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悪役令嬢と転入生

…………………


 ──悪役令嬢と転入生



「今学期からお世話になりますエリザベート・ルイーゼ・フォン・ドナースマルクです。皆さんどうぞよろしくお願いします」


 そう告げるのはベスだ。


 そう、ベスが突如として転入してきた。


 ベスの設定は魔力はあるけど病弱だったから学校に入学できなかった貴族の子女。ドナースマルク侯爵家という大きくて裕福な家の娘さんということになっているのは、エンゲルハルトの名を出せないからである。


 ちなみにドナースマルクさんの家はローゼンクロイツ協会の協力者だそうで。


「あー。じゃあ、みんな転入生には優しくしてやれよ。アストリッド嬢、慣れるまでは面倒見てやってくれ」


「はーい」


 ベルンハルト先生は私にとても大きな信頼を置いてくれているのか、ベスの面倒を見ることを任された! やったね! まあ、ベスに教えることなんてないでしょうけど。


 ベスはごく自然に学園に溶け込み、私の隣の席で学業に励んで──いる振りをしていた。ベスにとっては数百年前に通過済みの場所だから、彼女も酷く退屈であろう。心中お察しする限りである。


「みんな、転入生のベスだよ! 仲良くしてあげてね!」


「わー!」


 私はいつもの面子──ミーネ君、ロッテ君、ブリギッテ君、サンドラ君にそう告げる。ベスは転入生だけれど、侯爵家のご令嬢ということもあって、ミーネ君たちも歓迎ムードである。


 このムードの10分の1でいいからエルザ君を歓迎して欲しいのだが。


「エリザベート嬢はお体はもう大丈夫なのですか?」


「はい。ここ最近はベッドに寝ていなくてもよくなりました。長らく人と接する機会がなかったので、気分を害することもあるかもしれませんが、そうなりましたら申し訳ありません」


「いえいえ。お気になさらず。それよりもとてもお綺麗ですわ。何か特別なことをされているのでしょうか?」


「いえ。そういうことはあまり」


 本当に歓迎ムードだな。エルザ君の時と大違い過ぎないかい。


 これからあれこれとミーネ君たちとベスの会話が続く。


「勉強の方は大丈夫なのですか? 随分と中途半端な時期の転入となりましたけれど」


「ええ。家庭教師がおりましたので。ですが、皆さんに教えを乞うこともあるかとあるかと思います。申し訳ありませんがそういう時に力になっていただけるでしょうか?」


「もちろんですわ。私たちにできることならなんなりと!」


 ……本当にこの10分の1でいいからエルザ君に……。


「アストリッド様は愛称で呼ばれているようですけれど、特別な仲なのですか?」


「アストリッドさんとオルデンブルク公爵家にはいろいろと幼少のころにお世話になりまして。旧知の仲なのです」


 ……ナチュラルに歴史を捏造したな、ベス。


「具体的にはどのような?」


「アストリッドさんは病弱だった私を思って、外の様子を教えてくださりました。今日はたんぽぽの花が咲いていたとか昨日の雨の後に虹が見えたとか。その言葉のおかげで大いに励まされましたよ」


 ……ベスって演技派?


「ベス。そろそろいこっか?」


「ええ。そうしましょう、アストリッドさん」


 ミーネ君たちは素敵ですわーとか尊いですわーとか言っていたが、ミーネ君たちへのベスのお披露目はもうお終いである。ベスもそろそろぼろが出るかもしれないしね。


「助かりました、アストリッドさん。最近の若者は話に飢えているのですね」


「余裕そうだったけどやっぱり大変だったんだ」


「それはまあ」


 ベスって意外に素直。


「では、件のエルザ君を紹介するよ。この時間帯は図書館にいるはずだ」


「あなたの命運を左右しかねない重要人物、ですね」


 そうなのだ。全てのカギはエルザ君が握っているのだ。


「そうだよ。でも、フランケン公爵家のご令嬢だってことは明かしたらダメだよ。そんなことがばれちゃうとエルザ君のお父さんとお母さんが引き裂かれちゃうから。そうしたら巡り巡って私がお家取り潰しに!」


「……どうしてそうなるのかいまいち分からないのですが」


 ベスには何度も説明しているのに理解が足りない。


「いいかい、ベス。私には前世があるから知ってるんだ。その前世の記憶によれば私は悪役令嬢って奴で、エルザ君が結ばれる過程で破滅する運命にあるんだ。エルザ君がフリードリヒを選ぼうが選ぶまいがだよ。それだけデンジャーな立場なんだ」


「はあ。そうですか。しかし、そうおっしゃられていますが、今のところ上手く切り抜けて来られているようですよ」


「分かってないな、ベスは! 破滅フラグはどこで立つか分からないんだよ!」


 全く、ベスは私の抱えている事情を知っている唯一の人物なのだから、理解して貰わなくては困るよ!


