悪役令嬢、最後の戦い
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──悪役令嬢、最後の戦い
ついに正式にフリードリヒとエルザ君が結婚することが発表された。
宮廷内にいた反エルザ君派が折れたようだ。
「お前ももうちょっと頑張っていればなあ」
などとお父様が言っていたが、悪役令嬢とヒロインでは立場が違うのです。
で、結婚の日程と式場も決定した。
今月13日。聖ルシフェル大聖堂にて。
「ベス。準備はできてる?」
「万全です、とは言い切れませんが、ベストは尽くしています」
迫りくる結婚式当日──Xデイの中、私とベスたちローゼンクロイツ協会のメンバーは緊張状態にあった。
表立った警備は主に近衛兵が行うが、私たちは影でそれをバックアップすることになっている。ローゼンクロイツ協会も秘密結社であるために、表立っては動くことはできないのだ。
もっとも、近衛兵にセラフィーネさんが食い止められるとは思えない。恐らくは全滅だ。なんたってセラフィーネさんの使い魔にはケルベロスがいるのだ。普通の軍隊で相手にできる魔獣ではない。
「アストリッドさん。あなたの覚悟はできているのですか?」
「へ? 何の?」
「あなたの魔術の師匠であったセラフィーネと交戦することについてです」
「ああ。そういう話か」
確かにいろいろとお世話になったセラフィーネさんと戦うことになるのは悲しい。
「だけれど、エルザ君を守らないと。エルザ君はこれまで頑張ってきたんだから報われる権利があるよ。ホムンクルスに変えられて、平民として過ごすことを余儀なくされ、学園でも平民ってことで白い目で見られていたんだから」
「それを聞いて安心しました」
ベスは私が告げるのに、僅かに笑顔を浮かべて頷いた。
「では、Xデイまで情報収集をこちらで行っておきます。セラフィーネは己の身を隠すことには長けていますが、手掛かりが全く見つからないということはないでしょう。それから聖ルシフェル大聖堂の見取り図も把握しておく必要がありますね」
ベスはすっかり仕事モードで聖ルシフェル大聖堂の見取り図とその周辺の地図を睨むようにしてみていた。
「お茶でも淹れてこようか?」
「すみません。お願いします」
ベルが根を詰めているが、私に手伝えることはなさそうなのでお茶でも淹れてくる。
「しかし、相手は“鮮血のセラフィーネ”。魔女たちの中でももっとも目立つことを好んでいる傾向にある。それならば襲撃するのは婚礼の儀が行われている真っただ中に乱入して皆殺しにすること……」
セラフィーネさんてそんな人だったの……。
「アストリッドさん、私たちは正面入り口のバックアップに回りましょう。恐らく敵は堂々と正面から攻め込んでくるはずです」
「りょーかい!」
というわけで私とベスは正面入り口の警備に当たることになった。
セラフィーネさんがどんな風に襲撃してくるかは不明だけど、なるべく万全の構えで迎え撃ちたいところである。
いや、襲撃されないのが一番いいんだけどね……。
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結婚式当日──。
とうとうこの日がやってきた。
作戦目標はセラフィーネさんの攻撃からエルザ君を守ること。
私たちの担当は聖ルシフェル大聖堂の正面入り口。
場所と状況からして大型兵器を使うのは難しい。何せフリードリヒの奴の結婚を祝おうという物好きな市民が山ほど押しかけてきているからだ。下手に大型兵器を使うと、流れ弾でそういう市民に被害が出かねない。
というわけで、私はまずは暴徒鎮圧用ショットガンに自動拳銃と軽装備。機関銃でも流れ弾はヤバイからね。
「ブラウ、ロート、ゲルプ。索敵!」
「はいです!」
更に事前にセラフィーネさんの位置を掴むべく、妖精たちを放っておく。
しかし、人が多いので発見するのは難しいかもしれない。とにかく大聖堂に続く道路は人で満ちている。国中おめでたムードで、普段から人が多いハーフェルは更に人であふれている感がある。
「ベス。もうちょっと群衆を減らせないの? これじゃまともに戦えないよ」
「そうしたいのはやまやまなのですが、襲撃の件を知っているのはまだ国の上層部だけです。そして、その国がお祝いムードを壊したくないという意向を示していまして、我々としてはどうしようもないのです」
「ええー……。他人事だと思ってからに……」
国は一体何をやってるんだい! 皇太子の結婚相手が殺されようとしているんだぞ!
……ん? そういえば、国の中でもローゼンクロイツ協会のことを知っている宰相閣下はフリードリヒの結婚相手に私を推していたな……。ま、まさか、国は事態を把握しているけど、あえて見殺しにして、私と結婚させようってつもりなのか……?
いやいや。それは人を疑いすぎだって。いくらなんでも皇太子まで危険に晒されるのに、危険な魔女を野放しにするはずがない。国も見えないところで対策に乗り出しているはずだよ。
「しかし、国はエルザさんを見捨てるつもりでしょうか。対策があまりにも後手に回りすぎているように思えます」
「そ、そういう怖いこと言わないでよ、ベス!」
私が勘違いだと思った端からそれを否定するようなことを言わないで!
