさなければ。
「時間があるならば、まだ課題を達成できない生徒の手伝いをしてくれませんか? あなたのような優秀な魔術師ならば、教えるのも得意だと思いますので」
ええい。このお人よし皇子め。私の銃弾作りの邪魔をするつもりか。
はっ! さては私の潜在的な戦闘力を低下させるために妨害を!?
って、考えすぎか。フリードリヒはあれが何の道具かも知らないんだし。
「分かりました。お手伝いしましょう」
私はお人よし皇子の言うがままに課題未達成の生徒の手伝いに回る。
今はフリードリヒと波風立てない方がいい。あわよくば、そのまま私の存在を忘れ去って貰うと実にありがたい。
「うーん……」
よくよく見れば私を窮地から救ってくれたロッテ君が苦戦しているようではないか。これは手伝ってやらねばなるまい。
「ロッテ。力を抜いて。ただあの土人形をイメージしてみて」
「ああ! これはアストリッド様!」
ロッテ君は私が来たことそのものに慌てているようだ。魔力が乱れるのが分かる。
「集中してイメージして。土の感触から出来上がった土人形の姿まで。とにかくイメージすることに集中して」
「は、はい!」
私が告げるのに、ロッテ君が土人形をイメージするのが分かる。地面の上にぽっくりと土人形が浮き上がってきために。
だが、ちょっと小さいな。
「ロッテ。次は魔力を注ぐことをイメージして。臓腑から魔力を土人形に注ぎ込むようにイメージすればいいから。私がいいと言うまで魔力を注ぐイメージをして。そう、体の内側から魔力をくみ上げて、あの土人形に与えるというイメージで」
私のアドバイスは曖昧だ。なにせ、私はこの点で特に苦労した記憶がないのだ。ヴォルフ先生に言われるがままにしてたら、ちゃんと成功したというだけの話で。だから、人にこの感覚を教えるのは難しい。
「できました! アストリッド様、できました!」
だが、私の曖昧な教えでもロッテ君は見事に土に人形を調律させた。指定されたサイズのものだ。こんなアドバイスで上手く行くなら、私のアドバイスとかなくても大丈夫だったんじゃという思いが残る。
「ありがとうございます、アストリッド様!」
「いいよ、いいよ。このぐらい適当にアドバイスしただけだから」
ロッテ君はこれぐらいのことでお礼を言ってくれるが、この程度はちょろいものよ。
と、見渡せば私がお友達認定した数名の女の子たちが苦戦している。
「しょーがない。やってやりますか」
気に入らない皇子に言われたこととは言えど、友達が困っているのは見過ごせない。
「いいかな?」
「はわっ! こ、これはアストリッド様!」
私が後ろから回り込むのに、女生徒が驚きの声を上げる。
「どの時点で躓いてるのかな?」
「土をイメージするところからで……。土と言われてもどうしたものかと……」
ふうむ。そこからか。
「土。生命の生まれる場所。硬くこの地を覆い、雨で潤う。木が根を張り、花が根を張り、草木の生い茂る大地。さらさらとした砂、湿った土。さあ、イメージしてみて。きっとできるはずだから」
「は、はい!」
私が告げるのに、その女生徒は再び土のイメージを想像する。それは形を成していき、やがて小さな土人形になる。
「上出来。後はその調子で魔力を注いでみて」
「ありがとうございます、アストリッド様!」
貴族令嬢が土と戯れることなんてないものね。イメージはしにくいのかな。私はいざという場合に備えて塹壕掘りの練習をしてたから、その点はばっちりです。えへん。
まあ、庭に塹壕作ったら庭師さんとお父様の両方から怒られたけど……。
「君は何を苦戦してるのかな?」
「ああ! アストリッド様! それが魔力の調整が上手く行かず、大きすぎるものができてしまって……」
私はそんなこんなで土人形の課題が上手く行っていないお友達を助けて回った。本当は銃弾を作りたいのだが、あの皇子が私に手伝えと言うのだから、仕方なく不本意ながらお手伝いである。
と、思ったらあの皇子、アドルフと談笑してやがる! さぼりか!
