悪役令嬢と告白
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──悪役令嬢と告白
夏休みも終わってしまった……。
今年ももう残すところ3ヵ月である。時間が経つのは本当に早い。
「今年の文化祭はどうしましょうか、アストリッド様?」
「今年は文化祭をエンジョイしたいし、出し物はなくていいかな」
文化祭も今年が最後である。最後はのんびりと過ごしたいものだ。
それに我が部では感情調整関係の魔術は非常に進んでいるのだが、それ以外の分野は停滞しているのが現状である。身体能力ブーストも論文を読んでいるが、最近では目立った進歩もない。
なので、私が論文を書こうと感情調整の実験やこれまで機密事項であった戦闘最適化措置についての論文を書いているのだが、なかなか論文の正しい書き方が分からなくて止まっている。私はこれでも一応大学生だったけど、この世界の論文の書き方はまた違っておりまして……。
というわけで、今年は展示するものがなにもない!
「文化祭に参加できるのも今年が最後ですわ。何か展示できないものでしょうか?」
「うーん。そろそろ惚れ薬の機密を解除してみる?」
我が部の目玉と言えば、惚れ薬である。これの効果は──私とサンドラ君以外は──抜群だった。
「いや、しかし、それですと……」
「まあ、心配することは分かるよ。だから、惚れ薬ってことを明かさずに、恋人といいムードになれますってお題で、肌に触れる形で状況を演出してみるのはどうかな?」
惚れ薬の件がばれるとミーネ君たちがちょっと困る。なので、ここは惚れ薬だと分からないようにいい雰囲気になれるブラッドマジックとでも銘打って、食品の形ではなく、肌に触れる形でお出ししたらいいだろうと思うのだ。
「それならいいですわね。是非ともやりましょう!」
「うんうん。間違って術者に惚れないように黒幕で仕切って、更には防壁破りの術式を準備して……」
「ぼ、防壁破りがいるんですか?」
「まあ、これもブラッドマジックだからね」
惚れ薬はブラッドマジックである。普通の人にはブラッドマジックは通用するだろうが、高等部の学生や教職員、来賓者たちはブラッドマジックへの防壁を持っている可能性がある。それを破るために防壁破りを準備しておかないと、惚れ薬魔術も通じないのだ。
「防壁破りはベスに任せていいかな?」
「まさか惚れ薬のために防壁破りを組むことになるとは想像していませんでしたよ」
ベスはため息交じりにそう告げる。
ベスはブラッドマジックのエキスパートだ。防壁破りも私より高度に違いない。
「まあ、いいでしょう。この方が平和でいいものです」
ベスはそう告げて僅かに笑ったように見えた。
これまで呪殺の家の系譜なだけあっていろいろあったんだろうなー。それが平和な目的でブラッドマジックを使うことになってベスも案外喜んでいるのかもしれない。
「なら、出し物は決まりだね! 早速準備に掛かろう! ただの惚れ薬じゃなくて、もっと効果的な惚れ薬効果を発揮できるように実験だ!」
「わー!」
というわけで、我が真・魔術研究部も今年の文化祭には参加だ。
学園最後の文化祭。大いに盛り上がるといいなー。
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我々はより効果的な惚れ薬を生み出すために、被験者を募集した。
文化祭まで内容は秘密なので、私たちはそれとなく倫理基準に引っかからない程度に目的をぼかして、被験者募集の広告を貼りだした。今度は怒られないようにやたらめったら貼りださなかったぞ。
さあ、来たれ、被験者! 報酬は1万マルクだ! 私のお小遣いを切り崩して作った貴重な報酬だぞ! きっと1万マルク以上の価値がある1万マルクだぞ!
