悪役令嬢と何度か目の文化祭
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──悪役令嬢と何度目かの文化祭
今年も文化祭のシーズンがやってきた。
我が部でも再び感情調整お菓子を作ると同時に、私が戦闘適合化措置を実行して見せ、加えて今回はベスが血液占いをやることになった!
そう、ベスは私を監視するためということで真・魔術研究部に入部してくれたのだ!
「ベス。血液占いってナイフで切った指の血からでもできる?」
「そうですね。結果はいささか不明瞭になりますが不可能ではありません」
流石に来場した人にベスが噛みつくわけにはいかないので、ナイフで採取した血をベスに吸って貰って占おうと考えていたわけである。
「けど、基本的に血を吸う様子を見られたらアウトだよね?」
「まあ、あまり人はいい感触を受けないでしょう」
ううむ。血を吸うベスを見て貰ってもアウトか。
「となると展示としては厳しいな……。これは廃案にするべきかもしれない」
「方法があると言えばあるのですが」
「なになに?」
ベスが告げるのに私が身を乗り出す。
「方法としては表向きには普通の占いとして出し、裏方で私が実際に占うというものです。これならば問題はクリアできると思いますが、どうでしょうか?」
「ふむ……」
確かにそれなら血を吸われる場所を見られずに、占いの結果だけを告げることができるだろう。だが、それでは問題が残る。
「けど、それって似非占いをやってるように見えない?」
「確かに血液占いとは言い難い印象を相手に与えるでしょう」
そうなのだ。
ベスが実際に血液で占っているところを見せなければ、お客さんたちには血液占いだという印象を与えられないのだ。かといって、ベスが血を吸っているところをお見せしては些かドン引きである。
「うーん。この案はなしかな」
血液占いは諦めざる得ないようだ。
「ひとつ、思いついたのですが私の特技を活かした方法で血液占いを両立させることもできますが」
「なになに?」
今度は何だろうか?
「健康診断です。ブラッドマジックで相手の体をモニターして病気の兆候を突き止め、それが悪化するかどうかを血液占いで占うというものです。これならば占いという体面を取っていないので血を吸っている場面を見せなくとも問題ないのでは」
「なるほど!」
確かにそれはよさそうだ。健康が気になる人たちは大勢いるだろうし、健康診断の需要はあるだろう。それに健康診断をカバーストーリーにすれば、血液占いも問題なく行えるってもんだよ。
「いいね、いいね! その案でいこう! ちなみに健康診断だけだったら私にもできるかな?」
「ええ。多少の医学の知識が必要となりますが」
「……無理そうだ」
学園の生物学の授業でもアップアップなのに、医学とか無理難題である。
「なら、私はこの間と同じように戦闘適合化措置の披露に専念するよ。素人が人の健康に口出しするのはよくないからね」
「それでよろしいかと」
まあ、私はいつものようにドタバタと動いて回りますよ。
「ミーネたちは例のお菓子の準備はできてるかい!」
「はい、アストリッド様。準備できていますわ」
ミーネたちには今年はちょっと変わったお菓子作りを頼んでいる。
「ふふふ……。今年はベスがいたからこそ実現できた魔法のお菓子。食べると痩せられるお菓子だ!」
そうである。今年のベスの健康診断に次ぐ目玉展示物は、なんと食べても太らないどころか痩せられるお菓子である。
脂肪燃焼を促進するブラッドマジックが仕組まれたお菓子で、ベスがその手の話に詳しかったので実現できた。もちろん、大量に食べると死に至る恐れがあるのでほどほどにしておこうね。
ベスの健康診断といい、今年の真・魔術研究部は健康志向だな。
「では、本番に向けて準備を進めていこー!」
「わー!」
というわけで私たちは本番の文化祭に向けて着々と準備を進めていったのだった。
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待ちに待った文化祭!
今年は我が部も展示物があるのだが、展示ブースはどこかなー?
「げっ。また隅っこ……」
「すまん、アストリッド嬢。くじ引きで負けた」
「またー!?」
今年もベルンハルト先生がくじ引きで負けたので隅っこの展示ブースに陣取る羽目になってしまった。なんてこったい。
「畜生。こうなったら展示物の中身で勝負だ! 他の部には負けないぞ!」
「わー!」
この程度の逆境に負ける我々ではない! 今年はいろいろと魅力的な展示物を準備しているのでそれで勝負だ!
