悪役令嬢、奔走する
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──悪役令嬢、奔走する
それは突然として訪れた。
「アストリッド様!」
真・魔術研究部の部室で私が戦闘適合化措置の改良ができないかとベスと話し合っていたとき、ミーネ君が飛び込んできたのだ。
いや、ミーネ君は部員だから飛び込んできても別にいいのだが、その顔色が実に青ざめていたので、これは何かあったなと私に思わせた。
「ミーネ。そんな顔色をしてどうしたのさ? 世界が滅んだような顔をしているよ?」
「世界は崩壊してしまいそうですわ! アドルフ様が、アドルフ様が……」
「アドルフ様がどうしたのさ?」
「あの平民と密会しているのを目撃してしまったのです!」
ええーっ! エルザ君がーっ!?
いやいや。エルザ君はフリードリヒルートで確定したはずだ。今更アドルフの攻略を始めるとかありえない。エルザ君もアドルフには興味なさげだったし。
「気のせいじゃないかな?」
「しっかりと密会しているのを目撃したんです! その、その時に卑猥なセリフも聞こえてきて、あまり確認せずに飛び出してきたことは確かですが。でも、アドルフ様にあの平民が接触してきたのは事実なんです!」
う、うーん。ここでミーネ君の報告を鵜呑みにするわけにもいかないんだよな。ミーネ君の報告にはエルザ君のこととなるとバイアスがかかる傾向があるし、エルザ君とアドルフがちょっとあいさつしたぐらいかもしれない。
「本当に密会してたの? ちょっと会話したぐらいじゃなくて?」
「密会してましたわ! 第2体育館の裏で! し、しかも、アドルフ様があの平民に好意的な反応を示していたのです! その上に卑猥で!」
う、うーん。どうしよう、これ。
今更エルザ君がアドルフと接触するようなビッチだとは思えないし、恐らくことはミーネ君の壮大な勘違いか、何かしらの事情があってのことだと思うんだけどな。
「じゃあ、私が後でエルザ君に聞いておくよ。何をしてたのか」
「きっとあの平民は嘘を吐くに決まってますわ! ここはあの平民に断固とした立場で向かわなければなりませんわ! 最終的には学園から追放されるようにするべきですわ! 断固としてそうするべきですわ!」
ミーネ君は相変わらず過激だ。
「ロッテたちはどう思う?」
「あの平民は信用なりませんわ。以前、シルヴィオ様にも手を出そうとしていましたし、節度と言うものを知らないのでしょう。平民は平民らしくしておくべきですわ。アドルフ様と密会したなどとなれば、ヴァレンシュタイン家の名誉にかかわります」
「私もあの平民の方はちょっと調子に乗っているのではないかと思います。最近、どうやらフリードリヒ殿下と仲が良いようですが、それはフリードリヒ殿下が平民を憐れんで付き合っていらっしゃるだけですのに」
「平民の方と言うのは秩序を乱すようですわね。これだからあまり平民の方が入学してくることには賛成しなかったのです。平民の方々は貴族の礼儀作法と言うものや、常識をわきまえておられませんから」
ロッテ君たちもエルザ君に超絶批判的な意見ばかり……。
エルザ君もシレジア戦争で活躍して、聖女だの戦場の天使だの讃えられて、風当たりも少しはマイルドになったと思ったのにこれですよ。
このエルザ君を攻略するフリードリヒは相当苦労するかもしれないが、そこら辺は男のガッツで乗り切って貰うとしよう。
「まあ、まあ。エルザ君とアドルフ様の両方から意見を聞いておくから」
「それではアストリッド様のお手を煩わせてしまいますわ」
「気にしない、気にしない。友達が困っていたら助けるものだよ」
それにエルザ君がこれ以上危険な場所に踏み入るのは阻止しなければ。
「じゃあ、早速エルザ君から事情を聞いてくるね!」
私はそう告げると、真・魔術研究部の部室を飛び出して、エルザ君がいるだろう教室に向かったのだった。
願わくば、これがミーネ君の勘違いでありますように……。
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「エルザ君! ちょっといいかな!」
「はい。何でしょう、アストリッド様?」
エルザ君はいつものフレンドリーな笑みで私を出迎えてくれた。
「ちょっと気になる話を聞いたんだけど、聞いていいかな?」
「気になる話、ですか?」
私の質問にエルザ君がぽかんとする。
「そうそう。アドルフ様とエルザ君が密会していたって聞いて。何か事情があったの? それともこれはデマだった?」
「そ、その話はアドルフ様から口止めされていまして……」
エルザ君をアドルフが口止め?
