悪役令嬢、困る
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──悪役令嬢、困る
私に10歳年下の子との縁談が来た。
困る。実に困る。
どうしたらいいものか。
結婚すれば確かにオルデンブルク公爵家とヴュルテンベルク公爵とブラウンシュヴァイク公爵家の3つの大家が一致団結することになるのだが、だからと言って、10歳年下は非常に困る。
「どうしましょう、ベルンハルト先生?」
「俺に聞かれてもな」
私が相談するのはベルンハルト先生である。フリードリヒやアドルフなどは役に立たないし、人の男に手を出すのは躊躇われる。
「ベルンハルト先生はこの縁談、いいと思います?」
「まあ、悪くはないと思うぞ。しかし、本人の望まぬ縁談ってのはいつでも虚しいものだな。公爵家令嬢が他の公爵家に嫁ぐというのはよくあることだが、流石に10歳差はちょっとないな」
「ですよねー」
ベルンハルト先生は理解が良くて助かるよ!
「だが、縁談は受けるより他ないんだろう? 他に相手がいるわけじゃあるまいし」
「それはそうですけどねー……」
だからって10歳年下はないだろう。私は乙女の間に恋がしたいんだ。アラサーになってからじゃ遅いんだよ。
「俺が公爵家の息子だったら貰っていってやるんだけどな」
「!?」
い、今、先生なんて言った!?
「ほ、本当ですか? 本当に貰ってくれます?」
「お前は面白い奴だからな。一緒にいるといろいろと退屈しないで済みそうだ。赤の悪魔で竜殺しの魔女でありながら、愉快で楽しい。お前と結婚できる奴は相当な幸せ者だ。俺がそうじゃないのが残念でならんよ」
「先生……」
そこまで思っていてくれたなんて……。最初は年が離れすぎているからって断られてたし、問題児扱いだったけど、ここまで評価が上がるとは思ってもみなかった。まるで夢を見ているみたいだ。
「なら、ベルンハルト先生! 一緒に駆け落ちしましょう! 先生は仕事とか心配しなくていいですよ! 私が養いますから!」
「そんな堂々と教え子に養われてたまるか」
うっ。あっさりと断られてしまった……。
「だが、本当に駆け落ちでもしたい気分だな。また冒険者ギルドにでも戻って、お前と気楽にやりたいものだ。ま、公爵家令嬢にそんなことをしたら俺の首が物理的に飛びかねんけどな」
「しましょうよ! 駆け落ちしましょうよ! 恋に生きましょうよ!」
「だから、できないといってるだろ」
私の気分はすっかり駆け落ちの気分だよ! ベルンハルト先生と駆け落ちして、冒険者ギルドでわいわい騒いで、楽しくやっていきたいよ!
はっ! しかし、それでは何のために私は必死になってお家取り潰しを阻止しようとしてきたのだ。貴族生活をエンジョイするためにお家取り潰しを阻止しようとしていたのではないのか。それが冒険者になっては意味がないのでは?
け、けど、ベルンハルト先生と結ばれるならそれはそれでハッピーエンドなはずだし、どうしよう困った……。
「何を難しい顔をしてるんだ?」
「いえ。先生と結ばれるのと貴族生活をエンジョイするのを天秤にかけてまして」
「……いや、だから結ばれるのは無理だと言ったはずだぞ?」
いやだー! 私は先生と結ばれたいし、貴族生活もエンジョイしたいんだー!
しかし、現実問題として先生と結ばれるのは非常に困難だと言わざるを得ない。それこそ貴族の地位を捨てて駆け落ちしなければ。
だが、貴族の地位を捨ててしまっては今までの努力は何だったのかという心の底から溢れる疑問が……。
「ベルンハルト先生は駆け落ちするのと、我慢して貴族の地位でエンジョイするのとどっちがいいと思います?」
「それを俺に聞くのか……。俺としては駆け落ちしたいぐらいだが、お前は公爵家のご令嬢だ。そういうことは許されんだろう。我慢して貴族の地位をエンジョイしておけ。それが無難な選択肢だ」
「そうですかー」
ちょっと残念。
「でも、10歳年下の子と結婚するのは困りますよ! いくらなんでも限度ってものがあります! そりゃサンドラ君も6歳年下の子と結婚しますけど、それ以上ですよ!」
「まあ、ご愁傷様だな」
ご愁傷様じゃないよ! 私にとっては死活問題だよ!
「逆に考えろ。お前は年上の余裕のある男が好きなんだろう? 5歳と言えばこれから人格が形成されていく年頃だ。自分好みの男に育て上げればいいんじゃないか?」
「むう。逆光源氏計画……」
確かにアウグスト君は5歳だから、これからいろいろと性格が決まっていくだろう。そこに私が介入すれば私の理想の男子が出来上がるかもしれない。
「でも、10年ですよ。気が遠くなりますよ……」
「そうだがなー……」
アウグスト君が結婚できるようになるまで正確には11年。気が遠くなってくる。
本当に困る。
「なら、いっそ断ったらどうだ? そりゃ3つの公爵家としてはお前が結婚するのが一番いいだろうが、お前がそこまで嫌なら夫婦生活も長く続かないだろう。それが破局したら3つの公爵家にとって痛手になる。それは誰も望まない展開だろう」
「そうですよね。せっかく結婚しても別れたら意味ないですよね」
いいこというなベルンハルト先生! これでお断りの理由ができたぜ!