「早速準備しよう! ミーネたちはお菓子! ベスと私は健康診断のブース設置!」
「了解!」
私たちは手分けして、展示物の準備をする。ミーネたちがお茶とお菓子を準備し、私とベスは健康診断の際にベスが使用するブースを設置する。ベスのブースは血を吸っているのがばれないようにカーテンで覆っておく。
準備は20分程度で終わり、後は文化祭の開催を待つだけになった。
そして、爆竹が響き、文化祭の開催が知らされた。
「ベスと私の展示は午前の部は10時まで。ミーネたちも適当に休憩してね。後1回しかない文化祭だから楽しまないと損だよ!」
「はい、アストリッド様」
これが終わったら後は高等部3年の文化祭しか残ってないもんね。みんなには学園生活を満喫して貰わなくては。私たちで学士課程に進む子はいないから、受験勉強などで苦しむ必要もない。高等部3年の文化祭も満喫できるだろう。
さあ、来たれ、お客さん!
「お姉様!」
「おっ! イリス!」
最初にやってきてくれたのは、イリスとお友達だった。お友達といってもヴェラとその取り巻きたちだが。相変わらずこいつらはイリスを狙っているのではないかと、お姉ちゃんは心配だよ。
「お姉様。今年の展示物はなんですか?」
「ふふふ。ベスの健康診断と私の肉体魔術と食べると痩せるお菓子だよ!」
「食べると痩せるお菓子ですか?」
「まあ。イリスには用はないかな」
イリスってば全然太ってないしね。
「健康診断はこの間受けましたけど、また受けた方がいいでしょうか?」
「そうだね。イリスの体力が十分かどうかじっくりとベスに調べて貰うといいよ」
イリスはあれからぼちぼちと運動量を増やしているそうだが、それでもまだまだ虚弱なように見えるよ。身長とか凄く低いし、手とかも細いもんね。
「なら、私は健康診断を受けますね。よろしくお願いします、エリザベート先輩」
「はい。今回はもっと精密に検査してみましょうね」
イリスが告げるのに、ベスがイリスの手を取って健康診断を始めた。
「お菓子もおいしいよ! 食べても太らないからね!」
「夢のようなお菓子ですわ……」
ヴェラとヴェラの取り巻きたちは痩せるお菓子に目が釘付けだ。
ヴェラは少しデブ──ぽっちゃり体形なので、このお菓子には関心があるだろう。美味しいお菓子を味わえて、更には痩せられると来たらさぞ魅力的に映るに違いない。
「え? 血を取るのですか?」
「ええ。血液から分かることもありますから」
イリスの方は血液占いが始まったようだ。ベスが小さなナイフでシャーレにイリスの血を採取しようとしている。
イリス。採血は怖いかもしれないけど、ベスの占いは役に立つはずだぞ!
「では、調べてきますね」
ベスはそう告げると、ブラッドマジックでイリスの傷を癒し、血液の数滴滴ったシャーレを持ってブースの奥の検査室に向かった。
「うーん。今年は私の出番はないかもしれないな」
ベスの健康診断とミーネ君たちの痩せるお菓子が目玉で部長の私はすることがないです。お茶を淹れるためのお湯でも沸かす準備をしておくか。
火のエレメンタルマジックでお湯をごぽごぽと。
「結果がでました、イリスさん」
暫くしてベスが結果を持って戻って来た。
「少し体力が足りていないように思われます。ですが、今のように運動と食事を改善していけば必要な体力が付くものと思われます。この間の風邪もそうですが、体力があまり低いと病気になりやすいので気をつけてください」
「はい!」
うむ。ベスの的確なアドバイスだ。やっぱりイリスには体力が足りていなかったか。これからはよく食べて、よく運動しようね、イリス!
それからディートリヒ君たちが来たり、ヴェルナー君が来たり、他のお客さんが来たりといろいろなことがあった。
ディートリヒ君とヴェルナー君は健康診断を受けたものの健康そのもののお墨付きをベスから貰い、痩せるお菓子を食べて帰っていった。他のお客さんたちも健康診断に興味があるのか、ベスは忙しそうである。
「やあ、アストリッド。今年は展示物を出しているのですね」
く、来ると思ったぜ、フリードリヒ!
お前が来ることは予想済みだ! そのために罠も準備してある!