「あ。いたいた。エルザ君だ。今日も勉強頑張ってるね」


「ふむ。確かにフランケン公爵家の血筋のようですね」


 私とベスが図書館を覗き込むのに、エルザ君の姿が見えた。


 シレジア戦争以来、新聞でもちょっとは取り立てられたこともあってエルザ君への風当たりは少しは和らいだ。だが、まだまだ油断ならない。平民のくせに目立つとは何事かという偏狭な貴族がいるのである。


 困ったものだ!


「ささ、エルザ君にベスを紹介しよう!」


「エルザさんとは親しいのですか? あなたが後ろ盾になれば他の貴族はまず手が出せないと思うのですが」


「うーん。悪くは思われてないと思うけど、私があんまりべったりだと余計にエルザ君への風当たりが強くなるし、私まで憎悪の渦に囚われそうでね……」


「そうですか」


「や、やめてよ、ベス。その軽蔑したような冷たい目は!」


「私は元からこういう目です」


 ベスが冷たいよ。私だってエルザ君を助けてあげて、一緒にハッピーエンドを迎えたいけれど、それはできないんだ。ただえさえ皇太子が入れ込んでいる相手ということでみんなから白い目で見られているエルザ君に公爵家の私まで付いたら戦争だよ。


「ここで話していても始まりません。エルザさんと話しましょう」


「そだね。まずはそうしよう」


 ここにベスに冷たい目で見つめられ続けても話にならないのだ。ベスをエルザ君に紹介して反応を見てみなければ。


「エルザ君! 勉強頑張ってる?」


「あっ! アストリッド様! はい。いろいろと教えていただいたおかげで最近は授業に付いて行くこともできるようになりました。アストリッド様には感謝しています! これからもよろしくお願いしますね!」


「いやあ。エルザ君が頑張ったからだよ。私は大したことしてないって」


 シレジア戦争が終わってから夏休みの宿題を一緒にやったのだが、エルザ君の勉強を観察する機会になった。エルザ君は特待生で入学しているから勉強を頑張らねばならないので、それはもう必死だった。私も見習いたい。


「そうそう、紹介したい子がいるんだ。今日、転入してきたから知ってるだろうけど」


「エリザベート様ですね。よろしくお願いします!」


 エルザ君は相変わらず底抜けに元気がいい。これがヒロインの風格か。


「よろしくお願いします、エルザさん」


 ベスもニコリと微笑んでエルザ君と握手する。


「エリザベート様は体が弱いと聞きましたが、大丈夫なんですか?」


「ええ。今は元気です。少なくともベッドにいなければならない状況ではありません」


 エルザ君もベスの体を気遣っている。ベスって肌とっても白いし、体細いし、病弱そうだもんね。実際は病弱ってことはないんだろうけど。


「エルザさん。幼少期の記憶はありますか?」


「え? どのあたりの記憶でしょうか?」


「2、3歳のときの記憶です」


 不意にベスが真剣な表情でそう尋ねた。


「……うーん。何も思い出せないですね。ずっとパン屋でお父さんお母さんと一緒にいたと思いますけど。それがどうかしたんですか?」


「いえ。ただ、ちょっと興味がでただけです」


 何だろう。何かあるのかな。


「では、勉強を頑張ってください、エルザさん。お邪魔してすいませんでした」


「いえいえ」


 ベスはひとりで会話を終わらせると、私に目配せして図書館から出ていった。


「ベス。どうしたの? さっきの質問の意味は?」


「アストリッドさん。あのエルザさんはホムンクルスです」


 へ?


「ホムンクルスって人工生命って奴だよね? でも、エルザ君は確かにフランケン公爵家のご令嬢のはずだよ?」


「ええ。実際にそうなのでしょう。立場的には。ですが、生物魔術学的見地からするとエルザさんは人工的に作られた生命です。恐らくはブラッドマジックを使い、そして胎内の胎児を栄養源として作られた」


「それって……」


 エルザ君は本来生まれるはずだったフランケン公爵家の子供を食って作られた人工的な生命だってことなの?


