元悪役令嬢、ついに結婚式
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──元悪役令嬢、ついに結婚式
ついにこの日がやってきた。
私とベルンハルト先生が結ばれる日だー!
いえーい! ドンドンパフパフ♪
準備に怠りはない?
まず、式場はベルンハルト先生が素晴らしい場所を準備してくれていた。政界財界の要人たちが挙式してきた式場で、ここで挙式したものは決して破局することはないということが売りの式場だ。とても綺麗な式場で、素敵な式が挙げられそうな場所である。
次に招待客。こちらも問題はない。ミーネ君たちは絶対に行くと返事を返して来てくれたし、イリスもブラウンシュヴァイク公爵家の面々やヴェルナー君と一緒に来てくれるそうだ。お父様、お母様も当然ながら来てくれる。
もう手伝い魔術師の件を隠す必要もないのでペトラさんたちもご招待。ペトラさんたちはわざわざハーフェルからロマルア教皇国まで来るのは一苦労だと思って、交通費を同封しておいた。そこまで気を遣わなくてもという返事が来たが、来てくれるそうだ。
ひとつ迷ったのはディートリヒ君を招待するかどうかだった。私ってばディートリヒ君のこと振ってるし、それでいて結婚式に招くのはどうなんだろうか。だが、招かないと招かないで仲間外れにしているようで申し訳ない。
というわけで、熟慮の末にディートリヒ君も招待した。来てくれるかな……?
次にドレス。これはパーフェクトだ。ベスと私で選んだ大人びた一品。着ているだけで特別な気分になれてくる。ついに私も幸せに……と感慨深くなってしまうのだ。
そう、10年に渡る地雷処理ライフを終えて、私はついに幸せになるのだ。
長かった……。いつ地雷を踏むかと戦々恐々とし、破滅フラグが立っていないか心配し続けるのはストレスフルな生活だった……。
だが、今や地雷原は存在しない!
あのアドルフも、あのシルヴィオも、あのフリードリヒも全て無害化された。あいつらが地雷だったのは過去のこと。今は立派な帝国男子として帝国の未来のために働いているに違いない。
フリードリヒのなよなよっぷりもエルザ君のおかげで修正されたかな? シルヴィオの反抗期はちゃんと終わったかな? アドルフはミーネ君と仲良くやってるかな?
ううむ。今思うと意外といい奴らだったのかもしれない。私が悪役令嬢でなければ、それなりに友達になれたかも。
……いや、ないない。思い出補正が入りすぎだ。あいつらは素で地雷だった。
まあ、いいさ。これで準備は万端。さあ、いつでも始まってくれ、結婚式!
「アストリッド!」
「お父様! それにお母様も!」
私が花嫁の控室でベスと一緒に出番を待っていたとき、お父様とお母様たちがやってきた。どちらも嬉しそうな表情である。
「お前という奴はあれだけ帰ってきなさいと言ったのに、こんな異国の地で式を挙げると言い出して。プルーセン帝国ならばもっと立派な式が挙げられたのだぞ」
「パウル。この子が選んだ道に反対しないと約束したでしょう。それにこの式場もとても立派なものよ。この子とベルンハルトが選んだだけのことはあるものじゃない」
お父様が告げるのに、お母様がそう返す。
「それはそうだが……。やはり親としてはな……。アストリッド、まだ家に帰ってくるつもりはないのか?」
「まだ魔女に狙われていますから。家にいるとご迷惑になるかと」
「魔女に狙われているならなおのこと戻ってきた方がいいだろう。傭兵を雇って守りを固めておけばいい。あちこちさ迷い歩く方が危険が大きいのではないか?」
「いえいえ。私が相手にしている魔女は些か規格外でして。傭兵などでは相手にならないのですよ。というか傭兵とか他の人がいると操られて、逆に脅威になりますから」
「そ、そんな化け物を相手にしているのか……?」
私の言葉にお父様の表情が引きつる。まあ、私自身、どうして未だに対抗できているのか謎なくらい強い魔女なのだ、セラフィーネさんは。
「ですが、ご心配なく。今のところ私の全勝ですから」
「お前は本当に何と言っていいか……」
お父様、そこは誇ろうよ。私は帝国最強の魔女と言ってもいいんだよ?
「まあ、何はともあれこれでやっとあなたとベルンハルトが結ばれるのね。私たちもいろいろと手を回したけれど、娘であるあなたが幸せになってくれてよかったわ。これから結婚生活が始まるけれど心配なことはない?」
「大丈夫です、お母様!」
お母様が慈愛に満ちた笑顔を向けてくるのに私がコクコクと頷く。
「なら、バージンロードはパウルと一緒に歩きなさい。パウルはこの日をずっと夢見てきたのよ」
「そうだぞ。お前は本当にこんな日を迎えられるか心配だったんだからな」
……なんだかさりげなく酷いこと言われてない? お父様ってば私が一生結婚式挙げられないとか思ってたの? そんなに私は貰い手がないように見えてたの?
