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悪役令嬢の葛藤

…………………


 ──悪役令嬢の葛藤



 今日も円卓にやってきた。


 今日はベスと一緒にである。ベスにイリスを紹介しておきたいのだ。


 それと今日はちょっと面倒くさい話題がある……。


「ああ。来ましたか、アストリッド」


 で、入ってそうそうフリードリヒである。不愉快な気分になるなー。


「エリザベート嬢もご一緒のようで。あなたを円卓に歓迎しますよ」


「ありがとうございます、殿下」


 ベスもドナースマルク侯爵家令嬢ということで、円卓に招待されていた。侯爵家で大金持ちとなると円卓に招かれないはずがないのだ。ここは高級貴族が孤立しないようにするための場所なので。一応は。


「ところで、アストリッド。本日の議題ですが──」


「イリス! これがこの間話していたベスだよ!」


 私はフリードリヒが何事かを発する前に先制して話題を潰す。対フリードリヒ戦術として確立されてきた戦法だ。


「エリザベート先輩ですね。よろしくお願いします」


「こちらこそ。可愛らしい従妹さんですね、アストリッドさん」


 ベスもたいがい病弱そうだけど、イリスもまだまだ病弱そうなんだよな。今のところ大きな病気は患っていないけれど、いつ災いが降りかかるかお姉ちゃんは心配だよ。


 だが、ひとつだけ安心できるのはブラッドマジックの専門家であるベスが友達になってくれたことだ。彼女なら大抵の病気は治療できるだろう。だから、ベスと仲良くしてね、イリス!


「……お姉様。ちょっといいですか?」


「なになに?」


 いつものようにイリスが私の制服の裾を掴んで告げるのに、私はイリスに引っ張られるまま円卓の外に出た。


「お姉様はいつのまにあの方と仲良くなられたのですか? お姉様があだ名で呼ばれる方は少ないですし、それにドナースマルク侯爵家と付き合いがあったとは聞いていません。お姉様はどうしてエリザベート先輩と仲がいいのですか?」


 そう告げるイリスの言葉の端々には嫉妬の色が感じられる……。


 た、確かに幼少のころからの付き合いであるイリスにベスの幼少期にお世話になりましたという言い訳は通じない。そこから不信感が広がるのはやむを得ないだろう。


 それにイリスは私の一番の友達という立場を守りたいんだと思う。それなのに私がベスを馴れ馴れしく紹介したものだから、イリスはおこなんだね。


「イリス。あなただけには伝えておくね。ベスはとある事情で私の身辺警護に当たっている人物なんだよ。その中には私がシレジア戦争でやりすぎたようなことを防ぐという役割もあるんだ。だから、ベスは私の友達であり監視役なの」


「お姉様が監視されているのですか?」


 私の言葉にイリスが驚いたような表情を浮かべる。


「監視と言っても悪いことをしてるわけじゃないからね? あくまで私が危険な目に遭って、またシレジア戦争のようなことになるのをさけるためだから」


「そうなのですか……」


 これでイリスは納得してくれただろうか。


「事情は分かりました。お姉様が危険な目に遭わないようにしてくれるならば、それは素晴らしいことです。ここ最近のお姉様は危険な場所に行かれていますから」


「そ、そうだよ。ベスがこれからはサポートしてくれるから安心だね」


 と、とりあえずイリスが納得してくれたからよしとしよう。


 というわけで、私たちは再び円卓に戻る。


「エリザベート先輩。改めましてよろしくお願いします」


「ええ。よろしくお願いします」


 先ほどのイリスと違ってにこやかな笑みでベスに接する。


「ベスはブラッドマジックが得意なんだよ! 健康診断しておかない?」


「健康診断ですか?」


 この学園は健康診断というものがないのだ。なので、イリスが重篤な病気にかかっていても誰も分からないのである。


「一度、体内をモニターするだけです。やりますか?」


「お姉様が勧めるなら……」


 勧めるよ! 滅茶苦茶勧めるよ!


