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悪役令嬢と国家の計略

…………………


 ──悪役令嬢と国家の計略



「おめでとうございます、アストリッド様!」


 冬休みが終わり、学園が始まった。


 のだが、私が教室に入った途端、ミーネ君が頓珍漢なことを言い出した。


「は? 何が?」


「何が、ではありませんわ。皇帝陛下がアストリッド様を是非とも皇太子妃にとおっしゃられたそうではないですか。ついにフリードリヒ殿下と結ばれるのですね!」


「ええー……」


 晩餐会で皇帝陛下が要らぬことを言ったのが、もう伝わっているのか。


「ミーネ。私は晩餐会の会場にいたけれど、皇帝陛下は決して私を皇太子妃に迎えたいと言ったわけじゃないよ。帝国には強い人材が必要だとおっしゃられただけで、決して皇太子妃にとは言ってないし、私をとも言ってない」


「そうなのですか。皇帝陛下は悪魔と呼ばれた女性がフリードリヒ殿下に相応しいとおっしゃられたと聞きましたが……」


「いいかい。普通、悪魔と呼ばれるような奴を皇太子妃にはしないよ」


 全く! 皇帝陛下が変なこと言うせいで私が困るんだよ!


 そもそも私の意志は無視か! 私はなよなよのフリードリヒなんぞと結婚したくはないぞ! なんであんな私の好みから180度ずれた奴と結婚しなければならないのだ! クソッタレ!


「そうなると皇帝陛下はいったいどなたが結婚相手に相応しいとおっしゃられたのでしょうか?」


「さあね。戦場を知っている人がいいって言ってたから、きっとエルザ君みたいにあの戦争で活躍した人だと思うよ。決して私のような奴ではないね。それだけは確かだ」


 はあ。とはいえど、あの皇帝陛下の言い方は間違いなく私を想起させるので、これから晩餐会に出た貴族の子たちからあれこれ言われるだろう。


 憂鬱になってくる……。当分は円卓にも顔を出さない方がいいな……。


「何を辛気臭い顔をしているのですか、アストリッドさん?」


「ベス……。私の危険が危ないんだ……」


「分かりましたから正確に喋ってください」


 私が憂鬱な気分で中庭をうろうろしてたらベスが声をかけてきた。


「例の宮廷晩餐会のことですか? それとも別の件ですか?」


「宮廷晩餐会の件だよ……。皇帝陛下はなんだってヘタレのフリードリヒに私をくっつけようとしているんだろうね?」


「その理由はヴィルヘルム3世が直接言われていたのでは」


「納得いかない」


 フリードリヒがヘタレのなよなよって自覚があるなら、ちゃんと自分たちで教育すればいいじゃないか! 皇太子妃は皇太子の面倒を見るお母さんじゃないんだぞ! あれの親はあなたたちだ、皇帝陛下!


「まあ、理由が晩餐会で言っていただけのものではないとは思いますが」


「え? 何か他に理由があるの?」


 どーいうわけだい?


「ヴィルヘルム3世はあなたのことを把握しています、アストリッドさん。あなたが竜殺しの魔女であることも赤の悪魔であることも。そして、強力な魔術を行使することでローゼンクロイツ協会から災厄に認定されていることも」


「なら、なおさら身内にしたくはないと思うけどな」


「そうではありません。ヴィルヘルム3世はあなたを皇室に迎え入れれば、あなたという単独で国家を滅ぼしえる戦力を確実に手にすることができると考えているのです」


「え?」


 戦力が欲しいから? だから、皇太子妃に迎えたいの?


