表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

126/181

悪役令嬢、いろいろと漏れる

…………………


 ──悪役令嬢、いろいろと漏れる



 ベスが何か用事があるというので、私は付いて行った。


 ベスが向かった先は──。


「職員室?」


「ええ。ちょっとここに用事があります」


 職員室に何の用だろう。


「失礼します」


 ベスはそう告げて職員室に入っていった。


「ベルンハルト先生はおられますか?」


「ベルンハルト先生? ああ、あの人は休憩に出たよ」


 え? ベスってベルンハルト先生に用事があるの?


「いつ頃お戻りに?」


「さあ。あの人もたいがい気まぐれだからね」


 ベスはどういうわけかベルンハルト先生を探しているのか。


「ベス。ベルンハルト先生の居場所には心当たりがあるよ」


「そうですか? なら、案内を願えますか?」


「もちろん!」


 何の用か知らないけど案内してあげよう!


 ベスのことだから悪い用事じゃないだろうし!


 ……と、この時の私は思っていました。


「ほら。ここだよ、ベス。ベルンハルト先生はよくここでさぼってるんだ。このことは他の先生たちには内緒だからね?」


「ええ。私が今から話すことも内密に願います」


 な、内緒の話ってなんだ……? ベスを連れてきたのはまずかったのだろうか……。


「ベルンハルト先生! 今お時間いいですか!」


「あー……。アストリッド嬢か。それにエリザベート嬢も。何の用だ?」


 私が先手を打って先生に話しかけるのに、ベルンハルト先生は面倒くさそうに私たちの方を振り返った。


「お久しぶりです、ベルンハルト。今では立派に“先生”のようですね」


「はあ。“エンゲルハルト”が今更俺に何の用だ? それにお前と最後に会った時はとっくに教師だったぞ」


 え? え? え?


 なんでベルンハルト先生のことをそんなに呼び捨てにしているの、ベス? ベルンハルト先生はなんでベスのことエンゲルハルトの一族だって知ってるの?


「ベルンハルト“先生”はローゼンクロイツ協会の非公式協力員です。学園内の災厄に該当するかもしれない魔術師の卵について報告するのが彼の任務でした。もっとも、あなたのことは意図的に伏せられていたようですが」


「え? ベルンハルト先生もローゼンクロイツ協会の構成員なの?」


 それに私について意図的に伏せられていたってどういうことだい。


「ベルンハルト“先生”。もっと早期にアストリッドさんについては報告できたのでは。少なくとも彼女が炎竜を単騎で討伐したと判明したときには、ひとつぐらい報告を寄越すべきでしたでしょう」


「お堅いエンゲルハルトは相変わらずだな。可愛い教え子を災厄になんかに指定させたくはなかっただけだ」


 ベスが責めるような口調でそう告げるのに、ベルンハルト先生は肩を竦めた。


「ですが、現実問題として災厄は生まれた。もっと早く措置を取っていれば、オストライヒ帝国の崩壊は防げたのでは?」


「希望的観測だな。俺はアストリッド嬢のことを変わり者だとは思っていたが、災厄に指定されるような危険な魔術師だとは思っていなかった。俺が話を聞く限りではロストマジックが使われた形跡もなかったしな」


 ベルンハルト先生は私のことを庇ってくれているのだろうか。


「ですが、炎竜を単騎で討伐となればロストマジックの可能性を疑うべきでした」


「いいや。アストリッド嬢は自分の力で炎竜を倒している。それは確かだ。使い魔も危険なブラッドマジックも何もなし。だから、俺は報告する意味はないと考えた。それだけの話だよ」


 ベスとベルンハルト先生の間で不穏な空気が流れている……。


 ここはひとつ私が場を和ませなければ!


「ベスって学園の制服似合ってますよね! とても数百歳とは思えないぐらい!」


「ぷっ。ああそうだな。実によく似合ってるぞ、その制服」


 私とベルンハルト先生がベスをからかうのに、ベスはむっとした表情を浮かべた。


「似合わないと言えば、学園で教師をしているあなたの方でしょう、ベルンハルト。あれだけの問題児がよく学園の教師になれたものです」


「問題児ってほどでもなかっただろう。ちょっと魔術の探求に精を出していただけで」


「広範囲に撒き散らされたブラッドマジックで同級生を一時的ながら錯乱状態に陥れたのは、ジョークとしてはあまり笑えるものではありませんでしたが」


 ……ベルンハルト先生も無茶やってたんだなー……。


「で、お前の用件ってのは何だ? そうやって過去のことを今更とやかく言うつもりで来たのか?」


「ローゼンクロイツ協会として災厄に指定されたアストリッドさんの監視役に私が任命されました。そのことであなたにご挨拶を、と思いまして」


「わざわざご苦労さん。俺の教え子から災厄指定が出るとは思わなかったが……」


 ベルンハルト先生が呆れたような諦めたような表情で私を見る。


「彼女は歴とした災厄ですよ。ロストマジックを行使し、オストライヒ帝国を単騎で葬り去った。それだけでも災厄に指定されるには十分です」


「たかが国ひとつが潰れただけだろ。それでアストリッド嬢の一生を監視し続けるっていうのか。俺には些か酷な対応に思えるけどな」


 ベルンハルト先生は私が災厄であることに反対してくれているのか!


 やっぱりベルンハルト先生はいいな……。陰ながら支えてくれるとは……。


 そうだ! ベルンハルト先生に私の秘密も分かっていることだし、お婿さん候補にもってこいなのでは! そうだ! そうだぞ、アストリッド!


