元悪役令嬢とハネムーン
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──元悪役令嬢とハネムーン
無事私はベルンハルト先生──もといベルンハルトと結ばれました!
結婚式は大盛況で、私たちはみんなに祝福されて過ごした。ついでに出席できなかったミーネ君たちの結婚式の分まで大騒ぎした。
久しぶりに会ったミーネ君たちはもとより、アドルフたちも変わって見えた。アドルフとシルヴィオももう学生気分は抜けて大人という雰囲気を発していた。やはり家庭という守るべきものを持つと人は変わるのだろう。あれだけ苦労した地雷たちが成長しているのに私は感動を覚えたのだった。
それからミーネ君たちにはこれまでのお返しのように私の惚気話を叩き込んでおいた。ミーネ君たちも途中からげっそりしていたが、君たちだって私に散々惚気話を送り付けてきたんだからな!
まあ、そんなこんなで結婚式は終わり──。
「では、ベルンハルト。次はハネムーンですよ!」
「おいおい。あれだけ騒いでまだ足りないのか?」
「当たり前です! 人生で一度の新婚生活ですよ!」
呆れたようなベルンハルトに私がそう告げる。
「セラフィーネさんとの停戦協定失効まで残り1ヵ月とちょい。この期間で楽しんでおかないともう機会はないかもしれないんですよ。私たちじゃまだまだセラフィーネさんを殺しきるまではいきませんし」
「そうだな。魔女がいない間でもないと、羽を伸ばして楽しむこともできないか」
そうなのだ。セラフィーネさんとの停戦協定が失効すると私たちはのんびりと過ごすこともできなくなるのだ。セラフィーネさんも市街地のど真ん中で襲撃するようなリスクは冒さないとは思うのだけれど、あの人のことだから絶対とは言えない。
「でしたら、私はお邪魔虫ですね」
と、いじけたように告げるのはベスである。
「ええっと。ベスも一緒でいいよ?」
「いえ。夫婦水入らずな時間もご必要でしょう。私もローゼンクロイツ協会へ一度報告に向かいたいと思っていたので、ここら辺で一度分かれることにしましょう。合流時間と場所を決めておけば問題ないはずです」
「了解。じゃあ、レムスの大聖堂前で3週間後の午後3時に!」
「分かりました。では、ご夫婦でよろしくなさってください」
ベスはそう告げると手を振って去っていった。
「ベルンハルト。ベスもああいってくれたことですし、夫婦水入らずで観光と行きましょう! このロムルス教皇国には見どころのある観光地がいっぱいあるんですから! 綺麗な海岸だったり、荘厳な大聖堂だったり」
「荘厳な建物だからってぶっ壊すなよ? オストライヒじゃ、歴史ある宮殿を更地にした歴史的破壊者なんだからな」
「こ、壊しませんよ! 私だって敵とそうじゃないものの区別ぐらいつきますし!」
た、確かにオストライヒ帝国戦役──シレジア戦争では私は歴史ある宮殿を木っ端みじんに吹き飛ばしたけれども! だからって私は別に歴史遺産バスターってわけじゃないやい! 歴史あるものを楽しむ心だってあるやい!
「ならいいが、3週間でどこから見て回る?」
「このデルフィーノ島って島が気になってるんですよね。近くには大都市もあってにぎやかですし、海は綺麗だって評判ですし、なんと海上洞窟まであるそうですよ!」
私はロマルア教皇国に来た時点で観光ガイドを片っ端から読んで、いくつか狙いを定めておいた。デルフィーノ島はその中のひとつだ。海がとても綺麗なマリンブルーで、近くには買い物にもってこいの大都市もあり、ホテルも絢爛豪華なものがあるとか。
これは行くっきゃない!
