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元悪役令嬢、帰省する

…………………


 ──元悪役令嬢、帰省する



 私たちはロマルア教皇国であれこれあって、またプルーセン帝国に戻ってきた。プルーセン帝国を出てからほぼ3ヵ月。久しぶりの帰省だ。


 さすがにもう私のことをロストマジック使いだと覚えている人はいないだろう。多分。


「よく帰ってきたな、アストリッド!」


 本来なら嫁入りしたブラウンシュヴァイク家にまず顔を出すべきなのだが、お父様たちがどうしてもというので、オルデンブルク家に戻ってきた。一応失礼にならないようにブラウンシュヴァイク家の方々を屋敷に招いているそうだが。


「ただいまです、お父様。それからそちらの子は……?」


「分からないのか? まあ、お前は出奔したときにはまだ小さかったからな」


 私の前には小さな男の子が。赤毛で、見覚えのある顔立ち……。


「ま、まさか私の弟!?」


「そうだ。エーリッヒだ。お前が学業で忙しかった間に成長して大きくなったんだぞ」


 お母様が出産したのは知ってたけれど、もうこんなに大きくなってるなんて。


 この弟の名前はエーリッヒ・フリッツ・フォン・オルデンブルク。私が高等部の時にお母様が出産した元気な男の子だ。


 お父様譲りの赤毛がチャーミング! さすがは私の弟だぜ!


「はあ。前見たときは手の平に乗るくらい小さかったのにすっかり大きくなって」


「そんなに小さかったわけないだろう。子猫じゃないんだぞ」


 本当に生まれたばっかりのときは小さかったんだもの。


「ママ」


 我が弟ことエーリッヒはそう告げると、這い這いしてお母様の方にいってそのままお母様の陰に隠れてしまった。何故に?


「エーリッヒももう人の区別はつくんだ。お前が滅多に姿を見せないから、知らない人だと思われているのだろう。自業自得だぞ」


「ええー! そんなー! 私もエーリッヒを可愛がりたいのに!」


 お父様が告げるのに私はショックを受ける。


「ほらほら。お姉ちゃんだよー。怖くないよー。笑って笑って」


「うわああんっ!」


 私がエーリッヒに詰め寄るのにエーリッヒが泣き出してしまった。お母様が抱きかかえてよしよしとあやすが、私の方を見るとまた泣きだした。


 ひでえや。


「ううっ。せっかく弟ができたのにちっとも懐いてくれません……」


「ほら。ちゃんと家にいないからこういうことになるのだ。私たちは魔女が来ようが、お前が奇妙な魔術を使おうが、また奇行に走っていようが、なんだろうがお前のことを守ってやるといっただろう?」


「お父様は魔女を甘く見すぎです。あの魔女はフリードリヒ殿下の結婚式に乱入し、危うくエルザ殿下を殺してしまうところだったんですよ!」


 そうなのだ。お父様の気持ちはありがたいのだが、現実問題としてセラフィーネさんは滅茶苦茶強い。傭兵団とか使っても勝てそうにないし、下手をするとお父様お母様、それに可愛いエーリッヒに危害が及ぶかもしれない。


 それは望ましくない。


 だから私は旅に出たのである。身近な人が傷つかないように。


「それはそうだが……。だが、備えがあればどうにかなるのではないか? 現にこうしてお前は戻ってきたわけだしな」


「魔女との間に休戦協定が結ばれたんです。その、私が出産するまで」


「出産っ!?」


 お父様、驚きすぎ。


「か、体は大丈夫なのか? お前はよくブラッドマジックを使うが、そういうものの影響はないか? 寝るときにお腹を冷やしたりしてないだろうな? 変なものも食べたりはしていないだろうな?」


「お父様……。私は赤ん坊じゃないんですよ?」


「お前は赤ん坊より危なっかしいところがあるからな」


 ちょっと酷すぎないですか、その評価。赤ん坊以下って。


「とにかく妊娠しているなら我が家にいなさい。出産まで安全にしているのだ」


「ええっと。お父様。私は一応ブラウンシュヴァイク家の義娘になるんですけど?」


「初孫の姿が見れるんだぞ。そんなこと言ってられるか」


 いや、言ってられるかじゃないよ。もう私はアストリッド・ゾフィー・フォン・ブラウンシュヴァイクなんだよ? イリスのお父様お母様が怒らない?


