悪役令嬢母、ご懐妊
…………………
──悪役令嬢母、ご懐妊
「アストリッド。重要な知らせがある」
「なんですか、お父様?」
いつもの休みに私が冒険者ギルドに出かけようかどうしようかと思っていた時だ。私はお父様の書斎に呼ばれて、そこでお父様が何を言うのか待っていた。
「ルイーゼが妊娠した。お前には弟ができる」
「ええーっ!?」
なんだって!? お母様が妊娠してたなんて!
「お前はオルデンブルク公爵家の長女だが、貴族の爵位を継ぐのは難しい。一時は養子を取ることも考えていたのだが、幸いにしてルイーゼが妊娠してくれた。これで将来の後継者問題は解決するかもしれない」
「よかったですね! 私にも弟ができるなんて!」
「ああ。とてもよかった」
どうしよう。イリスは私の妹のような存在で、可愛らしいのだが、本当の弟ができたら同じくらい可愛がってしまいそうだ。そのことでイリスが嫉妬したりしないといいのだけど。
「今は妊娠8、9週目だと聞いている。出産までは約7ヶ月ほどだ。ルイーゼには負担にならないようにしている。お前も協力してやるのだぞ」
「はい!」
せっかく弟が生まれるのに邪魔なんてしないやい。
ああ。どんな子なんだろう。お父様似かなお母様似かな。どっちにしろ美男子になること間違いなしだよ。楽しみ、楽しみ!
……しかし、フリードリヒの奴はまだ1歳にもならない幼い子供がいる家を取り潰していたわけだ。あの野郎、本当に外道だな。やはり断頭台に送ってやるしかないのかもしれない。
それはともかく、お母様の様子を見に行こう。
「お母様! 体の調子はいかがですか!」
「ええ。健康よ。お腹の子もね」
この世界には妊娠検査薬などないので、生理の周期か、お腹の膨らみで判断するしかない。あのお母様のお腹の中には将来のオルデンブルク公爵家を継ぐ立派な男の子がいるのだな。
ちなみに、胎内にいるのが男の子なのか、女の子なのかは、ブラッドマジックである程度分かります。ブラッドマジックマジ便利。この世界のお医者さんは全て魔術師というのも納得である。
「お母様。胎児が健やかに育つには音楽を聞かせたり、本を読んであげたりするといいそうですよ。そうしたらとても賢い子が生まれる──らしいです」
正直、妊娠したこともないし、これまで考えてきたこともなかったので私の妊娠に関する知識はいい加減である。音楽を聞かせたらいいとは聞いていたが、本を読んで聞かせるのはよかっただろうか。
「そうなの? なら、これからは本を読んで聞かせてあげて、子守歌を謳ってあげるわ。子守歌はあなたがお腹の中にいたときにも何度も聞かせてあげたのだけれど、覚えていないわよね」
「す、すみません……」
お母様はこのことは知っていたのか。
「それにしてもあなたもいずれは母親になるのよ。母親がどのようなものになるか、見ておくといいわ。辛くて苦しい時もあるけれど、子供が生まれたときにはそんな苦労は全て吹っ飛んでしまうものだから」
「はい!」
私もいずれは誰かと結婚して、子供を産むのだ。男の子と女の子がひとりずつ欲しいかな。女の子の方が姉だと、いろいろと世話を焼いてくれていい気がする。
まあ、今の私には子供どころか彼氏すらいませんがね!
「お母様。安静になさってくださいね。お母様ご自身とお腹の中の赤ちゃんのために」
「ええ。分かっているわ。使用人に加えてアストリッドにいろいろと頼むかもしれないけどいいかしら?」
「ええ! もちろんです!」
ふふふ。楽しみだなー。
弟の名前はどんな名前になるんだろう。弟は私みたいに魔力が高かったりするかな。弟と喧嘩したりすることもあるのかな。
ああ。後7ヶ月。楽しみでならないよ!
