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悪役令嬢と協会

…………………


 ──悪役令嬢と協会



 それはシレジア戦争も終結し、私たちが学園に戻って2学期を迎えたある日のことだった。それは唐突にやってきた。


「アストリッド様。お客様がお出でですよ。学園のご学友だそうです」


「はーい」


 我が屋のメイドさんが呼ぶのに、私はベッドでゴロゴロしながら最近流行りの恋愛小説を読んでいたところを起き上がる。


 ご学友って誰だろう。ミーネ君かな?


 私はそんなことを思いながら、客間に向かう。


 そこで待っていたのは──。


「こんにちは、アストリッドさん」


 全然知らない人だった。


 学園の制服を纏い、銀色に近いプラチナブロンドの髪をゆったりと腰まで流し、赤い瞳をした凄い美少女だ。だが、どこか油断ならない鋭い目つきをしている。それに私の知った顔ではないぞ。


「どちら様でしょうか?」


「ええ。名乗るのがまだでしたね。しかし、その前に確認させていただきたいのですが、ロストマジックを使っておられますね?」


「え?」


 え? え? え?


「そ、そのー……。なんのことでしょう」


「やはり使っておられるのですね。それも随分と派手に使われましたね」


 な、なぜそれが分かった!?


「シレジア戦争中にいくつかのロストマジックが使われた痕跡が発見されました。主に空間操作の魔術ですが、それと使い魔らしきものが使役されていることも確認しています。目撃者の証言からその行使者はあなたであると特定しましたが間違いありませんか?」


「な、なんのことでしょう……?」


 言い訳のしようがないほどにばればれだ!


「申し遅れました、私はエリザベート。エリザベート・ルイーゼ・フォン・エンゲルハルト。ローゼンクロイツ協会の上級執行官です。ローゼンクロイツ協会については魔女たちから教えられているのでは?」


「ローゼンクロイツ協会……? あ!」


 あーっ! 思い出した! セラフィーネさんから絡まれたら面倒なことになるって言われていた団体だーっ!


 どうしよう!? 現在進行形で絡まれてるけど!?


「ローゼンクロイツ協会をご存知だということはやはり魔女たちと接触しましたか。そして、ロストマジックを継承した、と」


「ロストマジックとか魔女とか何のことでしょうー……?」


 もう言い訳できないのでは……。


「別にあなたを拘束しようとかそういう意志はありませんよ。もちろん、我々の方針からしてあなたが世界を危機に陥れようとするならば、排除することも検討に入れなければなりませんが」


「そ、その方針って言うのは……? そもそもローゼンクロイツ協会って何をするための組織なんですか?」


 排除とか怖い単語が出て来たぞ……。


「ローゼンクロイツ協会は魔術による人類への危機を防ぐための組織です。魔術とは人ひとりが単独で行使できる力としては最高のもの。それは同時にひとりの魔術師が現在の社会秩序や人類の健全な存続すらも脅かす可能性を秘めているのです」


「えー。魔術師がそれほど危険なものだと思えませんけど。だって学園で大量に養成してるじゃないですか」


「その言葉が事実上単騎でオストライヒ帝国を滅亡させたあなたの口から出るとは思いませんでしたよ」


「え、ええっと。それはー……」


「あなたは自らの手で魔術とは危険であるということを証明したのです」


 そうなのだ。オストライヒ帝国が滅亡したのは私が帝都ヴィーンを廃墟に変えて、皇帝たちを皆殺しにしたためなのだ。それもひとりの手によって。


「魔女協会があなたに何を吹き込んだかは知りませんが、想像は付きます。我々ローゼンクロイツ協会は魔術による文明の進歩を否定する反文明主義者とでも言われているのでしょう。ですが、それは違います。我々ローゼンクロイツ協会は魔術による発展を否定はしません。使い方を考慮すべきだとしているのです」


 ううむ。セラフィーネさんもローゼンクロイツ協会は魔女の敵みたいなことを言っていた気がするが、そうではないということなんだろうか。


「強大過ぎる魔術師は天災のようなものです。地震、嵐、洪水、魔獣の襲撃。我々はそのような魔術師を災厄と指定し、その行動を監視します。そして、その力が人類への危機ではなく、祝福となるように促すのです。あなたの場合は……少し遅かったようですが」


