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悪役令嬢と春休み

…………………


 ──悪役令嬢と春休み



 ついに高等部2年が終わった……。終わってしまった……。


 これから始まる春休みが終われば、ついに運命の高等部3年がやってくる。


 私は果たして運命のままに破滅するのだろうか。それとも破滅を返り討ちにして、栄光の座を手にすることができるのだろうか。


 運命との対決が迫る中でも、周りは平常運転である。


 ミーネ君たちは春休みの予定を立てているし、アドルフたちは円卓で屯しているし、イリスはヴェルナー君と一緒に演劇部の練習に励んでいるし。


 ただ、ひとつ違うと言えばエルザ君が私を露骨に避け始めているということだ。


 お母様が妊娠したことをエルザ君にも教えてあげようと思ったのだが、エルザ君はそそくさと逃げ出してしまった。他にあれこれと話そうとするのだが、彼女には避けられたままである。


 原因の見当は付く。そのことについてエルザ君とは話しておかなければ。


「エルザ君!」


「わっ!? ア、アストリッド様、どうして窓から……」


 私が窓からファストロープ降下で飛び込んできたのにエルザ君が目を丸くする。


「エルザ君! 春休みって予定ある?」


「よ、予定ですか? 特にありませんけど……」


 よしよし。私が突然窓からエントリーしてきてびっくりさせたから、エルザ君が逃げ出さずに話してくれている。いざという時のためにいつでもファストロープ降下ができるようにしておいてよかった。


「なら、一緒に遊びに行こう! 私の家の別荘に招待するよ!」


「え、ええー……? そのお気持ちは嬉しいのですが……」


「来てくれないと泣く。号泣する。エルザ君にいじめられたって言う」


「わ、分かりました! 行きます!」


 悪いな、エルザ君。今日の私はちょっと強引だぞ。


「じゃ、後で迎えを寄越すからね! 待ってるからね!」


「は、はい」


 よし。これでとりあえずエルザ君と話す機会をゲットした。エルザ君には私の思いを伝えておかなければならないからな。なんとしてもふたりきりで話せる場所に行けなければならない。


 それにエルザ君とも交友を深めておきたいしね!


 ……将来、フランケン公爵家令嬢になったエルザ君に報復されないように。


…………………


…………………


 というわけで、エルザ君を我が家の別荘に招待しました。


「ようこそ、エルザ君! 我が家だと思ってくつろいでね!」


「は、はい」


 くつろいでくれとは言ったものの、エルザ君はがちがちに緊張している。まあ、貴族の別荘とか初めてだろうからしかたあるまい。でも、君は将来こういう別荘で過ごしたりするようになるんだよ?


「でさ、エルザ君。最近、私のこと避けてるよね」


「それは、その……」


 メイドさんがエルザ君と私にお茶とお菓子を出したのちに、私がストレートにエルザ君に尋ねた。こういうのは遠回しにしてはぐらかされるよりも、率直に尋ねて意見を聞いた方がいい。


「理由は宮廷晩餐会の噂かな?」


「はい……。アストリッド様が皇太子妃になられるということを聞きました」


 やっぱりか。宮廷晩餐会の後からだもんね、エルザ君が私のこと避け始めたの。


「残念なことに私が皇太子妃になることはないよ。いや、正直なところ別に残念でもないんだけどね。私に皇太子妃が務まるとは思えないし、更に言えば私はフリードリヒ殿下のこと苦手だし」


「そうだったんですか? てっきり仲がよろしいのかと」


「特によくないよ。円卓のメンバーだから一緒にいるってのがほとんどの理由」


 誰があんななよなよお花畑と仲がいいって言うんだい。お断りだ。


「それで、エルザ君はフリードリヒ殿下が私と結婚するかもしれないから避けてたのかな?だとしたら杞憂だよ。私はフリードリヒ殿下とは結婚しないから」


「でも、皇帝陛下が直々にアストリッド様を是非皇太子妃にとおっしゃったのではありませんか?」


「いいかい、エルザ君。皇帝陛下は平和を愛するフリードリヒ殿下に戦争の現実を教える人材が必要だと言ったんだ。戦争で活躍したような人材がいいと。それだったら、エルザ君だって戦争で大いに活躍したじゃないか」


 そう、皇帝陛下は戦争で活躍して、お花畑のフリードリヒに戦争のことを叩き込むための人材が必要だと言っているのだ。特に私が指名されたわけじゃない。悪魔がいいとか言ってたけどきっと気のせいだ。


