悪役令嬢、ついに学園へ
本日2回目の更新です。
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──悪役令嬢、ついに学園へ
時は流れて私ことアストリッド・ゾフィー・フォン・オルデンブルクは6歳になった。
そして、ついに来てしまった。この日が来てしまった。
「アストリッド。制服はもう着たかしら? 鞄は忘れていない?」
お母様が告げるのに、私はうなだれたまま返事をしない。
制服は着ている。制服はセーラージャケットで、黒と白と赤で可愛らしい一品で、制服に文句はない。鞄は学園で指定のもので、これまたランドセルちっくで、可愛らしい一品である。
だが、私は学園に行きたくないっ!
学園に行く前から登校拒否になってしまった。だって、学園に行けば間違いなくフリードリヒやその他の攻略対象と出くわす。高等部に入ってからは、ヒロインにも出くわしてしまう。
私はフラグは立てないつもりだが、運命というものはどう動くか分からない。
運命の修正力とやらで、強制的に破局の運命を辿るかもしれない。
その時はどうしたらいいものか。
まだ今の私には運命を返り討ちにできるだけの力はない……。せいぜい空を飛んで、銃弾をばら撒くことぐらいだ。これでは運命を殴り飛ばすことはできない……。私の何と無力なことか……。
だが、まだ絶望するのは早い。
ヒロインが登場するのは高等部に入ってからで、私が悲惨な運命を遂げるのは高等部を卒業するときだ。それまでの猶予はまだまだある。
初等部でまず4年。中等部で3年。高等部で3年。
なんと10年も余裕があるじゃないか!
わーい! これなら余裕、余裕!
とか、調子に乗ってたら、思わぬところでバチン! と運命が殴りかかってくるかもしれないので油断は禁物だ。地雷原を進むがごとく、慎重に、慎重に、安全策を講じながら進んで行かなければならない。
「お嬢様。ご支度はできているのではないのですか? 奥様がお待ちですよ?」
「学園行きたくないなあ、と思って……」
メイドさんが心配して様子を見に来たのに、私は素直な心境を告げる。
「お嬢様……。あれだけ魔術の勉強がしたいしたいと毎日のようにおっしゃっていたのに、いきなりどういうわけですか。学園に行けば魔術の勉強は思う存分できますよ? それをお望みだったのではないですか?」
「いやあ。私って人見知りするタイプだから、知らない人がいっぱいいる場所に行くのは怖いなあって」
メイドさんが呆れたように告げるのに、私が苦しい言い訳を述べる。
「お嬢様のような方は人見知りとはいいません。ヴランゲル先生とも一日と経たずに親し気にして、旦那様のご友人方とも親しくされているのに」
「同年代だとダメなんだよ。そういう特殊な人見知り」
学園に行きたくないよー。
だって、初等部からフリードリヒとかその他の攻略対象がいるんだよ? 下手にコンタクトしたらどうなるか分かったものじゃないよ? 私の破滅はオルデンブルク公爵家の破滅だよ?
「じゃあ、旦那様と奥様にはそのようにお伝えしておきます。後で叱られても知りませんよ。それにもうヴランゲル先生はいらっしゃらないから魔術の勉強も家ではできませんからね」
「うぐっ」
そうなのだ。学園に入るということで、お父様が勝手にヴォルフ先生との契約を解除してしまったのだ。私としてはまだまだヴォルフ先生から学びたいことがあったのにー。
まあ、ヴォルフ先生に会うだけなら、学園の大学施設に遊びに行けばいいだけの話なのだが。ヴォルフ先生はもう家庭教師じゃないから、魔術を教えて貰うわけにはいかないのだ。それにそれだと結局学園に行ってるし。
「もうっ! 行くよ! 行けばいいんでしょ! 私が学園に行ったことで後悔しても知らないからね! お家取り潰しになっても知らないからね!」
「何故お嬢様が学園に行くとお家取り潰しに……?」
結局のところ、私は運命を跳ねのけるために武装すべく、破局の運命の引き金となる学園へと向かう羽目になったのであった。
これじゃどっちが手段で、どっちが目的か分からないよ。
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学園初日は入学式。
見れど、見渡せど、保護者席に並ぶのはいかにも貴族やってますって感じの紳士淑女の皆さんである。私と同じ椅子の列に並んでいる子供たちも、いかにも育ちがいいいですって感じの坊ちゃん嬢ちゃんばかりである。
この聖サタナキア魔道学園は基本的に初等部から入るのは貴族ばかりだ。貴族のための、貴族による、貴族の学園なのである。何という階級社会だろうか。プロレタリアートよ、団結せよ。
基本的に学園に入るのは魔力のある子たちなのだが、これが平民とかになると魔術を教わるのは地元の引退した宮廷魔術師などからになる。
それでも、そこでの成績がよく、試験に合格すると学園への入学が認められる。
ヒロインはその魔力の才能に溢れ、試験にも優秀な成績で合格したために、高等部からこの学園に通うことになる……。なんと特待生扱いで、学費は学園持ちという超好待遇での入学だ。
私だって、私だってな! 成績は抜群間違いなしだぞ! 負けないぞ!
