悪役令嬢、帝都ヴィ―ン決戦
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──悪役令嬢、帝都ヴィーン決戦
ようやくプルーセン帝国軍がオストライヒ帝国本土への侵攻を開始した。シレジアにいるオストライヒ帝国軍は補給を断たれて既に行動不能に陥っている。それを片付けるのに大軍勢は必要ないのである。
目指すはオストライヒ帝国帝都ヴィーン!
帝都ヴィーンを陥落させれば、戦争は勝ったも同然だ。
オストライヒ帝国の連中は私の夏休みを潰した罪といろいろと手を煩わせてくれた罪で痛い目を見て貰おう。それから帝国内戦に備えて二度とプルーセン帝国に口出ししないように蹂躙し尽くしてくれようぞ。
そうなのだ。怒りのあまり忘れかけていたが、オストライヒ帝国が将来プルーセン帝国の内政に干渉することがないように徹底的に叩いておかなければならないのだ。帝国内戦をやっている最中に軍事介入されたりしたら、面倒なことこの上ない。
よってオストライヒ帝国滅ぶべし。慈悲はない。
私は後方からえっちらおっちらやってくるプルーセン帝国軍の進軍経路を確保してやりながら、帝都ヴィーンを目指す。既に10都市以上は城壁と軍事施設が壊滅し、無防備な状態。帝都ヴィーンまでは残り僅かである。
「よっと。帝都ヴィーンまで残り15キロか」
私は道案内の看板を見つけて、ヴィーンまでの距離を確認する。
地図は軍事機密だということで学生風情には支給されていない。なので、私は壊滅させたオストライヒ帝国の軍事基地から回収した地図を使っている。流石は軍用の地図なだけあって正確である。
「ちょっと昼食を済ませてから襲撃しよっと」
腹が減っては戦はできぬ。私はミーネ君が用意してくれたお弁当を広げる。
うんうん。あり合わせの素材を使ったにしてはなかなかのおいしさだ。本当はアドルフに作ってあげるつもりらしかったんだけど、アドルフの奴はシレジアのどこかで戦っているということが分かるだけで、シルヴィオ同様に行方不明だ。
本当にどこで何をやっているんだろうね? 私がこうも戦争に精を出しているのに、お馬さんパカラパカラして遊んでるだけだったら怒るよ?
まあ、奴らが活躍するのはシレジアからオストライヒ帝国軍が侵攻を続け、プルーセン帝国の本土に侵攻してきて、学生でも使わなければならなくなったときだからな。奴らの活躍の機会は全部私がくっちまったよ。悪いな!
「さて、お弁当も美味しかったし、戦争に戻ろう!」
我ながら暢気である。
さて、地図によればここから帝都ヴィーンまでにあるのは城壁のない都市だけである。もうここからは先は帝都ヴィーンまで一直線でいいだろう。
レッツゴー!
04式飛行ユニット戦術突撃モデル(*多連装ロケット砲2基搭載)でオストライヒ帝国の上空を飛ぶこと数分、ついに帝都ヴィーンが視界に入った。
うむ。芸術の街と言われるだけあって、都市も美しい。城壁が厳かに都市の周囲を取り囲み、都市の中央を流れる川にはふたつに別れた宮殿が位置している。あまり戦闘向けの都市ではないが、美しさを追求したと言われれば納得だ。
さて、その芸術の街を今から私がぶっ壊すわけですが。
「ライフル砲!」
ライフル砲準備よし。
「多連装ロケット砲!」
多連装ロケット砲準備よし。
「いっくぜー! さらばだ、芸術の街! ペンと楽器は銃に勝てず!」
私は城壁に向けて遠距離から火力を叩き込む。
「赤の悪魔だ!」
「噂は本当だったのか!?」
「あの距離から攻撃してくるなんてどうしろっていうんだ!」
ふふふ。オストライヒ帝国の連中の哀れな泣き声が聞こえますわ。
さあ、地獄に叩き落してやる。
私は帝都ヴィーンの城壁を旋回しながら、城壁を綺麗さっぱり掃除していく。
ここに私が開発を目論んでいるガンバレル型核兵器があれば一撃で帝都ヴィーンは灼熱地獄と化すのだが、問題はガンバレル型核爆弾を投下して安全な距離まで逃げるのがなかなか難しいってことだ。
しかし、私には城壁を十二分に破壊できるだけの口径120ミリライフル砲と多連装ロケット砲がある。核兵器に頼る必要などないのだ。城壁の周りをぐるぐると回って、砲弾を叩き込み続ける。
守備に当たっている兵士の方々は上空から私が攻め込んでくることを想定して、魔術札付きのバリスタや投石器を山のように準備していたが、私の飛行速度でまずそんなちんたらしたものは当たらない。
