私、悪役令嬢、今敵地にいるの
…………………
──私、悪役令嬢、今敵地にいるの
私たちは長々として不愉快だった入学式を終えてオリエンテーションのために、各クラスごとに分かれて教室に向かった。
って、フリードリヒ。お前、同じクラスなの?
クラスの中で席を選んでいるときに、フリードリヒはやってきてにこりと笑った。
「やあ。君が噂のアストリッド嬢かな? さっきの悪戯は面白そうだったけれど、ブラッドマジックを面白半分に使わない方がいいよ。人によっては何が起きるか分からないことがあるからね」
「で、殿下は私のことをご存じで?」
どうして私の名前が知れている。私は名前すら記憶されずに学園生活をスムーズに流れるがごとく終了して、悪役令嬢としての破滅を避けるつもりだったのに。
「君のお父さんとフラウンホーファー伯爵が宮廷でよく話しているからね。オルデンブルク公爵の娘には、信じられないほどの魔術の才能があるって。何でももう学園で教わるべきことは全てこなしてしまったとか」
お父様ー! あれだけ魔術学ばせるの反対してたのに何それー!
それから、フラウンホーファー伯爵閣下も余計なこと言わないでー!
「君の魔力は計測できないほどの大きさだとか。この国にそんな逸材が生まれて嬉しく思うよ。これから共にプルーセン帝国を繁栄させていこう、アストリッド嬢」
「アストリッドで結構ですわ、殿下。共にプルーセン帝国を繁栄させていきましょう」
私は作り笑顔でそう言っておく。
けっ。誰がお前と国を発展させるものか。このままバッドエンド行きなら、私は国と戦争をするかもしれないんだぞ。それなのに共に発展とか、馬鹿も休み休み言って欲しいものだね。
「アストリッド。私は君の気分を害してしまっただろうか?」
「い、いいえ! 殿下とお話しできて緊張しているだけです!」
やばい。私って考えが顔に出るってお母様に警告されてたんだった。
「では、クラスメイトとしてよろしく頼むよ」
フリードリヒはそう言い残して去っていった。
「誰と話してたんだ、フリードリヒ?」
「アストリッド嬢だよ。彼女は魔術の才能があるって有名なんだ」
フリードリヒが向かった先を見ると、見事な金髪碧眼の美少年だ。やけにフリードリヒと馴れ馴れしく喋っているがこいつはもしかして……。
「しかし、同じクラスになれてよかったよ、アドルフ」
「ああ。クラスメイトとして共に頑張ろうぜ」
アドルフ!
恐らく奴はこの国最強の騎士団、黄金鷲獅子騎士団の団長の息子であるアドルフ・フランツ・フォン・ヴァレンシュタインに違いない。
アドルフも攻略キャラで、俺様系とかいう奴だ。
普段は強気な発言が多いが、その団長の息子としてのプレッシャーを感じており、自分が次期団長になれるのかと悩んでいる。それも騎士団には必須のブラッドマジックが苦手で、そのことで劣等感を抱く。
そんな悩めるアドルフをヒロインちゃんがよしよしして手なずけるのである。
ちなみにこの攻略ルートでも次期騎士団長に平民は似つかわしくないという決まり文句と共にアストリッドがしゃしゃり出て、攻略を邪魔しようとしてくるのだが……。
正直、俺様系は趣味じゃないし、あまり関心はない。
好感度はこれから次第だが、近づく気はないぞ。君子危うきに近寄らずだ。
「これは、殿下、この度は同じクラスで勉学に励めるとは光栄です」
「シルヴィオ! 君も同じクラスなのか。だが、殿下というのは止めてくれないか。私はひとりの生徒として、この学園生活を送りたいんだ」
シルヴィオと呼ばれたのは栗毛色の髪をショートボブにした少年だった。
ん? シルヴィオ?
私は脳内辞典をめくる。
あーっ! こいつも攻略対象だ!
