元悪役令嬢と結婚式計画
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──元悪役令嬢と結婚式計画
私、ベルンハルト先生、ベスの3人で流浪の旅に出てから1ヵ月。
その間、セラフィーネさんと交戦すること9回。
セラフィーネさんってば市街地だろうと荒野だろうとお構いなしに襲撃してくるんだからこっちとしてはまるで気が休まらない。
大体、そのせいで私とベルンハルト先生は未だに結婚式を挙げられないのだ! いい加減にして欲しい! せっかくベルンハルト先生と結ばれたのに憧れのウェディングドレスも着れないなんて!
「というわけで、私は結婚式をするのでしばらくの間、襲撃しないでください」
10回目のセラフィーネさんの襲撃の際に私はライフル砲をセラフィーネさんに突き付けてそう告げた。セラフィーネさんはライフル砲で上半身だけになっても、次の襲撃の時には完全回復して戻ってくるのだ。
ベス曰く、魔女としてはそう珍しくもないらしいけど、私としては怖すぎる。
「ふむ。結婚式か。悪くないな。そこを襲撃するのも」
「やーめーてーくーだーさーいー!」
セラフィーネさんが今日もぽっかりと開いたお腹を晒して告げるのに私が突っ込む。この魔女さんは、全く!
「冗談だ、冗談。お前もついに子を成すのだな。それは祝福してやろう」
「こ、子供は作りますよ! 当たり前じゃないですか! えっちぃこともいっぱいしますからね! それはもう凄くしますよ!」
「顔が真っ赤だぞ、アストリッド」
正直、えっちぃことは考えたこともなかった。けど、結婚するなら当然のことながらそういうこともするよね。うん、するんだ。頑張れ、私! 前世でも今世でもまだまだ処女だけど、お前はやればできる子だぞ!
「まあ、そういうのであれば3ヵ月ほど襲撃を止めてもいい。私ももう少しばかり頭を使って戦いたいからな。こうも毎回毎回お前に返り討ちにあってばかりでは“鮮血のセラフィーネ”の名が廃るというものだ」
「本当に襲撃しません?」
「しない」
本当かー? セラフィーネさんはいまいち信頼できないんだよな。
「ちゃんとその証拠を結婚式の当日に送ってやる。お前も私も暫く休憩だ。ではな」
そう告げるとセラフィーネさんは空間の隙間に姿を消していった。
「今回もギリギリだったね、ベス」
「ええ。こちらの防壁は解析されているようです。まだあの魔女のブラッドマジックを完全に無力化するには至っていませんね」
私と共闘するのはベスである。ベスは今回も私の代わりにセラフィーネさんの攻撃を受けて、傷だらけになっている。痛々しいけど、私がセラフィーネさんのブラッドマジックをじかに受けたら、ベス以上にやられちゃうからしょうがないのだ。
「しかし、あの魔女の言葉は信用できるのか?」
「するしかないと思いますよ、ベルンハルト先生」
ベスに加えて共に戦ってくれるのはベルンハルト先生だ!
ベルンハルト先生は後方からの援護である。ベスがセラフィーネさんのブラッドマジックで傷を負うたびに治療していっているのはベルンハルト先生である。ベルンハルト先生もブラッドマジックは得意らしく、セラフィーネさんのブラッドマジックになんとか対抗できる防壁を組んでいる。
「本当に信用するのですか、あの魔女を?」
「するしかないじゃん! 私、まだ結婚式挙げてないんだよ! いい加減に正式にベルンハルト先生と結ばれたいんだよ!」
ベスが胡乱な目で私を見るのに私が叫ぶ。
せっかくベルンハルト先生がブラウンシュヴァイク公爵家の養子──あくまで養子なので、公爵家の地位そのものはイリスとヴェルナー君の子供に渡る──にまでなってくれて、結婚できるようになったのにあんまりだよ!
