悪役令嬢と穏やかな冬休み
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──悪役令嬢と穏やかな冬休み
文化祭も終わって冬休みがやってきた。
今年の冬休みはイリスたちブラウンシュヴァイク公爵家の方々を我が家の別荘に招いてのんびりと過ごすことになっている。この間は向こうにお招きして貰ったからね。そのお返しである。
冬休みはのんびりと過ごしたいものである。何といっても、後数ヶ月で運命の決戦である。私は運命通りに破滅するのか、それとも運命の修正力は働かず、無事にハッピーエンドを迎えることができるのか。
ううーん。どうなんだろう。今のところ何とも言えないな。フラグは立てずに進んできたつもりだけど、どこかでフラグが立っているかもしれない。いやだなあ。現状が分かるようなステータス画面でもあればいいのに。
けど、エルザ君は無事にフリードリヒとゴールインするはずだし、アドルフとシルヴィオはミーネ君とロッテ君が処理してくれるはずだ。なので、もう地雷は存在しないはずなのだが、どうにも不安だ……。
どこかで不味いことをしていないだろうか。破滅フラグは立てていないだろうか。
もし、立てていたとすれば、3月には破滅である。いや、必ずしも破滅ではない。帝国内戦が勃発して、その勝敗によって運命は左右される。無事に帝国内戦に勝利してオルデンブルク公爵家の地位と立場を維持できるか。それとも敗北して第三国に逃亡する羽目になるか。
第三国への送金は順調に進み、今では950万マルクの貯蓄がある。これならば万が一第三国に逃亡しなければならなくなったとしても、再起することは可能である。そうならないで貰うのが一番いいのだが……。
それから不安なのが私の将来の結婚相手である。ミーネ君たちはサンドラ君を除いて、学園卒業と同時に結婚する気満々である。サンドラ君ももう予約済みの男の子がいるわけであるし。
かくいう私はお相手がまるでいないのである。お父様も早くお相手を見つけてくれればいいんだけどな。自由恋愛は許されないだろうし、どうせお父様が選んだ相手と結婚するなら、早いとこ顔を合わせて仲良くしておきたいものである。
もう割り切ってるからね。自由恋愛で結婚できる立場じゃないってのは。だから、もう好きにしてくださいってところである。公爵家ならお相手は選び放題だろう。
……嘘です。やっぱり自由恋愛で結婚したいです。身分差があってもいいじゃない。私はベルンハルト先生と結ばれたいよ。
はあ。婚約者とラブラブなイリスとヴェルナー君が羨ましいよ。
「お姉様!」
などと考えていたら、イリスが別荘に到着した。
ん。よくよく見れば……。
「ヴェルナー君?」
「はい。アストリッド先輩。お邪魔します」
何故かイリスと一緒にヴェルナー君も来ていた。
「今日はふたりで一緒に来たの?」
「はい。今年の冬休みはヴェルナー様と一緒に過ごそうということになりまして。いいでしょうか、お姉様?」
「もちろんだよ! 賑やかになるね!」
今年はヴェルナー君の家の人も一緒かー。事前に連絡が入ってないはずはないので、お父様たちは知っていたに違いない。私に内緒ってことは何か理由があったのかな?
かくして、今年はオルデンブルク公爵家とブラウンシュヴァイク公爵家とヴュルテンベルク公爵家の3つの公爵家が揃うことになった。帝国内戦に備えて、交友を深めておかなければならないな。
そんなこんなで私、イリス、ヴェルナー君は居間でカードゲームをして遊びながら過ごし、お父様たちはなにやら真剣に話し合いながら過ごしている。何の話をしているのだろうか?
「へ? ヴュルテンベルク公爵家と縁談?」
そして、夕食の時、お父様からそう告げられた。
「そうだ。ヴェルナーの弟で来年から学園に通うことになるアウグストと婚約してはどうかと思っている。そうすればオルデンブルク公爵家とヴュルテンベルク公爵、更にはブラウンシュヴァイク公爵家が強く団結することになるからな」
え、ええー……。来年から学園って今5歳? それはもはや犯罪では?