「そんな。エルザ君は普通の子だよ」


「ですが、私がブラッドマジックで体内をスキャンした結果は間違いありません。これでようやく種明かしだというわけです。どうやって強制的に生まれてくる子供を女性にするのだろうかと思っていましたが、女性型のホムンクルスを植え付けたとは」


 ベスが嫌悪を隠さぬ表情で吐き捨てるようにそう告げる。


「本当にそんなことが可能なの? 間違いじゃない?」


「ロストマジックなら可能なのですよ。あれには人工的な生命体を生み出す術も残されていたはずです。そして、術者は間違いなく“鮮血のセラフィーネ”。あの女以外にあれほど高度な術式が使えるとは思えません」


 ロストマジックが不味い代物だとは知っているつもりだったけど、これはちょっと外道過ぎない? 生まれてくるはずだった赤ん坊を食べて成長するホムンクルスを植え付けるだなんて。


 セラフィーネさん、いい人だと思ってたのに……。


「しかし、ホムンクルスの技術は完全には成立していないはずでした。2、3歳で自己崩壊を起こし始めるはずです。それが防がれてこの年齢まで成長したということと、彼女がブラッドマジックに長けているということは……」


「どういうことなの?」


「彼女は生まれてから、一度セラフィーネに接触しているはずです。あの女がホムンクルスを安定化させる術式を施したとみるべきでしょう」


 ん? おかしいな……。


「セラフィーネさんはフランケン公爵家のオットー閣下に頼まれて女の子が生まれるように画策しただけでしょう? その後の面倒まで見る必要はないと思うんだけど」


「さあ、どういうわけでしょうか。魔女は気まぐれですからね」


 セラフィーネさんは生まれてくるはずだった赤ん坊を殺したけど、その代わり今のエルザ君を救っている……。


 いい人なんだろうか、悪い人なんだろうか。エルザ君にとっては生みの親であり、命の恩人になるんだろうけど……。


 というか、一番悪いのはエルザ君の面倒くさいおじいちゃんだよ! 諸悪の根源! 早く死んで! 迅速かつ速やかに死んで! 情け容赦なく死んで!


「ともかく、このことは内密にした方がいいでしょう。平民であることに加えて、ホムンクルスとなれば迫害の対象というだけではすみません。切り刻まれて解剖される羽目になるでしょう。私が上司に掛け合って保護を要請しておきます」


 だよねー。ホムンクルスとか超珍しいものが実在したとなれば、解剖とかされちゃうよね。ベスには保護を頑張って貰いたいものである。


「ですが、あなたはこれでカードを1枚手にしましたね」


「え?」


 カードって何?


「いざ、エルザさんの件であなたが責任を問われたとしても、エルザさんがホムンクルスだと明かせば有耶無耶にできます。これはフランケン公爵家にとってあまりに大きなスキャンダルですから」


 ああ。そういう意味か。


「私はそんなことするつもりはないよ。エルザ君はこれまでいろいろと苦労してきたのに、それを無駄にするような真似するもんかい。エルザ君はちゃんとフランケン公爵家のご令嬢であって、人工生命とか関係ないの」


 人の弱みに付け込んでまで自分の破滅を回避する気にはなれない。いざ破滅を回避するなら、やはりフリードリヒを断頭台に送ってやる方法を取る。


「あなたは人間的ですね、アストリッドさん。人間的すぎると言ってもいいでしょう。その性格でよくオストライヒ帝国を滅ぼせましたね」


「あ、あれは将来の内戦に備えるためだから……」


 うっ……。オストライヒ帝国を滅亡させたのはやりすぎたかもしれない。


 だが、私が助かるにはシレジアを盗み取ろうとしてきたオストライヒ帝国に滅んでもらわなければならなかったのだ! じゃないと帝国内戦に絶対口出ししてくるからな、あの連中!


 というわけで、オストライヒ帝国を滅ぼしたのはセーフ。


 悪いな、オストライヒ帝国臣民! 責めるなら戦争を始めた皇帝を恨みな!


「あなたは興味深いですね、アストリッドさん。魔女にして災厄というのは変人が多いものですが、あなたも同じように変人だ。面白いですよ、あなたは」


「失礼だな、ベスは。私はごく普通の女学生だよ」


 いろいろと衝撃的な出来事が明らかになったが、私の目標は変わらない。


 悪役令嬢としての破滅の回避。そのためには帝国内戦でフリードリヒを殺すことすら厭わない。そうだ。それでいい。


 だって、エルザ君があんなに一生懸命なのに君は人間じゃないなんて言えないよ。


…………………

新連載「リーゼの工房 ~錬金術師さんと軍人さんの開拓村発展計画!」を同時連載中です。

こちらとはまた違った面白さがあると思います。

よろしければ覗いてみてください!

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新連載連載中です! 「西海岸の犬ども ~テンプレ失敗から始まるマフィアとの生活~」 応援よろしくおねがいします!
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