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元悪役令嬢さんと夫の実家

…………………


 ──元悪役令嬢さんと夫の実家



 この間、約束したように私はベルンハルトの実家を訪れることになった。


 しかし、悩む。


 貴族の間では家督相続などの問題で養子を取ることは多々あるそうだが、ベルンハルトは割といい年でブラウンシュヴァイク家の養子になったわけで。そのことについてベルンハルトの実家の人たちが腹を立てているかもしれないのだ。


 そこにのこのこと顔を出して大丈夫だろうか?


 まあ、結婚式にはベルンハルトの実家の人たちも来ていて、普通の祝福をしてくれたわけだからそこまで心配する必要もないと思うのだけれど。


「よく帰ってきたな、ベルンハルト!」


 小ぢんまりとした屋敷の玄関で私たちを出迎えるのはベルンハルトのお兄さんだ。トビアス・フォン・ブロニコフスキー。ブロニコフスキー子爵家の次期当主で、今は帝国陸軍近衛騎兵連隊に勤められている方だ。


 帝国内戦になっていたらこのお兄さんと戦わなければならなかったと思うと、笑顔が引きつってしまう。滅茶苦茶あなたたちのことを殺すことシミュレーションしてましたとはいいがたい。


「ただいまだ、兄貴。調子は?」


「悪くない。シレジア戦争が終わってからすっかり平和なムードだ」


 近衛師団も戦争が終わったからお休みなのかな?


「だが、オストライヒの残党がいるだろう?」


「まあな。それはそれぞれの領主が受け持つことになってる。当然、帝都で何かあれば俺たちが出動することになってるんだが……」


 そこまで告げてベルンハルトのお兄さんは気まずげに私の方を見る。


「学園で起きた騒ぎは誰かが鎮圧しちまったようでな。いったいどこの誰の仕業なんだか」


「だ、誰の仕業でしょうねー?」


 今更ばれてもどうでもいいのだが、ついついこれまでの経験で反射的に誤魔化してしまった。我ながら卑屈な人生を送っているなー。


「お前だろ。隠してどうする、竜殺しの魔女」


「い、いや。つい癖で……」


 などととぼけていたらベルンハルトに突っ込まれた。


「竜殺しの魔女。噂には聞いていたが、君だったのか。となると、赤の悪魔やプルーセンの懲罰も同じように?」


「ま、まあ、そういうことになります」


 悪魔呼ばわりは勘弁してほしいなー。


「驚いた。大したお嬢さんがベルンハルトの嫁になったものだ。なんでも皇室は竜殺しの魔女を皇太子妃に迎えて抱き込もうとしたそうじゃないか。それが現実のものになっていたら、今頃俺たちはメリャリア帝国辺りに遠征に行かされる羽目になっていたかもしれない」


「そうならなくてよかったですね!」


「ああ。感謝する。うちの愚弟と結婚してくれて」


 フリードリヒとの結婚を避けた甲斐があったものだぜ!


「それにしてもベルンハルト。お前、これまで恋愛にそっけなかったのに、いきなりブラウンシュヴァイク公爵家の養子になってまでこのお嬢さんと結ばれるなんてドラマチックなことをしてるんだな。どういう風の吹き回しだ?」


「ただ、偶然好きになった女性がアストリッドだっただけだ。別に他意はない」


「お前はこれまで農家の娘でもいいとか言っていたし、同年代からは結構モテてたくせにな。お前、まさかあれか。ロリコンだったのか?」


「ふざけんなっ! 俺が手を出したのはちゃんと成人してからだ!」


 ベルンハルトまさかのロリコン疑惑。


 まあ、それはない。私のように身長が馬鹿でかい女はロリコンさんには向いてない。ベルンハルトとは10歳近く違っていたとしても。


 ……だよね?


「ベルンハルト。まさかイリスがいいとか言うことはありませんよね?」


「ないない。お前らは俺のことを何だと思ってるんだ?」


「そうですよね! よかったですよ!」


 まさかベルンハルトはロリコンなはずがないのだ。ロリコンだったら私じゃなくてイリスみたいな子を選んでるはずだし!


