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元悪役令嬢さんの従妹と演劇部

…………………


 ──元悪役令嬢さんの従妹と演劇部



 私はイリス・マリア・フォン・ブラウンシュヴァイク。聖サタナキア魔道学園の高等部2年生です。


 私の今の悩みは演劇部についてです。


 来年の3月には高等部3年生の方々が卒業するので、次の部長を選ばなければならないんですが、それが難航しているのです……。


「ですから、イリス様を部長にっ!」


「いや、部長はウーヴェ様に!」


 とまあ、このように私とウーヴェ・フォン・ウラッハという方の間で部長の座の奪い合いが始まっているのです……。


 ウーヴェ様は私と同じ高等部2年生の男性の方で、非常に端正な顔つきをされております。演劇部の王子様の異名を取ったラインヒルデ様を連想させるようなその顔立ちに、演劇部やその外ではファンクラブなるものができているそうです。


 どうして私がそのような素晴らしい方と部長の座を巡って争っているかは謎です。


 私としては辞退して、ウーヴェ様に部長をやってほしいのですけれど、それに男性部員の方たちとヴェラさんたちが反対しているのです。


 ウーヴェ様は女性部員の方々が強力に推薦していて、数の上では拮抗しているものですから、未だに部長が決まらないのです。


 困りました。


 ウーヴェ様が部長になっていただくのが一番いいと思うのですが。


「中等部で既にヒロインを務められたイリス様こそ部長の座に相応しいですわっ! その才能も、容姿も、まさに演劇の神に愛されているとしか思えません! なので、ここはイリス様で部長は決定です!」


「それだったらウーヴェ様もあのラインヒルデ様の後継者という点で部長に相応しいですわっ! かのラインヒルデ様を連想させるような容姿と演技力! この方が部長でなくして誰が部長になると言うのですか!」


「ラインヒルデ様は女性ではないですか! 何故男性であるウーヴェ様がその後継者になると言うのです!?」


「ウーヴェ様もそれだけヒーローとしての才覚があられるということです!」


 こんな調子で議論は平行線をたどっており、結論は未だに出ません。もう3日間はこの問題について話し合っていると思うのですが。


「その、皆さん、私は辞退したいと思うのですが……」


「いけませんわ、イリス様! ここで弱みを見せると食い物にされてしまいますわ!」


 ……食い物にされるとはどういう意味なのでしょうか?


「あの、僕も辞退したいと思っているんだけれど」


「ダメですわ、ウーヴェ様! 我々が敗北するわけにはいかないのです! この演劇部の未来のために!」


 どうやらウーヴェ様もあまり部長には乗り気じゃないようです。


 私も部長などという大変な役職に与ってしまったらどうしていいのか分からなくなります。そういう点では私もウーヴェ様も気が合うのかもしれません。


「私は次期部長は私でもウーヴェ様でもない方がいいと思います。やりたくないものを無理やりやらされてもそれはいいことにはならないと思いますので」


 多分、アストリッドお姉様ならこう言ってくださるはずだ。


「いけません! イリス様を部長に!」


「ええい! ここはウーヴェ様を部長にと!」


 ……ダメでした。全然話を聞いて貰えません……。


「ヴェルナー様。あなたはどちらが部長になるべきだと思いますか?」


 私は隣に座っている婚約者のヴェルナー様に声をかけます。


「僕としてはイリス先輩に部長をやって欲しいですが無理をしてまでとは思いません。辞退なさりたいなら辞退されるべきでしょう。とはいえ、この熱気ではそう簡単に話が聞いて貰えるとは思えませんが……」


 ヴェルナー様も私を推してくださっているようですが、嫌ならやめるべきだと言ってくださいました。けど、やっぱりそういう意見は聞き届けてもらえないようです。


「イリス様!」


「ウーヴェ様!」


 もはや場外乱闘が起きそうなぐらいに場が荒れています……。こういうときにお姉様がいてくだされば力になってくださったのですが、お姉様は現在新婚旅行を堪能中とのお手紙を受け取ったばかりです。お姉様が幸せそうで、私も嬉しくなります。


 けど、本当にこの問題はどうしたらいいものか……。


「分かりました。私とウーヴェ様で演技をしてみて、どちらが上かで判断しましょう。審査員には演劇部外の方を」


「イリス様!? それでよろしいのですかっ!?」


「はい。これでいいんです」


 こうするのが一番早いでしょう。ウーヴェ様も、私も演劇の技術が優れているから部長に推薦されているだけあるのですから。どちらの演技力が優れているかをはっきりとさせてしまえば、この不毛な論争にも終止符が打たれるはずです。


「演じる題目は?」


「アウグストゥスにしましょう。あれは男優も女優も栄える劇ですから」


 私がお姉様の前で演じた最初の演劇。思い出のものです。


「決まりですね。外部から人を集めましょう。男女比は1対1で」


「ええ。決まりです」


 ウーヴェ様が告げるのに、私が頷いて返す。


 こうして、次期演劇部部長を決定するための演劇が開かれることなりました。


 果たしてどうなるのでしょうか?