…………………
…………………
「というわけでね、ベス。お母様が妊娠したんだ!」
「ええ。知っていますよ」
「もー。ベスは勝手に調べちゃうんだから」
私は学園で早速お母様が妊娠したニュースを広めることにした。将来のオルデンブルク公爵家を引き継ぐものの誕生であるのに、ベスってばそっけないんだから。
「これで私も肩の荷が下りた気分だよ。もう私が無理に結婚しなくても、オルデンブルク公爵家は引き継がれるわけだからね。ひょっとしたら自由に相手を選んでもよくなったりして!」
「些か楽観的すぎる気がしますが」
ベスー。私の喜びに水を差さないでー。
「あなたはどうあってもオルデンブルク公爵家の長女です。パウル閣下がオルデンブルク公爵家の更なる発展を目指すなら、結婚相手は慎重に選ぶでしょう。それこそフリードリヒさんのような皇室の人間など」
「うへえ。勘弁して欲しいよ」
お父様が家の発展を目指すのはいいけれど、それに私を巻き込んで欲しくはないものである。私はオルデンブルク公爵家から利益は得たいが、何かしらの貢献をしたいと思うほどではないのだ。自分勝手だけど私はそういう奴なのである。
「これからも公爵家子女としての自覚を持って行動してください、アストリッドさん。貴族とはそういうものだと割り切って」
「だからってフリードリヒは絶対に嫌だよ。あいつとは致命的なまでに合わないし、破滅フラグが立つ。家が発展するどころか没落してしまいます。私たちは乳飲み子を抱えて、第三国に逃亡しなければならなくなってしまうよ」
「どうしてそうなるのか分かりませんが、確かにあなたは皇太子妃には向いていませんね。あなたの予言されるように高等部3年でフリードリヒさんがエルザさんと結ばれるのならば、あなたが皇太子妃になることはないでしょう」
「そうさ。フリードリヒはエルザ君と結ばれるんだよ。それでハッピーエンド」
ベスは未だに懐疑的だけど、フリードリヒの奴はエルザ君と結ばれるのだ。フリードリヒ程度の男に頑張り屋のエルザ君はもったいない気もするけれど、エルザ君もまんざらじゃないからいいか!
「ところでベスは子供は何人欲しい? あ、もう子供いたりする……?」
「はあ。いませんよ。まだ結婚もしていませんから。そして、子供は……あまり欲しくありません」
ベスは視線を俯かせるとそう呟いた。
「どーして? 私は男の子と女の子がひとりずつ欲しいな。女の子の方が先に生まれてくれるとベストだと思ってるんだけど」
「あなたは普通の人間だからそう思うのでしょう。ですが、私はエンゲルハルト家の人間。呪われた呪い殺しの一族。私はこの呪われた系譜を終わらせたいと思っています。私の代でエンゲルハルト家は終わりにしたいと」
ベス……。そんなことを考えてたんだ。
「ベスは呪われたりなんてしてないよ。ベスはちょっとそっけないところがあるのは確かだけど優しいし。私のことだって呪い殺してしまえば厄介ごとから解放されるのに、そうはしなかったじゃないか」
「私にも倫理観はありますからね。だからこそ、他者を犠牲にしてまで不老不死を得たこの系譜が憎い。これまで呪殺によってその地位を築いてきた系譜が憎い。だからこそ、私はこの呪われた系譜を終わらせなければならない」
ベスの心境は私には想像しがたいものだ。ベスは生まれたときからエンゲルハルト家の人間──吸血鬼だったわけだから。
その義務は重かったのだろう。呪殺の大家に生まれて、先祖たちと同じように呪殺を行っていくのは拒否もできなかったのかもしれない。
今はベスはローゼンクロイツ協会の人だけど、ベスというエンゲルハルト家の人間が魔術の正しい使い方をしようというローゼンクロイツ協会に入ったのは奇跡的なように思える。きっと先祖たちがしてきたことをちょっとでも正したかったんだと思う。
かくいう私は魔術を利己的に使いまくっていて、申し訳ない限りだ。これからも改めるつもりはないけれどね!
「ベスはいい子だよ。先祖がどうかなんて関係ない。だからベスには幸せになって欲しいかな! けど、結婚相手はベスに理解がある人じゃないとダメだよ。そこら辺の適当な人間とくっついちゃダメだからね?」
「はいはい。気をつけておきますよ」
私が告げるのに、ベスは小さく笑ったのだった。
…………………
…………………
「みんな聞いて! お母様が妊娠したんだ! 私に弟ができるんだよ!」
「それは素晴らしいことですわ!」
放課後、真・魔術研究部の部室で私がこの朗報を告げるのにミーネ君たちが歓声を上げてくれた。
「これでオルデンブルク公爵家も安泰だよ。正直、私だけじゃオルデンブルク公爵家が上手く継承されていくのか不安だったからね」
「そんなことはありませんわ。アストリッド様ならきっと上手くやられていましたわ」
うんうん。お世辞でも嬉しいぞ、ロッテ君。
「ところで、みんなは子供は何人欲しい?」
私は今回の話題ついでにみんなの意見を聞いてみることにした。
「そうですわね。男の子が5人に女の子が5人欲しいですわ」
「え? そんなに?」
ミーネ君が驚くべき数字を上げる。
子供はサッカーチームが作れるぐらい欲しいとかいう人もいるけど、いくら何でもそれは多すぎでは……。体、耐えられるのか? そもそもそんなに子供いてちゃんと育てられるのか?
