元悪役令嬢さんと観光
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──元悪役令嬢さんと観光
「ここが古代マーマンが生まれた地とも言われるマーマンの洞窟です」
「ほうほう」
私たちが見学するのはデルフィーノ島にある海上洞窟のひとつだ。
洞窟は引き潮の状態で半分が水に浸かっており、そこを私たちはボートでちゃぷちゃぷと進んだ。水質は輝くようなマリンブルーで、実に幻想的な反面、ボートから落ちちゃったらどうなるのだろうかと心配になる。
ちなみにヴァルトルート先輩にはマイナーな観光名所について教えてもらっており、既にヴァルトルート先輩と一緒に楽しんだ。アイスクリームがあんなに美味しいカフェがあるなんて知らなかったー。
そのヴァルトルート先輩も帰ってしまったので、私たちは現在メジャーな観光名所を巡っているのである。マーマンの洞窟は一度は見ておきたかった場所だ。
「綺麗ですね、ベルンハルト」
「そうだな。ここまで美しいと感激してくる。大自然って奴にな」
私とベルンハルトはボートの上から大自然を満喫していた。
その時である。
「ん。水の中に何かいるぞ!」
観光客のひとりがそう叫び、ボートの上が混乱する。
「マーマンだ!」
「まさか! この洞窟は冒険者ギルドが……」
またかー! またこのパターンかー! 冒険者ギルドー! ちゃんと仕事してー!
「と、とりあえず迎え撃ちますね!」
「いや、この狭い場所じゃいつもの奴は振り回せないだろう?」
「もっとコンパクトな奴もありますから!」
ベルンハルト先生が告げるのに私は空間の隙間から自動小銃を取り出す。
まさかめでたい新婚旅行で自動小銃でドンパチする羽目になるとはまるで思わなかったが、相手が来るというならばやるしかない。このアストリッド、売られた喧嘩は受けて立つのだ!
し、しかし相手が浮上してこないと攻撃しにくいな……。
流石にここで対潜迫撃砲は使えない。そんなものを使ってしまっては、このボートまで吹っ飛んでしまう。浮上してボートに手をかけた瞬間に頭に鉛玉を叩き込んでやらなくてはならない。
「浮上してくるぞ!」
「アイアイ、サー!」
敵がボートに手を伸ばし、海に引きずり込もうとするのに、私が鉛玉で歓迎してやった。脳天に銃弾を食らったマーマンの脳漿が綺麗だった海にぶちまけられて、もう何もかも台無しである。こん畜生め!
「まだ来るぞ! 何か手伝えることはあるか!」
「ベルンハルトは船がひっくり返らないように乗客を落ち着かせてください! バランスが取れないと簡単にひっくり返されます!」
「任された!」
私の背後でベルンハルトが乗客に落ち着くように繰り返し始め、船頭は乗客たちを安全な場所に連れていくためにボートを動かし始めた。
このまま逃げ切れれば……!
「来たぞ! 3体だ!」
「ほい!」
私は第3種戦闘適合化措置の遅延した体感時間の中で、ボートにしがみ付くマーマンの額に銃弾を叩き込んでいく。もう海は真っ赤に染まっていて、せっかくの観光が本当に台無しになってしまった。おのれっ!
「まだまだいるな……。全部迎撃できそうか?」
「しょ、正直、早く離脱して欲しいです」
このボートには私とベルンハルトを含めて6名が乗っている。それらを守りながら、海から突如として顔を出すマーマンを完全に迎え撃つというのは、かなりの困難だ。もう不可能に近いと言っていいかもしれない。
これまでは奇跡的に迎撃できたが、相手が学習してボートの底から攻撃を仕掛けてきた日には打つ手がない。流石に自分でボートに穴を開けるわけにもいかないしなー。
「呪え」
そんなとき乗客のひとりがナイフで手の平を切って、血液を水中に滴らせた。
その時だ。マーマンたちが力なく浮上してきたのは。どのマーマンも毒でも食らったように口から血液を流し、ぷかぷかと次々に浮いてきた。その数8体。これが全部襲い掛かってきていたら悪夢だったな。
しかし、誰だろう。ブラッドマジックで私たちの新婚旅行を邪魔するマーマンを追い払ってくれた粋な人物というのは。
「あのー。すみません。お名前をお伺いしてもいいですか?」
「なんだ。まだ分からないのか?」
私が話しかけるのに、その人物は私たちの方を振り返ってそう告げる。
うーん。見たことない顔だし、誰だろう? 学園でこんな知り合いいたかな?
「こうすれば分かるか?」
「え? あ、あー!」
その人物の顔がゴリゴリと音を立てて変形し、現れたのはセラフィーネさんだー!
「ちょ、ちょっと待ってください! まだ休戦中のはずですよ!」
「そうだ。だから、攻撃を仕掛けてはいないだろう。むしろ助けてやった。感謝こそされど、迷惑に思われることはないはずだ」
た、確かに今回はセラフィーネさんは攻撃を仕掛けてきていない。迷惑なマーマンを追い払ってくれただけだ。だが、セラフィーネさんだぞ? 何を考えているのか全く読めない相手だ。
「そう固くなるな。私としてもお前たちの結婚は祝ってやりたいのだ。あいにく、結婚式には出席できなかったから、ここで祝いの言葉を述べさせてもらおう。おめでとうだ、アストリッドよ」
「ど、どうも」
セラフィーネさんがまともだと気が抜けるなー。
「しかし、お前を苛めるのにももう飽きてきたな。次の一回で終わりにするとするか?」
「え!? 本当ですか!?」
おおっ! ついにセラフィーネさんが飽きたぞ!