「実際のところ、エルザ君はフリードリヒ殿下のこと好きなんでしょ?」


「お、お慕いしています……」


 ほうほう。エルザ君も完全にフリードリヒルートに入ってるな。


「なら、勝ち取らなきゃ。私なんかに横から取られるほど、君の恋は浅いものじゃないんだろう?ぐいぐい攻めていかなきゃいけないよ。外堀を埋めて、己を高めて、周囲の圧力に屈さず手に入れたいものは手に入れないと!」


「で、ですが、フリードリヒ殿下は皇太子で、私はただの平民ですから……」


「気にしない、気にしない。それぐらいで諦めちゃうの? フリードリヒ殿下はエルザ君が平民であったとしても、見捨てたりはしないと思うな。少なくともエルザ君が好きなフリードリヒ殿下はそうだと思うよ」


 フリードリヒの野郎はいい加減に根性を見せるべきである! エルザ君が平民でも構わないと、皇位継承権を失っても構わないと男気を見せなければ! ただでさえ戦争では役立たずだったんだから、こういう場面では勇気を示して貰いたいものである!


「そうですね。でも、本当に私なんかがフリードリヒ殿下に恋していいのでしょうか」


「もちろんだよ。エルザ君は頑張り屋さんだし、魔術の才能もあるし、戦争でも大勢を救っている英雄なんだから。それに反対するっていうなら、君以上の人材を連れて来なければいけないよ!」


 正直、エルザ君はフリードリヒにはもったいないぐらいである。これだけ健気な子をあのなよなよにくれてやるのはもったいない。だが、そんなエルザ君だからこそ、フリードリヒ攻略を任せられるのである。


「アストリッド様は応援してくださいますか?」


「うん。私も陰ながら君の恋を応援するよ。これでも君のためにいろいろと頑張ってるんだからね?」


 エルザ君がいじめられないように私がどれだけ奔走したものか! 私の利己的目的なので分かってくれとは言わないが、苦労はしたのだ。


「ありがとうございます、アストリッド様。正直、実らない恋だと思っていました。ですが、アストリッド様の言葉でどうあっても成就させなければならない恋に変わりました。私、頑張ります!」


「おお! 頑張れ、エルザ君!」


 エルザ君がぐっと拳を握り締めるのに、私はエルザ君の拳に自分の拳を当てた。


「さて、お話はこれぐらいだよ。後は思いっ切り別荘での休暇を楽しもう。友達も呼んでるからね」


「お友達ですか?」


 そうなのだ。エルザ君と私だけではあれなので、ひとり呼んであるのだ。


 もっとも、相手は呼ばれてなくても付いてくる気の子だっただけね。


「随分とストレートに話されたのですね、アストリッドさん」


「そうだよ、ベス。腹を割って話したよ」


 いつの間にか部屋の入口にベスが立っていた。神出鬼没とはまさにこのこと。


「エリザベート様ですか。エリザベート様も事情をご存じなのですか?」


「この上ないほどにね。ベスは私の監視役だから」


「監視役?」


 まあ、ロストマジック絡みのことは話せないので説明はこれで限界。


「では、3人で思う存分春休みを満喫しよう! 湖が綺麗だから、ボートで遊ぶのも楽しいよっ!」


「まるで子供ですね」


「子供ですから!」


 結婚だの、恋だのいろいろと考えているけど、私たちはまだまだ子供です。子供は子供なりに生きていて、子供なりに幸せを見出すものなのです。


 公爵家令嬢でも、ローゼンクロイツ協会の上級執行官でも、隠れ平民でもそれはおんなじ。それぞれがそれぞれの幸せを持っているのです。


 それはともかく、私の幸せのためにもエルザ君にはフリードリヒを攻略して貰わなくてはならない。そのためには全力で支援する次第である。もちろん他の貴族には気付かれないようにですが。


 我ながら小心者なことよ……。だが、私も火中の栗を拾うようなことはしたくないので。それにエルザ君にはハッピーエンドが約束されているのだし。


 いや、まだ約束されているとは言い難いか? フリードリヒが皇位継承権を捨ててでもと告白するまでは油断ならない。何せあの男と来たら脳みその養分を頭のお花に吸われて、なよなよだからな。


 男を見せろよ、フリードリヒ!


 まあ、今年の春休みはエルザ君とボートで遊んだり、常にポーカーフェイスのベスにカードゲームで連敗したり、3人で野原を探索したりして楽しんだ。


「アストリッド様って思ってたより親しみやすい方なんですね」


「そーだよ。私は誰にでもフレンドリーだからね。いつでも相談に乗るから、エルザ君も遠慮せずに私にいろいろと相談してね」


「はい!」


 こうして私はエルザ君の背中を一押しすることに成功したのだった。


 押した結果がどうなるかは今後の出方次第である。


 果たして吉と出るか、凶と出るか。


 ああ。どうかエルザ君が恋を成就させ、私は被害を被りませんように……。


…………………

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