「もういい加減に式を挙げて正式にベルンハルト先生と結ばれるんだー! これは絶対に決定っ! ベルンハルト先生もそうしたいでしょう!?」
「そうだな。いつまでも式が挙げられないのは男として情けない。一応、結婚資金も貯めてきたのだからな」
私が告げるのに、ベルンハルト先生が頷く。
ベルンハルト先生は現在は正式には先生ではない。もう学園の教師は辞めている。今は私と同じく無職の身である。
いや、完全な無職ではない。私たちは旅先の冒険者ギルドで冒険者をやって路銀やら何やらを稼いでいた。私のヘルヴェティア共和国の銀行の貯蓄もあるから、みみっちいことはしなくてもいいんだが、それはベルンハルト先生のプライドが許さないそうだ。
まあ、そんなフリーターみたいな状態の私たちですが、ベルンハルト先生は結婚式の費用は負担すると言って、ちびちびと貯蓄しているようだった。いざとなればブラウンシュヴァイク公爵家からもお金は貰えると思うし、オルデンブルク公爵家からも支援があるとは思うのだが。
「ちなみに先生、いくらぐらい貯まってます?」
「まあ、ざっと400万マルクか」
「400万マルク!」
「これは教師時代に貯めていた金も含まれてるからそこまで驚くことじゃないぞ」
私のヘルヴェティア共和国の貯蓄は1000万マルクです。それに比べたら半額以下だけれど、ベルンハルト先生がそこまで私との結婚式のためにお金を貯めていてくれたなんて嬉しい限りだ!
「で、式はどこで挙げる?」
「せっかくここまで来たので、ロマルア教皇国で挙げましょう!」
今現在私たちは内戦真っ盛りのオストライヒ帝国跡地を避けて、フランク王国に入国し、フランク王国の南部にいる。ここからちょっといけば夏冬問わずバカンスで有名な土地であるロマルア教皇国だ。
そう、ロマルア教皇国はバカンスで有名な土地なのだ。夏は海水浴客が各国から押し寄せるし、憂鬱な冬の寒さをしのぎに裕福な人々が訪れる素敵な国。
ちなみに“教皇国”を名乗っているけど、宗教的なあれは全然ないです。だって、この世界の宗教って飾り付け程度の存在だもの。日本人のスタッフが作ってるからしょうがないと言えばしょうがないのだが。
「招待客は?」
「知り合い全員!」
せっかくの結婚式だ。みんなに微笑ましく見守ってもらいたい。
というか、イリスから手紙でお姉様はいつ結婚式を挙げるんですか? って期待されてて、その期待に応えるためにも結婚式を挙げたいのだ。当然ながら、イリスは絶対に招待するっ! ヴェルナー君も一緒に!
それから惚気た手紙を送りつけてくるミーネ君たちもご招待だ。これまで惚気話を一方的に聞かされてきたが、今度は私が聞かせてやる番だ。ふふふ、覚悟しているがいいぞ、ミーネ君、ロッテ君、ブリギッテ君。
サンドラ君はパトリック君がまだ結婚できる年齢にないために、学士過程に進んで勉強しているらしい。なんとあのヴォルフ先生の講義も受けているとか。羨ましいなあ。
「派手な式になりそうだな。エルザ嬢──エルザ殿下も招待するか?」
「い、いえ。流石にエルザ君──エルザ殿下を招待するのは難しいかと」
エルザ君ももう皇太子妃で、エルザ殿下なのだ。
なんだか学園にいたときよりも距離感を感じる。まあ、エルザ君はもともと高貴な生まれだったから仕方ないと言えば仕方ない。
「なら、リスト作りだな。俺は式場を探すから、そっちは招待客を頼むぞ」
「はいっ!」
こうして私とベルンハルト先生の結婚式計画がスタートしたのだっ!
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やって参りました、ロマルア教皇国!
式場はベルンハルト先生が飛び切りいい場所を予約してくれ、私は私の知り合いとベルンハルト先生の知り合いに招待状を出した。当然ながらお父様たちもご招待である。お父様からはいい加減に帰ってきなさいとのお叱りのお返事も受け取ったが……。
何はともあれ、結婚式計画は着実に進行中です!
私がやることの残りはドレス選び!