「それにしても我が家にようこそ、我が愚弟のお嫁さん。今日は自分の家だと思ってくつろいでいってくれ」


「ありがとうございます」


 トビアス様が告げるのに私は頭を下げてベルンハルトの実家に足を踏み入れる。


「おお。結構歴史ある感じですね。この木製の部分とか」


「素直にぼろいって言っていいぞ。この家は俺と兄貴で滅茶苦茶にしてきたからな」


 ぼ、ぼろいってことはないと思うけどな。歴史的には私の家の屋敷と同じくらいだと感じるのだ。ここでベルンハルトが育ったと思うと感慨深い。


「この柱の傷って何です?」


「ああ。俺たちの身長を測ってきたところだな。12歳まではそこに記録しておいたんだ。お前の家ではそういうことはしなかったのか?」


「うちでは屋敷に傷を作ると怒られるので」


「その割に渡り廊下の天井が焦げてたが」


「あれはくれぐれも内密に」


 あれがばれると大変なんだよー! お父様が12年間気付かなかったのは奇跡に近い。お父様の書斎からは目に入らない場所なのがよかったんだろうが。気付かれていたら、今になっても怒られそうだ。


「じゃあ、紹介しようか。俺の両親だ」


 そして、私たちは客間までやってきた。


「やあ。お嬢さん。君が噂のアストリッド君だね。私はアンゼルム。ベルンハルトの父親だ。こちらは家内のアマンダだ」


「よろしくね、アストリッドさん」


 ベルンハルトのご両親は気のよさそうな人たちだった。さすがはベルンハルトを生み出した方たちなだけはある。


「それにしてもブラウンシュヴァイク公爵家の養子にまでなって、10歳も年下の子と結婚するなんてお前もやるものだな。同年代の子には見向きもせずに、本当に結婚できるのかと心配してたんだぞ」


「いや、まあ、それは理由があってだな」


 そうなんだよね。同年代だと思ってたベスがロリババアだったことが発覚してショックを受けちゃったんだよね。ベスってば罪な女なんだから。


 ちなみにベスはまた戻ってきて私の監視と保護任務に就いています。けど、プライベートな時間は尊重してくれるので、今はどこかに隠れてるんじゃないかな? ローゼンクロイツ協会も大変だ。


「アストリッドさん。こう見えてベルンハルトは学生時代にはよくモテたのよ。ラブレターを鞄いっぱいに抱えて帰ってきたこともあるんだから」


「ほへー。でも、納得できますよ! ベルンハルトはいい人ですから!」


 他の地雷原どもに見習わせたいぐらいだった男らしさ。なよなよした部分は一切なし。これで惚れるなという方が無理なものですよ!


「でも、どうしてベルンハルトはそんなにアプローチを受けても断り続けたんですか?」


「それはその、ベスがな」


 やっぱりベスか。ベスに惚れてたから他の人からのアプローチは断り続けてきたんだな。だが、グッドジョブだベス! 君のおかげでベルンハルトと私は結ばれることになったんだからなっ!


「お前にあんまりにも女っ気がないから、もしかしたら同性愛者ではないか私たちは心配になっていたぞ」


「あるいは幼い子が好きなんじゃないかと」


 ゲイ疑惑にロリコン疑惑をかけられるベルンハルト……。


「いや、こうしてアストリッドと結ばれているんだからそういうこと言わないでくれ」


 ベルンハルトは顔を赤くして手を振っていた。ベルンハルトが感情的になるなんて珍しいな。それほどまでに突かれたくない過去なのか。


 まあ、ロリババアに騙されてましたとも言えないしな。


 全く、ベスってば本当に罪な女だぜ。


「そういえばもう子供ができているんだったとか?」


「ええ。実はもう妊娠してるんです」


 アンゼルム様が尋ねるのに私がお腹を押さえてそう答える。


「ベルンハルト。お前、結婚してからようやく新婚旅行を終えたって段階なのに、もう妊娠させたのか。ちゃんと責任は取れるんだろうな?」


「ブラウンシュヴァイク公爵家の斡旋でまた学園の特別教師をやることになってる。それにブラウンシュヴァイク公爵家がちゃんと面倒を見てくれると約束してくれるよ、親父。問題はなにもない」