念のために障壁も張ってあるし、これは一方的にタコ殴りですね。
「さて、城壁は完膚なきまでに壊滅した。残るは瓦礫の山だけだ」
都市を覆っていた荘厳な城壁は今や見る影もない石材の山だ。この都市は我らがプルーセン帝国軍にとって完全に無力な存在となった。
「後は中を荒らし回りますか」
私は城壁とその周辺の兵士が壊滅したのをロートとゲルプの偵察で確認すると、私は次の目標を帝都ヴィーン内部の壮麗な建物に定めた。
「多連装ロケット砲、フルファイア!」
私が多連装ロケット砲の砲撃を都市部の建物に叩き込むと、中から武装した兵士や民間人が飛び出てくる。よもやプルーセン帝国軍がもう帝都ヴィーンに攻め込んでくるとは思っていなかったようで、避難はまるで終わっていない。
そののろさは私の責任ではない。民間施設に兵士を匿っているだけで、攻撃の対象になりえるのだ。さあ、降り注げ砲弾! 炸裂せよ爆裂! 響け悲鳴! 並みいる敵を吹っ飛ばしていけ! まあ、民間人が巻き込まれるのはしょうがないことだ。
私は軽快に砲弾の嵐を吹き荒れさせる。とはいっても、明らかな貧民街はスルーだ。彼らは戦争をやる決断をしたわけではないし、それを促したわけでもないのだから。
狙うのは高級店や貴族の屋敷。とにかく豪華な建物が私の標的である。私はそういう建物に向けて情け容赦なく砲弾を叩き込んでいく。これでオストライヒ帝国の貴族が山ほど死んで、国内を纏めるのに100年ぐらいかかってくれれば幸いだ。
そんなこんなで上空からの火力投射が終わったら地上の掃討だ。
航空攻撃には間違いなく漏れがある。歩兵が地面を固めてこそ、真の勝利がなされるわけなのである。
というわけで降下地点の安全を確保したら着陸。
「赤の悪魔!」
「こいつが死神か……」
地上では民間の建物に隠れて生き延びていたオストライヒ帝国軍の兵士たちが遠巻きに私を見ていた。そう遠くに行かなくても近くにいていいんだよ? 吹っ飛ばして上げるだけだからね。
でも、遠くにいたって吹き飛ばしますけどね!
私は建物を要塞代わりにしているオストライヒ帝国軍の兵士たちに向けて口径120ミリライフル砲の砲弾を叩き込んだ。相手が全滅するか戦意を喪失して逃げ出すかはあっという間である。
「フェンリル」
「まだまだ戦争は続いているようだな。高ぶるぞ」
私はフェンリルを空間の隙間から召喚し、壊滅しかけのオストライヒ帝国軍帝都ヴィーン防衛隊を一瞥する。
「今からこの都市を完全に破壊するけど、手伝ってくれる?」
「ああ。任された。狩りを楽しませて貰おう」
さあ、オストライヒ帝国の皆さん。赤の悪魔と神獣のタッグに勝てるかな?
私が口径120ミリライフル砲から砲弾を叩き込み、フェンリルが駆けまわって兵士を仕留める。私が機関銃から銃弾を振りまき、フェンリルが飛び掛かって兵士を八つ裂きにする。
私たちのタッグは最強ではなかろうか。アントン要塞の時にも思ったが、フェンリルが敵を威圧すると同時に、一見無害そうな私が火力を振りまくことによって絶大な効果が得られるのだ。
「赤の悪魔だ! 死神が来たぞ!」
「応戦しろ! 逃げるな!」
混乱の只中に叩き落されたオストライヒ帝国軍の連中は、完全に士気が崩壊。やけっぱちになって攻撃を仕掛けて障壁に阻まれたり、回避されたり、あるいは攻撃を放棄して逃げ出したりと散々だ。
この帝都ヴィーンを防衛しているのは近衛兵なのだが、どうにもこうにもこれまでの連中と同じくらい烏合の衆だ。シレジアでも激戦地には近衛兵がいたが、そっちの方はある程度は抵抗したものだが。
戦争で一気に精鋭部隊を失っちゃって儀仗兵しか残らなかったのかなーと思いながらも、私は情け容赦なく砲弾と銃弾を使い分けながら屍の山を築いていく。死体の山を積み重ねるよー。容赦ないよー。
「ブラウ、ゲルプ、ロート。索敵!」
「了解です!」
そして、敵の姿が一見見えなくなるとブラウたち妖精を放って周辺を索敵する。
ふむ。周辺にもう敵はいないな。私とフェンリルが狩り尽くしたようだ。
離れた位置にいる敵は付近から撤退中。戦力を集中させて各個撃破されるのを防ごうというつもりなのだろう。纏めて吹き飛ばされるとは考えてもいないようである。考えが甘いな。
「さて、進めや、進め。最後は宮殿を更地に変えてやるぞ」
我が目的はオストライヒ帝国の崩壊である。王冠も、宮殿も、何もかもを全て灰に変えてやろうではないか。フーハッハッハッハ!
