悪役令嬢と冬の過ごし方
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──悪役令嬢と冬の過ごし方
冬休みが訪れた。
冬休みのほとんどは冒険者ギルドのクエストをやって過ごす予定だ。実際に年末年始以外はとにかく冒険者ギルドで大儲けするのである。そして、稼いだお金はヘルヴェティア共和国へ送金!
これでいつでも没落できるぞ! ばっちこい!
いや、没落するのは嫌だ。帝国内戦には勝利するし、フリードリヒの首は刎ね飛ばしてくれるのだ! そう、勝者はこのアストリッドである!
だが、運命の高等部3年のときにどうなるかは分からない。運命の修正力が働いて、どんでん返しが起きるかもしれない。私がいくら魔術で武装し、諸侯を味方に付けて、万全の態勢で戦争に臨んでも、負けるかもしれない。
だって、私って悪役令嬢だしな。
「今年の冬休みはどーやって過ごそうかなー」
私は屋敷で積もる雪にうんざりしながら、そんなことをぼやいていた。
今年はブラウンシュヴァイク公爵家からの誘いはまだない。お父様にこちらの別荘にイリスたちを誘ってみてはどうかと尋ねているが、今のところその方面での返答もないわけである。
はあー。こんな憂鬱な冬休みは嫌だなー。
冬の寒さが人恋しくさせるのに、友達とは会えないなんて。
「アストリッド様。公爵閣下がお呼びですよ」
「はーい!」
なんだろう。イリスの家が遊びに来るって話かな?
「アストリッド! 喜べ! お前が宮廷晩餐会に招待されたぞ!」
は?
「いや、なんで私なんぞが宮廷晩餐会に?」
「お前は自分が公爵家令嬢であることを忘れたのか」
そうだった。一応私も公爵家令嬢だったんだ。すっかり失念していた。
「ですが、私は遠慮させていたきます。私に務まるものではないと思いますので」
「何を言うか。マナーについては徹底的に教えてやったはずだぞ」
「忘れました」
「おい」
いやだー! 宮廷晩餐会なんて行きたくないー! いったら絶対フリードリヒに遭遇するだろう! フリードリヒは依然として核地雷なのだ。いたずらに関わってドカンというのは御免被る次第である。
「お前もフリードリヒ殿下と交友を深めなさい。お前はせっかく同級生として殿下がいらっしゃるのに、さっぱり恋の話を聞かないぞ。オルデンブルク公爵家の将来はお前に掛かっているのだ。無事殿下の心を射抜いて見せよ」
馬鹿お父様ー! オルデンブルク公爵家の未来が私に掛かっているから、私は必死になってフリードリヒとの接触を避けてるんじゃないか! 下手にフリードリヒと関わると、お家取り潰しだぞ! それでいいのか!
「とにかく、お前の参加は決定だ。ドレスをルイーゼと一緒に選んでおきなさい。もっとも壮麗に見えるように努力するのだぞ」
嫌だ―! 嫌だー! 宮廷晩餐会なんて行きたくないー!
「そして無事、フリードリヒ殿下と恋仲になるのだ。噂によればフリードリヒ殿下はまだ意中の相手がいらっしゃらないということだ。お前にもチャンスはあるぞ」
残念。お父様、フリードリヒにはエルザ君という恋人がいるんだよ! ヘタレのフリードリヒのことだからまだ内緒にしてるんだろうけどさ!
「い、いえ、お父様。私ではフリードリヒ殿下とは釣り合いませんよ。とてもではないですが、このような魔術馬鹿では。もっと相応しい方が殿下のお傍にはいるはずですよ」
「魔術馬鹿という自覚があるなら直しなさい」
やだー!
「お父様。どうして今日はそんなに執拗に殿下を推されるのですか? 何かあったとでも言うのですか?」
「実は皇室の方からフリードリヒ殿下の皇太子妃に是非お前をと言われてきてな」
ええー! なんでー!
「そういうわけだからお前もフリードリヒ殿下に似合うようになっておきなさい。着飾って口さえ閉じておけばお前でも立派に通用する」
口さえ閉じておけばって。私はどう思われてるんだ。
「はあ。絶対にいい結果にはなりませんよ」
ろくでもない結果になる未来しか見えないよ。
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はあ……。宮廷晩餐会の日がやってきた……。
私はお母様の選んだドレスを纏って、宮城に赴いた。この間のシレジア戦争では役立たずだった近衛兵の出迎えを受けて、私は絞首刑台に上る気分で宮城の階段を上っていく。私の気分は死刑執行に遭う囚人のようだ。
「アストリッド。顔色が悪いわよ。大丈夫なの?」
「全然大丈夫じゃありません。気分が悪いので帰っていいですか?」
「ダメよ」
うわーん! お母様まで敵に回ったー!
帰りたい。帰りたい。帰りたい。帰りたい。帰りたい。帰りたい。帰りたい。
「ようこそ、オルデンブルク公爵閣下」
「これはフリードリヒ殿下。今回はお招きいただきありがとうございます」
で、早速フリードリヒだよ……。
まあ、宮城に来たら、こいつと出くわしますよ。それに宮廷晩餐会だしな。皇太子であるこいつがいない方がどうかしているというものだ。
「アストリッドも今日は一緒ですね。楽しみにしていましたよ」
「え、ええ。楽しみにしていましたよ……」
楽しみなんかじゃないやい。地獄のような日が来たと思っていたよ。
「では、後ほどお会いしましょう」
会いたくないよ。一生な。
「アストリッド。よかったな。殿下の覚えはいいようだぞ」
「またまた。殿下はお優しいので誰にでもああいわれるのですよ」
そうだぞ。あいつはリップサービスばかりの男なのだ。
というわけで、私たちは晩餐会の会場に移動。
席は指定されているはずだけれど、私の席はどこかな? 一番フリードリヒから離れた席がいいな。あいつの顔を見たら食欲も失せるってものだ。まあ、宮廷晩餐会とかいう時点で食欲どころの騒ぎじゃございませんが。
って、私の席どこだ? 見当たらないぞ?
