悪役令嬢と地味な吸血鬼さん
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──悪役令嬢と地味な吸血鬼さん
週末!
今日はベスと買い物に行くのだ!
買うものは洋服!
ベスってば自分はロリババアだから地味なのしか着ないっていうし、ここは私がコーディネートしてあげようと思うのだ! これから長い付き合いになるであろうベスとの親交を深めるためにも!
というわけでいつものようにエーペンシュタイン広場のちょっと考える人の像の前で待ち合わせである。ミーネ君たちも呼んであるし、イリスも来るって言うので賑やかになりそうだ!
「お待たせしました、アストリッド様!」
「おー! ミーネ!」
相変わらず待ち合わせ場所には私が一番乗りだ。
ミーネたちが到着し、イリスが到着し、私たちはベスの到着を待つ。
「お待たせしました、アストリッドさん」
そして、満を持してベスの登場だ。
……って、あれえ?
「ベス。ひょっとして今日お葬式とかだった?」
ベスの纏っているドレスは真っ黒なのだ。お葬式に行くのかな?
「いいえ。私は普段からこういう服装です。理にかなっているので」
「ええー。どこがー」
「ブラッドマジックを行使するのに、血を流しても黒い服ならばそこまで目立ちません。それに私は冷え性の気があるので、太陽の光を吸収する黒い服がいいのです。合理的ではないですか」
「ええー」
そりゃ合理的だろうけど、いつも真っ黒な服ってお葬式みたいで陰気だよ。
「それじゃだめだよ! もっとお洒落しようよ! せっかくの学園生活なんだから!」
「……私の事情はあなたがご存知でしょう、アストリッドさん。色鮮やかなドレスで着飾る時期はもう終わったのです」
「今は学生でしょ!」
確かにロリババアであるベスが若者のようにお洒落することに抵抗があることは分かる。だが、今のベスは学園の学生で、私の級友だ。ならば、もっとお洒落したっていいじゃないか!
というわけで、今日は楽しく買い物だ!
「はあ。あまり気は進みませんが」
「何言ってるんだい。これはベスのためでもあるんだからね!」
ベスは明らかに気乗りしていない様子だが、気にしない!
「ではレッツゴー!」
向かうお店はひとつである。
「こんにちは、ダニエラさん! 今日も級友を連れてきました!」
「あらあら。いらっしゃいませ、アストリッド様とご学友様方」
お洒落するならダニエラさんのお店である。それなり以上に値は張るが、最近流行の品がゲットできるいい場所だ。ベスにお洒落させるならここしかないと思っていたよ。
「今日はこの子にぴったりのドレスを探しに来ました! よろしくお願いします!」
「はい。畏まりました」
私がベスを指し示すのにダニエラさんが頷く。
「しかし、黒のドレスがお好みなのですか?」
「ええ。これが合理的なので」
ベスってばまだそんなことを言ってるんだから。
「待って、ダニエラさん! 黒に限らず、最近流行りのドレスをジャンジャン持ってきてください! ベスほどの美少女が黒ばっかり着てるのはもったいないでしょう? なので色鮮やかなものを!」
「そうですね。お似合いになるドレスがいくつかあると思いますわ」
私がそう告げるのにダニエラさんが頷き、ベスは露骨に嫌そうな顔をする。そんな顔をしたって私は止めないぞ!
「これなどどうでしょう? 最近流行の品ですよ」
そう告げてダニエラさんが持ち出したのは、ピンク色のロリータドレスだった……。
いや、流行ってるのか、本当に。こんなの着てる人見たことないぞ。
ベスは拒絶を通り越して失神しかかっている。ベス、しっかり!
「一度着てみられてはどうでしょうか?」
「そ、そうだね! 着てみよう、ベス!」
ドピンク色でメンタル病んでそうな人が着てそうなドレスだが、もしかするとベスには似合うかもしれない。物は試しだ。やってみよう!
「こ、これを私が……?」
「試着室はあちらですわ。今のドレスはお預かりしますわね」
ベスが戦慄しているのに、ダニエラさんがベスを試着室に押し込むと、手早くベスの喪服のようなドレスを脱がしてしまった。これでベスはあのドピンク色のドレスを着るより他なくなったわけであるが……。
「これでいいですか……」
暫くしてベスが試着室からこの世の終わりのような顔をして出て来た。
う、うーん。ベスの顔色が青白いこともあって、ドピンク色が浮いている気がしてならない。ロリータ自体は悪くないと思うのだが、いかんせん色彩の暴力が酷すぎて、ベスが嫌がるのも納得である。
「も、もうちょっと他の色のはありませんか、ダニエラさん?」
「ええ。他の色もございますよ」
そう告げてダニエラさんは明るい青色のちょっと抑え目なロリータドレスを持ってきた。これならベスにも似合いそうである。
と言うか、最初からそっちを出そうよ。ドピンク色はないでしょ。
「とりあえず、これを着てみようよ、ベス!」
「あまり派手過ぎませんか? いえ、先ほどの比べれば遥かに抑えられていることは同意しますけれども」
ベスはこのドレスも嫌なのか。
だが、このドレスを着せるぞ! ダニエラさんゴーッ!
再びベスはドレスを押収されて、青色のロリータドレスを着る羽目になった。
「……これでよろしいでしょうか」
「わーっ!」 似合ってるよ、ベス!」
ベスの儚げなげで病弱そうな様子に青色のロリータドレスはぴったりだ!