「なら、決まりだな。だが、結婚式で相当金を使ったから、そんなに余裕はないぞ」
「大丈夫です。支払いは私がしますから!」
「なんだか俺がヒモになった気分がしてくるな……」
まあ、お金は実際のところ私の方がいっぱい持ってるからなー。ベルンハルトもこの間の結婚式でブラウンシュヴァイク公爵家からいろいろと支援を受けたみたいだけど、私が6年間かけて破滅に備えて貯めてきた額には及ばない。
ベルンハルトも男らしいところを見せたいのだろうけど、これは私のわがままなので私が支払うのが道理なのである。
「では、デルフィーノ島へレッツゴー! デルフィーノ島を見て回ったら、メディオラーヌムでショッピングと観光と行きましょう!」
「了解だ。おっかない魔女がいぬ間に観光と行こうか。正式に夫婦になってからの初めての旅行だしな」
私が告げるのに、ベルンハルトも頷いた。
こうして私たちはデルフィーノ島を目指して出発したのだ!
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デルフィーノ島は本土から船で半日の距離のところにあった。
「おおーっ! 海が滅茶苦茶綺麗ですよ、ベルンハルト!」
「そうだな。ここまで綺麗な海だと感動するな」
観光ガイドにあったようにデルフィーノ島の海はとても綺麗だ。マリンブルーの透き通った海をイルカが飛び跳ねている。イルカがああやって平穏に過ごしているところから見て、クラーケンやマーマンみたいな危険な魔獣はいないと思う。
せっかくのハネムーンなのに魔獣に邪魔されたらいやだからね!
「このままのんびり海を見てても最高ですけれど、やっぱり陸に上がって水着に着替えて飛び込みましょう! それから海上洞窟を見るのも絶対に忘れないようにしないといけませんね! 海上洞窟は船で入るツアーがあるそうですよ!」
「本当によく調べてるな、お前」
そりゃあ人生で一度のハネムーンですからね。最高のものにしたいじゃないですか。
「さて、まずはホテルにチェックインですよ! 私がこの島で最高級のホテルを取っておきましたからね!」
「了解、ツアーガイドさん。荷物は俺が降ろしておくから先に行ってくれ」
「そんなわけにはいきませんよ、ベルンハルト。もう教師と生徒の関係じゃなくて夫婦なんですからね!」
ふふふ。もう夫婦なのだ。憧れのベルンハルトと一緒に新婚旅行だなんて、あの地雷処理ライフの時には思いもしなかったな。あの時は地雷処理に一生懸命で、それどころじゃなかったし。まあ、夢は見ましたけれども。
「じゃあ、悪いな、手伝ってくれ。重い荷物は俺が運ぶから」
「アイアイ、サー!」
私は船に積み込んだドレスやらなにやらを詰め込んだバッグを運び出して、ベルンハルトと一緒にトコトコと運ぶ。
「ここですよ! グラン・ブル・マリーナホテル! 客室からこの綺麗な海を眺めて過ごせるんです! それに料理も絶品で、海の幸がふんだんに使われた料理が出てくるとか! サービスも一級品と有名ですよ!」
私が予約しておいたのは4階建ての荘厳なホテルだ。歴史あるホテルながら、建物は真新しく、観光ガイドでは著名人が絶賛していた。かつては私が滅ぼしたオストライヒ帝国の皇室も利用していたとか。
まあ、私がオストライヒ帝国をちゃちゃっと滅ぼしちゃったので、代わりに私たちが来たのである。
「ようこそ、グラン・ブル・マリーナホテルへ。お荷物をお預かりします」
私たちが船着き場から到着すると気のいいホテルの従業員の人が荷物を代わりに運んでくれ始めた。
「予約していたアストリッド・ゾフィー・フォン・ブラウンシュヴァイクですけど!」
私も結婚したのでブラウンシュヴァイク公爵家の人間である。イリスのお父さんお母さんが私の義父と義母になるとは思いもしなかったよ。
「お待ちしておりました、アストリッド様、ベルンハルト様。当ホテルへようこそ。今回は新婚旅行ということで思い出になるようにホテルスタッフも力を入れてサービスに当たらせていただきます」
「どうもです!」
カウンターの受付嬢の人が告げるのに私が頷く。