「だって、子供は可愛いではないですか。アドルフ様と結ばれたら、アドルフ様の子供産むわけですし、何人いてもいいですわ。もちろん皆に平等に愛を注ぎますわ。名前の候補も考えているところですの」
「へ、へえー。凄いね、ミーネは」
あ、愛がちょっとばかり重くはないかい……? アドルフにはちゃんとミーネ君を扱うことができるのだろうか……。アドルフのことながら、なんだか心配になってきたよ。
「ロッテは何人欲しい?」
「そうですね。女の子が姉で2人と男の子が弟で2人欲しいですね。姉がいると男の子がしっかり育ちそうな気がしますから。私にも姉と弟がいますが、よくよく面倒見てもらったり、面倒見たりして、子供同士支え合っていますよ」
「そうだよね! 姉と弟がいいよね!」
数は2倍だがロッテ君の理想も私と一緒だ。やはりしっかりした姉がいると子育ても楽になると思うんだよね。私はひとりっ子だから分からないけど、イメージ的にそんな感じがする。
というか、まさに私に弟ができてその立場になってる! わ、私は弟をちゃんと世話してやることができるのだろうか……。あんまり自信ないな……。
「ブリギッテはどう?」
「ゾルタン様の子供でしたら何人でも望まれる限り」
わー! ブリギッテ君も愛が凄いな。ブリギッテ君も来年には卒業して、晴れてゾルタン様と結婚するわけだけど、即子作りしちゃうんだろうか。うーん。今のブリギッテ君がそのまま母親になるのはイメージしにくい。
でも、結婚すると人間変わるのはヴァルトルート先輩の件で分かってるから、きっとブリギッテ君も母親らしい女性になるのだろう。
「サンドラは?」
「子供は今はまだ考えていませんわ。この間、縁談が来たのですが、どうしようかと思っているような段階ですので」
おお!? サンドラ君にも縁談が来たの!?
「ちなみにどんな人?」
「この学園で教授職にある方のお子さんで、私より6歳若い方ですわ。学園にも入学されて初等部に在籍されているそうですけれど、まだ会ってはいませんの」
「へー。私も学園の准教授の知り合いがいるよ。ヴォルフ先生って言うの」
「あっ! その方ですわ! その方のお子さんと縁談が来てるんですの!」
「えー!?」
サンドラ君のお相手ってヴォルフ先生のお子さんなの!?
しかし、ヴォルフ先生いつの間にか准教授から教授に出世していたのか。最近会ってないからしらなかった。今度、お祝いにいこう。
「ちなみにヴォルフ先生というのはどのような方ですか?」
「とっても勉強を教えるのが上手くて、飛び切り頭のいい人だよ。そのヴォルフ先生のお子さんなんだから、きっと賢い子だね!」
私が今、魔術の成績がいいのもヴォルフ先生から教えて貰ったおかげである。そんなヴォルフ先生のお子さんだから、英才教育を受けて、私より賢いに違いない。
「一度、初等部で会ってみたら?」
「ええ。そうしてみますわ」
しかし、驚くべきことばかりだ。世間は狭いね。
「アストリッド様は子供は何人欲しいんですの?」
「女の子がひとりと男のがひとりかな。これが限界だと思う」
出産も教育も大変だし、私はふたりが限界です。
「アストリッド様のお子さんは将来の皇帝陛下ですわね」
「なんでそうなるかな、ミーネ……」
学園では未だに宮廷晩餐会で皇帝陛下が言った言葉が影響していて、私とフリードリヒをくっつけようとするおぞましい企てがあちこちで行われているのである。
本当に勘弁して欲しい……。
しかし、私は将来誰の子供を産むのだろうか?
子育てを手伝ってくれる人だといいなー。
…………………