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悪役令嬢、戦う

…………………


 ──悪役令嬢、戦う



 大通りに姿を見せたセラフィーネさん。


 ブラッドマジックによる認識障害から人々はこのめでたい式場の傍から逃げ出しており、周辺からは人気が失せつつあった。


「随分と久しぶりだな、アストリッド。今はローゼンクロイツ協会の使い走りをやっているようだが」


「お、お久しぶりです、セラフィーネさん。あの、このまま帰っていただくというのはなしでしょうか?」


「なしだな」


 ですよねー。


「セラフィーネ。“鮮血のセラフィーネ”。そこまでです。あなたがオットーと盟約を結び、エルザさんの殺害を狙っていることは既に分かっています。抵抗するならば実力で排除しますよ」


 ベスがそう告げて手の平をナイフで切る。


「やれるものならやってみろ、エンゲルハルトの娘。忌み嫌われた呪い殺しの一族。嫌われ具合ではこの私といい勝負だろう」


「ほざいているといいでしょう。私の行動は合法的ですが、あなたの行動は完全に非合法の犯罪だ。いくら私を非難しても何の意味もない」


 セラフィーネさんが挑発するのにベスがセラフィーネさんを睨む。


「と、とにかく、エルザ君は殺させませんよ! 帰ってください!」


「まあ、そう無下にするな。私はお前と楽しもうと思ってきたのだからな」


 セラフィーネさんはそう告げると、折り畳み式ナイフを取り出してクルクルと回す。


「単独で炎竜を狩り、フェンリルを使い魔とし、ひとつの国を滅ぼした。そういう魔女と戦うことによって私は更に昇華することができる。私のこの退屈な生活を一新してくれる。私の力を試させて貰える」


 セラフィーネさんはそう告げながら、手の平をナイフで切る。


「さあ、始めようか、赤の悪魔。今こそ進化の時!」


 セラフィーネさんが一気に加速し、私たちに迫る!


「フェンリル!」


 私はショットガンを構えながら、空間の隙間を開く。


「魔女と戦うか。面白い。高ぶるな」


 フェンリルは空間の隙間から躍り出ると、セラフィーネさんと私の間に立ち塞がる。


「フェンリルか。面白いが、私ひとりで両方相手するのは堪えるな。私も使い魔を呼ばせて貰おう」


 セラフィーネさんはそう告げると、空間の隙間を大きく開いた。


「ケルベロス」


 セラフィーネさんがそう告げると同時に、開かれた空間の隙間から3つ首の猟犬が──3体現れたー! ええ!? 1体じゃないの!?


「食い殺せ、ケルベロス」


「理解した、マスター」


 現れたケルベロス3体は開いた口の中に炎をうごめかせる。


「燃え尽きろ」


 ケルベロスはそう告げると9つの口から一斉に炎を放った。


「障壁!」


 私はすかさず障壁を展開し、自分の身とベスを守る。フェンリルは自分で結界を展開して、炎を受け流した。


「そうでなければな! 狩れ!」


 セラフィーネさんは楽し気に笑うと切り裂いた手の平から血を振りまいた。


「オオオッ!」


 セラフィーネさんの血を浴びたケルベロスたちが一斉に雄たけびを上げ、その筋肉が恐ろしいまでに隆起する。


 そうか! ブラッドマジックは相手を呪い殺すだけじゃなくて、友軍を補助することもできるのか! 賢い使い道だな!


「フェンリル、やれる!?」


「あの程度の魔獣で我が狩れるものか!」


 先ほどより勢いを増して迫るケルベロスにフェンリルが突撃した。


「さあ、魔女の使い魔! 我に食い殺されて死ぬがいい!」


 フェンリルがそう告げて鋭い爪の並ぶ腕をケルベロスに向けて振り下ろした。


 しかし、フェンリルの爪は不可視の壁によって阻まれてしまった!


「そのケルベロスは1500年の時を生きている。結界のひとつやふたつは張れるぞ?」


「小生意気な」


 げーっ! 1500年もののケルベロスとか反則じゃん!


「我が主人! 我が牽制する間に火力を叩き込め! 長期戦になるぞ!」


「りょーかい!」


 幸いにしてあれだけ婚礼に群がっていた人はセラフィーネさんのばら撒いた認識障害のブラッドマジックによっていなくなった。これならば私の最大火力を発揮できるというものである!


「口径120ミリライフル砲!」


 私はライフル砲を構えて、その砲口をケルベロスに向ける。


「くったばれー!」


 そして、撃つ! 叩き込む!


「そうだ。そうでなければなっ!」


 だが、ケルベロスは凄まじい速度でそれを回避し、砲弾は地面を抉るに終わった!


 くそう! こうなったら第3種戦闘適合化措置を更に高めて……!


「アストリッドさん! ケルベロスだけに気を取られないでください! 魔女の動きにも注意してください! あの女、血を……!」


「わわっ! 足元に血が!」


 いつの間にか地面が恐ろしいほどに血塗れに! 一体どれだけ血を流したんだい、セラフィーネさん!