シルヴィオ・ハインリヒ・フォン・シュタイン。プルーセン帝国の宰相の息子だ。
非常に利発な性格をしており、鋭い観察眼を見せることも多々あるとか。
そんな彼も自分の父親のやり方は皇帝をないがしろにしていると思い、意見するのだが、聞き入れて貰えず苦悩することに。しかも、魔力はそこまでなく、魔術が使い熟せないのが次第にコンプレックスになってくる。
そんな悩めるシルヴィオをヒロインがよしよしして手なずけるのである。
し、しかし、攻略対象キャラがこうも揃ってしまうとは。私がいる場所は非常に危険な地雷原。いつ踏むかも分からぬ地雷をマインスイーパーして、進んでいかなければならないな。
「全員席に着けー」
と、私がたむろする攻略対象たちに警戒の視線を向けていた時だ。
「これからこの1年A組を担当するグレゴール・フォン・ゲーリゲだ。担当課程は火のエレメンタルと風のエレメンタルである。このクラスで何か困ったことなどがあったら、私に言うように」
そう告げるのは、40代ごろの壮年のおじさんだ。流石に皇子様のクラスを担当するだけあって、選び抜かれた精鋭という気配を感じさせる。
だが、その後ろから誰か入ってきたぞ?
「遅れてすみません。このクラスで教育実習生として配属されたベルンハルト・フォン・ブロニコフスキーです。担当課程はゲーリゲ先生と同じ、火と風のエレメンタルになります。頑張るので、頼ってください」
頭を下げつつそう挨拶するのは10代後半ほどの非常に若い教師だった。オールバックにした黒髪を後頭部でちょんまげにしてるのが渋い。眠そうな表情だが端正な顔つきで、これは女の子にモテそうだな……。
って──。
ぎゃー! ベルンハルト・フォン・ブロニコフスキー!?
この人も攻略対象じゃないか!
ベルンハルト・フォン・ブロニコフスキー。
聖サタナキア魔道学園高等部教諭にして主人公のクラスの担任として登場するキャラクターである。さばさばした性格で、他のうじうじ系男子君たちと違って決して弱みを見せない頼りがいのあるナイスガイ。
弱みもなく、生徒と先生だからということで、攻略難易度はゲーム中最高のキャラ。だが、本当にナイスガイで一度お付き合いを始めたら、隠れデートながらぐいぐいと引っ張ってくれる頼れる兄貴。
歳の差は一回りほどあれど、私があの“流れ星に願いを込めて”で気に入ったキャラはこの人だけだったなあー。他はもっと男子としての気合を持て、気合を。悩みぐらいよしよしして貰わずに解決しろ。
しかし、このお兄さんとは是非ともお近づきになりたいのだけれど、この人も攻略対象で、ヒロインとゴールインすると、ピタゴラスイッチで私のお家取り潰しという恐怖の連鎖が待っているので迂闊に手出しできない。
けど、このお兄さんだけはヒロインに渡したくないなあ……。ヒロインは男子をより取り見取りで、悪役令嬢だけ自由に恋できないなんてずるくないですか。ああ、悪役令嬢ってそういうものでしたね。
はああ……。ヒロインに生まれたかったなあ……。
と、私がひとりで嘆いている間に、前からプリントが回ってきた。
何々? 新入生オリエンテーションとしてトールベルクの森にて合宿を行いますと。
実質小学生のオリエンテーションにしては気合入ってるな。
しかし、お貴族様の合宿なので使用人ぞろぞろ連れて、普段と変わらぬ過ごし方をするんだろうなー。合宿と言えば温泉でスタイルチェックし合って、深夜まで恋バナするのがお決まりだけどそういうのないんだろうなー。
あー。面倒くさいし、このクラスには危険物が多すぎる。
ここは残念だが新入生オリエンテーションは欠席ということで。
…………………
…………………
「ダメだ」
お父様に新入生オリエンテーション休んでいいですかって頼んだ結果がこれです。
