悪役令嬢は野外活動がお好き
…………………
──悪役令嬢は野外活動がお好き
新入生オリエンテーション2日目。
新入生オリエンテーションは2日間なので今日で終わりだ。ふう。
あれから夕食を食べて、温泉に入ったが、気持ちよかったー。
けど、やはり周囲の反応がよそよそしいのが気になる。皆が私をアストリッドと呼ぶことを拒否し、アストリッド様と呼ぶのだ。なんだかみんなとの壁を感じて悲しくなってくるよ……。
それはそうと友達──と呼ぶべき人間は結構増えた。
私をフリードリヒとくっつけようとした悪魔のごとき発想をするミーネ君を始めとし、貴族子女の友達が結構な数に増えた。昔から人懐っこい性格をしております故、友達は作りやすいのです。特にミーネ君とはかなりフレンドリーになりました。
ただ、一部の方々は公爵家令嬢という肩書に気圧されてしまっているのか、私との接触を避ける傾向にありまして。また、逆にやたらと私を褒めたたえる人もいたりする。流石は公爵家令嬢のアストリッド様! って具合に。
うーん。あんまり実家の威光を笠に着るのは避けたいところだけどなー。まあ、己自身の魅力で友達を作りたい、という気持ちがありまして。私がお家取り潰しになっても友達でいてくれるような子と友達になりたい!
でも、ひとまず友達ができたなら、それでいいかー。学園生活10年間もあるわけだし、ぼちぼちやっていきましょう。公爵家令嬢は噛みつかないよ、怖くないよ、とみんなが理解してくれたら親友だってできるさ。
それにしても一番敬遠されるべきフリードリヒが何故かクラスの中心に。あいつはアドルフやシルヴィオからはフリードリヒって名前で呼んで貰ってるし、皇室の威光に皆がひれ伏して近づかないはずなのに、誘蛾灯のごとくクラスメイトを引き付けてるし……。
いろいろとずるい! 不公平だ!
あいつのことがますます嫌いになった! くたばれ! バーカ!
「さて、2日目は何をするんだったっけ?」
「トールベルクの森の散策ですわ、アストリッド様」
私が首を捻るのに、ミーネ君がそう告げてくる。
「ああ。森の散策かあ。緩いなあ」
高校の時野外活動部だった私としては、森にテントを張って、持ち寄った食材で料理を作り、焚火を囲んで食事しながら談笑するのとかやりたいけど、貴族のお坊ちゃんお嬢ちゃんばかりの学園では無理か。
「実質自由時間ですので、この宿泊施設でお茶をしててもいいのですが」
「私は森を探検したいかな。迷い妖精とかいるかもしれないし」
ミーネ君がそう告げるのに、私はそう返す。
「ま、迷い妖精?」
「私、4歳の時にお父様たちの狩りについていって、迷い妖精を保護したんだ。ほら、これ、ブラウちゃん」
私が胸ポケットを叩くとのそのそとブラウが出てきた。
「マスター……。ブラウのこと忘れたんじゃないかって心配してましたですよ……。いつまでもポケットに入ってろって……」
「ごめんごめん。あんまり変なもの持ち込むと怒られるかなと思って」
「へ、変なもの……。ブラウは変なものなのですか……」
私の言葉にがっくりとブラウが肩を落とす。
「どう、見える? ここにいるんだけど」
「見えます! 凄いですね、アストリッド様! もう妖精と契約してるなんて!」
どうやらミーネ君は見える人らしい。
「ミーネも森で妖精さんを見つけて契約できるといいね」
「ですが、私のような魔術の才能がないものが、妖精と契約できるでしょうか……?」
そんなことを心配してたのか。
「妖精さんは意外にフレンドリーだから大丈夫。私も簡単にブラウと契約できたし」
「そうです! マスターが私を食べようとしていたグリフォンをドンッと──」
私は慌てて自慢げに語るブラウの口を塞ぐ。余計なことをいうでないこの駄妖精。
「とにかく、森を歩いてみましょう。あわよくばシカの一頭でも仕留めましょう」
「え、ええ?」
こんなこともあろうかと私はショットガンとスラッグ弾、ゴム弾を持ってきているのだ。森に都合のいい獲物がいたらこれで仕留めて、使用人の人たちにシチューにでもして貰おうかな。
「その前に森の地図は、と」
初めての場所だし地図が欲しいなと思ってきょろきょろとと辺りを見渡す。
だが、地図らしきものを配っている様子はない。
「アストリッド様。森の中に入られるおつもりなのですか?」
「え? 森の散策ってそういうものじゃないの?」
ミーネ君が信じられないという顔をするのに、私も似たような顔をする。
「制服で森などに入っては危険ですわ。私たちは森の外周をぐるりと回る程度のことをするだけですよ」
「そうなのか……」
これは2体目の妖精さんゲットは難しそうだな。
「じゅあ、外周だけでも巡ってみよっか」
「アストリッド」
私とミーネがいざ出発というところに、私を呼ぶ不吉な声が。
「フ、フリードリヒ殿下? 何か御用でしょうか?」
「私たちと一緒に散策をしないかと思ってね」
げーっ! それはないだろ! この地雷、自分から踏まれに飛び込んでくるぞ!