そして、ぞろぞろとやってくる被験者たち。
暇を持て余してそうな学生からお小遣いが欲しそうな学生までよりどりみどりだ。さてさて、実験を始めよう。
「今からいくつかの指示を出しますので、その指示通りに動いてください」
「はい」
私は被験者と1対1で面接形式で対面し、被験者の右手に手を重ねてブラッドマジックで脳の活動をメインにモニターする。ひょっとすると人を好きになるという感覚はホルモンの働きもあるのかもしれないが、そのホルモンも影響を精神に影響を及ぼすのは脳のはずだ。脳の動きを中心にモニターしていれば問題はない──はずである。
「あなたの嫌いな人を連想してください。複数でも構いません」
「ええっと。分かりました」
ふむふむ。この被験者が嘘を吐いている可能性もあるが、データを大量に集めれば誤差の範囲に収まるはずだ。
「では次に好きな人をひとり連想してください。ご家族以外の方でお願いします」
「はい」
ふむふむ。これが好ましい人物に対する脳の動きというものか。まあサンプルその1ってとこだなー。
「では、最後に関心のない方についてひとり連想してください」
「関心のない……。分かりました」
私の指示に被験者が頷き、脳の動きがまた違ったパターンを見せる。
「ご苦労様でした。では、報酬を受け取っていってください」
こうやってこつこつとデータ集めをするわけである。
「地道に地道に。こういうのは数が多ければ多いほど正確になる。データをバンバン集めていこー!」
と、ひとりで気合を入れて、私は次々に面談とモニターを行う。
そして被験者数が2桁になったころである。
「次の方ー」
「アストリッド先輩」
思わぬ人が来た。ディートリヒ君だ。
「あれ? ディートリヒ君も被験者になってくれるの?」
「はい。お手伝いができればと思いまして」
おお。持つべきものは友ですなー。
「じゃあ、早速実験を始めるよ。まず、あなたの嫌いな人を連想してください。複数でも構いません」
「はい」
ディートリヒ君の脳の活動はこれまでの被験者のものとほぼ同じだ。
誰を連想してるんだろう? 気になるなー。
「では、次にあなたの好きな人を連想してください」
「私の好きな人はアストリッド先輩です」
え?
「ずっと言おうと思っていたのですが、勇気がなくていえませんでした。私が好きなのはアストリッド先輩です。初等部1年のころからずっとアストリッド先輩が好きでした。次期騎士団長を目指しているのもアストリッド先輩に相応しい男になるためです」
「う、うん。そうだったんだ」
ど、どうしよう。困った事態になったぞ。
「アストリッド先輩。あなたのことが好きです。付き合っては貰えませんか?」
私は実験をしてたはずなのに年下男子に告られていた。何がなんだか!
「ごめんね、ディートリヒ君。私は君をそういう目で見たことはないんだ。だから、付き合うのは難しいかな」
「それは自分の身長が低いからですか。それならこれからどんどん成長します。きっとアストリッド先輩より大きくなりますよ」
ぐいぐい来るな、ディートリヒ君。
「私の好みの男性は年上の余裕があって、身長が私より高くて、リードしてくれる人なんだ。残念だけど今のディートリヒ君には年上の余裕はないかな」
酷なことを言うが、こういうのはぼかすよりもはっきり言っておいた方がいいだろう。後々に引き摺ると面倒なことになる。
「そうですか……」
案の定、ディートリヒ君はしょんぼりしてしまった。
「そうめげないで。ディートリヒ君にも私なんかよりもっといい女の子が見つかるよ。君の青春はまだ始まったばかりなんだから!」
「ええ。すぐに切り替えるのは難しいと思いますが頑張りたいと思います」
ディートリヒ君は素直でいい子だな。
「ちなみにアストリッド先輩が好きな方というのはベルンハルト先生ですか?」
「さ、さあ。どうだろうねー?」
ぐぬ。最近、私の恋愛事情が漏れすぎじゃなかろうか。
「さっきの嫌いな人で自分が連想したのがベルンハルト先生なんですよ。アストリッド先輩が夢中になっているのが妬ましくて」
「む、夢中になってるかなー?」
ごまかすのはそろそろ限界じゃないか、アストリッド。
「では、実験の邪魔をしてすいませんでした。文化祭、楽しみにしています」
「うん。うちの展示ブースにも顔を見せてね!」
こうしてディートリヒ君は去っていき、彼は失恋した。
しかし、彼が私のことが好きだと言ったときの脳の動きは確かに大勢の人から取ったサンプルの中の好ましく思うという感情そのものだった。
彼には悪いことをしてしまったなー。こんなことならもっと早く私から話を切り出すべきだったかもしれない。だって初等部1年生のころから好きだったなんて。
だが、あれだけ誠実で熱意あるディートリヒ君のことだ。きっと同い年でいい子を見つけて幸せにしてあげるだろう。彼はアドルフと違ってお膳立てしてあげなくても、自分で恋を見出す力があるはずだ。いつの日か、円卓の懇親会とかで彼女を紹介してくれるだろうさ。
まあ、私の恋も実るかどうかまるで分からないのに、他人の恋を心配してどーすんだって話ですけどね!
……本当に虚しい。
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