「本当だ。これからいろいろとお前もやるべきことがあるだろう。子を成して育てる。きっとお前の血を引いた子供は優秀な魔術師になるはずだ。だからな」
だから何なのだろうか……。生贄にするとか言わないよね……?
「優秀な魔術師が増えるのは望ましい。我々はいつでも優秀な魔術師に扉を開いているからな。お前の子供も我々の導きを得るかもしれないぞ?」
「あー! そういうことですかー!」
このロリババアさんは私たちの子供を魔女にしようっていうのか!
「お前だってロストマジックでかなり得をしただろう。子供にだけその利益や恩恵が与えられないというのは不公平ではないか。お前もお前の子供には魔女協会も選択肢のひとつであると教えておくべきだ」
「困りますよ! 確かに私も得をしましたけど、ローゼンクロイツ協会に監視されることになりましたし! 私の子供を監視する人がベスみたいに理解のある人だとは限らないんですからっ!」
そうなのだ。確かに私は魔女協会のロストマジックでかなりの得をさせてもらったが、その反面ロストマジックを規制するローゼンクロイツ協会に目を付けられる羽目になってしまった。子供に同じ間違いを犯してもらいたくはない。
「随分と過保護だな。生まれる前からこれとは。だが、お前の子供はきっとロストマジックに興味を示すぞ。お前のように魔術の兵器を操り、神獣を従える姿を見たら必ずな」
「そ、それはそうかもしれませんけどー……」
うう。私が子供だったらお父様お母様がフェンリルとか従えていたら大層憧れることだろう。私も同じような使い魔が欲しいとわがままをいうはずだ。その気持ちはよく分かるのでなんとも言えない。
「まあ、まだ子供が生まれるまでには時間がかかるだろう。それからでも──」
セラフィーネさんがそう告げて私の手に触れたときだ。
「アストリッド。もう妊娠したのか?」
「え? 私、妊娠してます?」
セラフィーネさんが珍しく驚いた表情を浮かべるのに私もびっくり。
「お前、アストリッドの夫。お前は学園の教師だったそうだが、随分と手が早いものだな。一体学園でどんな教育をしてきたというのだ。全く、結婚してほぼ即日妊娠とかありえんだろうが」
「悪かったな。だが、誘ったのはアストリッドの方だ」
ま、まあ、確かにベルンハルトを誘ったのは私ですが……。
「その子供が生まれてくるのが楽しみだが、アストリッド。いい母親となり、いい師匠となれよ。そして、いずれは魔女協会でロストマジックを継承させろ。その赤子は必ずお前に匹敵する魔力を持って生まれてくるはずだ」
「だーかーらー! 魔女協会にはもう関わらせませんって! フェンリルのことも子供には内緒にしておきますからっ!」
「そう上手く行くかな?」
そう言われるとかなり自信がない。
「まあ、今日のところは観光を楽しむといい。海上洞窟は他にもあるし、ビーチで楽しむという手もある。腹が膨れる前にしか楽しめないことを楽しんでおけ」
「そうですよね。赤ちゃんが大きくなったら運動とかできませんものね」
「ああ。そうだ。だから、まあ、お前との決着はまたの機会でいいだろう」
おっと。私が妊娠していると知った瞬間、セラフィーネさんがなんだか大人しくなりましたよ。
「セラフィーネさん。私たちの子供楽しみです?」
「楽しみだぞ。お前を超える魔力の持ち主ならきっと素晴らしい魔女になる」
「そういう期待っすか……」
可愛い子供を見てなごもうとかいう気はさらさらないらしい。
「では、観光を楽しめ。安心しろ。これから暫くは休戦するし、再戦するときにはちゃんと連絡を入れてやる。それからお前たちを尾行していたオストライヒ帝国の敗残兵たちは片付けておいてやった。私に警戒するのもいいが、連中についても警戒しておけ」
「え? またオストライヒ帝国の人たちが私のこと狙ってるんです?」
私が疑問の声を上げるのも虚しくセラフィーネさんは空間の隙間に姿を消した。
「なんというか。大変なことになったな」
「そうですねー……。まさか私がもう妊娠してるとは思いませんでしたよ。私の希望としては女の子がひとりと男の子がひとりがいいです。ちなみに女の子の方が姉であるのが望ましいですね。面倒とかみてくれるかもしれないですから」
「お前、実はさっぱり大変なことになったと思ってないだろう?」
「どーでしょうねー」
ベルンハルトとの子供。きっと可愛い子が生まれてくるはずだ。その子が魔女協会に興味を示すかは分からないが、手伝い魔術師とかしないでいいようにお小遣いはたくさんあげておこうと思いました。
「さあ、ベルンハルト! もっと観光を楽しみましょう! ベスとの約束の日まではまだまだ時間がありますからね!」
「そうだな。魔女が仕掛けてこないなら安心だ」
そうして私たちはロマルア教皇国での観光をエンジョイした。
他の海上洞窟でまったり過ごし、オムレツが有名な店で食事をし、デルフィーノ島を満喫したら、メディオラーヌムでの観光を楽しむのだ!
今度はショッピングだぜ!
まあ、デルフィーノ島でも先生とお揃いのブレスレットを購入したんですけどね。
なんでもヴァルトルート先輩曰く、新婚さんが必ず買っていくものだそうで、これがあれば決して別れることはないそうだ。
まあ、私とベルンハルトが別れることなんて心配しなくてもいいんだけれど、思い出の品にはもってこいだ。
これからも私たちの結婚生活が明るくありますようにっ!
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