「彼はあなたの戦力を評価し、帝国にとって望ましいと喜ぶと同時に、帝国にとって危険であると危惧しているのです。オルデンブルク公爵家はプルーセン帝国皇室とも縁のある名家ですが、諸侯のひとつに過ぎません」


「そーだよ。だけど、危険視って何さ?」


「オルデンブルク公爵家はあなたを抱えていることで皇室を、延いては帝国そのものを脅せる立場になったと言いたいのです。今、ヴィルヘルム3世が抱えている戦力を全て使っても、あなたは倒せないでしょう。あなたはオストライヒ帝国を滅ぼしたようにプルーセン帝国を滅ぼすことができる。それをヴィルヘルム3世は恐れているのです」


「あー……。なるなる」


 確かに私はお家取り潰しになろうものなら、皇帝と帝国相手に戦争をやるつもりで準備を進めてきている。帝国内戦で勝利するのはこのオルデンブルク公爵家のアストリッドであると。


 帝国を治める皇帝陛下にとってはそれは大層危険に映るだろう。自分が頂点に立つ帝国が一諸侯どころか、ただの少女の手で脅かされるというのは心地いいとは言い難い。


 だからって、身内にすりゃ安全だと思ってるのか?


「ちなみにベス的には私は皇太子妃になるべきだと思う?」


「失礼ですが、あなたには向いていないかと。あなたが皇太子妃になったとしても皇太子であるフリードリヒさんと上手くやっていけるとは思えませんし、公務が務まるとも思えません」


「だよねー! だよねー!」


 私はアクティブで、伝統をぶっ壊していくスタイルなので、伝統文化の塊である皇室とそりが合うはずがないのだ! それにフリードリヒとも絶対に上手く行かない!


「ですが、国家があなたを抱き込もうとしているからには、それなり以上の圧力がかけられるはずですよ。あなたのご家族にも、あなたの級友方にも。その圧力をかわし続けることができますか?」


「な、なんとかするよ!」


 くそう。国家権力がそういう嫌がらせをするのは反則だろう。そんな横暴が許されていいのか。いや、断固として許されるべきではないはずだ。


「ねえ、ローゼンクロイツ協会の方でどうにかできない?」


「努力はしてみます。あなたが個人として災厄であることよりも、あなたが国家に抱えられた状態で災厄であることの方が危険ですから。国家は災厄であるあなたを手に入れれば、ローゼンクロイツ協会を無視してでもその力で周辺国を脅かし、結果として国際秩序の崩壊を招きかねませんので」


 おお。頼りになるな、ベスは! ローゼンクロイツ協会も私を監視するだけでなく、私が最悪の選択をする前に防ぐという保護をして貰いたいものである。


「しかし、やれることは限られるでしょう。何せ相手が国家です。ローゼンクロイツ協会もある意味では影の国家ですが、プルーセン帝国は今オストライヒ帝国を滅ぼし、かなりのフリーハンドを手にしている。交渉は難しくなるかもしれません」


「そこを何とか頼むよ、ベス! 私がフリードリヒ殿下とくっ付くと、帝国内戦が勃発した上に、第三国に逃亡しなければいけなくなるんだから!」


「……いろいろとおかしい点があることはこの際放っておきましょう」


 おかしいことなんてどこにもないぞ! 私がフリードリヒとくっ付きそうになると、エルザ君絡みのイベントが発生して、私の家は取り潰しになり、それに反旗を翻す私が友好的な諸侯と共に帝国内戦を戦い、負けたら第三国に逃げる羽目になるのだから!


「はあ。私ではなくエルザ君を推していきたいんだけど、どうしたらいいものかなー」


「エルザさんについてはフリードリヒさんと上手く行っているようですね。ですが、平民と皇族の結婚はまず承諾されないでしょう。早く、フランケン公爵家がエルザさんが自分たちの娘であることを認めてくれればいいのですが」


「そうだよ! ベス、ブラッドマジックでエルザ君の面倒くさいおじいちゃん呪い殺してきて! そしたら解決するから!」


「ダメですよ。ローゼンクロイツ協会が諸侯を暗殺したとなれば、信用を失います」


「じゃあ、私がこっそり殺してくる」


「落ち着いてください」


 落ち着いてられないよ! 全ての混乱はエルザ君の面倒くさいおじいちゃんのせいじゃないか! さっさと死んで! 可及的速やかに死んで!


「フランケン公爵家がオルデンブルク公爵家より皇室に近いのを忘れましたか。ことが発覚すれば皇室の怒りを買うことになりますよ。それこそあなたが言うように帝国内戦が勃発しかねません」


「そ、それはそうだけど……。だけど、エルザ君の面倒くさいおじいちゃんは酷いよ!」


 エルザ君をブラッドマジックでホムンクルスにしちゃうし、未だに自分の息子とその奥さんを別れさせようとするし、どう考えてもエルザ君の面倒くさいおじいちゃんがいない方がいい!