そりゃ、相手を選り好みはしたけれど、結婚はちゃんとするよ! 私だって名誉ある帝国女子なんだからねっ!
「では、式が始まったらな。それからそのあとに時間を作るんだぞ。積もる話がいろいろとあるからな」
「はーい」
最後はお父様もニコニコの笑顔で出ていった。
「アストリッド様!」
私がお父様、お母様を送り出したら、ミーネ君たちが入れ替わるようにやってきた。
「ミーネ、ロッテ、ブリギッテ、サンドラ! みんな元気にしてたかい!」
「私たちは元気ですわ! アストリッド様こそ元気でしたのですか? 便りには放浪の旅を続けているとありましたが、お体を壊されたりしていませんか?」
「全然平気だよ! 私はいつも通り元気満点さ!」
ミーネ君たちには近況を知らせる手紙を送っていたが、心配されていたようだ。それにしては君たちの返信の手紙は惚気話で満ちていたけれどな? 本当に心配してた?
「なんだか数年振りに会ったような気がしますわ。卒業式からまだ2ヶ月程度しか経っていないというのに。なんだか時間が経つのが早い気がします」
「そうだね。私もなんだかすっごく久しぶりに会った気がするよ。学園では毎日会ってたからかな?」
ロッテ君がそう告げるのに、私が頷く。
卒業式があったのが2ヶ月弱前なのに、ミーネ君たちとは数年振りの再会のような気がしてくる。学園では毎日会っていたからというのもあるのだろうが、ミーネ君たちがどことなく成長しているように見えるからということもあると思う。
ミーネ君たちはどこか大人びた雰囲気をしている。学園時代は子供って感じだったのに、今ではすっかり大人という感じだ。
「ミーネとロッテ、そしてブリギッテはもうアドルフ様、シルヴィオ様、ゾルタン様とそれぞれ結婚したんだよね?」
「はい。式を挙げましたわ。アストリッド様もお招きしたのに……」
「ご、ごめんね。私はちょっと魔女に追われててさ!」
そうなのだ。ミーネ君たちは既に既婚者なのだ。
エルザ君がフリードリヒと式を挙げてから数週間後に続けてミーネ君、ロッテ君、ブリギッテ君が挙式した。私も招待されていたのだが、セラフィーネさんに追われている身としては行くことは叶わなかった……。おのれセラフィーネさん。
やっぱり結婚すると人が変わるのか、ミーネ君たちもちょっとばかり丸くなった気がする。気のせいかな?
「でさでさ、新婚生活はどんな感じ? まずはミーネから!」
「お、お手紙で報告した通りですわ。アドルフ様にはとてもよくしていただいています。アドルフ様も騎士団に入団されて、今は騎士団長を目指して頑張られておられますので、私は微力なりとお力になれればと頑張っている次第です。はい」
「ちなみに子供はいつごろできそう?」
「ま、ま、まだ未定ですわ!」
大人になったと思ったけどミーネ君もまだまだ子供だな。
「ディートリヒ君はどうしてる?」
「ディートリヒ様は今はアドルフ様を支えていくと学園で勉学に励んでおられるそうですわ。一時期は騎士団長の地位を争ったそうですけれど、ディートリヒ様もお心が変わられたようですわね」
ふむ。私が結婚するから騎士団長の地位は諦めたのだろうか。しかし、気持ちを切り替えてこれからは兄を支えていくと決心するとはまだ12歳なのに他の連中より大人だな、ディートリヒ君。
「じゃあ、次はロッテ! 君はどうしてる?」
「私は留守を守っていますわ。シルヴィオ様は宰相になられるのにもっと勉強が必要だということで、学士課程に進まれましたから。私はお弁当を作ったりする程度ですが、お力になれればと祈っております。シルヴィオ様も私にはよくしてくださるので」
ああ。シルヴィオは宰相になるのに学士課程に進んだんだよな。ロッテ君も一緒に学士課程に進めばよかったのに。まあ、ロッテ君はシルヴィオと一緒なだけで満足なようだし、それでいいか。
「ブリギッテは?」
「ゾルタン様とようやく結ばれて嬉しさでいっぱいです。ゾルタン様はとても優しい方なので、私もあの方に尽くしていきたいと思っています。その、実を言うと早速子供ができそうでして……」
「ええっ!? ブリギッテが一番乗り!?」
どうりで大人びて見えるわけだ! もう子供ができそうとは!