「迷惑かな?」
「そ、そんなことはありませんよ。私たちもふたりだけでは寂しいと思っていたところでして。ふふふ」
ええい! 迷惑だよ! 失せろ!
「では、せっかくなのでもうひとり呼びましょうか」
男が3人と女が2人ではバランスが悪い。私は適当に友達になった──と私が一方的に判断した──確かミーネ君と同じ伯爵家子女ちゃんを呼ぶと、仲間に加えた。
「よ、よろしいのですか、アストリッド様、フリードリヒ殿下?」
「私たちは歓迎するよ」
呼ばれたのはロッテ・フォン・ラムスドルフちゃん。金髪碧眼のこれぞ貴族という様相をした子である。なにやら私たちを前に怯えているが、噛みつきはしないのだから怯えなくともいいのに。
さて、これで私の負担は単独に。
本当は断固として断りたかったけど、ミーネ君がアドルフのこと気になってるって聞いちゃったし、フリードリヒと一緒にアドルフが来た時、ミーネ君が顔を赤らめてたし。私は友達は大事にするのだ。
ロッテ君は趣味じゃないかもしれないけれどシルヴィオの相手して。私は大ボス──フリードリヒの相手をするから。
さあ、かかってこい、フリードリヒ。お前のトークは私が全て受け流してやるぞ。
「アストリッド。それは妖精ですか?」
「ええ。ブラウといいます。ブラウ、挨拶して」
目ざといな、この皇子。私の妖精に注目するとは。
「こんにちはです、人間さん。ブラウはブラウです。マスターと契約してるです」
「おお。もう既に妖精と契約しているとは流石ですね、アストリッド」
お前に褒められても嬉しくないよ。
「さあ、散策に参りましょう。全力ダッシュで5分ぐらいで見て回りましょう」
「いや、それは散策になっていないのでは……」
私がブラッドマジックを使えば、この程度の森の外周5分で巡って帰ってこれる。さあ、健康のために走ろうじゃあないか。昨日のバーベキューでは些か食べ過ぎた感があるからな。
「なあ、フリードリヒ。別に俺たちだけで行ってもいいんじゃね? 女がいると森の中に入れないぞ?」
「それはいけませんよ、アドルフ。紳士たるもの女性をエスコートするものです」
アドルフ。お前も森の中に入る気だったのか。気が合うな。だが、お前はちゃんとミーネ君の相手をするのだ。あわよくばそのままくっついてしまえ。そうすれば地雷がひとつ処理できる。
「フリードリヒ。そろそろ参りましょう。夕刻までには戻らなければならないのですから。それに淑女の皆さんをお待たせするのも悪いですから。この先の丘の上から見る花畑は非常に綺麗なそうなので、是非ともお見せしたい」
と、シルヴィオが告げる。シルヴィオをあてがわれたロッテ君は、このセリフが響いたのか顔を赤らめている。君、ちょっとちょろすぎだぞ。
「まあ、何はともあれ行きましょう、行きましょう。さくっと行きましょう」
「そうですね。そろそろ行きましょう」
私は早くこの地獄を終わらせたいのだよ。
「アドルフ様。騎士団の懇親会でお会いしたのを覚えていらっしゃいますか?」
「ああ。覚えてる。お前の兄はいい騎士になりそうだな。力もあるし、ブラッドマジックの才能もある。ああいう騎士こそ黄金鷲獅子騎士団には必要だ。俺も早く学園を卒業して騎士になりたいものだな」