「殿下。是非とも健康診断を受けていってください。皆さんに好評なのです」
「そうなのですか。では、お願いします」
上手くフリードリヒをベスの方に誘導した。ベスにはフリードリヒが来たらやっておいて貰いたいことがあることは事前に伝えてある。それにものの見事に引っかかってくれれば、万々歳だ。
「では、殿下。血を失礼します。痛み止めのブラッドマジックは必要ですか?」
「いえ。ブラッドマジックは結構ですよ。防壁を解除するのが些かややこしいので」
ベスが確認するのに、フリードリヒが首を横に振る。
やはり皇族には特別なブラッドマジック用防壁が講じられているか。こいつを呪い殺すのは無理そうだな。もっとセラフィーネさんに防壁破りの魔術を習っておけばよかったかもしれない。
「それでは、失礼して」
ベスはそっとフリードリヒの親指をナイフでぐさっとして血を出す。もっと思いっ切りぐさってしていいのに。貫通するぐらいやっていいのに。
ベスはフリードリヒから血を採取すると奥の検査室に持って行った。
「アストリッドは何かされないのですか?」
「私の出し物は以前と同じなので特に興味はないかと」
いいから、お前は黙って結果を待ってろ。
「アストリッド嬢。こっちのお菓子は何なんだ?」
「そちらは食べると痩せるお菓子ですよ。アドルフ様には必要ないかと」
アドルフとシルヴィオはミーネ君とロッテ君という自分の彼女が展示しているお菓子が気になるのか覗き込んでいる。それは悩める乙女の食べ物であって、お前らのように美形が約束されている奴らのためのものではないよ。
「お待たせしました」
暫くしてベスが戻って来た。
「健康に特に異常はなさそうです。ですが、最近ストレスを受けておられる様子が見られます。あまり強いストレスを継続して受けますと体調にも影響がでますので、ストレスを発散するための方法も考えておいてください」
「……ありがとうございます、エリザベート嬢」
へー。フリードリヒもストレスというのものを受けるのか。いつもへらへらしているから分からなかったぜ。
「では、頑張ってください、アストリッド」
「ええ。まあ、私がすることは今回はなさそうですが」
フリードリヒがきざったい挨拶と共に去っていった。
「……で、ベス。どうだった?」
「あまり先行きがいいとは言えないと出ました。これから大きな試練に立ち向かうことになるだろうと。その判断次第では破滅する恐れもあるとすら」
「おおー」
ベスにはフリードリヒの健康のみならず、今後についても占っておいて貰うことを頼んでいたのだ。フリードリヒが今後破滅する運命にあるのかどうか。
エルザ君には悪いが、今のところフリードリヒは私の敵だ。その破滅を願ってやまない相手である。今後破滅してくれるなら大変喜ばしい。
ベスの言葉では何か大きくて苦しいイベントがあって、それの判断次第で破滅するそうだが。そのイベントというのは私が引き起こす帝国内戦ではなかろうか。そうに違いない。奴は私との戦争で破滅するのだ。
「よしっ! 勝った!」
「何が勝ったですか。これは別にあなたの破滅が回避できる条件ではありませんよ」
私が拳を突き上げるのに、ベスが冷ややかに突っ込んだ。
「勝ったよ。これは勝った。奴は破滅するのだ! ウィナー、私!」
「もう何も言いません」
私がひとりで勝利を確信しているのに、ベスはそっぽを向いてしまった。
その後、初等部の学生たちが来て、健康診断や痩せるお菓子には興味を示さず、私と戯れることになった。初等部の学生たちは私がどんな球でも弾き返して見せるのに興味津々でどうやっているのかとしきりに尋ねてきて実に可愛かった。
そして、私とベスは午前の展示を終えると、演劇部の劇を見に行った。
今年の劇は“狼男の花嫁”という喜劇で、ひょんなことから狼男の悪名を持つ貴族の家に嫁入りすることになった少女の話であった。この狼男というのは周囲の勘違いで、実際は心優しき貴族であり、少女は次第に打ち解けていくという話だ。
ヒロインを演じるイリスの演技はやはりプロ並みであり、私は始終笑いをこらえるのに苦労した。ベスの方はずっと無言で、ただただ演劇を眺めていた。
中等部に入って演劇部に入部したヴェルナー君もちょい役ながら出演しており、彼の演技も忘れられないほどいいものだった。
「面白かったね、ベス!」
「そうですね。ですが、実際の人狼はあんなに生易しいものではありませんよ」
何それ怖い。
その後私たちはイリス、ヴェルナー君、ディートリヒ君と合流し、文芸部やら料理研究部、新聞部などの定番コースを見て回った。
私は文芸部でまたいい評論本を手に入れたと思ったら作者がまたシルヴィオだったり、料理研究部では今年はB級グルメ特集だったり、新聞部ではシレジア戦争従軍記が張り出されており、そこに赤の悪魔として私が登場していたり……。
まあ、いろいろなことがあった文化祭だった。
来年も無事に楽しめるといいんだけどなー。
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