…………………


…………………


 演劇部部長を決定するための演劇の日。


 それぞれの伝手で集まった観客の皆さんが観客席を埋め尽くします。


 こうなるととても緊張します。顔が赤くなっていないだろうかとか、セリフをどもらずに言えるだろうかなどと。


 ですが、お姉様の勧めで演劇部に入ったのは正解でした。


 私は以前より自分の意見をはっきりと言えるようになり、人前でもびくつくことが少なくなりました。これも演劇部を通じて自分に自信が付いたからだと思います。


 演劇部に入ることを進めてくださったお姉様と演劇部に憧れを抱かせてくださったラインヒルデ様にはとても感謝しています。おふたりのおかげで私は大きく成長することができました。これでブラウンシュヴァイク公爵家の長女として恥じることなく、ヴュルテンベルク公爵家に嫁ぐことができますから。


 さあ、そろそろ開幕です。


 劇の内容はシンプルに原作そのまま。登場人物はウーヴェ様が演じるアウグストゥスと私が演じるドラゴンの娘だけです。


 ここで手を抜けば部長という大変そうな役職から逃げられるのでしょうが、そういうわけにはいきません。


 私はお姉様たちからどんなことでも一生懸命に頑張ることを教わりました。その教えを忘れるわけにはいきません。私は部長を目指さずとも、ベストの演技をしていきたいと思います。


 アウグストゥスとドラゴンの娘の逢瀬。ドラゴンの娘の献身的な働き。アウグストゥスの娘の正体への驚き。ドラゴンの娘とアウグストゥスの悲劇的な末路。


 私たちは1時間をかけて、このシンプルながら素晴らしい劇を演じ切りました。


「では、審査員の方! どちらが優れた演技だったのかをお示しください!」


 ヴェラさんのご友人がそう告げて、観客席にいる方々がざわつきはじめます。


 ……なかなか結論がでないのか、皆さん考え込んでいます。


 どうなるのでしょうか。優れた演技をしたのはウーヴェ様でしょうか。それとも私でしょうか。気になります。結果がどうあれ受け入れるつもりではあるのですが。


「私はイリス先輩に」


「私はウーヴェ様に」


 次第に票が入り始めました。


 今回の投票ではその場で私かウーヴェ様の名前が書かれた札を上げることになっています。そして見たところ、今現在は拮抗しています。


 残り数票で結果がでそうですが……。


 最後まで残っておられたのは──。


「私はイリス先輩に」


 ディートリヒ様です。彼は私に票をいれてくださいました。


「では、これにて次期部長はイリス様に決定です!」


 ヴェラさんのご友人が高らかと宣言し、ようやく舞台の幕が下りました。


「おめでとうございます、イリス様!」


「いえ。私としては重責なので遠慮したかったのですが……」


 ヴェラさんたちが私を祝福に訪れるのに、私はちょっと困りました。


 部長になるというのはいろいろと大変そうなのです。部費の管理だとか、配役の決定だとか、いろいろな問題を抱えることになります。果たして私などにそんな役割が務まるのでしょうか?


「おめでとうございます、イリス嬢」


 ヴェラさんたちがきゃいきゃいとはしゃいでおられたらウーヴェ様がやってこられました。やはり負けたことで腹を立てたりされているのでしょうか……?


「ありがとうございます、ウーヴェ様。ですが、これでよろしかったのでしょうか?」


「僕は最初からあなたが部長になるべきだと思っていましたよ。あの演技力で部長を決定するという案を出せるような自信のある方こそ、部長に相応しいのだと。ですので、僕には異論は全くありません」


 ウーヴェ様は素晴らしい方のようです。普通なら腹を立てたりするところを大人の感情で考えておられます。


「では、副部長はウーヴェ様にお願いしてもいいでしょうか?」


「ええ。是非とも引き受けさせていただきます。我々の演劇部が更に賑やかになることを願って」


 ウーヴェ様はそう告げると微笑んで去っていかれた。


「ちょっと嫉妬してしまいますね、ウーヴェ先輩に」


「あ。わ、私の気持ちはヴェルナー様だけに向けられていますからね」


「冗談です。分かっていますよ、イリス先輩」


 ふう。危うく浮気というものをしてしまうところでした。私の婚約者はヴェルナー様であって、いくら演劇部で親しくなろうとウーヴェ様と本当に親しくなるわけにはいかないのです。ヴェルナー様も不快に思われるかもしれないので注意しなければなりません。


「でも、イリス先輩が部長になってくださってよかったです。これからも頑張ってくださいね、イリス先輩」


「はい。頑張りますよ」


 ヴェルナー様が私の手を握って告げられるのに私はしっかりと頷き返しました。


 そして、その日の放課後──。


「イリス嬢、ちょうどいいところに!」


「え? 何ですか?」


 円卓に顔を見せたところ高等部3年生の先輩に声をかけられました。


「今から円卓の次期会長を決める会議があるんだ。イリス嬢も候補に入っているから是非とも出席してくれ」


「は、はい……」


 うう。もう部長とか会長を選ぶのはこりごりです……。


…………………

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