「気にしないよな、ディートハルト?」


「気にしないよ、パウル。だが、私の孫にもなるんだ。顔ぐらいは見せてくれよ」


 まあ、ベルンハルトは急に決まった養子だし、ブラウンシュヴァイク公爵閣下としては私たちに任せても気にしないのかもしれない。けれども、私としては一応ブラウンシュヴァイク公爵閣下に義理を示しておかなければと思うのだが。


「本当に気にされませんか、ブラウンシュヴァイク公爵閣下」


「気にしないよ。それより君ももう私たちの義娘だ。ディートハルトと呼んでくれ。ブラウンシュヴァイク公爵閣下ではあまりにも距離感がありすぎるものだろう?」


「ええっと。じゃあ、お願いします、ディートハルト様」


 これまでずっとブラウンシュヴァイク公爵閣下と呼んでたせいで、急に名前で呼んでくれと言われても些か躊躇ってしまう。未だに私にとっては遥か高みにいる存在という感じなのだから。


「しかし、ベルンハルト君も見た目に似合わず手が早いね」


「全くだ。新婚旅行を終えたばかりだというのに」


 ディートハルト様とお父様からそう告げられるのに、気まずげな表情をしていた。まあ、誘ったのは私からなので何とも言えない。


「まあ、いいではないのですか。初孫の顔が早く見たいでしょう?」


「それもそうだ。いつまでも子供ができないよりも、すぐに子供ができる方がいい。若いうちに生まれた子供は元気だというからな。お前ももう出産には耐えられる体だろうし。出産は大変だそうだが、頑張るのだぞ」


 お母様がエーリッヒをあやしながらそう告げ、お父様がそう続ける。


「大丈夫ですよ! 出産とか平気ですし!」


 ここで余裕こいて、後に酷い目に遭う私である。


「しかし、久しぶりに帰ってきたんだ。積もる話もあるだろうし、今日の夕餉は豪勢なものにしなければならないな。アストリッドも妊娠したことによって栄養と体力を必要としているだろうしな。これまでの旅ではあまりいいものは食べていないのだろう?」


「まあ、都市部に泊まれなかったときには……」


 私の貯蓄があるので、結構贅沢してきたとは言いにくい。


「お姉様。ご懐妊おめでとうございます。お姉様の子供はきっと可愛らしいですよ」


「ありがとう、イリス。イリスも後4年で私みたいになるかもよ?」


「まだ想像ができませんね……」


 ブラウンシュヴァイク家が来ていれば、当然イリスも来ている。イリスは私のお腹に目を向けると、ニコリと微笑んでくれた。


「イリスも今から体力つけておかないと体が出産に耐えられないかもしれないよ。よく食べて、よく動いて、よく寝ようね。そして、私に可愛いイリスとヴェルナー君の子供を見せてね」


「はい、お姉様。実はお姉様に勧められた登山を最近はしていて。領地の山に登ったりしているのですよ」


 おおーっ。イリスが私のアドバイスを受けて……。


 そういえば心なしか折れそうに細かった手足(*主観です)が、お肉を付けている気がする。イリスが元気な美少女になってくれてお姉ちゃんも鼻が高いよ。


「お久しぶりです、イリスさん!」


「わあ! 妖精さん! さあ、ユリカもご挨拶して」


 ブラウが私の胸ポケットから出てきて告げるのに、イリスが胸ポケットを叩く。


「うん? ああ、お久しぶりです、ブラウ! 元気にしてましたか?」


「マスターは妖精使いが荒いので苦労してるです」


 おい。妖精使いが荒いとはなんだ。ちょっと音消してもらってるだけじゃないか。


「そっちのマスターはどうです?」


「ふふん。自慢のマスターですね。ユリカと一緒に山に登って、自然と親しんでいるんですから。そのときはユリカがねっちゅうしょーにならないように水分補給を担当しているんですよ」