 まあ、お父様たちが反対されるのが目に見ているから無理だけど。


「あなたが何を言おうとアストリッドさんは災厄に指定されました。これからは、彼女の監視についてご協力を願います。ベルンハルト“先生”?」


 ベスが淡々とそう続けるのに、ベルンハルト先生はため息をついた。


「俺がここで反対したって意味はないんだろう? 好きなようにしろよ。ただし、学園の範疇でな。外のことについてはもみ消ししかねるぞ」


「それで結構です。それでは幸運を祈ります、ベルンハルト」


「呪殺屋に幸運を祈られてもな」


 なんだろう。ベスとベルンハルト先生が遠慮なく親し気に話していると嫉妬の心が芽生えてくるぞ……。


「ベルンハルト先生! この間の戦争では私、大活躍だったんですよ! 迫りくるオストライヒ帝国軍をちぎっては投げちぎっては投げして無双状態だったんです!」


「そんなことしてるから、ローゼンクロイツ協会に目を付けられるんだよ」


 ごもっともです……。


「それにお前の活躍なら新聞で読んだぞ。赤の悪魔が帝国を救ったってな。後方でのんべんだらりとやっていた教師陣は恥を知るべきだろうな。俺を含めて」


 ベルンハルト先生は自嘲するようにそう語る。


「そして、たかが国ひとつと言いながら、そのたかが国ひとつの戦いに調停もしなければ加勢もしなかったローゼンクロイツ協会もな」


 ベルンハルト先生が皮肉気にそう告げて、ベスを見る。


「ローゼンクロイツ協会は個々の戦争には関わらない。我々は政治的に中立である。そのことはあなたもご存じのはずです、ベルンハルト。我々はあくまで魔術の管理者。戦争の調停者ではないのです」


「そうかい。魔術師の監視役ってだけで何もしないのか」


 ど、どうやらベルンハルト先生とベスは仲が悪そうだ……。


「わ、私のことはいいですから! 自業自得ですから! 魔女協会とか怪しい組織に接触したのも自分でやったことですから!」


「魔女協会とまで接触してたのか? 連中に何かされなかったか?」


「な、なにもされてませんよ。いい人たちだと思ったんですけどねー」


 カミラさんも、ヴァレンティーネさんも、セラフィーネさんも、みんないい人だと思ってたんだけどなー。セラフィーネさんはエルザ君に呪いのようなものをかけてしまっているし、今では断言できない。


 それがちょっと悲しい。


「まあ、学園でローゼンクロイツ協会が行動することは学園長も知ってるんだろう?」


「ええ。一応は。誰を監視しているかまでは告げていませんが」


 学園長のおじじも知ってるのか。


「なら、勝手にしろ。俺はどうこう言える立場にはない。所詮は非公式協力員だからな。ちょっとしたことで協力するだけだ。過度な期待はするな」


「それで結構です」


 ベルンハルト先生が改めて確認するようにそう告げ、ベスが頷く。


「それにしても魔女から何を教わった、アストリッド嬢?」


「空間操作とか使い魔の作り方とかですね。そんなに危険なものは流石に教わってないですよ」


「使い魔というといつも連れている妖精か?」


「まあ、それもあるんですがもう1体、重要な子がいまして」


 そう告げると私は空間の隙間を小さく開く。


「フン。くだらない揉め事に巻き込まれているようだな、我が主人」


「おいおい……。フェンリルかよ……」


 フェンリルが顔を出すと、ベルンハルト先生が引き気味にそれを見る。


「これがシレジア戦争中に確認されてたフェンリルですか」


「エンゲルハルトの吸血鬼。忌々しい。自分たちは魔術を禁じているにもかかわらず、自らの寿命を引き延ばすために禁呪に身を染めた呪われた一族。卑しい呪い殺しのエンゲルハルト」


 フェンリルはベスの方を僅かに匂うとそう告げて牙を剥き出しにした。


「ええ。なんとでもおっしゃってください。ですが、私たちがあなた方を危険視することは変わりません。あなたのような危険な魔獣を使役しているなど、脅威以外の何物でもないでしょう」


「魔獣ではない。神獣だ、小娘」


 うわっ! フェンリルがめっちゃベスのこと睨んでる!


「フェンリル、ハウス! ハウス!」


「ふん。つまらん」


 フェンリルがベスに噛みつく前に私はフェンリルを空間の隙間に戻す。


「とまあ、このような使い魔もおりまして」


「やりすぎだろ」


「ハハハ」


「ハハハじゃない」


 笑ってごまかそうとしたが上手く行かなかった。


「これで彼女の危険性は明白になりましたね、ベルンハルト?」


「まあ、そうだな。学園にフェンリルを持ち込まれるとは思わなかった」


 ペット持ち込みは基本禁止だよね。


「これからそのロストマジックで騒動を起こしてくれるなよ、アストリッド嬢?」


「はーい」


 まあ、シレジア戦争も終わったし、次の危機は帝国内戦だけである。帝国内戦となれば、学園はもはや関係ない。私は私を陥れようとする連中を叩きのめすだけである!


「というわけで迷惑はおかけしませんよ、ベルンハルト先生!」


「そうであることを願いたいね」


 とまあ、そういうことで私とベスとベルンハルト先生の会合は終わった。


 いろいろとショッキングなこともあったが、また変わりない毎日が送れるだろう!


…………………

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新連載連載中です! 「西海岸の犬ども ~テンプレ失敗から始まるマフィアとの生活~」 応援よろしくおねがいします!
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