「その調子でごねまくっていい男がでるまで粘ればいいんじゃないか。いい男が出るのが先か、公爵閣下がキレるのが先かは分からんがな」
「まあ、そこら辺のバランスは難しいところですね」
お父様もちょっとは娘の好みに配慮するべきである! ぐれるぞ!
「でも、この縁談は断ってみます! アドバイスありがとうございました、ベルンハルト先生! このご恩は忘れません! それから駆け落ちの件について真剣に考えておいてくださいね!」
「考えたくない」
よーし! 婚約者ガチャ開始だ! 当たりがでるまで引きまくるぜー!
でも、まあ、ベルンハルト先生に匹敵するような人は期待できないかな……。
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「というわけで、アウグスト君との縁談はお断りさせていただきます」
「むう。我慢と言うものができんのか、お前は」
「できません」
「努力しなさい」
嫌だね! 10歳も年下の男の子とか何と言われようと嫌だよ!
「しかし、確かに離婚という結果に終わると両家の名誉が傷つくだろう。だがな、縁談を破棄することも同じくらい両家が傷つくのだぞ。その点は分かっているのか?」
「私に相談もなく勝手に縁談を進めたお父様が全面的に悪いかと思います」
「それは、まあ……」
そうだぞ。私に相談もなく勝手に縁談なんて進めて何考えてるんだい。当事者である私の意見を聞くのが優先でしょう。そうでしょう。
「しかし、他に結婚相手と言うとな……。大抵は学園に入る頃に相手を見つけているものだし、学園を離れているとそれこそ再婚相手を探しているようなのしかいないぞ」
「なんでお父様は学園に入る頃に相手を見つけてくれなかったんです!?」
「その頃はフリードリヒ殿下と必ず結ばれるだろうと信じていたからだ!」
そんな変な期待しないでよ! 期待していたとしても滑り止めは用意しておいてよ!
「全く、学園で他に男を見つけていないのか? 円卓にいたならば相手はいろいろといただろうに。そうすればここでこうやって揉めることもなかったんだぞ?」
「それは、まあ……」
が、学園生活は地雷処理で忙しくてそれどころじゃなかったんですよ!
「が、学士課程に進めばまだチャンスはあるかもしれませんよ! 私、知的な男の人とか好きですし! なので学士課程に!」
「馬鹿を言うな。学士課程に進むようなところは弱小貴族だ。結婚相手にはならん」
ローラ先輩だって学士課程に行ったのにー!
「もうっ! どうせオルデンブルク公爵家はお母様のお腹の子がちゃんと引き継いでくれるんだから、私が誰と結婚しようといいじゃないですか! 私ははっきり言って政略結婚には向いてません!」
「はっきり言うな! ちょっとは努力しなさい!」
無理! 絶対無理!
お父様に合わせてたら、もう数百年は結婚できないね! お父様が過度な期待をせずに学園入学頃にお相手を見つけていてくれたら、イリスとヴェルナー君みたいに仲良くなれたかもしれないけど!
「そうだ。フランケン公爵家のコンラートはどうだ?」
「え? わ、私の記憶に間違いがなければコンラート様は既婚者では?」
何を言い出すんだ、お父様……。
「それがな。当主であるオットーがコンラートの結婚を無効だとする声明を発表していてな。これが通るとコンラートは離婚することになる。フランケン公爵家は皇室に近い血筋だし、お前の望むように年上の男であるし、学園を首席で卒業した知的な男でもあるぞ」
な、なにやってるの、エルザ君の面倒くさいおじいちゃん!? ついに気でも狂ったのか!? 病に伏せっているって聞いたけど、頭の病か!?
「どうだ。相手としては悪くないだろう?」
「そ、そもそも、その声明が通らなければ意味がないのでは?」
「お前が望むなら通るように働きかけてもいい。そもそもコンラートの相手は子爵家の次女だからな。別れさせるのも無理じゃないだろう」
うわー! ここまで来てとんでもない地雷が飛んできたー!
ま、まさか、こんな形でエルザ君の恋路を妨害することになろうとは……。コンラート様がエルザ君の面倒くさいおじいちゃんによって別れさせられたら、エルザ君が娘って認められなくなっちゃうかもしれないじゃん。それも原因は私!
とにかくエルザ君に関するものは妨害しなかった私なのにここに来て、最大級の障害を準備する羽目になるとは思いませんでしたよ……。
「貴賎結婚でもおふたりが幸せなのを裂くような真似をして取り入ってはいい顔をされませんわ。そういうことはなしで行きましょう、絶対に。絶対にですよ?」
「むう。なら、他に相手は……。分からんな。ちなみにお前が自由恋愛で結婚するとしたら男はいるのか?」
「ええ。ひとりだけいらっしゃいます」
ここでベルンハルト先生のことを持ち出しても断られるだろうなー。
「ちなみに貴族か?」
「子爵家の次男です」
「むう。難しいところだが、ブラウンシュヴァイク家の力が借りられれば……」
ブラウンシュヴァイク家? イリスの家とどう関係するんだい?
「まあ、考えてはおいてやろう。だが、私が他にいい相手を見つけたら諦めるんだぞ」
「はーい」
こうしてお父様と私の不毛な論争は終わりを迎えた。
はてさて、私は一体誰と結婚することになるのやら。
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