「うわあ。凄いです!」


 多分、ユリカもブラウも熱中症が何なんか分かってないな、これ。


「最近、ヴェルナー君とはどう?」


 私はブラウたちが話に花を咲かせるのに、そう尋ねる。


「ヴェルナー様はお優しいですよ。実は演劇部の部長をすることになったのですが、ヴェルナー様にはいろいろと手伝っていただいていて。よくお世話になっています。それに最近では私の登山に同行されることも多くて」


 おおー。いい感じじゃないか、イリスとヴェルナー君。


 その調子で仲良くなって、結婚した時には周りに祝福されて、どこまでも幸せな結婚生活が送れるといいね! お姉ちゃんはいつだってイリスの幸せを祈っているよ!


「さあ、今日の夕ご飯はご馳走らしいからゆっくり食べて、話に花を咲かせようね!」


「はい、お姉様!」


 イリスとは結婚式であったけれど、いつのまにか演劇部の部長にまでなってたりして、おどろかされる。きっとイリスは他にも私をびっくりさせるような話題を持っているぞ。私の方もいろいろと話のネタはあるのだ。新婚旅行での出来事とか異国の地での冒険者生活とかね!


「そういえば、ディートリヒ君はどんな感じ……?」


 私が気になっているのはディートリヒ君が失恋から立ち直れたかだ。彼を振った身としてはちょっと責任を感じるのである。


「ディートリヒ様ですか? 最近ではアーチェリー部の練習に精を出されてるそうですよ。それから中等部1年生のシュタウフェンベルク伯爵家の長女の方と交友関係にあるとか。円卓の噂で聞いただけですが……」


 よかった。ディートリヒ君も新しい恋を見つけて頑張ってるんだね。


 彼が失恋から立ち直れなかったらどうしようかと思ったよ。


「その話も後で詳しく聞かせてね。私はちょっと懐かしの我が家を見て回るから」


「はい、お姉様。では夕食で」


 せっかく帰ってきた我が家だ。久しぶりに見て回らなくては。


「あっ。ここの渡り廊下の天井、まだ焦げたままだ。お父様、気付いてないのかな?」


「なんだ。何かやったのか?」


「ここで最初に魔術を使ってみたんですよ。その時は魔力が制御できなくて、お化け水玉やお化け火の玉が出現して大変だったんです」


「昔からそうなのか……」


 懐かしいな―。ここでヴォルフ先生から魔術について教わったんだよね。


 今はもう教授になられたから頼めないだろうけど、私たちの子供が生まれたら、魔術の家庭教師の人を雇って、魔術について教えてもらうとしよう。私が教えると偏った知識になるからね。


「ベルンハルト。ここが私の部屋ですよ」


「ふむ。想像より綺麗にしてるな」


「ベルンハルトは私のことをどう思ってるんです?」


 お父様と言い、ベルンハルトといい! 私はちゃんとしてるよ!


「ここには隠し収納庫があって、ばれたくない玩具とか貯金とかを隠してたんですよ」


「あー。昔は親に内緒で手伝い魔術師をしてたんだったっけ。今はその膨大な貯蓄がヘルヴェティア共和国の銀行に、か。何事も最初の一歩が大事だな」


「そうですそうです。最初の一歩が大事なんです」


 この屋敷で私は最初の一歩を踏み出した。魔術を学び、貯蓄を隠し、銃火器を作って最初の一歩を踏み出したのだ。


「……今度は俺の実家を案内しようか。こことは違って狭い屋敷だぞ」


「興味あります、是非!」


 そして、私は恋においても最初の一歩を踏み出して、ゴールインしたのだ。


…………………

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