ミーネ君と俺様系のアドルフが話に花を咲かせている。よいぞ、よいぞ。
しかし、主人公がアドルフを選ぶとなるとミーネ君が可哀想だな……。恋は戦争というが、戦争の敗者と犠牲者は常に悲惨なものだ。ミーネ君、戦争に勝てるようにちゃんと武装するんだぞ。そして、その地雷を処理してくれ。
「シルヴィオ様はもう宰相閣下のお仕事の内容をご存じなのですか!?」
「まあ、僕に分かる範囲だけど。宰相の仕事そのものは難しくないのだけれど、決断を下すときの責任が重大なんだ。宰相は皇帝陛下を補佐する役目。宰相が間違えば、皇帝陛下も正しい決断を下せなくなる」
ロッテ君とシルヴィオもいい感じじゃないか。趣味かどうかはしらないが、あわよくばロッテ君がシルヴィオという名の地雷を処理してくれますように。
「アストリッド──」
「いやあ! 今日は天気がいいですねー! 絶好の散策日和ですよー」
「アストリッ──」
「あそこに綺麗な花が咲いている! お母様へのお土産に摘んでいこうかな!」
「アストリ──」
「おお。この雄大な大自然! 自然の力を行使する魔術師見習いとしてはテンションがあがっちゃいますねー!」
「アスト──」
「あの丘にいっぱい人が集まっている! あれが例の花畑が見える丘ですかね!」
「アス──」
「ご飯はおいしく、温泉は美容によく、空気は新鮮! こんなオリエンテーションだったら毎日でも受けたいですよね!」
見たか、フリードリヒ。これが先制攻撃会話封じだ!
相手が余計なことを言い出す前にこちらから話を繰り出し続け、会話に巻き込まれないようにする高等テクニック。これでフリードリヒの地雷を踏むのを回避するぞ。お前は7年後にヒロインとくっついてしまえ。私に関わるな。
「マスター。マスターはあの人、嫌いなんです?」
「嫌いというか危険なの。下手したらオルデンブルク公爵家が潰れるの」
そう、フリードリヒには関わるべきではない。今はフラグが立っていないかもしれないが、ふとした瞬間にお家取り潰しフラグがバンッと立つかもしれない。お父様、お母様のためにも破局は回避しなければ。
それに貴族でもやってないと、この世界で暮らしていくのに耐えられそうにないし。
そう私が考えていたときだ。
「ア──」
「──全員、下がって!」
フリードリヒの声を遮るようにして、私が叫ぶ。
「アストリッド。そこまでして私と喋りたくないのですか?」
「違います! 前方、2時の方向にコカトリスが!」
フリードリヒの呆れるほど暢気な態度に、私がそう活を入れるように告げる。
森の中から蛇の尻尾を持った巨大な鶏が姿を見せ始めていた。あれは口から死に至ることもある毒を振りまくことで知られているコカトリスだ。森に暮らしていたのがこの新入生オリエンテーションに釣られて出て来たのか?
「まさか! この森は安全なはずでは……!」
「殿下たちは退避して先生たちを呼んできてください!」
今更驚くフリードリヒに私がそう叫ぶ。
この先にある丘の上には大勢の生徒たちがいる。コカトリスは口から紫色の毒煙を吐き出しながら、丘の上にいる生徒たちに向かっていこうとしている。
クソ。来るならこっちに来いっていうんだ。そうしたら、事故に見せかけてフリードリヒたちを謀殺できるのにっ!