 もうオストライヒ帝国、滅んじゃったもんねー。


 世界秩序はひとつ崩壊した。私という単独の魔術師の手によって。


 オストライヒ帝国では凄惨な内戦が始まり、もはやかつての強大な帝国の面影は残っていない。ただただ分裂を続けるだけだ。


 そんなことを引き起こした魔術師を監視しなければならないというのは重々理解できる。私だってプルーセン帝国を滅ぼせる魔術師とかいたら真っ先に狙うもん。私に愛国心はないけど祖国からもたらされる恩恵は受けたいパラサイトなのだから。


「ええっと。監視っていうとどのように?」


「私が専属の監視役を務めさせていただきます。間違ってもローゼンクロイツ協会の監視を振り切ろうなどとは思わないでください。私たちはロストマジックを知っているし、使えるのです。あの魔女たちが継承し続けている封印された魔術の中には、相手を監視し続けるものもあるのですよ。下手に逃げようとすれば、暗殺者に狙われ続けるでしょう」


「ええー……」


 悪質なストーカーじゃん。嫌だなあ……。


「これは自業自得ですよ、アストリッドさん。力にはそれに応じた義務が生じる。覚えておいてください。ローゼンクロイツ協会のモットーです」


「はあい……」


 せっかくここまで順調に魔術を極めて、もはや運命どころか世界すら恐ろしくないぜと思っていたのに、ここで厄介な団体さんに捕まってしまった。魔王アストリッド君臨エンドすらありえたというのに。


「でも、私が自己防衛する分には勝手に魔術を使わせて貰いますよ? 力には確かにそれなりの義務があるかもしれませんけど、自分の身を守る自己保存の方が優先されるべきでしょう?」


「そうですね。それがあなたの身を守る唯一の手段であるならば」


 そうである! 私は自分の身を守るために魔術の腕を磨いてきたのだ! それなのにそれを妨害されるのは反対である! ローゼンクロイツ協会とかであろうとそんな権限はないはずである!


「私は身を守るために、それはもう心血を注いで魔術に打ち込んできたんです! 絶対に自分の身分と立場は自分の力──と友達の力で守り抜くんだ!」


「あなたがそのような危機に陥るとは思えませんが。突然の政変でもない限り、オルデンブルク公爵家は数百年は安泰だと思われますよ」


「その政変が起きかねないのです!」


 そうだぞ! エルザ君問題がこの世界には残っているのだ! この物語全ての主役であるエルザ君は順調にイベントを進めている! いずれフランケン公爵家のご令嬢であることも明かされるだろう!


 そうなった日にどうなるか──。その日に全てがかかっている。


「……プルーセン帝国内に何か仕込みましたか? いや、帝国政府の関係者は我々が監視しているから不可能なはずですが……」


「違います! いいでしょう。あなたにだけは事情を説明します。今、聖サタナキア魔道学園に在籍しているエルザ・エッカート君はフランケン公爵家のご令嬢なのです!」


「ええ。それは知っていますよ」


 え? え? え?


「知って、知ってる……?」


「我々の監視網はそれだけ広いということです。フランケン公爵家が極めて特殊な家庭状況にあり、エルザさんが出生してからすぐに赤子は死産に終わったことにし、かつての領民だったエッカート家に預けたことは把握しています」


 ええー!? 私以外にもこのこと知ってる人いたのー!?


「というのもフランケン公爵家の当主であるオットーが最初の子は女に生まれるようにブラッドマジックをかけるように要請したのが魔女協会だと睨んでいるからです。“鮮血のセラフィーネ”はブラッドマジックに長けた古き魔女ですから容易でしょう」


 え? これってセラフィーネさんのせいなの?


 っていうか、エルザ君の面倒くさいおじいちゃんー! いくら息子と別れさせたいからって滅茶苦茶なことしないでー! 余計に事態がこじれちゃってる責任の半分以上はお前のせいだぞー!


「ああ。それであなたは政変が起きると予想しているのですね。エルザさんはフリードリヒ皇太子と非常に親しい関係にあると聞いていますから」


「そうですよ! それで危険が危ない!」


「落ち着いてください」


 落ち着いてられるか! 運命に嵌め殺されかけてるんだぞ!


