悪役令嬢、応援に行く
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──悪役令嬢、応援に行く
それは春休み明けの円卓での出来事だった。
「ディートリヒ君って代表で試合に出るの?」
「はい。幸いなことに自分が代表に選ばれました」
アーチェリー部に所属するディートリヒ君が代表で試合に出るという。
「凄いじゃん! 普通、高等部の学生しか大会には出れないんでしょ? やったね、ディートリヒ君! 日ごろの練習の成果が実ったんだね!」
「えっと。それは分かりませんが、代表に選ばれた以上は結果は出すつもりです」
うんうん。ディートリヒ君は謙虚だけど、気合いがあるな。
アドルフの方も最近ではミーネ君とエルザ君のおかげでブラッドマジックを克服しつつあるそうなので、兄弟そろって立派に成長しつつある。ちなみにアドルフはミーネ君との関係を修復して、今もいちゃついているそうな。脱地雷だね。
しかし、ディートリヒ君とアドルフの仲はいいのだろうか?
一時は喧嘩していたし、今もほとんどしゃべっているところを見ないが、そこら辺どうなんだろうか。そのことに関しては未だに地雷になりかねない感じがするのだが。
「ねえねえ、ディートリヒ君。アドルフ様とはどんな感じなの?」
「兄とですか? ……今は休戦中というところです。自分もまだ次期騎士団長の立場を諦めたわけではありませんので」
うわー。未だにこの兄弟の関係は地雷だぞ……。
しかし、ディートリヒ君もなかなか諦めない子である。イリスの言ったようにこれが私の気を引くためなのか、それとも別の理由があるのか分からないが、前者だとすると非常に困る。巡り巡って私の家が取り潰しになるかもしれない。
「その、アドルフ様とは仲良くできそうにないのかな?」
「兄は次期騎士団長の地位に相応しいと思えません。今頃になってようやく基礎的なブラッドマジックが使えるようになっただけでは。それにシレジア戦争でもほとんど活躍しなかったそうではないですか」
「まあ、それはそうかもしれないけれど……」
アドルフー! ちゃんとシレジア戦争で活躍しとけー! お前が戦場ニートなんてやってるから問題になってるんだぞー!
「で、でも動員された学生のほとんどは特に活躍してないんだよ? なんたって戦争があっという間に終わっちゃったからね」
「しかし、アストリッド先輩は活躍されたのでしょう。自分ならアストリッド先輩と同じくらいに活躍して見せます!」
う、うーん。私のように活躍するのはちょっと無理じゃないかな……。私の魔術は我ながら反則だから……。
でも、ディートリヒ君まだ11歳だし、ちょっと夢見るお年頃なのだろう。ディートリヒ君はなんでも魔術の才能が非常に高いって聞いたしな。だから、今回のアーチェリー部の代表にも選ばれたんだろう。
「けど、アドルフ様と仲良くしてくれないとお姉さん悲しいかなー。私、イリスは妹のようなものだけど、イリスと喧嘩したら耐えられないもん。だから、ディートリヒ君にもアドルフ様と仲良くして欲しいかなーって」
「しかし、兄との決着はまだついていません」
決着ってなんだ、決着って。
「私はちゃんと家族と仲良くできる人が好きかな。なーんちゃって」
まあ、冗談でもいいから仲良くしてくれないかな。
「そ、それでしたら考えてみます……」
え? 今のでよかったの? ちょっとおかしくない?
「よ、よし! ディートリヒ君がアドルフ様と仲良くしてくれるなら、今度の大会に応援にいっちゃうぞ! お弁当も作っていっちゃうからね! 楽しみに待っててね!」
「え? いいのですか?」
「いいの、いいの! 私、料理もできるから!」
前世では自分でお弁当作ってたりしたのだ。今世で作れぬはずがない。
「なら、楽しみにしておきます、アストリッド先輩」
「うんうん。楽しみにしておきなよ!」
というわけで、来週の週末はディートリヒ君のアーチェリー部の大会を応援しにいくことになりました。お弁当を持って。
この兄弟は本当に仲良くしてくれるといいのだが、前途は険しそうだ……。
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ディートリヒ君が大会に出る日がやってきた。
私はイリスと一緒にお弁当を抱えて大会の舞台である競技場に。この競技場、かつては剣闘士が戦っていたこともある歴史ある競技場らしい。まあ、歴史がある分、些かぼろっちいのは仕方ない。
さて、ディートリヒ君はどこかな?
「アストリッド先輩! こっちです!」
「おおっ! 来たよー!」
ディートリヒ君は学園のロゴが入った運動着姿で競技者用の席から手を振っていた。
しかし、制服姿の時には分からなかったが、意外に筋肉ついてるなディートリヒ君。次期騎士団長を目指して筋トレしているのだろうか。
私は筋肉達磨な公爵家令嬢で需要がまるでないので、筋トレは最小限である。本当に最小限だよ? 筋肉ついていたとしてもスマートな筋肉だよ? 本当だよ?