「では、お手を失礼して」


 ベスはイリスの手をそっと握ると、神妙な顔つきでその手を握り続けた。


「結構です」


 そして、暫くしてイリスの手を離した。


「風邪の初期症状がみられましたので治療しておきました。体のだるさなどは取れたのではないでしょうか?」


「あれ? そう言われればなんだか体が楽になった気がします!」


 え? イリス、風邪ひいてたの? お姉ちゃん気付かなかったよ……。


「ありがとうございます、エリザベート先輩」


「いえ。この程度でしたらいつでも」


 イリスの瞳にベスへの信頼の色が見える。


 イリスがベスのことを信用してくれたのは嬉しいけれど、なんだか嫉妬の心が芽生えてしまう……。私も風邪くらいブラッドマジックで治せるようになれないかな……。


「……アストリッド。そろそろいいでしょうか?」


 ああ。忘れてたよ。お前がいたんだったな、フリードリヒ。


「なんでしょうか、殿下? 殿下も健康診断を?」


「いえ。その話題ではなく、次の会長を決定する議題です」


 はー。憂鬱なことにこの話題があったのだ。


 代々円卓では会長を務めるのは高等部2年生。今年はシレジア戦争の影響があって決定が遅くなったけれど、戦争が終結した今、新しい会長を決定しなければならない。


 私も高等部2年なので今年の会長選びを考えなければならないのだ。


「フリードリヒ殿下でいいのでは?」


「それは話し合って決めましょう。円卓の会長は代々女性ですから」


 面倒くさいー。お前でいいじゃん。


 そう言ってもしょうがないので、私たち高等部2年と3年の学生はトコトコと会議用のテーブルに集まる。私は目立たないように一番隅の席に座り、隣にベスを設置してガードした。私は端から話し合いになど参加する気はないのだ。


 運命の高等部3年が迫るのに暢気に円卓の会長選びなどやってられるか! 私は引きこもらせて貰う!


 と言うわけで私はベスの陰に隠れて、知らぬ存ぜぬ顔をしておく。


「では、今年度の円卓の会長について話し合いたいと思います。まずは、アストリッドから意見をどうぞ」


「!?」


 て、てめー! フリードリヒー! こっちが隠れてるのに、話題を振るなー!


「それはフリードリヒ殿下でいいのではないでしょうか! ここはもっとも高貴な身分の方が会長を務められるのが一番いいかと思います! 以上!」


 フリードリヒ、てめーがやれ!


「ですが、円卓の会長は代々女生徒が務めています。ここは女性にするべきでは?」


 とクソッタレな意見を述べるのはシルヴィオ。


 お前は余計なことを言うな、この戦場童貞。ここはフリードリヒでいいだろ。それかお前がやれ。他人に押し付けようとするんじゃない。


「別に男がやってはいけないという規則はないのだろう? それならフリードリヒがやるのが一番いいと思うが。フリードリヒを置いて会長というのもやりにくいだろう」


 おっ! いいこというな、アドルフ!


 そうだぜ! フリードリヒという奴がいながら会長やるのって大変だぞ! 中途入社してきたベテランさんの上司をやるぐらい面倒くさいだろう! そういうことが実際あるのかよく分からないけど!


「意見が分かれたようなので、立候補者を募って投票で決定しましょうか?」


「それでいいかと」


 民主主義万歳! 立候補しなければ安全地帯である!


「自薦他薦ともに結構ですので、候補者を上げましょう」


 おい。他薦はやめろ。


「やはり女性となるとアストリッド様が一番適任ですね」


「では、まずアストリッドを」


 うわー! いきなり地獄に叩き込まれたー!


「ベ、ベス。ブラッドマジックとかで流れ変えられないかな?」


「なんでそんな小さなことに人の意志を操る危険な魔術を使おうというのですか」


 ぐぬ。正論過ぎて何も言い返せない……。


「はいはい! フリードリヒ殿下が絶対にいいと思います!」


 ええい! こうなりゃ、こっちも他薦で対抗だ!


 フリードリヒ! お前がやれ!


「他には?」


 ここでうっかりシルヴィオやアドルフを他薦してしまうとフリードリヒに向かう票が割れ、結果として私が当選しかねなないので他薦はもうしない。なんという戦略的選挙計画であろうか。流石です、アストリッド!


「では、私とアストリッドで投票を行いましょう。まずはアストリッドを会長にと言う方は手を上げてください」


 ああ! こいつ、先に私に投票させることで“先に手を上げちゃおっか、失礼だし”っていいう微妙に票を誘導する方法に出やがった! なんて卑劣極まりない野郎だ! 正々堂々と戦え!


「ベ、ベス。こうブラッドマジックでどうにかできないかな……?」


「だから、しょうもないことに魔術を使おうとしないでください」


 ベスが冷たい。


 あ、ひとり手を上げた。またひとり。あー! またひとり! 勘弁してー!