ちょっと怪しくなってきたぞ。
「どうしても話せない?」
「アドルフ様に誰にも話さないと約束しましたので……」
アドルフが口止めするようなことってなんだ?
「しかし、アドルフさんと会っていたことは否定しないんですね」
と、ここで一緒について来たベスが一言。
「それは、その……。と、とにかく何もお話しすることはできません!」
エルザ君はそう告げて颯爽とこの場から退散していった。
「ベスー。エルザ君を苛めたらダメでしょ」
「あのまま話していても埒はあかなかったでしょう。手に入る情報はあのふたりが密会していたという情報だけです。ちょっとした揺さぶりをかけてみましたが、ぼろは出さなかった辺り、よほど固い約束をしているのでしょう」
ベスがエルザ君に意地悪するのをたしなめたが、ベスは知らぬ顔をしている。
「どうしますか、アストリッドさん? 別の方面から当たりますか? それともエルザさんを問い詰めますか?」
「うーん。ベスが言う通り、エルザ君からはこれ以上情報が得られないと思うんだよね。ここはひとつアドルフを直接攻撃しようと思う」
エルザ君はアドルフとの約束だから喋れないと告げている。いくらエルザ君を問い詰めても義理堅いエルザ君のことだから口を割らないだろう。
ここはエルザ君と密会した上に、なにやら口止めまでしているアドルフ! 彼女であるミーネ君を放っておいていかがわしいことをしていたのであったら許さないぞ! というかもう許さん!
というわけでアドルフの下にゴー!
「アドルフ様!」
「なんだ、アストリッド嬢」
円卓に行けば偉そうにふんぞり返っているアドルフを発見ですよ。
「アドルフ様。エルザ君といかがわしく密会しておられましたね。どういうことかご説明願えるでしょうか?」
「い、いかがわしくとはなんだ。知らないぞ、そんなこと」
「裏は取れているんですよ!」
しらばっくれても無駄だ! エルザ君は既に吐いているのだからな!
「さあ、男なら正々堂々と何をしていたか吐いてください!」
「な、何も言うことはない! いい加減にしてくれ!」
いい加減にするのはお前の方だよ! 正直に吐け!
「いったいどうしたのですか、アストリッド?」
「殿下には関係ありません! アドルフ様がエルザ君を人気のないところに誘い込んでいかがわしいことをしたことについて問い詰めているだけです!」
「エルザ嬢を……?」
私が告げるのにフリードリヒが目を見開いて、アドルフを見る。
そうだった。フリードリヒはエルザ君といい関係になってるんだった。
「アドルフ。どういうことか教えて貰えますか?」
「ご、誤解だ、フリードリヒ! 確かに会ったことは認めるがいかがわしいことなどしていないぞ!」
冷たい目でアドルフを見るフリードリヒにアドルフが首をぶんぶんと振って返す。
「本当ですか?」
「本当だ。信じてくれ」
疑わしいな。
「信じましょう。あなたは友人なので」
「助かる」
信じるなよ! このお人よし皇子! こいつ、絶対怪しいぞ!
「アドルフ様。ご説明を! エルザ君に何故口止めをしてまで密会したんですか!」
「た、大した用事ではない。ちょっと用事があっただけだ」
「ちょっとの用事でどうして口止めするんです!」
何を隠している、この二股男!
「そ、その、いろいろとあってだな……。とにかく、もう追及してくれるな! いかがわしいことなどしていないからな!」
アドルフはそう告げるとそっぽを向いてしまった。
こ、この野郎……。
しかし、大した情報は手に入らなかった。エルザ君も口を閉ざし、アドルフも知らん顔している。これでは何が起きたのかさっぱり分からないよ。
「うーん。どうしよう、ベス?」
「何事もなかったならそれでいいのでは?」
「よくないよ! エルザ君とアドルフの嫌疑が晴れないと、ミーネが納得しないし、私ももやもやするよ! エルザ君がこのことでミーネたちに苛められたら、私に責任が巡ってくるのかもしれないんだからね!」
「それは思い込みでは?」
失礼だな、ベスは! 事情を知っている数少ない人間なんだから、ベスにはしっかりして貰わなくちゃいけないっていうのに!