まあ、こういう高笑いはちゃんと勝ってからにしよう。あまり余裕ぶると後で痛いしっぺ返しを受ける可能性がなきにしもあらず。
「フェンリル。君は川の対岸に渡ってそっちの敵を殲滅して。私は宮殿を目指して進むから。宮殿が崩壊すれば連中も戦意を喪失すること間違いなしだしね」
「ふん。いいだろう。川向うの敵は我が狩る」
ここでフェンリルと役割分担。フェンリルには川によって二分されたこの都市の対岸の敵をやって貰い、敵に逃げ場をなくさせる。川の向こうもこっちも地獄だぜ。三途の川の渡し賃は今なら50%オフ!
「さて、私も宮殿を更地にしに行くか」
私は逃げ遅れた兵士たちに砲弾をお見舞いしながら、私は都市を進む。
芸術の街が今や瓦礫の街だ。今や何も生み出すことなく、死にゆくのみ。炎がむせ返るように煙を吐き出し、そこら中に屍が散らばる。そして私は黒煙を大きく吸い込み、屍を乗り越えてこの街を進む。
「さて、ブラウ、ゲルプ、ロート。周辺に残党は?」
私は逃げそこなった敵を殲滅し終えてそう尋ねる。
『宮殿の前に兵士が立て籠もっていますです、マスター』
『後方には敵影なし』
『周辺クリア!』
ブラウたちから次々に報告が入る。
敵は宮殿に立て籠もる構えか? ならば、宮殿ごと瓦礫の山の一部にしてくれよう。宮殿は要塞じゃないのだよ。
私は廃墟と化した街を鼻歌を歌いそうになりながら進み、宮殿に向けて足を運ぶ。
そして、宮殿前。
そこには近衛兵たちが立て籠もっていた。藍色と白の軍服を纏った兵士たちが、クロスボウや槍を構えバリケードを築いて宮殿の前に立てこもっている。
「ハハッ……。冗談だろう。戦場でよくあるフォークロアだと思ってたのに、実在したのかよ。こんな化け物が存在したのかよ」
近衛兵のおじさんがひきつった笑みと同時に乾いた笑い声を漏らす。
「赤の悪魔。竜殺しの魔女。プルーセンの懲罰。こんな怪物が何故存在している。おかしいじゃないか。こんな、こんな単騎で我らが帝都を襲撃し、火の海にするだと。あり得るはずがない。なのに何故お前は……」
怪物とは酷い言われようだ。私は乙女だというのに。
「諸君の視野が狭いのが失敗だよ。私は今ある魔術だけでこれを成し遂げた。多少の才能はあったかもしれないが、創意工夫を諦めず、魔術を追求し続けたからこそ、私はこうして諸君らの前に立っている。それ以上に説明が必要かな?」
私はやれる範囲でやれることをやったのだ。怪物などではない。
「ならば、問おう、赤の悪魔。お前はまだ子供ではないか。人を殺して、これだけ大勢の人を殺して何故平気でいられる。お前が破壊したものの中には女子供もいたのだぞ。兵士とて帰れば家族がいた。何故平気でいられる……!?」
まあ、この世界では単独で殺せる規模では山ほど殺しましたから、それは当然の疑問でしょうな。退屈だけど。
「いいかな。人殺しを躊躇うのにはいくつかの脳のモジュールが作用している。いわゆる人殺しを行う上でもっとも障害となる良心もいくつかの脳のモジュールが関係している。だが、もしそれらのモジュールを強制的に停止出来たら?」
第3種戦闘適合化措置を受けている私の心は若干のユーモアがあるのみだ。
「まさか、そんなまさか。ブラッドマジックで自分の脳を弄ったのか? そのモ、モジュールというものを止めるために? 自分から良心を取り去るために?」
「その通りだ。今の私には良心も慈悲も憐憫も存在していない。ただただ敵を排除するための戦闘機械だ。相手が敵兵なら容赦なく引き金を引ける。私のこの攻撃で巻き添えになった人間がいたとしても憐れむ心はない」
ちょっとしたユーモアはあるけどね!
