悪役令嬢の狼退治
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──悪役令嬢の狼退治
「……分かりました。お話ししましょう。これから100年ほど前に私たち人狼の群れは餌を求めて荒野を彷徨っていました。そして、やがて食料が少なくなると、人間を襲うようになったのです。もちろんそれが悪いことだとは理解していましたが……」
神父さんがそう語りだすのに、外が思いっ切り騒がしくなってきた。
「あなたたちは大して忌避感を感じなかったはずですよ。食料が取れるようになってからも人間を襲っているのですから」
「これは酷い言われようだ。私たちの求める食料は人間たちと違う。我々はパンと葡萄酒では癒やされない。我々の飢えを癒やすのは、ただただ血の滴る肉のみ……」
そう告げる神父さんの体が蠢いた。
「アストリッド! この村の全員が人狼だ! クソッタレな人狼だらけだ!」
「ええーっ!?」
まさかの全員犯人オチ!? 推理する意味もなかった!?
「恐らくはあの死体で獣の襲撃に見せかけて、それで領主の気を逸らすつもりだったのでしょうが、金品に手を付けたのが失敗でしたね。金品に手を付けていなければ、我々も獣の襲撃だと思ったでしょうが」
「ああ。愚かしい仲間がいたようだ。あれだけ金には手を付けてはいけないと言っておいたのに……。だが、どうでもいい。今、ここでお前たちに死んで貰って、その死体でやり直すとするさ!」
そう告げる神父さんは既に人間の姿をしていなかった。
狼の頭部に膨れ上がった筋肉を持った怪物に変化していた。
こ、これが人狼か!
「さあ、アストリッドさん。仕事ですよ。これからこの呪われた怪物たちを蹴散らしてやらなくてはなりません。一匹残らずです。この呪いはここで終結させなければ」
「あいよっ!」
ベスが告げるのに私は機関銃を空間の隙間から取り出し、その狙いを神父さんだった人狼に定める。
「っ!? 速い!?」
神父だった人狼は一気に加速して私の狙いから逸れた。その人狼は壁を蹴り、鋭い爪を私たちに振り下ろしてくる。
「呪われよ」
すると、ベスが爪と衝突する寸前にナイフで手の平を切って、血を神父だった獣に浴びせかけた。
「ああっ! この! 何を!?」
ベスの血を浴びた人狼は皮膚が崩れ落ち、まるで強酸でも浴びせかけられたようになっていた。ただ、血を浴びただけなのにである。
「我らがエンゲルハルトの呪いを思い知るといいでしょう」
「エンゲルハルト……! 呪い殺しの家系……! 所詮は貴様らも呪われた──」
「くったばれー!」
動きの鈍った人狼に私がありったけの銃弾を叩き込んでやった。
人狼は私の銃弾の嵐を受けて、血飛沫を撒き散らし、ガクリと膝を突く。
「あれ? 銀の銃弾とか必要じゃないの?」
「銀の銃弾? そのようなものが必要な話など聞いたことがありませんが……」
人狼って普通は銀の銃弾を使わなくちゃ倒せないものじゃないの?
「人狼も生きた魔獣です。致命的なダメージを与えてやれば倒れます。なので、アストリッドさん。あなたがオストライヒ帝国を滅ぼしたときの火力を発揮してください」
「まっかせてー!」
特別な術が必要じゃないとすれば私の敵じゃない!
「ペトラさん! ゲルトルートさん! エルネスタさん! 今援護しますよ!」
私は思いっ切り教会から飛び出た。
「来たか、アストリッド! 支援を頼む! 人狼の群れだ!」
「た、助けてー! アストリッドちゃーん!」
ゲルトルートさんとエルネスタさんは人狼たちに包囲されていた。文字通りここは人狼の群れの真っただ中だったわけだ!
「了解です! 支援します!」
私は周囲の人狼を薙ぎ払うように機関銃で銃弾をまき散らす。人狼は確かに急所に銃弾を受ければ倒れるらしく、胸や頭部に銃弾を受けた人狼たちは倒れていく。だが、そうじゃなかった奴は全然平気という面をしている。片腕が千切れかかっていてもだ。
「殺せ! 殺せ! 奴らを殺せ!」
「殺せ! 殺せ! 奴らに死を!」
人狼たちは雄叫びを上げ、その攻撃の矛先を私に向けてきた!
「ひえーっ! これは怖い!」
「応戦してください、アストリッドさん」
狼の大軍が迫ってくる様子に私は思わず悲鳴をあげ、後ろからベスがナイフで血を出しながら突っ込んできた。
「呪われよ」
ベスは出血多量になるんじゃないかって量の血をまき散らし、迫りくる人狼たちにとびきりの呪いをプレゼントした。
ベスの血を受けた人狼たちは皮膚が膨れ上がって破裂した!
どういう呪いだ……。ベスだけは敵に回したくないものである。
「ぶちかませー! グレポン!」
私もぼけーっとはしていられないぞ!
私はグレネードランチャーを取り出し、そこから放たれるグレネード弾を人狼の群れにお見舞いした。口径120ミリライフル砲はこの場合はゲルトルートさんたちを巻き込む恐れがあるので、火力制限である。
おおっ! 実戦で使うのは初めてだけど、グレネードランチャーの威力は抜群だ。敵の人狼は破砕したグレネード弾の破片を受けて吹き飛ばされる。その過程で脳や心臓を貫かれ、地面に倒れていく。
それと同時にグレネード弾の射撃は敵を威圧することにもなった。敵は圧倒的な火力を前にして突撃することを躊躇っている。一種の制圧射撃になっているようだ。
しかし、これでは致命傷になる傷を与えるまでに時間がかかりすぎる。
かといって機関銃では弾をばら撒きすぎる。火力過剰で間違ってゲルトルートさんたちに流れ弾が生じるかもしれない。今回は精密射撃が必要となる。と言うわけで今回使用する武器は!