「今日はわざわざ応援に来てくれてありがとうございます! 見事に優勝して見せますから見ていてくださいね!」
「うんうん。私たちも張り切って応援するよ」
意気込むディートリヒ君に私とイリスが頷く。
イリスを連れてきたのは私とディートリヒ君だけだと気まずいからだ。イリスにはお姉様とふたりきりの方がいいと思いますよと言われたが、付き合ってもいないのにひとりで応援に行ってふたりでお弁当食べるのもどうかと思うのだ。
私としては保護者感覚で来たのだが、よからぬ噂がまた立ちそうだからなー……。赤の悪魔呼ばわりはいいとして、ショタコンとか言われたらショックで泣くよ。
「じゃあ、頑張ってね!」
「はい!」
ディートリヒ君は素直でいい子だな。大会では見事優勝して貰いたいものだ。
「お姉様。本当に私が付いてきてよかったのですか?」
「うん。むしろ今日は付き合ってくれて助かってるよ」
観客席に座ってイリスが尋ねるのに私が頷く。
「ディートリヒ様はきっとお姉様とふたりきりの方がよかったと思いますよ。私としても、お姉様とディートリヒ様がふたりきりの方がよかったと思うのですが」
「い、いや。どうしてそうなるのかな?」
「ヴェルナー様から貸していただいた本にそう書いてありまして」
ヴェルナー君! イリスに変な本貸さないでね! 怒るよ!
「もう、私はディートリヒ君のことは嫌いじゃないけど、その本に書いてあっただろう恋愛の対象としては見てないの。あくまで保護者的なそれなの。ディートリヒ君ってばまだまだ落ち着きがないし、背も私よりちっちゃいし」
「そうなのですか。お姉様の好みの男性というのはどのような方なのでしょう」
私が告げるのに、イリスが考え込むように首を傾げた。
「そーだねー。年上の余裕があって、私より背が高くて、いろいろとぐいぐいリードしてくれる人がいいかなー。あと冗談が好きな人も好きだよ」
「あれ? それではお姉様がこの間の演劇に連れてきた先生はもしかして……」
「い、いや、あれは保護者的な存在だよ。別に私とベルンハルト先生が付き合ってるとかそういうことはないよ?」
「お姉様は保護者的な存在という単語が好きすぎです」
うぐっ。ちょっと言い訳に使いすぎたか。
「しかし、ベルンハルト先生は確かに格好いい方ですからね。背もぐんっと高いですし、立ち振る舞いも紳士のそれですし。私もちょっと憧れてしまいます」
「イリス。浮気はダメだよ」
君にはヴェルナー君がいるんだからね。
「もちろん私はヴェルナー様が一番ですよ。でも、お姉様の一番はどなたなのです?」
「ま、まだ一番って人はいないかなー……」
「本当にですか? 私はお姉様がどなたが好きでも構わないのですよ?」
「実を言うとベルンハルト先生です……」
何故私は従妹に尋問されているのだろうか。
「やはりそうなのですね。難しい恋になるかと思いますが、私はお姉様を応援しますよ。やはり一番好きな人と結ばれるのが一番ですからね。私もヴェルナー様と出会うまではそういうことは分かりませんでしたが、今なら分かる気がします」
「ありがとう、イリス!」
おお。我が妹が私の恋を応援してくれている! これは嬉しいね!
「ですが、現実問題を考えるとディートリヒ様もいいと思いませんか?」
「イリスは私の恋を応援したいの? したくないの?」
何故か執拗にディートリヒ君を推すイリスであった。
その後、ディートリヒ君は惜しくも準優勝。まあ、相手が高等部の学生だったことを考えると、かなりの善戦である。ディートリヒ君は悔しそうだったが、まだまだこれから先があるのだからと励ましておいた。
それから3人でお弁当。私の作ったサンドイッチと唐揚げとピーマンの肉詰めは実に好評だった。イリスからはお肉が多すぎると言われたが、やっぱりスポーツする男子はお肉をいっぱい食べないとダメだと思うんだよね。
というわけで唐揚げ、ピーマンの肉詰め、一口ハンバーグ、タコさんウィンナーと私のお弁当は肉尽くしである。もちろん、健康を考えて随所に野菜が入っているぞ。野菜も食べないとバランスが悪いからね。
「本当にアストリッド先輩が全部作られたのですか?」
「そーだよ! 料理ぐらいちょろいものさ!」
火加減はエレメンタルマジックで自由に調節できるし、水も沸騰したものが出せるし、料理に関してはこの世界の方がやりやすいかもしれないぐらいだ。
「おいしかったです、アストリッド先輩。今日はありがとうございました」
「おうっ! 次は優勝目指して頑張ろうね!」
前向きに生きるんだぞ、少年!
さて、私の方はそろそろ運命の時が迫って余裕がなくなってくるが、前向きに生きていけるだろうか……。
まあ、運命の修正力なんて働かないかもしれないし、エルザ君との仲も良好だし、フリードリヒは順調にエルザ君に惚れてるし、問題はないだろう。
……と思いたい。本気で。
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