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吸血鬼さんと協会

…………………


 ──吸血鬼さんと協会



 私はエリザベート・ルイーゼ・フォン・エンゲルハルト。ローゼンクロイツ協会の上級執行官です。


 今の私の任務は災厄と新たに指定されたアストリッド・ゾフィー・フォン・オルデンブルクさんの監視と保護です。いずれの任務も現在問題なく遂行されています。


 災厄に指定された人々は何人も見てきましたが、彼女も例に漏れず破天荒な人物でした。ですが、彼女が言っていたことは正しく、結果として私たちは“鮮血のセラフィーネ”による皇太子妃暗殺を阻止することになりました。


「今現在“鮮血のセラフィーネ”とは休戦状態にあります。いつ再び魔女が攻撃を再開するかは分かりませんが、どのような場合でも万全の態勢で迎撃するつもりです。報告は以上となります」


「報告ありがとう、エリザベート上級執行官」


 私がロマルア教皇国におけるローゼンクロイツ協会の支部長に報告するのに、支部長は頷いて見せた。


「しかし、彼女が今も魔女に狙われているというのはあまりいいニュースではないな。もっと積極的に保護するべきではないかね。例えば、我々の所有している物件のひとつに閉じこもってもらい、その周囲をローゼンクロイツ協会の部隊で固める、というのはどうだ?」


「それは……」


 いくらそれが合理的な判断であろうともアストリッドさんの性格を考えるならあり得ない選択肢だということは分かります。


 アストリッドさんは本当に落ち着きがなくて、常に何かしていないと落ち着かず、交友関係もとても広い人です。そんな彼女を一ヵ所に閉じ込めておこうとしても、とてもではないですが上手くはいかないでしょう。


 ですが、彼女の身を本当に守ろうというならば、確かに支部長が言うようにするべきでしょう。私は彼女に死んで貰いたくはありません。


「その提案は彼女と相談して決定します。恐らくは拒否されるものと思いますが」


「そうかね。残念だな。彼女は災厄といえど優秀な魔術師だ。このままローゼンクロイツ協会との協力関係が続けば、それはローゼンクロイツ協会にとっても望ましい結果となるのであるが」


 最近はローゼンクロイツ協会の方針も変わったのか、災厄を監視するだけではなく、他の災厄の収容のために利用しようと考えているようだ。


 私としては気に入らない方針だ。彼女がいくら災厄に指定されたとしても、その自由をどうこうするような権利が私たちにあるとは思えない。


 私がローゼンクロイツ協会にいる理由はただひとつ。呪い殺しのエンゲルハルトの汚名を返上するためだ。私たちが呪われた一族ではなく、社会に貢献することのできるものたちであることを世に示すためだ。


 私にはローゼンクロイツ協会に加わる理由があった。だが、アストリッドさんは?


 彼女はひとつの帝国を滅ぼしたという汚名はあれど、それをチャラにするだけの功績を既に挙げている。彼女は呪い殺しの一族である私たちとは罪の重さが異なるのだ。


「では、失礼します」


「ああ。これからも監視任務の続行を頼むよ」


 私が一礼して退席するのに、支部長がそう告げた。


「あれはエンゲルハルトの……」


「呪殺屋か……」


 私が支部内を歩くのに、ひそひそと他のローゼンクロイツ協会のメンバーが囁くのが聞こえてきた。いつものことだ。気にはならない。


 呪い殺しのエンゲルハルト。呪殺屋。神の罰を受けたもの。


 いろいろと陰口は叩かれてきた。一時は落ち込むこともあったが、今の私には気にもならない。私はローゼンクロイツ協会の上級執行官として責務を果たしているし、そのことはきちんと上層部に評価されているのだから。


 それに今では私を私と評価してくれる人がいる。呪い殺しのエンゲルハルトではなく、エリザベートとして私を見てくれる人がいる。


「エリザベート。まだそんなことをやっているのですか?」


 私が支部を出たとき、不意にそう声がかけられた。


「“毒の女王カミラ”。次に会った時には容赦しないと言っていたはずですよ」


 “毒の女王カミラ”。この女も“鮮血のセラフィーネ”と同じく数千年を生きる化け物で、魔女協会の会長としてローゼンクロイツ協会の最重要目標のひとつに選ばれていた。それがこうして支部のすぐ前に姿を見せるとは、挑発しているにもほどがある。