「とにかく、何か方法を探そう。どうしたらいいと思う?」
「そうですね。接触が一度だけとは限りません。またエルザさんとアドルフさんが接触するところを押さえて確認するというのはどうですか?」
「ナイスアイディア!」
アドルフの奴が一回で満足するはずがない。きっとエルザ君に更なる辱めを与えるためにまた呼び出すはずだ。そこを取り押さえて、学園からアドルフを追放してやろう!
……いや、追放するとミーネ君が悲しむので、土下座で許してやろう。
「ブラウ! アドルフを監視して!」
「ええー……。またマスターの思い過ごしじゃないですか?」
この妖精は反抗的だな。
「お菓子あげるからさ」
「なら、任せておいて欲しいです!」
相変わらずちょろい妖精だぜ。
「でも、マスター。ロートとゲルプはどうするのです?」
「ロートたちはイリスの見守りに当ててるから」
そうなのだ。ロートとゲルプの2名はイリスにヴェラ一味が手を出さないかと監視しているのだ。思わずほっこりする映像を送ってきてくれ──しっかりと監視してくれているので助かっている。
「じゃあ、アドルフさんを見張るです!」
「任せたよ、ブラウ!」
こうしてアドルフに監視の目を光らせることとなった。
「世界を滅ぼせる力を持ちながら、何をやっているんでしょうね、一体」
ベスがちょっと呆れ気味だったが気にしない!
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ブラウからの報告が入ったのは次の日の放課後だった。
『マスター! 対象Aが対象Eと接触したです! ああっ! どうやら第2体育館裏に向かうようですよ!』
「何っ!?」
やはりアドルフは獣だった! エルザ君をこっそり第2体育館裏に引きずり込んで何をするつもりだ! エルザ君の純潔が穢される前に私が守らねば!
「ベス! 出動だ!」
「はいはい」
もー。私の危機にも繋がるのにベスはやる気ないな―。
「まだ間に合うか……!」
ブラウは破廉恥な映像が映ることを危惧して退避させた。後は私たちがエルザ君の窮地に駆けつけるだけである! 急げ、アストリッド! 不埒なアドルフの顎に一撃をくらわしてやれっ!
「この先だ……」
「何故立ち止まるのです? 阻止するのでは?」
「いや。実際恥ずかしいことしてたらどうしようと思って……」
私が第2体育館の壁に張り付いて告げるのをベスが冷ややかに見ていた。
だ、だって、実際に破廉恥な行為をしているところに踏み込んだら、何て言えばいいんだい! 私だって恥じらう乙女だぞ! そういうのには免疫がないんだ!
「アドルフ様。それはいけませんよ……」
「ならこうか?」
げっ。エルザ君とアドルフたちの声が聞こえてきた。
「ああ。その調子です。そのまま力強く……」
「分かった。この調子だな」
な、何をやっているエルザ君っ!? 君から誘ったの!?
「ええい! 踏み込むよ、ベス!」
「はいはい」
私が思い切って第2体育館裏に踏み込むのに、ベスが続いた。
「そこまでです、アドルフ様! 破廉恥な真似は……ってあれえ?」
そこにはぴょんぴょんとジャンプしているアドルフとエルザ君がいた。
「……おふたりは何を?」
「……ブラッドマジックの練習だが」
え?
「ありゃ。見つかっちゃいましたよ、アドルフ様。よろしいので?」
「まあ、変に疑われるよりましか」
エルザ君が困った顔をするのにアドルフがため息をついた。
「ブ、ブラッドマジックの練習なら、なんで口止めしてたんです?」
「それはミーネ嬢が気にするからだ。これまではミーネ嬢から教わっていたのだが、どうにも上手く行かなくてな。エルザ嬢はブラッドマジックが得意だというから、教えては貰えないかと頼んだんだ」
「あー。なるほど」
ミーネ君の教え方が悪いってことはないと思うけど、ブラッドマジックに関してはエルザ君が上手だ。確かにエルザ君から教わった方が手っ取り早いだろう。
「もー。そういうことなら変に隠さないでくださいよ。私だって事情が分かればミーネに言ったりはしませんよ。秘密にしておきますよ」
「悪かった。だが、ミーネ嬢のことが気がかりだったからな」
はあー。骨折り損のくたびれ儲けだ。心配して損した。
だが、アドルフが確かにミーネ君を彼女として認定していることを確認できたのは良しとしておこう。こいつも、ちゃんとミーネ君に気を遣ってたしな。まあ、密会しているところを見られてたら意味がないんだけど。
だが、このことをどうミーネ君に伝えたらいいものか……。
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