「以上ですか?」


 ひいふうみい……。よし、過半数は取ってない!


「では、私が会長ということでよろしいでしょうか?」


「大変よろしいかと思います!」


 よろしいよ! それで行こう!


「では、私が今年度の会長を務めさせていただきます。どうか皆でこの円卓を支えていきましょう」


 そう告げてフリードリヒは会議を終わらせた。


 ふう。フリードリヒに丸投げできて助かったぜ。これで私が円卓絡みの煩わしいことに振り回されることは──。


「そして、副会長にはアストリッドを。アストリッド、一緒に頑張りましょう」


 ……おい。どういうことだ、それは。


「はあああ。ベスを立候補させておくべきだったー」


 私は会議が終わって、解散となった円卓の隅っこでそう愚痴る。


「私は遠慮しますよ。この制服を着ているだけでも既に恥ずかしいというのに」


「似合ってるよ?」


「年相応ではありませんから」


 ベスってばロリババアだもんな。学園の制服似合ってると思うけど、本人的にはなしなんだろうな。しかし、ロリババアという生き物は普段どんな格好をしているのが正解なんだろうか……?


「ベスって普段着どんなの?」


「普通のドレスですよ。落ち着いたものです。色鮮やかなものは似合いませんから」


「そーかなー。ベスって美少女だからいろいろと似合いそうだけど。そうだ。今度、一緒に服買いに行かない? ミーネ君たちも一緒にさ」


 私がそう告げるのにベスはちょっと驚いたように目を丸くすると、小さく笑った。


「私は協会の命令であなたを監視していて、いざとなれば抹殺するつもりで傍にいるのに友達のようですね」


「愛称で呼んでいいって最初に言ったのベスじゃん!」


「そうでした」


 もー! なんで笑うのさ! おかしかないやい!


「あなたとはよくやっていけそうで安心します。時にローゼンクロイツ協会と魔術師の関係は悲劇的な結末を迎えますから」


「悲劇は御免だね。私は喜劇の方が好きなんだ。それに知ってた? 今度、あのイリスがまたヒロインを務めて演劇部で喜劇をやるんだよ! 文化祭で! 文化祭は一緒に見て回ろうね、ベス!」


「はい。そうしましょう」


 うんうん。私の事情を知っている友達がいることがこれだけ心強いとは。


「アストリッド先輩。そちらの方は?」


「あ、ディートリヒ君。こっちは転入のエリザベート君だよ。ベス、こっちはヴァレンシュタイン家のディートリヒ君」


 私たちがわいわいと騒いでいたら、ディートリヒ君がやってきた。


 しかし、ディートリヒ君も中等部に入ってから身長伸びたな。まだまだ私より低いけど、そのうち追い越されそうだ。


「エリザベート先輩ですね。よろしくお願いします」


「ええ。こちらこそ」


 ディートリヒ君もベスみたいな子の方が似合うと思うけどなー。未だに恋心は私に向いているのだろうか。こんながさつな魔術馬鹿で、悪魔呼ばわりの女は、君のパートナーには相応しくないと思うよー。


「その、アストリッド先輩。今度の週末のご予定は空いているでしょうか?」


「週末? 週末は今ベスと一緒に買い物に行こうかって話してたところだよ」


 私の週末はよくよく大型クエストが待っているのだが、今週はベスに似合うドレスを探してみたいと思う。


「そうでしたか……」


 ディートリヒ君は悲し気な顔をして去っていった。ホワイ?


「さっきの子はあなたに関心があるのではないですか、アストリッドさん?」


「そんな感じはするんだけど、いまいち分からないや!」


 本当にディートリヒ君が私のこと好きなのかは謎のままなのだ。


「まあ、それでいいと思いますよ。あなたはいろいろと隠しごとが多いですから、そういうことを理解できる人の方がいいでしょう」


「そんな人、いるのかなー」


 私の置かれた複雑怪奇な状況を理解してくれているのはベスだけだが、私は男の人が好きなので。


「では、私は用事があるので失礼します」


「用事って何? 付き合うよ!」


 ベスが立ち上がるのに私も立ち上がる。


「これではどっちがどっちを監視しているのか分かりませんね」


「まあまあ、いいってことよ!」


 ベスが何するのか興味あるしね!


…………………

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