「さて、こちらも狩りに行かせて貰うぞ」


 セラフィーネさんはそう告げると、クレイモアを取り出し、無造作に構えた。


「私が魔女を押さえます! その隙にケルベロスを!」


「任せて!」


 セラフィーネさんがクレイモアを握ってフェンリル並みの速度で突撃してくるのに、ベスが立ちふさがり、血を流す。


「面白い! エンゲルハルトの呪いを見せてみろ!」


「ここで死ね、魔女!」


 ベスが血をまき散らすのに、セラフィーネさんが障壁を展開したまま突っ込んだ。


 そして、クレイモアが振り下ろされ、ベスは紙一重でそれを回避する。ベスは回避と同時に次の攻撃を叩き込み、ベスの血がセラフィーネさんの頬に飛び散った。


「即効性の致死的ブラッドマジックです。これを食らって無事で済むはずが──」


「甘いな、吸血鬼!」


「なっ……!」


 ベスの致死的ブラッドマジックを受けてもセラフィーネさんは平然としており、そのまま構えたクレイモアでベスの右腕を……!?


「ベス!」


「大丈夫です。ですが、どうやって……」


 ベスは切り落とされた右腕を素早く拾い上げてブラッドマジックで接合する。


「その手のブラッドマジックは知り尽くしている。対抗策は準備済みだ。いくら致死的な効果を及ぼすブラッドマジックであろうと、それを阻害する効果のブラッドマジックをぶつければ意味がない」


 そんなの反則じゃん! ずるい!


「ええい! こうなったら物理で殴る!」


「お前の相手はこいつらだ」


 セラフィーネさんに口径120ミリライフル砲を向けようとしたが、すかさずケルベロスが入り込んできて阻止された。


「私は暫し、そこの吸血鬼と遊ぶとする。お前がケルベロスを狩り終えるまでにこの吸血鬼が死んでいないといいがな」


「こ、このーっ!」


 大通りはセラフィーネさんプラス3体のケルベロスと私、ベス、フェンリルの乱闘に突入した! 私はなんとしても勝つぞ!


「フェンリル! 1体ずつ仕留めるよ!」


「ああ! そうするがいい!」


 フェンリルがケルベロスに襲い掛かり、その腕が結界を破壊する。フェンリルの腕はケルベロスの口を裂き、血飛沫が舞い散る。


「愚かな」


「もっとも」


「無防備なところをさらけ出すとは」


 ケルベロスはそう告げると無事だった頭がフェンリルに食らいつき、炎が口内から吹き上げ、フェンリルの体を焼いた。


 あああっ! そうか! フェンリルが攻撃する瞬間は結界が一時的に消えて無防備になるんだ! これは不味いぞっ……!


「何をうろたえている。この程度の攻撃で我をやれるとでも思ったか、魔獣風情が」


「なんだと」


 フェンリルは炎に包まれたはずなのに、火傷のひとつも負っていない!


「我がブラッドマジックを使えることを忘れたか。お前の火力にも耐えた我がこの程度の火遊びで倒れるものか。さあ、我が主人。こいつにありったけの火力を叩き込めっ!」


「任せろ!」


 私は狙いをフェンリルに抑え込まれて身動きのできないケルベロスに定める。


「ファイアー!」


 そして、私は引き金を絞り、ケルベロスに向けて3発の対戦車榴弾を叩き込んだ。


「あがっ……!」


 ケルベロスはすんでのところで結界を展開したが、私の攻撃を振り切るまでには至らなかった。私の攻撃はフェンリルの結界ですら破壊したのだ。ケルベロスがどんなに凄い魔獣かは知らないけれど、神獣を倒した私に敵はなし!


 ケルベロスは対戦車榴弾の直撃を浴びてミンチになった。ケルベロスだったものがぐちゃりと崩れ落ち、力なく血の海に沈んだ。


 よし! 残り2体!


「この調子で行くよ、フェンリル! 私と君ならやれる!」


「当たり前だ! 我は神獣だぞ!」


 再びフェンリルがケルベロスに攻撃を仕掛け、ケルベロスは先ほどの仲間の死を見て学習したのか回避しようとするが、フェンリルの動きの方がはるかに素早く、フェンリルはケルベロスを抑え込んだ。


 そして、私が口径120ミリライフル砲でトドメを刺す!


 順調だ。びっくりするほど上手く行っている。ケルベロスは肉塊になり果て、フェンリルと私は飛ばしまくっている。


「最後の1体! いくよー!」


「任せろ、我が主人!」


 狙いは最後のケルベロス。


 だが、ケルベロスはフェンリルとの戦闘を避け、逃げに徹する。卑怯だぞ!


「その程度の速度で我から逃れられると思ったかっ!」


 だが、フェンリルからは逃げられない!


 フェンリルは瞬く間にケルベロスを追い詰め、抑え込もうとする。


 だが、そこで異常が起きた。


「くっ……! 体が……!」


 フェンリルの動きが鈍いものとなり、弱弱しくなる。


 そうか! セラフィーネさんが地面にばら撒いた血液! あれのせいだな!