「それについてはあなたが干渉しなければ特に問題はないのでは?」


「わ、私がどれだけ苦労してきたと思ってるんですっ!? エルザ君は平民なせいで貴族たちからは目を付けられているのに、フリードリヒ殿下と付き合ってたらいじめの標的どころか暗殺対象ですよ!? その上にいらぬちょっかいを身内が出すし! 私が自分とあの子を守るのにどれだけ……どれだけ……」


「落ち着いて、落ち着いてください」


 ああ。なんだか心が安らいできた。全て吐き出したからかな。


「すみません。ブラッドマジックであなたの心を鎮静化させました。こうも興奮しておられては何が何だか分かりませんので」


「へ? 私の防壁は?」


「その程度の防壁は抜けますよ」


 知らぬ間にエリザベート君の手が私の手に重ねられていた。ひんやりした手だ。


「あ。そういえばエンゲルハルトって……」


「……そうです。私は呪殺の大家エンゲルハルト家の出です。ブラッドマジックについてはそれなり以上に知識があるつもりですよ」


 思い出した。エンゲルハルト家は最初のブラッドマジックによる要人暗殺をやってのけたエリアス・フォン・エンゲルハルトの家だ。それにセラフィーネさんはこうも言っていた。エンゲルハルト家は──。


「吸血鬼って本当なんですか?」


「まあ、そうですね。俗にいう吸血鬼というものですよ。我々はその別の意味を引き起こしかねない名を好みませんが」


 私が尋ねるのに、エリザベート君が肩を竦めた。


「に、日光とか大丈夫です? にんにく臭かったりしません?」


「ですから、そういう別の意味を引き起こすので吸血鬼という名を好まないのです。我々は民間伝承に伝わる吸血鬼とは異なるのです。日光で灰になることもないし、銀に怯えることもない。ただ、不老不死であり、血を“読んで”占うことをするだけです」


 なんだそりゃ?


「我らが初代エンゲルハルト家の当主エリアスは特殊なブラッドマジックを生み出しました。それは人類の限界を突破する──生物的な老いを退け、生物的な死を退けるものでした。それと同時にそれは相手の血を読むことによって、吉兆凶兆の印を見つけるものです。だから人々は血と我々を結びつけ吸血鬼と呼ぶのです」


「血液型占い的な?」


「試してみますか?」


 うっ。凄く気になる。どうしよう……。


「試してみたいです!」


「では、少し血をよろしいでしょうか? ナイフは必要ありません。前腕をだしていただければそれで構いません」


「はい。どうぞ!」


 私は腕を捲って前腕を露わにする。


 我ながら人を信用しすぎじゃなかろうか。これでやばい呪いとかかけられたら、どうしたものか。まあ、エリザベート君は信頼できると私の内なる精神が囁いているから大丈夫だろう。多分。


「では、失礼します」


 エリザベート君は前腕を掴むとそこに優しく歯を立てた。犬歯だ。吸血鬼の牙。しかし、痛みはなかった。私が体をモニターしてみると私の感覚遮断に似たブラッドマジックが前腕の一部の行使されている。私のと違って痛みだけを遮断している。


 そのためエリザベート君の温かい舌の感触は伝わって来た……。なんとなくエロチックな気分になってくる……。同性なのに……。


「ふむ。これは……」


 暫くしてエリザベート君が前腕を離しハンカチで唾液を拭ってブラッドマジックで傷口を塞ぐと、彼女は険しい表情を浮かべた。


「どうでした?」


「確かにあなたの言っている家の危機というものはあるようですね。いや、これは家の危機ではなく、あなた自身の危機だ。それも大きなものです」


「つまり前途は険しいと……」


 はあ……。ここまでやっても悪役令嬢の運命から解放されないとは……。


「これはあくまで占いですから、外れることもあります。ですが、あなたの危機が迫っているというのが事実であるならばサポートしましょう。我々にとってはあなたが危険な状況に陥り、危険な魔術を行使される方が望ましくないのです」


「お! 助けてくれるんです!? なら、今度一緒に冒険者ギルドに行きましょう!」


「……何故?」


「何故って。私の家が取り潰しになった時に第三国に逃亡して再起を図るために!」


 何故じゃないよ、何故じゃ。ローゼンクロイツ協会も万能じゃないのかな。


「はあ……。総じて災厄にまで指定される魔術師は破天荒な方が多いのですが、あなたも例に漏れないようですね」


 失礼な。私は極めて理性的に破滅に備えているのだぞ。


「まあ、あなたの危機回避のためにお役に立てることなら協力しますので、これからどうぞよろしくお願いします、アストリッドさん」


「よろしく、エリザベート君!」


「ベスで結構ですよ? あなたとは長い付き合いになりますから」


「そう? じゃあ、よろしく、ベス!」


「はい」


 ここで初めてベスがちょっと笑ってくれた。


 うん。共に障害を乗り越える仲間として頑張ろう!


「って、あれ? ベスって学園の制服着てるけど、学園に入学するの?」


「ええ。学園など数百年も前に用がないのですが」


「……ベスって何歳?」


「女性の年齢は気にするものではありませんよ」


 ロリババアが増えた……。


…………………

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