「貴様は化け物だ。良心の欠けた殺人機械など怪物でしかない。普通の兵士ですら、敵を殺すことを躊躇うことがあるというのに」
「それが兵士として欠陥なのだよ、おじさん。兵士に良心など必要ない。全員が鼓笛隊の合図で前進し、死を恐れることなく、相手が全滅するまで戦う兵士こそ真の兵士。そうじゃないかな?」
古臭い戦争でも兵士は命令に忠実であり、号令されるがままに人を殺すべきである。まあ、私は殺すなよと命令されていた気もするのですが、多分頭の花に養分を吸われた奴が血迷って発した命令なので無視していいでしょう。
「愛国心すらもないのか?」
「うーん。ないね。今の私は敵を殲滅することにだけ関心がある。もちろん、祖国の人々がそれで喜んでくれるならば嬉しいと思うだろう」
自己保身があるのみ。私は私のためにオストライヒ帝国を滅ぼすのだ。
「さて、そろそろお話も終わりでいいかい。私はこの素敵で豪華で壊し甲斐のある宮殿をまっさらな更地にするという仕事が残っているんだ。お喋りも楽しいけれど、仕事に差し支えるのはよくないからね」
いくらプルーセン帝国軍の進軍速度が亀のようでも、あまりのんびりしていると追いつかれてしまう。追いつかれると頭に花が生えた皇子が私が気分爽快にオストライヒ帝国を滅ぼすのを邪魔するかもしれない。それはよくない。
「悪魔がっ! 貴様は必ず地獄に落ちるぞ!」
「悪魔、悪魔と人を何だと思ってるんだ。私には両親から貰った立派な名がある」
そーだよ! 悪魔、悪魔言いやがって!
私は砲口を失礼なおじさんたちに向ける。
弾種、榴弾。連続射撃。
砲口が火を噴き、リボルバーのシリンダーが回転して次々に砲弾を吐き出す。おじさんたちは爆発四散。バリケードは木っ端みじん。盾も、槍も、クロスボウも、全てが吹き飛び、塵になった。
「ブラウ。敵はもういない?」
『いないです、マスター』
あれー? 宮殿の警備はこれっぽちなの?
『しかし、いいんですか、マスター。ここまですることないのに……』
「必要だよ、ブラウ。敵は私たちを甘く見ている。連中には思いっ切り恐怖というものを堪能して貰わなくちゃあね。それに実戦でのデータも取りたいし」
それからオストライヒ帝国を滅ぼしたいし。
そして私は宮殿に砲口を向ける。
「ああ。言い忘れていた。私はアストリッド・ゾフィー・フォン・オルデンブルク。飽くなき魔術の探究者にして、人間弾薬庫。ついでに悪役令嬢などをやっています。どうぞよろしく、皆さん。そして、さようなら」
……この後、宮殿は口径120ミリライフル砲と多連装ロケット砲の砲撃を受けて木っ端みじんとなった。宮殿跡地は更地となり、立派な王冠も、豪華な王座も、王侯貴族たちも全てがこの世から消えさった。
オストライヒ帝国はこの日を以て閉店だ。
和平交渉はオストライヒ帝国の皇位継承権28位という貴族と行われ、オストライヒ帝国はシレジアと共に多くの領土を失った。その上、これまでオストライヒ帝国が治めていた土地でも独立運動が盛んになり、オストライヒ帝国は内戦状態に陥った。
これで我がプルーセン帝国の完膚なきまでの勝利である。
これで来たるべき帝国内戦においても、オストライヒ帝国が口出ししてくることはないだろう。もはや連中は自分たちの国をどうにかバラバラに砕け散らないようにするだけで当面は精一杯のはずだからね。
これにて一件落着!
それにしても軍隊を相手にしても私は十二分に戦えるということも証明できた。フェンリルと私の攻撃を阻止することはこの世界の住民には不可能に近いのだと。
うんうん。いいぞ、いいぞ。これで来たるべき帝国内戦でも私が勝利できる見込みが出て来たってものだよ。
それにしても後からやってきた大将閣下ことおじじは、到着したら帝都ヴィーンが更地になってましたと報告して、またしても中央のお叱りを受けたそうな。
ちょっとは懲りようよ。
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