「私たちは退避するが、アストリッド、君は……」
「優雅にコカトリス狩りと行きます!」
フリードリヒがミーネ君とロッテ君をアドルフとシルヴィオのふたりに護衛させてコカトリスから離れさせるのに、私はそう告げてショットガンを手にコカトリスを追う。脚部にはブラッドマジックを行使して筋力を増強し、神経系が焼き切れんばかりに反射神経を増幅。
ショットガンには既にスラッグ弾が装填済み。
「さあ、鶏なら大人しく唐揚げにでもなれ!」
私はコカトリスの背中に向けてスラッグ弾を放つ。
この際、ブラウは教え込んだように空気を操り、銃によって生じる音響を消し去った。音は所詮は空気の振動だ。それを風と空気を操れる妖精であるブラウに掻き消させれば、サプレッサーいらずだ。
「コケッ!」
コカトリスは私の一撃でよろめいた。だが、まだ死んでいない。
「さあ、さっさとかかってこい、チキン野郎。その不細工な面吹っ飛ばしてやる」
私は二ッと笑うとハンドグリップを動かして排莢と同時に次弾を装填し、コカトリスの頭部を狙う。コカトリスは激しく揺れながら前進してくるが、今の私は何だって撃ち抜ける気分だ。やってやろうじゃないか。
引き金を絞る。
同時にスラッグ弾が放たれ、見事にコカトリスの頭蓋骨を貫いた。
「コケッ……!」
だが、野性の意地だろう。コカトリスは脳漿を垂れ流しながらも私に迫る。
「これでラストだな」
私はコカトリスの頭にもう一発のスラッグ弾を叩き込んでやると、コカトリスは呻き声すらあげずに倒れていった。
「討伐完了。バイビー、チキン野郎」
流石に毒を口からばら撒く相手に近づいてトドメを刺しに行くほど私はお馬鹿じゃないぞ。残りの処理は先生たちに任せればいいだろう。先生たちならコカトリスの適切な処理方法も知っているはずだ。
しかし、いけないな。戦闘になると敵に恐怖を感じるよりも、テンションが上がってしまう。これじゃバーサーカーだよ。私は由緒正しいオルデンブルク公爵家のひとり娘だというのに。
「ブラウ。消音、ご苦労様。うるさくなかった?」
「マスターが私を救ってくれたときの音だから平気です!」
うんうん、ブラウはいい子だな。
さて、私も怪しまれる前に帰ろ──。
「アストリッド。それは……」
げっ。フリードリヒ、逃げてないじゃないか。というか先生を呼びにいけと言ったのにアドルフとミーネまで私の方見てるし。
「これは新型のクロスボウです、殿下。我がオルデンブルク公爵家が知的財産権を独占しているために詳しいことはお教えすることはできません。よしなに」
「そ、そうなのか。それにしても凄い。あのコカトリスを瞬く間に仕留めるなど……」
下手をすると将来これがお前を狙うんだぞ、フリードリヒ。間違っても我が家を潰そうなどということは考えないことだな。フハハハッ!
などと調子に乗れる段階ではないのは事実だ。ショットガン一丁では、帝国を相手にするには些か力不足である。
「先生たちを連れてきました!」
と、私たちが話し込んでいる間にシルヴィオとロッテが先生たちを連れてきた。ゲーリゲ先生とベルンハルト先生もいる。
「コカトリスが出たと聞いて駆けつけたのだが、既に死んでいるようだな……」
「生徒に犠牲が出なくてよかったですね」
ゲーリゲ先生たちが首を傾げ、ベルンハルト先生は安堵の息を吐く。
「この傷は……何を使ったんだ?」
「クロスボウの矢にしては大きな傷ですね。どうやったのでしょうか?」
と、ゲーリゲ先生たちがコカトリスの死体検分を始めている間に、私は颯爽と逃げ出したのだった。喜々として使っておいてなんだけど、ショットガンについて追及されると困るんだよ!
結局のところ、コカトリスは原因不明の死を迎えたということで決着となった。
この貴族たちの避暑地でもあるトールベルクの森にコカトリスが出没したということは学生たちの保護者たちをうろたえさせ、同時に魔獣の駆除を行っているはずの冒険者ギルドに苦情が回った。
これからはちゃんと仕事してね、冒険者ギルド。
だって、フリードリヒとアドルフの視線が痛いんだもの……。
…………………
本日21時頃に次話を投稿予定です。