「フェンリル! 大丈夫!?」


「この程度のこと……! 我をブラッドマジック程度で仕留めようなど1000年早い!」


 フェンリルは強引に体を動かすと、ケルベロスに襲い掛かり、その動きを封じ込めた。ケルベロスは必死に抵抗するがもう遅い!


「くたばれ、駄犬!」


 私の口径120ミリライフル砲が見事に決まり、ケルベロスは3体目のミンチと化した。


 やったぜ、大勝利!


 いや、大勝利じゃないよ! ベスが危ない!


「ベス!」


「アストリッドさん……。私では時間稼ぎが限界だったようです……」


 ベスは体中が傷だらけになり、何かのブラッドマジックの効果を受けたのか、ふらついていた。まだ死んでいないのが奇跡なぐらい満身創痍だ。


「セラフィーネさん! もう許しませんよ!」


「許しなど請わぬさ。私は私のやりたいようにやる。それだけだ」


 この身勝手魔女め! ベスを酷い目に遭わせた罪を償って貰うぞ!


「もうあなたを守る存在はいませんよ、セラフィーネさん! この口径120ミリライフル砲を思う存分食らって貰いますからね!」


「やれるものならやってみろ」


 私が意気込むのをセラフィーネさんは鼻で笑った。


「ファイア!」


 私はセラフィーネさんに向けて砲弾を叩き込む。


 だが、セラフィーネさんは踊るようにステップを刻み、砲弾をひらりと回避する。私の第3種戦闘適合化措置・改でも命中させられないとはどんな身体能力だ!


「それに私にはまだ盾となるものがいる」


 セラフィーネさんがそう告げると、大聖堂を守っていた兵士たちが痙攣を始め、その次の瞬間には私たちにクロスボウを向けてきた!


「人を操っている!?」


「お前もローゼンクロイツ協会の使い走りをやっていなければ教えてやったんだがな」


 ブラッドマジックは人すらも操れるのか!? 反則じゃないの!?


「あああ……」


 大聖堂を守る近衛兵は一斉にクロスボウを放つ。


 やばい。いくら何でもこの距離じゃ避けるのは難しい!


「障壁!」


 私はすかさず障壁を展開するが、ベスは……。


「安心しろ、我が主人。貧弱な吸血鬼のことは我が守ってやった」


「フェンリル!」


 流石はフェンリルだ! 頼りになるぜ!


「さあ。魔女との戦いを終わらせろ。この魔女が死ねば終わりだ」


「了解……」


 セラフィーネさんたちにはお世話になったけど利害が一致しないなら仕方ない。ここは心を鬼にして砲弾を叩き込んでやるより他ない。


「行きますよ、セラフィーネさん」


「いいぞ。来い、我が弟子よ」


 セラフィーネさんはクレイモアを構えて私に向けて突き進み、私は口径120ミリライフル砲の照準をセラフィーネさんに合わせる。


「はああっ!」


 セラフィーネさんが構えたクレイモアで私を引き裂きそうになる寸前に、私が引き金を絞った。


 衝撃。セラフィーネさんは障壁を張ったが、私の対戦車榴弾はそれを貫通してセラフィーネさんにダメージを負わせた。セラフィーネさんの腹部に大穴が開き、セラフィーネさんの姿勢が崩れる。


「よくやった、我が弟子……。流石だ。こうでなければ面白くはないというもの」


「そこまでして戦いたかったんですか?」


「ああ。それはそうだ。より強い相手と戦ってこその魔女だ」


 セラフィーネさんは腹に大穴が開いているのに満足そうだった。


「さて、盟約は果たせなかったな。オットーには悪いが、相手が悪かった。盟約は解消される。私はエルザ某を殺そうとすることはもうない」


 セラフィーネさんがそう告げるときには腹部の傷が急速に治り始めていた。


「だが、お前とはまた戦うつもりだぞ、アストリッド。楽しみにしておけ」


「ええ!? ちょっと待ってよ! そんなの迷惑だよ!」


 私の抗議も虚しく、セラフィーネさんは空間の隙間に姿を消した。


「とりあえず、式は守り切れましたね」


「その代わり余計面倒なものが付いた気がする」


 神出鬼没のセラフィーネさんに狙われ続ける人生とか嫌すぎる。


「そこは持ち前のポジティブさでどうにかしてください。私もローゼンクロイツ協会の一員としてあなたのことを可能な限り保護しますから」


「それはありがたいけど、ベスじゃセラフィーネさんには勝つのは難しくない?」


「これからもっと多くのブラッドマジックを学びますよ」


 かくして、エルザ君とフリードリヒの婚礼の儀は無事(?)終わった。ふたりは多くの貴族やらに見守られて、愛の誓いを交わしたのだった。


 で、不幸なことに私がロストマジックを使っているのを、大勢が目撃。私はエルザ君を守ったのはいいものの、エルザ君以上に目立つ存在として新聞で取り上げられる羽目になってしまった。


 なんてこったい。


…………………

次回、本編最終話です。

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