と、張り合ってみたところでヒロインと悪役令嬢じゃ立ってるステージが違いすぎるのだ。どうあっても悪役令嬢はヒロインには勝てない運命なんだよ。よよよ……。
「……それで君たちは今日の魔術の進歩が著しい世界において、将来帝国を支える人材となるべくして、この学園に入学したのである。君たちの先達は誰もが優秀な人材として、このプルーセン帝国を支えている。であるからにして……」
それにしても学園長の挨拶長いな! もう30分はひとりで喋ってるぞ、このおじじ!
あー。退屈だ。何か悪戯してやろうかな。ブラッドマジックでくしゃみさせる方法ってのをちょっとヴォルフ先生から聞いて試してみたかったんだよなあ。
へへへ。ひとりで何度も同じ内容を演説をして悦に浸っている傲慢なおじじよ。人前で大きなくしゃみして恥ずかしい思いするがいい!
と、私が実に子供らしい考えで、持っているナイフで指を切って血を流し、そこに手の中でこっそりと術式を錬成したブラッドマジックを仕組み、風の魔術で学園長のおじじに叩き込もうとした時だ。
「ダメだよ」
男の子の声が私を制止した。
見られたっ!?
と、慌てて私は周囲を見渡す。
すると、前列右手の超珍しい銀髪をちょっと伸ばした男の子がニコリと微笑んで手をひらひらと振っていた。やばい。滅茶苦茶可愛いぞ。あの銀髪もそうだけど、瞳の色もマリンブルーに透き通ってて素敵だ。
もう6歳が出していい色気じゃないぞ、あれ。
それでいて私がひっそりと組み立てたブラッドマジックを見破るとは……。ただものではないな。
ん? ちょっと待てよ? 銀髪で、今年入学の学生さん?
「おほん。では、学生を代表して我らがプルーセン帝国第1皇子フリードリヒ殿下からお言葉を」
「はい」
と、学園長の長々としたスピーチは終わっており、入学生の挨拶が。
って、フリードリヒって呼ばれて立ったのはやっぱり──。
「皆さん。この度は多くの将来を期待された学生が聖サタナキア魔道学園に入学することとなり、我が国の魔術が途絶えることなく、継承されていき、更に発展してゆくことを嬉しく思います」
やっぱりだー! あいつ、フリードリヒだっ!
どうりで美形なわけだよっ! 銀髪って時点で気付くべきだったのに、危うく自ら危険地帯に突入してしまうところだった! なんたること! 迂闊!
プルーセン帝国第1皇子フリードリヒ。
お産の時に乳母が救命処置として行使したブラッドマジックの影響か珍しく、美しい銀髪の髪をした次期皇帝陛下であり、攻略対象。
性格はのほほんとしているが、文武両道という実に皇子様なキャラ。その実は鉄と炎の時代が迫る中において、次期皇帝が務まるのかと悩みを抱える皇子。そして、父親である“兵隊王”ヴィルヘルム3世とも意見が合わず、苦悩しているキャラクターである。
この苦しみを抱えた皇子様をヒロインちゃんがよしよしして手なずけるのである。
そして、ふたりはゴールイン! 私はお家取り潰し! なんてこった!
「魔術は近年、武器として使われることがあまりにも多くなっています。だが、魔術の本質は精霊との対話。対話は人類の間でも行えることです。鉄と炎の時代が近いといわれるこの世の中ですが、対話によって平和になれば幸いなことです」
けっ。魔術は平和に使いましょうってか。私に喧嘩売ってるのか。私が魔術と現代兵器を調和させて、運命に風穴開けてやろうというのに反対ってわけか。もうさっさとヒロイン探して、私に関わらずにめでたくゴールインしちまえよ。ぶー。ぶー。
私はフリードリヒの優等生めいた演説に心の中でブーイングする。ぶー。ぶー。
「では、私たちが無事魔術を習得し、プルーセン帝国の明日を支える人材となることを祈りたいと思います」
これにてフリードリヒの演説はお終い。
ゲーム中だとフリードリヒ攻略中に私ことアストリッドが横からしゃしゃり出て、家柄も相応しくない平民風情が殿下に近づくなんて生意気! フリードリヒ殿下は私と婚約するの! 平民は平民と結婚しなさい! と言い出だすのだが……。
私のフリードリヒへの好感度はゼロを下回ってマイナスだ。
皇子に生まれたんなら、その身をかけてでもその義務を全うしろ! 父親と意見が合わないぐらいでヒロインに泣きつくな! 子供かお前は! それと魔術は平和に使いましょうとか世迷いごとを抜かすな!
一瞬だけ見ほれたけど、今は見てるとイライラしてきた。
早く終わらないかな、入学式。
「これにて入学式を終わります。では、各クラスごとに教室に向かってください」
あ、終わった。
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本日の更新はこれで終了です。