「いくらなんでも歳が離れすぎているように思いますが……」
「まあ、それは確かだ。だが、アウグストは魔力も高く、勉学にも勤しんでいる。それにお前もよく知っているヴェルナーの弟だ。まるで知らぬところに嫁ぐよりはいいのではないか?」
まさか年上を希望して10歳年下の男子を推薦されるとは思いませんでしたよ。お父様ってば本当に私の話を聞いてくれていないんだなー。
「お父様。私は年上の男性がいいのだと言ったではないですか。それなのに10歳も歳が離れた男の子を紹介するだなんて」
「まあまあ。決めるのは会ってからでいいのではないの?」
私が憤慨するのに、お母様がそう告げる。
「ちょうど、到着したところだ。さ、アストリッド嬢にご挨拶しなさい、アウグスト」
「お初にお目にかかります、アストリッド様。アウグスト・エーリッヒ・フォン・ヴュルテンベルクです」
ヴュルテンベルク公爵閣下の紹介で現れたのはちんまりとした男の子だった。
見ていると入学したての頃のヴェルナー君をちょっと思い出す風貌だ。確かに可愛らしくはあるのであるが、この子本当に男の子? というぐらい女の子っぽい。遠くで眺めておく分にはいいだろうけど、パートナーにするにはちょっと……。
「は、初めまして、アウグスト君」
一応挨拶しておくが、やっぱり好みではないかなー。
「どうだ。将来はいい男になると思うぞ。今は小さいかもしれないが、背丈だってお前を追い抜くだろう」
「は、はあ……」
この子が私の背丈を追い抜くころには私はおばさんじゃなかろうか。
「いや、でも、私の好みは年上の男性でして。そのところをちょっとは汲んで欲しいかなってーと思うわけですが。そこら辺はどうなんですか?」
「オルデンブルク公爵家とヴュルテンベルク公爵家、そしてブラウンシュヴァイク公爵家が団結する機会だぞ。お前こそそこら辺の意図を汲みなさい」
「はい……」
とほほ。結婚相手は選べないとは思っていたけれど、まさか最悪の事態として想定していた10歳年下の男の子を本当に押してくるとは思わなかったぜ。
でも、確かにアウグスト君と結婚するとヴュルテンベルク公爵家との間にパイプができるし、加えてイリスがヴェルナー君と結婚することでブラウンシュヴァイク公爵家との関係も強化されるわけだ。
これは大貴族連合では。凄いな。
いや、しかし、10歳年下だぞ? もうショタコンの域では? 言い逃れのしようもなくショタコンでは? それにこの子が結婚できる年齢になる頃には私はアラサーだぞ? そんなのどっちにとっても幸せにならないよ!
「アウグスト君は好みの女の子とかいる?」
「いえ。そういうことは考えたことがないので。しかし、アストリッド様とでしたら上手くやれると思います。多少の歳の差はあるかと思いますが」
「10歳は多少じゃないと思うよ?」
そりゃ今は乙女ですが、君と結婚する時にはおばさんだぞ!
「これも互いの家のためです。頑張りましょう、アストリッド様」
「う、うーん。頑張らないといけないのかなー」
いまいち納得できない。
「お前は嫌がってばかりだな。まさかフリードリヒ殿下と進展があったのか?」
「ま、まさか! フリードリヒ殿下はもうお相手を決めておいでですよ!」
「そのお相手と言うのは? 知っているのか?」
「い、いや、その、まあ、噂には……」
や、やばーい! ここでエルザ君のことがばれたら問題だ!
「それはひょっとしてエルザ先輩のことではないのですか?」
げーっ! ヴェルナー君、喋っちゃダメー!
「ふん? エルザとは聞いたことのない名前だな。どこの家のものだ?」
「さ、さあー? 私も詳しいことは知りませんので」
フランケン公爵家のご令嬢だよ! 今は言えないけど!
「え? あの平民の方がフリードリヒ殿下と付き合っておられるのですか?」
イリスー! 言っちゃダメー!
「平民だと! 平民が入学したとは聞いていたが、フリードリヒ殿下と付き合っているというのか!?」
「そ、そうみたいですね……」
はあー……。知られたくないことを知られてしまったよ……。
「なんということだ。殿下は皇位継承権を失うかもしれないぞ」
「いやあ。大丈夫じゃないですかね?」
「何を暢気なことを言っている。そのようなことを皇室の方々が許すはずがない。どうしてもっと早く気付かなかったのだ、アストリッド!」
「そう言われましても……」
だから、エルザ君はフランケン公爵家のご令嬢だから! 大丈夫だから!
「このことは侍従長辺りに報告しておいた方がいいかもしれないな」
いや、侍従長どころか宰相閣下がご存知ですから。
しかし、フリードリヒはこの事態をどう乗り切るつもりなのだろうか。マジで皇位継承権捨ててでもやってやるぜって感じになるのだろうか。そもそも周囲が強引に止めようとするのを振り切れるのだろうか。
謎だ。ゲームの時はノリと勢いで攻略したけど、現実になるといろいろと問題が積み重なっているように思える。
でも、まあ、フリードリヒのことだしどうでもいいか!
……いや、よかないよ。エルザ君がちゃんとゴールインしないとバッドエンドになっちゃうでしょ。私の家にまで影響がないとは言い切れないのだ。お父様が侍従長に報告する気満々だし。
本当にもう勘弁してよー。私は10歳年下の子と縁談組まされそうになってて、その上他人の恋の心配までしないといけないとか私は前世でどんな大罪人だったわけー?
「お父様。きっとフリードリヒ殿下も考えのあってのことだと思いますわ。だから、そんなに心配なされずに。殿下は聡明な方なので迂闊なことをされるとは思えません」
「だがな……」
ええい。納得するのだ、お父様!
「まあ、お前がそこまで言うなら事態を見守ってみるか。いざとなれば皇室の方々がフォローに回られるだろう」
「そうです、そうです。我が家は見守りましょう!」
我々は関係ないぞ。知らないぞ。勝手にやってくれ。
「それはそうとアウグストと今の内から親交を深めておきなさい」
「ええー……」
「ええーじゃない」
結局のところ、私はイリスとヴェルナー君、そしてアウグスト君と一緒に遊ぶことになった。アウグスト君の加入で一気に平均年齢が低下した気もするが、私がベスと一緒に学園に乱入してきたテロリストを制圧した話をしたら大いに盛り上がってくれた。
はあ。でも、10歳年下はないよ……。
というか、これだとイリスが義理の姉になるじゃん……。
お父様、何考えてるの……?
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