「では、お部屋にご案内します。今回はロイヤルスイートをご利用ですね」
「はい!」
ふふふ。これぞ金持ちの特権。ホテル最上階のロイヤルスイート。せっかくのハネムーンなので思い出になるような場所にしないとね。
「おい。ロイヤルスイートって相当しただろう?」
「まあまあ。支払いは私持ちで既に支払ってあるのでご安心を」
ヘルヴェティア共和国の口座からこのホテルには既に6日分の宿泊料を振り込み済みである。憂いなく豪遊できるぞ。
「あら。アストリッドちゃん?」
「へ?」
不意に声がかけられたのに私が振り返る。
「ヴァルトルート先輩!?」
「まあ、久しぶりね、アストリッドちゃん! こんなところで会うなんて奇遇ね!」
驚いた。我が道を進むことに定評のあるヴァルトルート先輩がホテルのロビーで優雅にお茶をしていたのだ。そう言えばこのホテルの評判を最初に聞いたのもヴァルトルート先輩からだった気が。
「アストリッドちゃん。今日はどうしたの? そう言えば結婚したってお手紙貰ったけどひょっとして新婚旅行? そちらの方は……あら、ベルンハルト先生じゃないですか」
ヴァルトルート先輩がぐいぐいと食い込んでくる。
「そうなんですよ。新婚旅行です。私とベルンハルトの!」
「まあまあ、それは素敵だわ。しかし、教師と生徒とはインモラルね」
「まあまあ、そこは私も卒業したということで」
「そうね! 卒業したら関係ないものね! 素敵な新郎新婦さんたちね!」
ヴァルトルート先輩は相変わらずだ。
「しかし、新婚旅行でここを選ぶとはアストリッドちゃんも私と気が合うわね。私も新婚旅行にはこのホテルを選んだのよ。ここは新婚旅行客には特別サービスがあって素敵なの。今日は前の思い出を思い出しに、夫と一緒に来ているのよ」
そう告げてヴァルトルート先輩が後ろを指さす。あの人物がヴァルトルート先輩の結婚相手で大富豪の家というグスタフ・エルンスト・フォン・グレト様だろう。
「しかし、アストリッドちゃんも結婚式に呼んでくれればよかったのにー。結婚式はどこで挙げたの?」
「レムスの大聖堂ですよ。ヴァルトルート先輩にも招待状出したんですけど?」
「あれ? おかしいわね。ああ、旅行中だったから届かなかったのね!」
相変わらずな先輩だ。
「じゃあ、ここで祝福の言葉を述べさせてもらうわ。おふたりともお幸せにね! 私たちも明後日までは滞在しているから、この島のことを案内してもいいわよ。セレブご用達の店や観光スポットもよく知っているから!」
「是非ともお願いします、ヴァルトルート先輩!」
いやあ、ヴァルトルート先輩はこういうことには頼りになるなー。
「それからこのホテル。クラーケン料理が今なら食べられるわよ」
「マジですか」
「マジよ」
おお。あの伝説のクラーケンまで食べられるとはいい時期に来たな!
「それじゃ、また会いましょう。しっかり新婚旅行を楽しんでね!」
「はい!」
思わぬ客もあったが、私たちは無事にホテルのロイヤルスイートに到着した。
ここからの眺めは最高だっ!
「ベルンハルト。改めてこれからいろいろとお願いしますね」
「ああ。こちらこそよろしく頼む」
客室のバルコニーで私が告げるのに、ベルンハルトが私の手を握る。
「では、その、またキスしましょうか?」
「そんなにキスばっかりして飽きないか?」
「全然!」
ベルンハルトとのキスなら大歓迎だよ!
「ここだと人が見てるかもしれないぞ?」
「なら、見せつけてやるまでですよ。さあさあ、抱き締めてください!」
「分かった、分かった。わがままなお姫様だ」
私はこうしていると実は夢じゃないのかと思う時がある。
実は私は破滅していて、独房の中で夢見ているのではないかと。
しかし、これは現実! 私はついに勝ち取ったのだ!
「ベルンハルト。明日からは観光三昧です。休ませませんよ?」
「こう見えても体力には自信があるんだ。そっちが先にへばるなよ?」
「ふふふ。竜殺しの魔女を舐めないでください♪」
ああ。素敵な新婚旅行は始まったばかりだ!
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