「アストリッド。どこを探している。私たちの席はこっちだぞ」
「え?」
私たちの席はよりによってホストである皇帝陛下たちの真ん前だった。何故にそんな地獄のような場所に私の席がセッティングされているのだ! どういうことなのだ!
「な、何かの間違いではありませんか、お父様? こんな場所に私たちが配置されるはずがありませんよ。こんなのおかしいですよ!」
「我々は歴史あるオルデンブルク公爵家だぞ。これぐらいのことはある。いちいち気にせずに座りなさい」
げーっ。最悪だよ。できれば隅っこでやり過ごしたかったのに。
「はああああ……」
「何故そんなにため息を吐く、アストリッド」
はああああだよ。はああああ以外に言うことはないよ。このようなクソッタレな場所に配置されて誰が喜ぶって言うんだい。ブーイングするか、靴でも投げるときにしか、こんな席に座りたいとは思わないよ。
私は地獄のような席に座りながら、晩餐会が始まるのを待った。
「皇帝陛下、皇后陛下、皇太子殿下、ご入来!」
で、やっとこさ晩餐会が始まった。
私たちは席から立ち上がり、皇帝陛下たちを出迎える。ついでにフリードリヒも。
「皆、今回はよく集まってくれた。この度は我々の圧倒的勝利に終わったシレジア戦争での勝利を改めて祝うものである。この度の戦争では皆、よく戦ってくれた。諸君らの帝国への献身に感謝しよう」
皇帝陛下がまず挨拶される。
ぶっちゃけ現場指揮が滅茶苦茶馬鹿だったので、私が頑張らざるを得なかったわけだが、その点を皇帝陛下は把握されているのだろうか。軍拡するのもいいけど、将兵の質を高めて欲しいですよ。
いや、将兵の質が上がってしまうと帝国内戦の際に苦労するので、このままでいいや。もうオストライヒ帝国の介入を心配する必要もないし。軍拡をやめて弱体化してくれると嬉しいなっ!
……とまあ、そんな風にはいかないんだろうな。
オストライヒ帝国がくたばった今、プルーセン帝国はフリーハンドを手にしている。今度はフランク王国と戦争するか、メリャリア帝国と戦争するかだ。国家とは常に外敵に曝されているのである。困ったものだ。
帝国内戦にフランク王国やメリャリア帝国が口出ししないとも限らないし、私としては連中がプルーセン帝国の脅威に震えて眠って貰い、来たるべき日には手出ししてくれないといいのだが。
「そして、今回の勝利によってライヒの主導者は決定した。我々プルーセン帝国こそがライヒの主導者となるのだ。いずれ分裂したライヒは終わりを迎え、統一されたライヒの時代がやってくるだろう」
ライヒはひとつ、ですか。決まり文句ですな。
「その時に流血なくライヒを統一できるとは思えない。また血を流すこととなるだろう。だが、それは将来のための流血だ。意味のない過去への流血にはならない。今日のひとりの犠牲で100年後の何万というものたちが救われるのだ」
どこかで聞いたような話であるが、こういう話はどこにでもあるか。私も私以外の人が血を流してくれるなら大賛成だよ。私は御免被る。私の愛国心なんてあってないようなものですからー。
「今年はプルーセン帝国にとっては苦しく、そして偉大な年であった。前線で戦った勇敢な全ての将兵に乾杯し、我らがこれからの栄光を目指そうではないか」
そう告げて皇帝陛下が杯を高く掲げた。
「我らが帝国に乾杯!」
「我らが帝国と皇帝陛下に!」
私たちは杯を掲げて、一斉に乾杯する。
「さて、諸君。我が息子フリードリヒも15となった。そろそろ結婚の相手を見つけなければならない。将来の帝国を支えるに相応しい伴侶が必要だ」
エルザ君ですね。分かります。
「このフリードリヒは戦場には出たが、とてもではないが戦争を体験したとは言い難い。始終後方におり、前線を見たのは2、3度だろう。帝国を導くにはこのような臆病者を補う人材が必要だ。そう、勇敢な伴侶が」
エルザ君ですね。分かります。
「この世には男の兵士に勝る活躍をしてのけた女がいる。それはオストライヒ帝国の人間に悪魔と呼ばれて恐れられていた。帝国に必要なのはそういう人材だ。そういう人間こそ強い帝国を維持するに相応しい」
エルザ君──って待てよ。悪魔ってなんだ。
ま、まさかだが、私のことを言っているのか? 確かに私はシレジア戦争中に悪魔と呼ばれていたが……。いや、まさかそれはないだろう。お父様が皇室から打診があったとか言っていたけれど、気のせいに違いない。
「今ここにその相応しい人物がいる。愚息フリードリヒには間違った選択をして貰いたくはないものだ」
……私は絶対に嫌だよ?
そんなことを思いながら、私は晩餐会で出された豪華な料理を食べたが、味はほとんどしなかったのであった。
やはり物語の修正力が働きつつあるのだろうか……。
ス、ストレスが……。
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