「自動小銃!」
自動小銃である!
ある人は5.56x45ミリNATO弾ではマンストッピングパワーが足りないと言っていたが、急所に正確に命中させれば敵を殺すことができると把握されている。正確に狙いを定めてジャストで吹っ飛ばせばいいのだ。
というわけで、射撃開始!
「ヘッドショット、ヘッドショット……」
私は光学照準器を覗き込み、精密に人狼たちの頭を狙う。
人狼は素早く動くが、こちらとて第3種戦闘適合化措置を実行している。人狼の動きはスローモーションで流れ、正確に頭部を狙うことができる。人狼たちは脳漿をまき散らし、地面に崩れ落ちる。綺麗にダブルタップで脳天にぶち込んでやるぞ。
「ヘッドショット!」
綺麗に決まったヘッドショットが人狼を吹っ飛ばす。
「反動は最小限。綺麗に決まってる。第3種戦闘適合化措置最高!」
反動は腕力によって抑え込まれ、私は次々に人狼たちにヘッドショットを叩き込んでいく。脳漿が飛び散る、飛び散る。いくら人狼であっても、脳漿ぶちまければ、くたばるのである。
くたばれ! くたばれ! くったばれー!
「し、しかし、数が多い……。何つー数だ!」
村人全員が人狼だとすると、100体かそこらか。冗談じゃない!
「ゲルトルートさん! エルネスタさん! 牽制するので退避してください! 纏めて吹っ飛ばします!」
「了解した!」
自動小銃でちまちまやっていてもきりがない! やっぱりここは口径120ミリライフル砲を叩き込んでやるしかない! 榴弾を連中の群れのど真ん中に叩き込んで圧殺してやるしかない!
「退避したぞ、アストリッド!」
「では、行きます! お空の果てまで吹っ飛べー!」
弾種榴弾、連続射撃。てーっ!
砲口から砲弾が放たれ続け、人狼たちを八つ裂きにしていく。頭や心臓を潰さなくても、首がへし折れて切断されれば十分だっ! 死ぬがよい!
「フハハハハッ! 犬ころ風情が人間様に逆らおうなど1000年早いわ!」
「ア、アストリッド……?」
景気良く敵を吹っ飛ばしていたら、ゲルトルートさんにドン引きされた。
いいじゃないか! 敵を吹っ飛ばすのが私の仕事なんだ! 人狼どもを八つ裂きにして、この戦いに勝利するんだ! 勝利こそ我が望み!
……いや、落ち着こう。敵の人狼はもうほぼ八つ裂きだ。生き残りも血だまりに沈んでいる。これ以上ドンパチする必要はないだろう。第3種戦闘適合化措置を実行すると、バーサーカーになってよくないな。
「まだ生き残りが逃げてますよ! 追撃殲滅しないと!」
「そうですね。人狼を一匹でもここから逃がすと、また群れを作りかねません。呪われた獣はここで封殺しておかなければ」
ベスも追撃殲滅に賛成!
って、逃げ足速いな、人狼ども! もう颯爽と逃げ出しているじゃないか! 追いかけなきゃ、追いかけなきゃ! ゴーゴーゴーッ!
うわっ! それも四方八方に逃げまどっている! 私ひとりじゃ追いかけきれないよ! ベスが一緒でもこれは無理じゃないのか!? もう3体ぐらい見失ったぞ!
「アストリッドさん。冒険者の皆さんの視界からは離れています。フェンリルを使用することを提案します。狩り尽くすにはそれぐらいの力が必要でしょう。フェンリルなら狩り尽くせるはずです」
「了解! フェンリル、カモン!」
私は空間の隙間を開いて、フェンリルを呼び出す。
「人狼狩りか。まあ、いいだろう、手伝ってやる。全て狩り殺せばいいのだな」
「そーいうこと!」
私も機関銃で追撃しながら告げるのに、フェンリルが大きく加速して、人狼たちを追撃しに向かう。
盛大な狩りである。フェンリルは人狼を越えた速度で回り込み、確実にその息の根を止めていく。まさしく狩りである。人狼は狩るものから、狩られるものへと立場を落とした。今や一方的な狩りである。
「臭いはしない。もう人狼はいないぞ」
「よしっ! 狩り尽くした!」
人狼全滅! 私の勝利だ!
「いやあ。人狼だっていうから、吊るしたり、吊るされたりしなければならないかと思ったよ。疑心暗鬼な話にならなくてよかったね!」
「何故、人狼だと吊るしたり吊るされたりするのです?」
ベスには通じないか。
「さて、人狼による旅人の襲撃も終わったことだし、これにて依頼解決!」
この後、人狼が正体だったことが判明し、領主は特別報酬として50万マルクを追加してくれた。気前のいい領主に私もにっこり。
報酬は山分けして、私の取り分もそれなり以上だった。
「しかし、人狼だらけの村とか驚きだったね。迂闊に旅できないよ」
「よくあることですよ」
「え?」
……思った以上にこの世界はデンジャーらしい……。
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