と思ったら、アドルフも課題できてないのか。私の噴水を馬鹿にした割には土人形のひとつも作れぬとは哀れな。せいぜい、魔術の奥深さを思い知るといい。ふへへ。
「アストリッド様。お手本を見せていただけませんか?」
「んー。いいよ。まずは土のイメージを浮かべて、それに臓腑の内から沸き起こる魔力を注いでいく。そして人形の形を思い浮かべていけば──」
じゃん。土人形の出来上がりです。
「あー! マスターこれ、ブラウですか! ブラウがモデルですか?」
「その通り。ブラウがモデルだよ」
できた3頭身の土人形のモデルは他ならぬブラウである。我ながら可愛らしくできた。
「流石です、アストリッド様! 私も頑張ってみます!」
「うんうん。分からないことがあったら言ってね」
というか、先生は何をしてるんだ。本当なら先生が教えるべきところだろうが。
そう思って先生の姿を探すと木陰でうたた寝していた。教師がさぼるか……。
私はイラっとしたのでいつも背負っている──そう、いつも背負っているのだ──ショットガンにゴム弾を詰めると、狙いをさぼり教師の寄りかかっている樹木に向けて引き金を引いた。
銃声はブラウが掻き消し、ゴム弾が樹木に命中する鈍い音とさぼり教師がうろたえる声だけが響いた。後はゴム弾を消してしまえば証拠隠滅完了である。
「先生。課題で詰まっている子たちがいるので、ちゃんと見てください」
「おおう。すまぬ、すまぬ。こうも天気がいいとうたた寝を──ではなく、時には自己努力も必要だと思ってあえて突き放しておったのだ」
凄く苦しい言い訳をどうも。
「アストリッド様! 土人形をどうやったらあんなに可愛く──」
「アストリッド様! 魔力の調節が上手くいかずに土人形が大きくなってしまったのですが、これはどうやったら消せ──」
はああ。こうして頼ってくれるのは嫌ではないけれど、これはちょっと大変かも。君たちは少しは先生を頼りなさい。私より熟練の魔術師だから、教えるのも素人の私より上手だと思うよ?
「どれどれ。儂が見てやろう」
「先生は結構です。私はアストリッド様に教わりたいので」
おい。それはどういうことだ。
土のエレメンタル担当のおじいちゃん先生、しょげてまた木陰でうたた寝しに行っちゃたじゃんか。
「アストリッド。人気者ですね」
「フリードリヒ殿下も魔術はお上手なようですので、もっと教えていって差し上げてはいかがですか? 男子生徒の方々の中にも上手くできない生徒がいるようですよ?」
フリードリヒが暢気に笑いながら告げるのに、私がそう告げて返してやる。
「私の魔術などアストリッドに比べたら、子供遊びですよ。その新型クロスボウというのも魔術で作ったのではありませんか?」
「さ、さて、なんのことでしょう? これは職人さんが丹精込めて作った一品ですよ」
鋭いな、こいつ。おかしな道具ということは分かっても魔術で生み出したとまで分かるとは。そういえば、私が学園長にブラッドマジックで悪戯しようとしたときにも気づいてたし、そういう才能があるのか?
「殿下は魔術の流れを追うような才能をお持ちで?」
「ええ。皇室に時折現れる性質です。魔力の流れを追い、どのような魔術が行使されるかを探ることができます。しかし、アストリッド。あなたの魔術は複雑で、そう簡単には理解できそうにないですね」
うわー。将来、こいつと戦うとなると面倒だな。こちらの手札を読まれると、対策を施されかねない。だが、今は私の魔術の仕組み──現代兵器のそれは分かっていないようだし、安心していいものかどうか。
「そ、それよりも、殿下も学友たちに魔術を教えて差し上げてください。ほら、アドルフさんがまた失敗してますよ」
「ああ。そうでした。今は共に学友たちを支えていきましょう。アストリッド、あなたとはいい関係が築けそうです」
そんなおぞましい破滅フラグの万魔殿を築くなんてお断りだ。
「アストリッド様! よろしいでしょうか!」
「はいはい。何かな?」
女生徒のひとりが手を上げて私を呼ぶのに私が歩み寄る。土のエレメンタル担当のおじいちゃん先生はすっかり拗ねてふて寝してしまっている。お前の給料差し引いて、私が貰うよ?
「アストリッド様はやはりフリードリヒ殿下と将来をお約束されているのですか?」
「な、なんでそういう発想ができるのかな?」
そんな世にもおぞましいことを言うでない。
「新入生オリエンテーションの時も非常に親しくされてましたし、先ほども親し気にお話を。殿下もアストリッド様だけは名前だけで呼ばれますし、これは何かあるのではないかと勘繰らずにはいられないのです」
「い、いや。何もないよ? 本当に何もないよ?」
あれはあいつが一方的に絡んできているだけだよ! 私は迷惑千万だよ!
「そういうことなのですね。まだ内密にという。分かりました。力及ばずながらも、私も応援させていただきます」
と、この子はぐっとサムズアップする。
やーめーてー! そんな呪いをかけるのはやーめーてー!
「ほ、ほら、そんなことより土人形作り頑張らないと。授業時間終わっちゃうよ」
「はっ! そ、そうでした!」
ゴシップに夢中になる前に勉強に夢中になろうね。
とまあ、このような具合で私とフリードリヒでふて寝したおじいちゃん先生の代わりに土人形作りを教えていき、私が最後に超巨大ブラウ像を披露して授業は終わりとなった。超巨大ブラウ像は迷惑になるのでちゃんと消しました。
しかし、人に教えるのも勉強になるな。初等部でも得るものはありそうだ。
でも、私の追求しているものは別にある!
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本日の更新はこれで終了です。