「今日は戦いに来たのではないのですよ。ただ、アストリッドさんを再びこちら側に渡してはくれないかと頼みに来ただけです」


「アストリッドさんをあなた方に? 冗談もほどほどにしておいてください」


 魔女協会もアストリッドさんを狙っている。ローゼンクロイツ協会がアストリッドさんを利用しようとしているように。


「彼女には本物の“魔女”になって欲しいだけですよ。別に破壊工作を命じたりするわけではありません。“魔女”となり、永久を生きる存在になってもらえば、我々が引き継いできたロストマジック──ナチュラルマジックが芽吹くことを夢見れるのです」


「そのような夢は見ないことですね。彼女を魔女にするなどもってのほかです。魔女になるための生贄だけでも、既に許容できない人類社会への攻撃です。まして、まだロストマジックという管理が必要な魔術をばら撒くとは」


 魔女になるためには生贄が必要になる。数千人近い人間を生贄に捧げて、初めて不老不死の魔女という化け物に生まれ変わるのだ。そのような行為を許すつもりは私にも、ローゼンクロイツ協会にもない。


「本当にそうしたくないと思うのですか? 同じく永遠を生きる友がいれば、あなたの心も安らぐのではないかと思うのですが」


「……っ!」


 確かに私はアストリッドさんと一緒にいることに居心地の良さを感じている。私が永遠に近い年月を生きる吸血鬼であり、アストリッドさんが私に比べればほんの短い時間しか生きられない普通の人間であることも把握している。


 だが、だからと言ってアストリッドさんを魔女にするわけにはいかない。魔女になってしまえば同じ永遠の時間という孤独を生きる存在を増やしてしまうことになるのだ。


「論外です。私は何があろうともアストリッドさんを魔女にさせるつもりはありません。お引き取り願いましょうか。それともここでケリをつけますか?」


 “毒の女王カミラ”は魔女協会の中でもトップの魔女だ。その実力は未知数だが、間違いなく“鮮血のセラフィーネ”を上回っている。勝てる相手だとは思えない。


 だが、やらなければ。私が倒れればアストリッドさんが危うい。


「そのつもりはありませんよ、呪い殺しのエンゲルハルトさん。私どもとしてはアストリッドさんが自発的に魔女になる道を選んでくれるのが望ましいのです。強引に魔女にしても厄介な戦力をローゼンクロイツ協会にあたえるだけになってしまいますからね」


 そう告げてカミラは小さく笑うと、空間の隙間を開いた。


「誰か! 誰か! 魔女がいるぞ! “毒の女王カミラ”だっ!」


 支部の人間が叫ぶが、気付くのが遅い。


 支部の人間もまさかお尋ね者のトップが支部に姿を見せるとは思わなかったのだろう。支部の人間が慌てて武装して出て来るが、既に魔女の半身は空間の隙間の中にあった。


「いつかあなたと志を同じくする日を待っていますよ、エリザベート」


「そんな日は永遠に来ませんよ、カミラ」


 魔女たちは本当に厄介ごとの種を撒いて回る。


 しかし、私は本当にアストリッドさんに永遠を生きて欲しいと思う日は来ないだろうか。あのアストリッドさんが死ぬときも、私は今のままだ。そのことが私には酷く寂しいことのように思えた。


 だが、彼女に同じ呪いはかけられない。こんな呪いは私の代で終わらせると決意したのに、無関係のアストリッドさんまで巻き込むわけにはいかない。


 いずれ別れが来るだろうが、その時はそれを受け入れよう。


 それがアストリッドさんにとっても、私にとっても幸せなことに違いないのだから。そう、永遠の時間という監獄はもう満員だ。アストリッドさんを入れる余地などない。


「エリザベート上級執行官殿! 今の魔女は……」


「我々を挑発しに来たようです。これからは支部であろうとも警戒を怠らないでください。敵はどこまでも神出鬼没です。どこから攻めてくるのか分かりません。どんな状況でも対応できるように準備を」


「畏まりました、エリザベート上級執行官殿」


 今はアストリッドさんを魔女にしようとしているという話はしなくともいいだろう。いずれ必要になれば、報告する。不用意な報告で彼女を縛る鎖を増やしたくはない。彼女にはこれまでのようにのびのびと生きて欲しい。


 だが、私は彼女との別れの時に本当に後悔しないだろうか?


 別れの時を思うと少し目頭が熱くなるのを感じた。こんな感覚は凄く久しぶりだ。


「私も人の子、ということでしょう」


 小さく笑って目頭を拭うと、私はアストリッドさんという愉快で、大切な人物が新婚旅行を楽しんでいる間、どうやって時間を潰そうかと考え始めた。


 アストリッドさんのように楽しいことがポンポンと思いつくならばいいのに。


 私は本当に彼女が羨ましい。


 だから、なるべく彼女の傍にいて、彼女の考え方や行動を覚えておきたい。そうすれば別れの時にも耐えられそうな気がしてくる。


…………………

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