「確かにそれは認めます。エルザさんの祖父であるオットーは問題のある方です。だからと言って殺すのは短絡的すぎます。あなただってオストライヒ帝国臣民にとっては国を滅ぼした問題のある人物なのですよ」


「ぐぬ。それはそうだけど……」


 この品行方正な私もオストライヒ帝国の人たちにとっては、自国を滅ぼしたやべー奴なわけである。それも自己利益のためだから厄介さはエルザ君の面倒くさいおじいちゃんとどっこいどっこいなんだよな。


 困った、困った!


「それにオットーは今は重い病で病床に臥せっています。あなたがおっしゃるように私たちが高等部の3年になるころが限界でしょう。無理に殺そうとせずとも時間が解決してくれるはずです」


「そーかなー」


 エルザ君の面倒くさいおじいちゃん早く死んでくれないかなー。


「恋には障害があった方が盛り上がるともいいますし、エルザさんにはもうしばらくの間平民でいて貰いましょう。それでいいですね?」


「よかないよ! ミーネたちはすっかり私とフリードリヒが引っ付くというおぞましいムード状態だし、何といっても国が私とフリードリヒを引っ付けようとしてくる! エルザ君には一刻も早く覚醒して貰わないと!」


 他人の恋の刺激なんて知ったことか! 問題は私の胃に穴が開くかだ!


「しかし、オットーが死ぬまで待たなければどうしようもありません。こちらから明かすわけにはいかないのですから」


「さりげなく噂として流せないかな?」


「リスクが大きいと思いますよ」


 さりげなーく、さりげなーく、エルザ君はフランケン公爵家のご令嬢だよという噂を流せば行ける気がするんだけど無理かな。


「もー! ベスはさっきから反対してばっかりじゃん。何かアイディアを出してよ! アイディアを! 私が破滅せず、かつフリードリヒとくっ付かずにもすむ方法を!」


「ふむ。しかし、現状は耐え忍ぶしかない気がします。あなたのおっしゃるように高等部3年の卒業間際にエルザさんがフランケン公爵家の人間だと分かるのならば、あなたが卒業すると同時に皇太子妃に、ということは避けられると思いますよ」


「それじゃ私がお家取り潰しになるのは避けられないかもしれないじゃん!」


 これ以上待てないよ! ミーネたちを抑えるのも限界だよ!


「本当にお家取り潰しになると思っておられるのですか? 相手は皇太子妃にしてまであなたを迎えて抱き込もうとしているのですよ。それをあえて反乱の恐れがあるお家取り潰しなどするとは思えませんが」


「分からないじゃん! 相手は頭の花に養分吸われてるアホードリヒだし! 私のすっごい戦略的価値が理解できなくても驚かないよ!」


 そうなのだ。私の相手はアホードリヒなのだ。あの阿呆のお花畑は私の存在価値など分かりはしまい。だから、お家取り潰しの可能性があるのだ。


 それにベスが言うようにフランケン公爵家はオルデンブルク公爵家より皇室に近い血筋だし、権力も向こうの方が上だし、エルザ君の心象を害すると私の家が取り潰しになる可能性は否定できない。


「というわけだから、エルザ君の面倒くさいおじいちゃんを殺そう。そうしよう」


「そちらの方がお家取り潰しの可能性は高いと思いますよ」


 まあ、そうですね……。


「あーあ。自由に恋もできないなんて酷いもんだ」


「まだまだ人生は長いのですから、そう悲観することもないでしょう」


 ベス。人生は長くても、青春はあっという間なんだよ。


 そして、私はその青春を地雷処理に捧げる羽目になっているのだ! こんな極悪非道なことがゆるされていいのだろうか! いや、いいはずがない!


 私だって噂や地雷処理に構わず、自由に恋愛したいものだ。フリードリヒのようななよなよではなく、リードしてくれる年上の男性と。


 はー。早くエルザ君の面倒くさいおじいちゃん死なないかな。


…………………

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