 そうなのだ。ベルンハルトはもう人生をリタイアするのは早いと感じて、学園の教師に復職することにしたのだ。とはいっても、以前のようにクラスを受け持つ忙しい教師ではなく、専門の分野だけを教える教師だそうだ。


 私もベルンハルトが学園に戻るなら学士課程に進みたいとごねてみたのだが、まずは出産を済ませてからだと突っ込まれた。とほほ。


 でも、出産と子育てが終わったら、学士課程に進めるかも?


 でも、まだ妊娠したばっかりだし、先は長いなー。


 まあ、生まれてくる赤ちゃんは楽しみなんですけどねっ! 私とベルンハルトのどっちに似てるんだろうなー。髪の毛の色は黒だと思うけど、顔立ちはどっち似かな? 男の子だったらベルンハルト似がいいなー。


「うむ。今は違えど元をたどればお前もブロニコフスキー子爵家の息子だ。その名誉に背かぬ働きをするんだぞ。何もかもブラウンシュヴァイク公爵家に任せることがないようにな。学園での働きに期待するぞ」


「ああ。いくら養子でも、ブラウンシュヴァイク公爵家に養われてばかりというわけにはいかないからな」


 う、うーん。私もオルデンブルク家の人間として働いた方がいいのかな? この世界だと女性は家庭っていうのがメジャーなあり方だけれど。


「ベルンハルト。私も冒険者でもなんでもして家計を支えますからね!」


「もう冒険者は勘弁してくれ。こっちの心臓がいくつあっても足りない」


 そ、そんなに危なっかしくなんてないやい! 私はバリバリの戦闘魔術師として名をはせてきたんだぞ!


「今は出産と子育てに集中してくれ。俺も以前みたいに忙しくはない。手伝えることは手伝うつもりだ。出産までも、それから当然子育てについてもな」


「はい、ベルンハルト!」


 夫がちゃんと出産と子育てを手伝ってくれるとはありがたいじゃないか!


「そういう点はお前はトビアスとは違うな。トビアスと来たら、出産も子育ても軍務が忙しいからと言って嫁に押し付けていたのだから」


「し、仕方ないだろう。俺が昇進しなくちゃ、いい暮らしをさせてやれないんだから」


 ふむふむ。トビアス様は割といい加減な人だったようだな。


 けど、軍隊って中尉、大尉になって初めて所帯が持てるとどこかの本で読んだ気がするので、確かに仕方ないと言えば仕方ないのかもね。


「じゃあ、子供が生まれるのを楽しみに待っているよ、アストリッド君。今日はここに泊まっていくのだろう? 夕食の時にベルンハルトの昔の話について話してあげよう」


「是非」


 ベルンハルトの子供時代の話とか気になるー!


「あんまりいい加減なことは話さないでくれよ、親父」


「事実しか話さないとも」


 その日の夕食ではベルンハルトの子供時代のことについて赤裸々に語られた。


 ベルンハルトってば結構問題児だったんだなと思えるエピソードもちらほら。狩りで狼を仕留めるために3日山にこもったとか壮絶過ぎて何も言えない。


 でもまあ、ベルンハルトとの距離が縮まった気がしてよかったよ! ベルンハルトは私の学生時代を知ってるけど、私はベルンハルトの学生時代を知らないからね!


「こいつも問題児という点では大概だぞ。ある日は突然ロープで屋上から教室に乱入してきて──」


「ベルンハルト、私の過去まで掘り起こすのはやめて」


 反省はしている。でも後悔はしていない私であるが、ばらされると困るのだ。


 そんなこんなで暴露合戦になって、その日の夕食はとても盛り上がったのだった。


 ベルンハルトもトビアス様も結構やんちゃだったんだなー。


…………………

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