「せっかく、学園の級友と親交を深めるチャンスだというのに、なんで休みたがるのだ。上手く行けば、他の貴族の子息子女とパイプができ、社交界でも一目置かれる存在になれるというのに」
「ええ……。私、この家以外で寝泊まりするのは不安なんです。慣れたベッドじゃないと眠れないということがありまして」
「お前がこれまで他所に泊まったことなどあったか?」
「ございません……」
そう、私はこの家から出て、外で寝泊まりしたことなどないのだ。従妹のイリス(めっちゃ可愛い)が泊りに来ることはあったけど、私がこのオルデンブルク公爵家の屋敷の外で寝泊まりしたことはないのだ。
「で、でも、もしかしたら眠れないこともあるかもしれませんし?」
「挑戦しないうちから弱音を吐くんじゃない」
思ったけど、うちのお父様って私のこと女の子だと思ってないよね。男の子だと思ってる節があるよね。何故だろうね。
「それに同じクラスにはフリードリヒ殿下がおられるのだろう? これは逃すべきチャンスではないぞ。上手くフリードリヒ殿下とお近づきになれれば、お前は皇妃になれるかもしれないのだぞ」
だから、その最悪の提案はやめてって、お父様。
私はフリードリヒは個人的に気に入らないし、あいつは攻略対象という名の地雷だし。私が下手にフリードリヒに近づいたら、お父様たち路頭に迷うことになるんだよ? それでもいいの?
「フリードリヒ殿下は恐らく私には見向きもされませんよ。あのような総明で平和を愛するお方が魔術馬鹿の私に興味を持ってくださるとはとてもとても。なので、フリードリヒ殿下は諦めましょう。そうしましょう」
「魔術馬鹿という自覚があるなら直しなさい」
やだ! 私は魔術を極めて現代兵器技術の力で運命を八つ裂きにしてやるんだ!
というか、本当にフリードリヒは無理だって。私とそりが合う点がひとつとしてないんだもの。生粋の平和主義者で、魔術は平和的に使いましょうーなんて言ってるお花畑のどこがいいんだ。
「お父様。下手に躾の成ってない私をフリードリヒ殿下に近づけると、宮廷でのお父様の評判に傷が付きますよ?」
「お前は躾はちゃんとできて……る気がするので、大丈夫だ」
私の躾はそんなになってないと思われているのか。自分で言い出しておきながらちょっと心外だぞ。年上の人にはちゃんと礼節を以てお相手するし、その階級に相応しい人間性を持った方にも行儀よく接するぞ。私は儒教の教えを守っているのだ。
「お父様。無理ですって。やめときましょう。碌な結果にならないのが分かります」
「挑戦する前からそんなに気弱でどうする。いつもの魔術に取り組むぐらい真剣に殿下に接すれば、お前はいい子だからきっと気に入って下さるぞ」
この親馬鹿さんめ。私はそんなにいい子ちゃんじゃないぞ。
「……それともひょっとしてお前、もう意中のものがいるのか?」
わーっ! お父様のこのデリカシーなし! 親が子供の恋愛にどうこう言うべきじゃないぞ! 特に女の子に好きな人いるのとか聞いちゃダメだろー!
「まさかヴォルフなどではないだろうな?」
「いいえ。ヴォルフ先生はお慕いしていますが、年齢差はちゃんと理解しております」
私が4歳の時にヴォルフ先生25歳だから21歳差だよ。流石に離れすぎだよ。
「しかし、ヴォルフ以外にお前に近づいた男など見当たらないしな……」
「まだ意中の人はおりませんので」
まだ恋愛という甘酸っぱい果実を私は味わっていないのだよ、お父様。
「分かった。だが、新入生オリエンテーションには参加して貰う。言い訳は聞かない。フリードリヒ殿下に近づけとは言わないから、他の貴族子女と仲良くできるように努力しなさい」
「はあい……」
というわけで、結局私は危険物でいっぱいのクラスの新入生オリエンテーションに参加することになってしまった。
何も起こらないことを神様に祈っておこう。
南無南無。
…………………
次話を本日21時頃投稿予定です。