このロマルア教皇国はバカンスの国なだけあって、衣服類もブランドものが充実している。私もへそくり──というには額が多いが、ヘルヴェティア共和国の貯蓄をちょびっと降ろしてきて、めいいっぱいおめかしすることにした。
「ねえ、ねえ、ベス。このドレスはどうかな?」
「先ほどのものとの違いが分かりません」
私がふんわりしたスカートのウェディングドレスを着て見てクルリと回って見せるのだが、ベスは若干うんざりした様子でそう告げた。
「もー。ベスはちゃんと手伝ってよ。ベスってば今回に限ってはまるで仕事してないんだからね!」
「私の仕事はローゼンクロイツ協会の人間として災厄であるあなたを監視し、保護することですよ、アストリッドさん。私はあなたのドレス選びのためにここにいるのではないのです。そのことをきちんと理解なさってください」
ベスはお堅いなー。ローゼンクロイツ協会の監視って言うけど、私とベスはもう友達だし、私がベスから逃げるようなこともなければ、私が今更国を滅ぼそうだなんて考えるはずもないのに。ベスってば本当にお堅いよ。
「このドレス、大きなリボンが付いてるけどこういうのは子供っぽいかな?」
「子供っぽいも何もあなたは子供では?」
「もう子供じゃないやい。結婚できる年齢だよ! ロリババアのベスから見たら子供かもしれないけどね!」
「今聞き捨てならないセリフが聞こえた気がするのですが」
「ベスはロリババアの件?」
「私はババアではありません!」
珍しくベスが怒った。気にしてたのかな。
「だって、ベスって数百歳でしょう。それってババアじゃん」
「なっ……。わ、私はまだまだ若いです! 年長の吸血鬼たちに比べれば赤子のようなものですよ! それをババア呼ばわりとは!」
「ベス、気にしてたの?」
「女性にとって年齢問題は深刻であることはあなただってご存知でしょう?」
まあ、私もババアって言われたらショックかな。
「いいじゃん。ただのババアじゃなくてロリババアなんだから! ロリだよ、ロリ」
「それはそれで気に入りません」
ベスは面倒くさいなあ。
「じゃあ、ロリババアって呼ばない代わりにちゃんと私のドレス選ぶの手伝って」
「面倒くさいですね、あなたは」
ベスに言われたくはないやい。
「それにどうせ決定するのはあなたでしょう? 私のファッションセンスのない意見など聞いてもしょうがないのでは?」
「一応他人の意見も聞いておきたいんだよ!」
まあ、ベスってば地味なドレスしか着ないからこういうのは分かりにくいだろうなってことはわかるけれど。それでも他人の貴重な意見は聞いておきたいのだ。
「そうだ! ベスもドレス選ばなきゃね! 流石に結婚式に黒はダメだよ! お葬式じゃないんだからね!」
「ですから、この黒いドレスは合理的な判断に基づくものだと」
「結婚式にブラッドマジックは必要ないでしょう? それにセラフィーネさんだって休戦してくれるわけだし」
「それはそうですが……」
「よし! じゃあ、ベスのドレスも選ぼう!」
決定!
「花嫁が白いドレスを着るからベスは赤ね! どんなのがいい?」
「普通の奴がいいです」
「よし、じゃあこれを!」
私がチョイスしたのは──。
「こ、これは露出が多すぎでは……」
ちょっと刺激的な大人のドレス。胸元とか太ももとかが眩しいドレスだ。
「刺激的でいいと思うよ!」
「これでは主役であるあなたより目立ちます。もっと地味な奴を!」
「ダメー。今度はベスが私にドレスを選ぶターンです」
「そういうルールなのですかっ!?」
今日は珍しくベスが感情的だ。こういうベスも可愛いね!
「では、これを。花嫁らしいドレスだと思いますよ」
「おおー」
ベスが選んだのは純白で、飾り気の少ないシンプルなドレスだ。露出も少なく、清純な私にはいいのかもしれない。
「でも、これちょっと地味じゃない? もっとこう私の貧相なボディラインを隠してくれる奴がいいかな」
「次はあなたが私のドレスを選びなおす番です」
私のボディラインは相変わらずストンとしているので、飾りでそれをごまかせるのがいいのだが。
「じゃあ、次は──」
「こ、これはあまりにも──」
「ベスー! これも地味──」
私たちはドレスを選び合うこと6時間。ようやくドレスを決定した。
私はストンとした胸元を隠してくれるフリルとリボン付きのウェディングドレス。ベスは露出控えめ、飾り気少な目だけど体のラインが出る赤いドレスでそれぞれ決着した。
「はあ。私はいつものドレスでいいのですが」
「そんなこと言わないの。私の人生で一度きりの結婚式なんだから、ベスもおめかししてよねっ!」
「なにも1回と決まっているわけではないのでは」
「そんな不穏なこと言うと最初のドレスより露出してるドレス着せるよ。ほぼ下着に近いようなの選ぶよ」
「横暴です」
結婚式は一度きり! ベルンハルト先生と結ばれてそれで幸せになるのだ!
ああ。今から結婚式が楽しみだぜ!
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