と、とにかく襲撃に備えるのみだ。まだフリードリヒとエルザ君は式場に入ってすらいない。招かれた招集の貴族が入っているだけである。私も招待されてたけど、警備のために外で待機である。
って、おお! 来たぞ! フリードリヒとエルザ君だ!
ふたりともオープントップの馬車に乗って、群衆に手を振りながら聖ルシフェル大聖堂に向かっている。
暢気なもんだね! こっちはカリカリしてるのにさ! それにオープントップの馬車って暗殺してくださいって言ってるようなもんじゃないかい! もっと重装備で固めてきてよ!
「ベス。あれって、本当に大丈夫なの?」
「おふたりには強固な防壁を準備してあります。もっとも本当にセラフィーネのブラッドマジックに対抗できるかはわかりませんが」
おいおい。そんなに危険ならオープントップとかマジで止めてくれよ。
「いざとなれば使い魔を使っても構いません。恐らく向こうも使ってくるはずです」
「そ、そうだった。私にもセラフィーネさんにも使い魔がいるんだった」
ここでフェンリルを使って本当に大丈夫なのか? 私が魔女だってばれることに加えて、フェンリルが民間人まで殺し始めないか心配でならないんだけどさ。
ベスと私がそんな会話を交わし、フリードリヒとエルザ君が馬車から降りて、聖ルシフェル大聖堂に入っていったときだ。
ローゼンクロイツ協会のメンバーと思しき人がやってきて、ベスに何事かを告げた。
「どしたの、ベス?」
「やられました。警備の予備人員が待機していたプルーセン帝国陸軍の宿舎が襲撃されて、宿舎ごと消滅しました。恐らくこの手口はセラフィーネではなく、“蝕空のヴァレンティーネ”の仕業でしょう。これで警備の人員はここにいるだけになりました」
「え、ええー……」
ヴァレンティーネさんも参加しているの……。というか、建物を消滅させるイリュージョンとか私も教わってないんだけど!
しかし、警備の人員がここにいるだけとは。ここにいるのって歩兵中隊が1個と騎兵中隊が1個、それからローゼンクロイツ協会のメンバーが数十名って程度でしかないんだけど。これで本当に大丈夫なのか?
大丈夫であることを神に祈りたいけど、神はこの状況を作りだした屑野郎だからな。
自分の運命は自分で切り開くのみ!
「アストリッドさん。どうやら来たようです」
「どこどこ!?」
「まだ姿は見えませんがブラッドマジックの防壁が反応しました」
覚悟を決めていたら即座に攻め込んできた!
「これは……認識障害を引き起こすブラッドマジック……?」
ベスがどこからか放たれたブラッドマジックを調査しているのに、群衆の様子がおかしくなり始めた。なにやらそこら中で悲鳴が上がり始め、怒号が響く。明かに暴動か何かが発生しようとしている兆候だ。
「ブラッドマジックで暴動を引き起こすつもりなのかな!?」
「恐らくは。血を蒸発させて飛散させながら感染させているようです。このままだとこの一帯全域に広がるのにそう時間はかかりません。ただちに大聖堂を封鎖しましょう」
面倒くさいことしてくれるな、セラフィーネさん! 搦め手とは!
控えていて、まだブラッドマジックでの影響を受けていない帝国陸軍の歩兵部隊が大聖堂の扉を閉ざし、蒸発した血液が大聖堂内に入らないように換気が始められる。
「大聖堂は封鎖したけど、式は中止?」
「いいえ。強行するようです。ここでやめてもまた後日に襲撃される恐れが残るだけですからね。一気に片付けてしまった方がいいでしょう」
「ですよねー」
セラフィーネさんはまだ姿も見せてないし、ここで中断してもあんまり意味ない。
何とかして迎え撃たなければ!
私たちが大聖堂を封鎖し、換気を始めている間にも群衆の間の混乱は広がっていっていた。市民同士で殴り合っている場面や、悲鳴を上げて逃げまどう市民たちが見える。
「ベス! 認識障害ってどんな魔術なの!?」
「文字通り脳の認識に障害を生じさせる魔術です。この状況では他人が化け物に見えたり、自分の体が腐っているように見えたりするようですね」
「面倒くさいな―!」
どうりで暴動染みた騒ぎが起こるはずだよ! さっきまで隣に立ってた人が化け物に変わってたらそりゃ殴ったり、逃げたりするもんだ!
「対抗策は!?」
「今、競合するブラッドマジックを散布しています。ですが、このまま混乱が広がった方が都合がいいかもしれません」
「なんでさ!?」
暴動が起きているのにそのままでいいわけないだろうっ!?
「あれが来るからです」
そう告げて、ベスが聖ルシフェル大聖堂に続く大通りを指さす。
「セ、セラフィーネさん……」
大通りの中心を堂々と進んで来るのは黒い喪服のようなドレスに身を包み、怪し気な笑みを浮かべたセラフィーネさんであった。
ついに襲撃者がその姿を見せたのだ。
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