「す、凄いね、ブリギッテ。これからもお幸せに!」
「はい。子供ができましたら、またお手紙を差し上げますね」
私も子供とか作っちゃうんだろうか。作っちゃうんだろうな。
「サンドラはパトリック君とどんな感じ? あと学士課程は楽しい?」
「パトリック君とはとても良い感じですわ。最初は歳の差があるのではと思ったのですが、とても大人びた子でして。これも親御さんであられるヴォルフ教授の教育が良かったからだと思います。ヴォルフ教授はアストリッド様が手紙に書いておられたように、とても素晴らしい教育者ですもの!」
羨ましいなー。私も学士課程に進んでヴォルフ先生の講義受けたかったなー。サンドラ君にはちょっとばかり嫉妬してしまう。
「では、そろそろ式の時間なので失礼しますね」
「うん。結婚式後のパーティーでまた話そう!」
結婚式の後はパーティーを予定している。みんなで積もる話を語り合うのだ。
「……アストリッド様?」
ミーネ君たちが出ていってから暫くして控室の扉が控えめに叩かれた。
「はい、どなたですか?」
「私です、アストリッド様」
「え? その声は……」
この聞き覚えのある声は……。
「エルザ君! いや、エルザ殿下!?」
「しーっ。まだ誰にも知られていませんから」
まさかのエルザ君登場だ!
「それからエルザ殿下は止めてください。その呼ばれ方にはまだ慣れていないんです。前みたいにエルザ君と呼んでください」
「エ、エルザ君。どうしてここに?」
「それは大恩人のアストリッド様を祝福するためですよ!」
エルザ君がそう告げて満面の笑みを浮かべた。
「学園生活ではいろいろとお世話になりました。私って今考えて見れば、平民としてやってはいけないことばかりしていた気がするんです。それをさりげなく指摘してくださって、他の貴族の方々が私を批判するのも抑えてくださって。アストリッド様にはとても感謝しているんです」
「い、いやあ。当たり前のことをしただけですよ」
笑顔の眩しいエルザ君に私がそう告げるのを部屋の隅にいるベスが胡乱な目で見ていた。し、仕方ないじゃないか! 私の破滅フラグを阻止するために頑張ってましたとは言えないし!
「それにフリードリヒ殿下との結婚式を魔女から守ってくださったのもアストリッド様、そしてそこにおられるエリザベート様だと聞いています。本当にありがとうございました。おふたりにはなんとお礼を言っていいか。あの魔女は私を殺すつもりだったとかで」
「まあ、エルザ君ももう知ってると思うけどローゼンクロイツ協会の仕事だから。ああいう危険な魔女に立ち向かうのも私たちの仕事なのさ!」
まさかあの魔女──セラフィーネさんが私の魔術の師匠だったとは言えない。
「いえ、でもお礼はしたいんです。あの時はアストリッド様に祝福してもらいました。今度は私がアストリッド様を祝福させてください。アストリッド様とベルンハルト先生が結ばれるのをささやかながら祝福させていただけると幸いです」
「もちろん! よろこんで! エルザ君に祝福してもらえるなんて嬉しいよ!」
最初はエルザ君も問題児だったけど、根はいい子だったし、ちゃんとフリードリヒを攻略してくれたし、私はエルザ君に感謝しかない。下手をすれば、私がフリードリヒなんぞと結婚する羽目になっていたのだから。
「では、式を楽しみにしています。私たちはこっそりしていますからね」
そう告げてエルザ君は出ていった。
ん……。私たち?
ひょっとしてフリードリヒも来ているのか……?
ま、まあ、いい。あれはもう地雷じゃない。処理されている。問題なしだ。
「さて、そろそろ時間ですよ、アストリッドさん」
「うん。行こうか、ベス」
そして私は足を踏み出す。
初めて通るバージンロード。お父様は私をベルンハルト先生が待つ祭壇までエスコートしてくれたけど、ちょっと泣いていた。
「死がふたりを分かつまで愛を誓いますか?」
長い祈りと祝福の言葉の後に、司祭さんがそう告げて私たちを見る。
「はい、誓います」
「はい、誓います」
私とベルンハルト先生はお互いを見てそう告げると、思いっ切りキスをした。
「え、ええっと。まずは指輪を……」
「よくやった、ベルンハルト!」
「素敵ですわ! アストリッド様!」
司祭さんが戸惑ったような声を上げているが、会場に湧く歓声に掻き消された。
こうして私はベルンハルト先生と正式に結ばれた。
これからが真の結婚生活だ!
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