「なんだか落ち着きませんね。このようなドレスを纏うというのは」
「似合ってるからいいじゃん! ミーネたちもイリスも似合ってるって思うよね?」
「はい。エリザベート先輩にそのドレスはよくお似合いだと思いますよ」
見たまえ。わが妹もそう言っているじゃないか。
「そうですか。なら抵抗せず運命を受け入れるとしましょう……」
ベスは渋々という具合にドレスを受け入れた。
「ダニエラさん、これお買い上げで! それからもうちょっと他の色のとか意匠が違うドレスも持ってきて貰えますか?」
「はい。お任せください、アストリッド様」
私がダニエラさんにそう告げるのに、ベスが絶望的な表情を浮かべていた。
ふふふ。ドレス一着ぐらいでやめる私ではないのだよ。これからたっぷりと着せ替え人形にしてあげるからな……。
「ではこれを──」
「これは露出が高すぎでは……」
ベスはあれやこれやとダニエラさんが持ってきたドレスに着替え、その度に顔を赤面させて恥ずかしそうにしていた。パーフェクトな性格のベスかと思ったけれど、こういう時はポンコツになるのだというのがよく分かる場面であった。
「これとこれでドレスは結構です。他には必要ありません」
「ベス。円卓では懇親会があって、そこでもドレスを着ることになるんだよ。だから、覚悟を決めて他のドレスも選んでおこうね。どうせ、夜会用のドレスも黒ばっかりなんでしょう?」
「はあ……。だから嫌な予感がしたのですが……」
というわけで今日はベスの夜会服もセレクト。
色は赤色がいいということで、赤色のドレスを選んだ。これも露出の多いアダルティな品だが、ベスなら着こなせるはずである。ベスって意外にスタイルがいいからね。ペタン族の私とは違うのだ。
「これだけ買えばもう十分でしょう。当面ドレスは必要ないはずです」
ベスはちょっと怒り気味にそう告げた。
「もっといろいろあるのにー」
「必要ありません」
ちぇっ。拒否られちゃったぜ。
「なら、次はアクセサリを揃えに行こう! いいお店を知ってるから!」
「はあ。では、私は会計を済ませてきます」
「いやいや。私が強引に誘ったわけだし、会計は私が済ませるよ」
ベスを無理やり高いお店に連れてきて、代金を支払わせるのは非人道的である。ここは私が支払っておかなければ、今月のお小遣いは手付かずだから、安心して支払えるぞ!
「では、3点で100万マルクになります」
おおう。100万マルク……。私の将来の貯蓄を考えるのならばあり得ないのだが、ここはベスのためである! 私が支払う!
「私も半額支払いますよ、アストリッドさん。あなたにはちょっと高額でしょう」
「う、うーん。でも、私が強引にベスを誘ったわけだから……」
「ご安心を私はローゼンクロイツ協会から給与を受け取っており、かつ富豪で名高いドナースマルク侯爵家の支援を受けているのですから」
そうだった。ベスはドナースマルク侯爵家のご令嬢だった。今の身分では。ドナースマルク侯爵家はかなりの富豪だと聞いているし、これぐらいは余裕なのかもしれない。それにベスってばローゼンクロイツ協会からお給料も貰ってるみたいだしな。
「じゃあ、お言葉に甘えて半額をお願いします」
「では、この50万マルクをどうぞ」
というわけで私はベスのドレスを新調することに成功した。帰りの道では早速購入した青色のロリータドレスを披露だ。
「エリザベート先輩、とてもお似合いですよ」
「ありがとうございます、イリスさん」
イリスとベスは良い感じの仲になっている。
「エリザベート様。ドレスは大変お似合いですよ。まるで芸術のようですわ」
「それは過大評価かと」
ミーネ君が告げるのにベスがすげなく返す。
もー。とっても似合ってるのになー。
「ベス。笑顔、笑顔。人間、笑っていると魅力的に見えるよ」
「笑顔ですか。思い出し笑い程度ならしますが」
お、思い出し笑いって。
「私と話していたとき自然に笑っていたじゃん! その意気で行こうよ!」
「あれはアストリッドさんが面白かったので」
わー! 私は笑われるようなことはしてないやい!
「もうっ! 次はアクセサリーだよ! ベスってばネックレスすらしてないんだから」
「下手なものを身に着けると呪殺される恐れがあるので」
何それ怖い。
「ですが、店売りの品にそういうものはないでしょう。行くとしましょうか、アストリッドさん?」
「うん! 行こう!」
というわけで私たちはアクセサリーを購入しに、宝石店を訪れた。
ミーネ君たちも真剣な目つきで値札とにらめっこしている。イリスの方もこれはお姉様に似合いますよといろいろなアクセサリーを勧めてきた。
肝心のベスは始終興味なさげで、私が強引にダイヤのネックレスを買わせた。この世界ではダイヤのエレメンタルマジックで生成できるのでそこまで高くはない。
これでベスも見違えるようになったぞ。陰気な喪服美少女が、最近のイケてる女子になった感じだ。ベスには用がない学生生活だろうけど、こういうことでちょっとずつ喜んでもらえればいいなって思います。
私はイリスに可愛い指輪をプレゼントし、イリスは大切にしますと言ってくれた。
うんうん。ベスもイメチェンして、イリスは可愛くて、ミーネ君たちも面白くて、私の人生は最高に充実してるって感じだよ!
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